”朝吼夕嘆・晴走雨読”

「美ら島沖縄大使」「WeeklyBook&Reviews」「マラソン挑戦」

「差別と日本人」;辛淑玉・野中広務

2010年01月31日 | 「Weekly 読書感想」
差別と日本人 (角川oneテーマ21 A 100)
辛 淑玉,野中 広務
角川グループパブリッシング

このアイテムの詳細を見る

 09年6月の初版以来既に10版を越える角川新書。この重版は根深い差別意識の反映か改善への問題意識か。
 二人の対談形式を取っているが、テーマー要所に辛淑玉によるゴシック大字のコメント解説があり、内実は辛淑玉の著述と言って良い。在日と同和二人によるタイトルから手にするには思わずたじろぐ著書でしたが、何とか読了。在日辛さんの糾弾、告発、懊悩振りは予想通りだったが、野中氏の差別撤廃のための同和特例制度の廃止活動の詳細を本書で初めて知りました。同和と言うとその差別実態よりも“似非同和活動”に目が向きがちな我々の傾向は実は別の意味での差別であるからです。たまたま「同和と三菱UFG銀行」を前後して読んでいたため、特にその感想を抱きました。その野中氏だったからこそ自民党首脳ながら沖縄への加害、贖罪意識が強かったのかと改めて理解出来ました。
 辛さんがしばしば浴びせられた“そんなに帰化が嫌なら、帰ればいいじゃないか”という台詞は時に私が沖縄で“だったら、大島に帰ればいいじゃん”と言われたのを思い出しますが、冷やかし、からかいニュアンスに近い私への台詞と比べ、如何ほど辛かったことか。
 私が知らなかった二人に共通する悩みは応援、理解者と思っていたそれぞれの身内との葛藤、苦悩の告白には差別被害よりも胸をひしがれ、打たれました。
コメント (3)   トラックバック (1)

「不死鳥!豊里さんおめでとう!」

2010年01月28日 | 「美ら島沖縄大使」便り
  関東沖縄経営者協会・副会長の豊里さん経営の居酒屋オープン祝賀会に参加しました。正直、新年会ラッシュのこの時節週末、自宅から遠い東横線反町の松本商店街まで脚を伸ばすのはシンドかったが、因縁深い朋友の再起スタート、勇を奮って遠征しました。
 それというのも今を去る20年前上間信久プロデューサー(当時)による「新感覚のUターン」と銘打つ1時間以上のRBC(琉球放送テレビ)放映のパネルデスカッションに競演した間柄。時はバブル経済絶頂期、当時40歳を越したばかりの豊里さん、弊社が売上8億の頃、㈱豊住建を率い、居酒屋、学習塾と売上40億を越す多角事業を展開、飛ぶ鳥を射落とす絶頂期。しかし、やがてバブル崩壊、地下にカラオケ部屋もあつらえた菊名の豪邸はもとより、横浜、沖縄に展開していたマンション、ホテル等多くの不動産を失い、多額の借金を背負い絵に描いたように倒産。再起は難しいだろうという周囲の予想を覆す雌伏20年、負債を返済しつつ宮古島アララガマ・スピリットを地で行くこの度60名収容の「おきなわ家」(長嶺匠店長)開店に漕ぎ着け、早くもフランチャイズ展開構想を抱く不死鳥再起!感嘆!
 この日、栄誉ある祝賀開会の挨拶役を振られました。“豊里さん、改めておめでとう!”
             
コメント (3)

