始末書を書いた。規約違反だからだが、これを出せば親子が問われる。先方の名前は出していないが、大所帯ではないから誰なのかは、わかる。
担当の**さんは頭を抱えた。規則違反だが救急対応であり、人道上からは違反が問えない。結局、聴かなかったことになった。私は即座に頭を下げたが、すれすれの勝負でもあった。後から、親御さんから教室に感謝の電話が入っていたことがわかった。私が申し出なければ、親子は除籍となっていた。苦い勝利でもあった。
Q子は糸が切れたように眠り続けている。親はその分、まんじりともせぬ二日目の夜を迎えていた。今日、私は地元でも用事が重なっていて、さすがに東京のはずれまででかけるわけには行かなかった。電話で話し込んだが携帯電話の電池が切れてしまうほど、綿々と続く語りきれない親御さんからの話が、堰を切ったように続いた。
なんとも不器用、あの困った嘘つきは悲しいほどに正直である。今抱えているもうひとりの彼もまた過剰防衛の陣の中で彼自身が凍てついているのが見えてしまう。「そういうものなのだ」ということではなく、会えばわかる、「そうなのだ」。彼らの心を暖めるなどという不遜なことはできない。ただ地獄の釜の中であろうと連れ添うこと、ひとりにはしない。それが私の役割だと思っている。試してやろうじゃないかというなら、私はさっさと逃げ出す。しかし彼がののしり終わったら戻ってくるだろう。
「ICF国際生活機能分類」の考え方をエジソンクラブの高山さんはよく啓蒙しているが、障害を機能障害と考える従来の考え方から、環境とのミスマッチング、生き難さ・生き辛さが障害である(「障害は人と環境との相互作用である」)と、WHOの基準をシフトしたものとして基準が整理されたことは、個人に還元してみれば、変化しうる状態へと障害観が移ったことになり、お互いに結びつく絆を見出すことになった。ICFの定義によって、インクルーシブな社会が拡がった。
今、私と接点を持ちながら話しているふたりは、抱えるものがまったく違うがなぜか似ている。大きな出来事・事情に翻弄されながら、舵を取るべき舟が浸水しているから舵とバケツのどちらを取ることも出来なくなっているからだろう。私はバケツを持って隣に舫う小舟に突っ立っている。彼の舟の水をバケツでかき出しながら、奔流の活路を探る彼の舵取りをじっとみている。
ICF流ならば彼の困惑を正すのではなく、奔流の活路を求め治水を行うだろう。私にとってそれは「ヤングジョブスポット湘南」作りであり、若年者就労探索誌「わーく」の発刊活動だ。落差がきつい。しかし困難を固定せず変容可能性を孕んだそういう活動が必要なのだと思う。
------
昨日は1/27の連続講演会のポスターを持って巡回していた。茅ヶ崎養護学校では今回の講師薮内さんに玄関で偶然面会でき、打ち合わせをすることが出来てしまった。リハビリテーション専門学校では、講師のSさんがお仕事中、時間を割いて話を聴いてくださった。翔の会「空と海」の本部ではこれまた偶然にSSさんと会うことが出来た。藤沢市保健所は時間切れだったが、今回の巡回では、伝えたい方々に内容を使えられたという感じがしている。
手をつなぐ育成会関係と藤沢市保健所を明日は回り、あとは本業の巡回。どうどうめぐりの彼にも会いたいのだけれど…。
担当の**さんは頭を抱えた。規則違反だが救急対応であり、人道上からは違反が問えない。結局、聴かなかったことになった。私は即座に頭を下げたが、すれすれの勝負でもあった。後から、親御さんから教室に感謝の電話が入っていたことがわかった。私が申し出なければ、親子は除籍となっていた。苦い勝利でもあった。
Q子は糸が切れたように眠り続けている。親はその分、まんじりともせぬ二日目の夜を迎えていた。今日、私は地元でも用事が重なっていて、さすがに東京のはずれまででかけるわけには行かなかった。電話で話し込んだが携帯電話の電池が切れてしまうほど、綿々と続く語りきれない親御さんからの話が、堰を切ったように続いた。
なんとも不器用、あの困った嘘つきは悲しいほどに正直である。今抱えているもうひとりの彼もまた過剰防衛の陣の中で彼自身が凍てついているのが見えてしまう。「そういうものなのだ」ということではなく、会えばわかる、「そうなのだ」。彼らの心を暖めるなどという不遜なことはできない。ただ地獄の釜の中であろうと連れ添うこと、ひとりにはしない。それが私の役割だと思っている。試してやろうじゃないかというなら、私はさっさと逃げ出す。しかし彼がののしり終わったら戻ってくるだろう。
「ICF国際生活機能分類」の考え方をエジソンクラブの高山さんはよく啓蒙しているが、障害を機能障害と考える従来の考え方から、環境とのミスマッチング、生き難さ・生き辛さが障害である(「障害は人と環境との相互作用である」)と、WHOの基準をシフトしたものとして基準が整理されたことは、個人に還元してみれば、変化しうる状態へと障害観が移ったことになり、お互いに結びつく絆を見出すことになった。ICFの定義によって、インクルーシブな社会が拡がった。
今、私と接点を持ちながら話しているふたりは、抱えるものがまったく違うがなぜか似ている。大きな出来事・事情に翻弄されながら、舵を取るべき舟が浸水しているから舵とバケツのどちらを取ることも出来なくなっているからだろう。私はバケツを持って隣に舫う小舟に突っ立っている。彼の舟の水をバケツでかき出しながら、奔流の活路を探る彼の舵取りをじっとみている。
ICF流ならば彼の困惑を正すのではなく、奔流の活路を求め治水を行うだろう。私にとってそれは「ヤングジョブスポット湘南」作りであり、若年者就労探索誌「わーく」の発刊活動だ。落差がきつい。しかし困難を固定せず変容可能性を孕んだそういう活動が必要なのだと思う。
------
昨日は1/27の連続講演会のポスターを持って巡回していた。茅ヶ崎養護学校では今回の講師薮内さんに玄関で偶然面会でき、打ち合わせをすることが出来てしまった。リハビリテーション専門学校では、講師のSさんがお仕事中、時間を割いて話を聴いてくださった。翔の会「空と海」の本部ではこれまた偶然にSSさんと会うことが出来た。藤沢市保健所は時間切れだったが、今回の巡回では、伝えたい方々に内容を使えられたという感じがしている。
手をつなぐ育成会関係と藤沢市保健所を明日は回り、あとは本業の巡回。どうどうめぐりの彼にも会いたいのだけれど…。