湘南オンラインフレネ日誌

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1/29 音響スタッフ養成校打診で/「被災地高校生の活動」について

2022-01-31 04:18:00 | 地震津波災害ボランティア

2022/01/29 

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発達障害の医療ケア系の知人ルートから、明学の音響技術系の情報収集をしてみた。10年ぶりのメールアドレスは、生きていた。先方は、何事かと驚いたようだが、残念ながら、その分野は全く交流がないと、目的は達成できなかった。ただ副産物として、福祉系のセンスのある子が戸塚キャンパスにいるから、私を紹介してくれるとのこと。ちょっと嬉しかった。

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「御用聞き支援と地元高校生」


コロナ以前の2年前まで、毎年、県立鶴嶺高校の1年生対象の災害ボランティア特別授業を重ねてきた。ただこれを契機に継続して参加した高校生に関わることは、企画者サポチガ担当者から、自分を通すようにと、強く封じられてきたため、高1のスタートアップ講座以上の関係に踏み込めないできた。これ以上は地域企画に参加高校生が自由意志で参加するのは構わないが、参加高校生には、担当者の、非公式で近々の企画予定を伝えるだけにしてほしいというかべがあった。学校との企画を維持するためという、かきまわさないでとの話と受けとっていた。しかし実際は、高齢者特養ホーム体験訪問など学校側の地域福祉参加企画は進行しており、歯がゆい思いを重ねてきた。


だから「ハイティーンズの災害ボランティア活動」というテーマは、県立厚木桜美林奈良大附の某文化系部活と東大附後期課程教員に伝えられている程度で、接点をひろげきれないもどかしさの中にある。


社会人は、職業人の顔と、私的個人の顔の2つの顔を生きているが、ハイティーンズは、高校生や大学生などは学生という公的な顔が、未熟なモラトリアム世代として、一元管理されており、彼は高校生と呼ばれても、私的個人として社会的コンセンサスを得られていない。この庇護の網が破れる場が、被災現場だ。


家族の一員として、大人の災害対策活動の外周参加者として、精神的自立の契機の大きな意味を持つのが、災害対策活動の個人体験であり、一方、ハイティーンズという若手の参加という新たなファクタは、地域活動にとっても大きな意味を持ってくる。


実際、東日本大震災以降、被災地活動へのハイティーンズの私的登場は、極めて自然に行われており、したがって、彼らを高校生とは呼ばず、ハイティーンズと、私は呼んでいる。


大災害時、学校は休校になる。授業の束縛がはずれるが、その期間は私的個人の顔で活動参加できるが、登校可能になった時点で、たちまち学校という集団管理に覆われてしまう。私的個人の顔が、集団行動の中につつまれてしまう。その意味で、被災体験という貴重な経験の価値を守るために、学校の無神経な包摂とは、緊張を持って対処し、理解をもとめていかなくてはならない。それが「高校生の活動」の厄介な特徴だ。

(続く)

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母が洗髪するとき、頭を下げる姿勢となるため、「めまい」発作の危険があるので、後ろに立っている。


しかし、ちいさくなった。こどもをみているようだ。別れの足音が聞こえるようで、ぞっとした。


ちなみに、埼玉県ふじみ野市の医師らの猟銃射殺事件、痛みが伝わってくる。


(校正1回目済み)



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