「2010年感謝の夕べに出席して」

2010年01月28日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 品川のグランドプリンスホテル「飛天の間」で開催される沖縄県主催、ANA,JAL等観光業者を中心に県観光に貢献してくれた方面への「感謝の夕べ」への招待を受け、参加しました。
 県からは知事、副知事、部長と担当部署スタッフ総動員の観。会場には昨年と比べ国会議員の顔触れも少ない気がしましたが、それでも前原国交相や鈴木宗雄、下地幹郎や高市早苗議員の顔も見えました。
 会場での前原大臣とJAL関係者の鉢合わせには下種な興味を抱きましたが、流石に今年のJAL出席者はTOPではなく執行役員。それも会場へ謝罪の挨拶。
 昨年と比べ、興味深かった点は例年会場外を占めていた県内お土産業者の物品展示が今年は無かったこと。さらに過年の国仲遼子や安室奈美恵、昨年はあの“グー“の「えどはるみ」等が出演していましたが、今年はそうしたタレント出演が無かった点。出席者も心持少ない気もしましたが、それでも会場を占める優に1500名は超える大勢の出席者。
 印象に残ったのは前日の大阪開催の疲れと名護市長選の結果を懸念する当方の思いを吹っ飛ばす、当意即妙、快弁の仲井真知事とこの日、ピカ一短い主賓挨拶の前原国交相のユーモアー機知溢れるにスピーチ!
             
           (鈴木宗男議員・安里副知事とショット)
コメント

「独立系IT企業の集い」

2010年01月27日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 JISA(日本情報サービス産業協会)加入の独立系IT企業の交流、勉強組織ITA(Information Technology Alliance)恒例の新年会を兼ねた総会に出席しました。
ITAは平成7年14社からスタート、16年目を迎える現在、会員会社16社、社員総数6,500名、総売上約900億円超の企業集団で代表者、営業、経営管理、技術、地方等の複数の部会活動からなります。この日は経済産業本省課長ご一同も参加。
 その前身は20数年前に同じ独立系IT企業10数社からなるセンチュウリー21集団ですが、爾来存続している会社は当社を含めわずかに3社。そのトップは奇しくも同年齢、揃って今年古希を迎え、会長に退いています。ただ、スタート時は売上8億前後と同じ規模だったにもかかわらず、30年経った現在、一方は売上200億を越す東証1部上場ながら当方はその10分の1に届かない成長落差。この会は自分自身が最も矮小に見える組織。
 多少の強がりをいうなら、“自分がお山の大将的な居心地良い組織、集い”だけでなく、ITAや早大出身経営者からなる情報産業稲門会等のように “自分が小さく見え、相性、居心地悪い苦手なメンバーのいる組織、集い”例えば”同期会より大先輩の集う同窓会、郷友会より偉い人の多い県人会”等々にも自ら励まして参加するようにしています。それが自分の殻を破る啓発の場と言い聞かせ、さらに、一度行って“馴染めず、違和感のある集い”にも、勇を振るって繰り返し参加している内に何とか馴染め、知らぬ間に自分の度量が広がることを期待するからです。少し、格好良過ぎますが!

コメント (1)

「比嘉京子さん、10年ぶり!」

2010年01月25日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 およそ10年ぶりに「ニコル」ブランドでも有名なファッションデザイナー
の比嘉京子さんをお招きしてのスピーチ、懇親いただきました。比嘉さんは沖縄で高校卒業後、文化服装学院デザイン科を卒業、ロンドン留学を経て自らのブランド確立、1990年には毎日ファッション大賞「新人賞」を受賞されている。その後、㈱キョウコヒガクリエイシィオンを設立、デザイナー兼経営者として今日に至っています。2000年の沖縄サミットでは参加の各国首脳用のウェアーをデザインしたことは有名。ニューヨーク、パリ等海外でも活躍、最近は焼き物にも凝られている。
 「三月会」登場は10年ぶり、参加の異業種メンバーに当初は戸惑い気味でしたが、同じ郷土出身者同士ということで、小学校以来のデザイナー指向から、高校進学、ロンドンでのホームシティー思い出、エピソードに熱弁を振るわれ、デザイン、ファッション業界に疎い私達のQ&Aにも時間が足りないほどお付合いいただきました。講演後、世界的デザイナーには失礼ながら新橋駅前の大衆居酒屋で有志数人と共に懇親の2次会でした。10年前に比べ、高名になられたにも拘らず随分と気さくになられた印象を受けました。  
    
           
 
コメント (1)

