三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会

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「日本の近代化産業遺産、『強制動員の削除』は許されない」

2023年10月02日 | 国民国家日本の侵略犯罪
「The Hankyoreh」 2023-10-02 07:14
■「日本の近代化産業遺産、『強制動員の削除』は許されない」
 2015年に「8県23カ所施設」を登録 
 ユネスコ、全体の歴史が分かるよう勧告 
 日本政府、約束しても守らず 
 登録申請中の佐渡鉱山も注視 
 日本の近代化産業遺産特別展「世界遺産で記憶しなければならない強制動員の歴史」

【写真】民族問題研究所植民地歴史博物館のキム・スンウン学芸室長が14日、恩平区碌磻洞のノナドゥリセンターで開催されている強制動員および日本の近代化産業遺産の展示会特別展「世界遺産で記憶しなければならない強制動員の歴史」で説明している//ハンギョレ新聞社

 「日本の近代化産業遺産の現場は歪曲され、歴史は消えました」。
 民族問題研究所が恩平区碌磻洞(ウンピョング・ノクボンドン)にあるノナドゥリセンターの企画展示室で、強制動員および日本の近代化産業遺産の展示会特別展「世界遺産で記憶しなければならない強制動員の歴史」(9月5~24日)を開催した。14日、展示現場で取材した民族問題研究所・植民地歴史博物館のキム・スンウン学芸室長は、「日本が産業遺産のなかから産業発展の明るい面だけを伝え、戦争のために強制動員を行なった事実を無視したり削除してはならない」とし、「だからこそ私たちは、強制動員の歴史を証言する被害者の声によりいっそう耳を傾けなければならない」と語った。
 今回の展示は、2015年に世界遺産に登録された「明治日本の産業革命遺産」の現場を紹介し、日本政府が意図的に排除した侵略戦争、植民地支配、強制動員の歴史を伝えている。「明治日本の産業革命遺産」は、1850年代から1910年までの鉄鋼・造船・石炭産業を中心に構成されている。合計すると8県11都市に分散する23施設だ。日本政府は遺産の価値を「産業のアイデア、ノウハウ、設備機器のたぐい希な東西文化の交流」による「世界史上類例のない、日本の達成」と説明する。
 しかし、肝心の強制労働の歴史は抜け落ちている。朝鮮人と中国人、連合軍捕虜を強制労働させた現場は、福岡県北九州市にある八幡製鉄所、大牟田市の三井三池炭鉱、長崎県長崎市の三菱長崎造船所、高島炭坑、端島炭坑(軍艦島)の5カ所だ。民族問題研究所などの努力によって、ユネスコの世界遺産委員会は登録の際、各施設の全体の歴史が分かるように解説を用意するよう勧告した。佐藤地(さとうくに)ユネスコ日本大使は、朝鮮人や他国の国民が自らの意思に反して強制的に労役した事実を理解できる措置を取ると約束した。キム学芸室長は「日本の公式の外交代表が国際舞台で強制労働を認めた最初かつ唯一の発言」だと紹介した。
 しかし、日本政府はその約束を守らなかった。「2021年6月、一般に公開された東京の産業遺産情報センターでは、むしろ朝鮮人の強制労働の事実を否定する内容の証言と資料だけが展示されており、強い批判を受けました」。世界遺産の専門家で構成された国際記念物遺跡会議(ICOMOS)の共同調査団は、各施設の全体の歴史の記述は不十分だとする結論を出した。2021年、ユネスコの世界遺産委員会は、日本が後続措置を履行していないことに強い遺憾を表明し、忠実な履行を求める決議を採択した。
 日本は1868年の明治維新を通じて、殖産興業と富国強兵を掲げ近代化を推進した。外では琉球、台湾、朝鮮を侵略し、日清戦争と日露戦争などの帝国主義戦争を挑発した。八幡製鉄所は朝鮮半島を戦場とした日清戦争の賠償金で作られた。当時、清が支払った賠償金2億両は、日本の国家予算4年分に相当するほど巨額だった。キム学芸室長は「八幡製鉄所は、日本の『産業革命』が周辺国への侵略に成功した結果として得たものだという事実を如実に示している」とし、「アジアに向かった侵略の暗い歴史が始まったことを示す遺産」だと述べた。

【写真】展示会の入口//ハンギョレ新聞社

 「日本政府は、明治日本の産業革命遺産を1910年までに限定することで、強制動員という暗い歴史を意図的に排除しました」。日帝は、1939年から1945年まで朝鮮人を強制動員して労働させ、中国人や連合軍捕虜も強制動員した。朝鮮人は、八幡製鉄所に約4000人、三菱長崎造船所に約6000人、高島炭鉱と端島炭鉱に約4000人、三池炭鉱に約9264人などが動員された。明治日本の産業革命遺産に登録された5カ所だけで約2万3264人にもなる。中国人と連合軍捕虜も強制労働をさせられた。キム学芸室長は「日本政府は産業遺産をアジア侵略戦争や植民地支配の歴史と関連させたくなかったのでしょう。私たちは、そうした内容を強調し、事実を話さなないことで発生する歴史歪曲を批判します」と述べた。
 「軍艦島として知られる端島炭鉱で1910年以前に作られたのは、海岸の防波堤の一部だけです。エレベーターがある高層アパートは1916年以降に作られました。しかし、ウェブサイトをみると、端島全体が世界遺産であるかのように出ています」。キム学芸室長は「海岸の防波堤の一部だけが世界遺産として登録されていますが、あたかも端島の施設全体が世界文化遺産になってしまったかのよう」だと批判した。
 「長崎には、日本の市民団体が作った強制動員労働者のための追悼歴史館があります」。キム学芸室長は「犠牲者を悼む施設は1カ所も世界遺産に含まれなかった」とし、「代わりに、アジア侵略の『産室』である吉田松陰の松下村塾は、23カ所のうちの1カ所に含まれている」と批判した。
 「そうした形の様々な歪曲、隠蔽、意図的な削除が各所にあります」。キム学芸室長は「日本が自分が強調したいことだけを説明するのはいいが、明らかに戦争に寄与した否定的な歴史の背景と犠牲者が存在するからには、歴史をあわせて説明しなければならない」と述べた。
 「佐渡鉱山も同じ問題が発生しています」。日本政府は2023年1月、朝鮮人の強制労働を否定したまま、新潟県佐渡にある「佐渡島の金山」に対してユネスコ世界文化遺産の登録申込書を提出した。世界遺産の対象時期は江戸時代に限定されている。2022年に発刊された韓日市民共同調査報告書『佐渡鉱山・朝鮮人強制労働』には、朝鮮人が強制動員され、厳格な監視と民族差別のもとで重労働をした事実がよく表われている。キム学芸室長は「佐渡金山は植民地の朝鮮人を強制労働させた辛い歴史を持つ場所。1942年2月以降、忠清南道扶余などから1500人を超える朝鮮人が強制動員された」と述べた。
 「私たちが望むのは、世界遺産の登録取り消しではなく、これらの施設が戦争にどのように寄与したのかを知らしめ、世界の人たちと共有してほしいということです」。キム学芸室長は「最終的には、植民地を経験した国がどのように人権と過去の歴史を回復するのかに対する観点から、世界遺産を再解釈する必要がある」と強調した。

 イ・チュンシン先任記者、写真:チョン・ヨンイル先任記者、編集:ソウル生活案内「ソウル&」取材チーム (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
韓国語原文入力:2023-09-21 15:50
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