「ようこそ!佐藤記者」

2010年01月23日 | 「千客万来」
 「日経ビジネス」誌の佐藤記者が沖縄県東京事務所の紹介を受け来社されました。主な目的は沖縄県における雇用、失業問題の取材でしたが、このテーマに留まらず南米移民問題を含め沖縄には幅広い関心を持たれ、拙書「おきなわ就活塾」(新宿書房)にも目を通されていたのには恐縮。
 取材中、大学の後輩であることも分かり、予定外に話が弾みました。「日経ビジネス」担当以前に10年以上日本経済本紙の記者として自動車産業を中心に製造業を担当されていたとのことで、近く沖縄県製造業の雄とも云える「拓南製鉄」の創業者である古波津会長取材のために沖縄に行かれるとのことでしたので、会長の甥御さんに当られる在京知人を紹介する一方、過年の「WUB東京大会」の模様やボリビヤ訪問体験談や琉球大学「移民研究センター」の知人教授数人を紹介しました。
 偶然ですが、実はこの前日にも旧知の日経BP社・WEBマガジン記者の来訪も受け、数年振りに懇親しました。
コメント

「東京奄美新年会で感じたこと」

2010年01月22日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 上野・精養軒で開催された恒例の「東京奄美会新年賀詞交歓会」に出席しました。会場に入り、大島紬を中心とした和装が目立つに女性を含む盛装参加者に圧倒される。悪い癖ながら、否が応でも沖縄県人総会と比較する。
 なによりカラー上製の次第プログラム、裏表紙に会歌、役員はじめ喜界、笠利、龍郷、名瀬、宇検、住用、大和、瀬戸内、徳之島、天城、伊仙、沖州、与論全市町村毎の出席者名記載。広告記載一切無しの12ページ。式はまず、郷土遥拝の儀をもって定刻に始まる。
 参加者400人強。在郷120万人口の沖縄県人会の参加者が概ね200人強に対し、在郷奄美人口沖縄の10分の1に満たない10万人の東京奄美会は常に二倍の400人を超す参加者。いつもこの違いが何処から来るか考え込みます。“離島僻地、被差別地域ほど集む”という一般論で規定できるだろうか?尤も、比較は沖縄県人会ではなく、県人会より参集力のある宮古島、八重山、あるいはより離島・地域性の強い池間、与那国等々の在京郷友会とすべきかもしれない。
 さはさりながら、参加員数のみならず目録、進捗の仕様カルチャーは“南西諸島・琉球”で一嘱託にはとても括れない違いを感じます。ただ、打ち上げ総踊りカチャシー(沖縄)と六調(奄美)の違いこそあれ舞踊、歌の余興には共通性があります。
 実はこの日の午前中、新宿京王プラザホテルで首都圏に集う50を越す沖縄市町村郷友会等「沖縄関係団体協議会・新春の集い」が開催され、たまたま掛け持ち参加しましたが、こちらは60名前後の出席でした。     
                



コメント (2)

比嘉辰博著「沖縄の新聞再生」:新星出版

2010年01月19日 | 「Weekly 読書感想」
 出版元の松島社長から昨日届いたばかりの1月9日発刊早々の本書、帰宅電車内1時間弱でアッという間に読了。読み易い活字配置とは言え140ページの内容は衝撃的でした。
 かねてから全国的に見ても希有な「琉球新報」「沖縄タイムス」2紙並存の県内新聞は経済的に無理で、いずれ統合されるのでは思っていましたが、12年前に両紙間に協業化の動きがあったことを本書で初めて知り驚きました。
 「第一幕・極秘会議」という冒頭タイトルで伝える内容は当時の役員実名の取締役会模様に両紙社長・専務による交渉日時、場所等生々しい詳細リアルなレポート。関係者間では周知の事実でしょうが、暴露とは云わずとも前新報社長自らによる赤裸々なレポート、部外者ながら、関係者の了解等は大丈夫だろうかと気になりました。
 一方、読む人に深い哀切を伴う慕母記とも言える自らの沖縄戦・ガマ救生”べビィーStory”は淡々と抑制的な筆致。社長退任挨拶後、周りの驚き戸惑いを背に、それまでの送迎社用車使用を断り、徒歩、タクシーで社を後にした個性的なこの著者、拙書「おきなわ就活塾」出版パーティでもご挨拶頂いた同年同窓の知友。他者の評価、評判等に委細こだわらず、目前の課題に果然、磊落に取り組むこの人であればこそ。開き直りとも受け取れる本書レポート、読者が知りたい協業化不成立の詳細事由記述は無いものの、県内新聞界の将来への強い危機意識と警告とも受け取れます。
 尤も、良い悪いは別にして、沖縄は新聞に限らず、RBC・OTBのテレビ界、琉銀・沖銀の金融界でも2強併存、舞踊、空手界等流派乱立ともいえる多元社会。著者も指摘していますがこの県内同業・蝸牛角上の争は県外競争相手を利する危険性は無いのか。ここまで書くと、国内争いで世界マーケット進出に大きく遅れるどこぞの国の縮小版のような気もします。
 本書には上記以外に皇太子来島、火炎瓶投擲事件報道や海外渡航、退職後のオーストラリア留学記等の興味深い同世代の回想、体験記、一気に読ませてもらいました。
コメント

「浦和稲門会で囲碁部会世話人拝命!」

2010年01月17日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 先週末、浦和ロイアルパインズホテルで開催された浦和稲門会(早稲田大学同窓会)の新年会に参加しました。出席者はおよそ60名。参加者見渡した所女性は何とたった一人、大部分は“功成り名を遂げた”年配者。メンバーは埼玉りそな銀行会長を筆頭に弁護士、公証人、公認会計士、税理士等々地元で生まれ育った素封家、地主、名家出身者が多い。出身高校も毎年東大、早慶各校にそれぞれ50人以上を送り出す地元名門の浦和高校出身者が多い。
 来賓の大宮稲門会長が挨拶でも述べらていましたが、浦和は他と比較しても地元出身、在者が多いようです。当然、沖縄出身は私一人で、珍しがられましたが、何とテーブルを同じくした金融機関OBの参加者が、現役の頃、沖縄に二年赴任したとのことで、沖縄旧懐談議に盛り上がりました。先般の厚木稲門会と同じ沖縄が取持つ出会でした。
 会にはご多分に漏れずゴルフ、旅行、マージャン等の部会がありますが、メンバーに県内囲碁大会で2連勝した地元7段名人がいるにも拘らず囲碁部会がないことを周りに嘆いていたら、何とあれよあれよの間に「重田さん、囲碁部会世話人」と祭り上げられました。
“そろそろ交際と経費、仕分けしなさい!”と連日ヤンヤ言われている山の神の顔を思い出しつつ、脚を引きずる極寒の帰路でした。
            
                (大団円、久し振りに「都の西北」放歌!)


 
コメント

「新報新年会に出席しました。

2010年01月15日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 高嶺琉球新報社長より恒例の㈱電通主催のマスコミ賀詞交歓会に上京する序に東京支社で開催する内々の新年会に招待され、出席しました。それは短期間勤務とは云え、私が同社OBだったことに加え、当社子会社が人材派遣サービス先としてお世話になっている誼で、毎年声を掛けて頂きます。
 当日は生憎、早稲田大学琉球沖縄研究所の年初め講演の日と重なり、どちらにするか苦慮しましたが、年一回の新報主催のこの新年会、毎年、貴重な出会いの機会を頂き、この日も社長、東京支社長は固より、北京大学の全額出資IT会社としてつとに高名な方正㈱の管社長初め、毎日新聞社、電通、日本雑誌協会勤務の日頃なかなかお会い出来ない歴々メンバーと交歓出来ました。
 さらに、繰り出した二次会では、これまた素面なら、畏怖感のある「週間新潮」の一線編集、記者連と討論ならぬ飲酒団欒機会。これもあれも地方紙とは言え、全国世論に重みを持つ沖縄の新聞マスコミトップとの同席故と感謝、酩酊の深夜帰宅でした。
コメント

「JISA賀詞交歓会に出席しました」

2010年01月12日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 1月6日、虎ノ門・ホテルオークラで開催された恒例のJISA(日本情報サービス産業協会)の賀詞交換会に出席しました。不況の影響による参加者の減少を懸念しましたが、予想に反し500名は優に超す昨年を凌駕する参加者。不況時にはむしろ参加者は増えるのか。
 昨年と顕著に違う点は、当然の事ながら例年顔を見せる情報議員連盟会長はじめ多くの自民党国会議員連の欠席。政権与党・民主党からは経済産業省政務官のみの出席。JISAと連携一体のIPA(情報処理推進機構)も仕分作業の俎板上に乗ったのだから、当然と言えば当然の結果か。
 もう一つ今年は私が独立する前の勤務先で役員に昇格した後輩達の顔が大勢見えたこと。中には30年振りに会う後輩メンバーと逢合、久しく往時を思い出し話が弾みました。
 大手ユーザー、親会社から天下ったサラリーマン社長連排出の一方で、業界を背負うこれら次世代若手経営者 ニューウェーブの到来を感じました。
 もう一つ印象に残ったのは浜口JISA会長(元NTTデーター相談役)の挨拶。会長が視察した欧米社会では、最近日本社会で言われて来たITエンジニア職業に対する“シンドイ、キツイ、残業が多い”等の負のイメージが薄いとの指摘。システム開発業務をFix Price(請負)とT&M(タイム&マネー人月方式)に区部して、後者の派遣方式を否定する視点が無いとのこと。それは何処から来るかまでは触れられなかったが。
コメント

「豚物語」(Pig Tales);マリー・ダリュセック著

2010年01月11日 | 「Weekly 読書感想」
Pig Tales: A Novel of Lust and Transformation

Faber and Faber

このアイテムの詳細を見る

 一頃元旦10キロマラソン出場が定番でしたが、今年は風邪で自宅謹慎、その合間を利用して、長年読みかけ積読の本書をヒーヒー云いながら何とか読了しました。
 本書は1996年にフランスで出版された女流作家Marie Darrieussecqの処女作。若い香水美容マッサージ女性が豚と人間に変身繰り返すケッタイなストーリながら、出版時大変な評判を呼び、ベストセラーズになったという。
ヌード表紙からエロ小説を連想されますが、内容は一種の変身ストーリーで、正直、作者が何を伝えようしているのか私の英語読解力は把握出来ませんでした。
 この作品は以前から知っていましたが、購入の切掛けは知人女性の紹介、勧めだったのか良く思い出さない。10年位前に購入、数ページだけ読んで本箱の奥に放置しておいた本書、いつもながら英語学習の目的もあって、最近取り出しページ捲る毎に難解、不明な英語羅列ながら何とか読了。本書は仏語英語翻訳版の上にページに段落や余白が全く無いノッペリベタ印刷、135ページ足らずのペーパーバックながら読みこなしに往生、四苦八苦しました。
 その点から見るとシドニー・セルダンは、この数倍のボリウムながら活字も大きい上に節章が細断、ページに余白が多く、原書挑戦の側から見ると真に取り組み易い。今回は変な感想になりました。


コメント

「ケチな飲み屋!」

2010年01月08日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 日頃より”ワリカンの重田!ケチの重田!”で名を馳せていますが、今回は”ケチな飲み屋”
 今年施行の改正労働法に見られるよように、社員の心身障害は統計的確率で発生し、それへの的確な対応は我々雇用者の大事な責務です。そこで先般の“社長、限界です”類似の対処表現。
 これは会社内でしばしば発生する鬱病、心身症等発生への予兆。つまり“欠勤、遅刻、泣き言、能率低下、ミスや事故が増す、辞めたいと言い出す” これにて、メンタル・ヘルス対応、心構えを表現したフレーズ。事実こうした症例は一般的に多くの企業で見られ、当社でも見逃せない大きな課題になっています。社内上司や担当者だけでは対応不十分で、ヘルスカウンセラー等社外の専門家への依頼協力も検討、実施しています。実は、これは労働科学研究所の鈴木研究員がある出版物に書いていたもので当社の経験、事例を見ても、一々納得出来るフレーズです。
ただ、“社長、限界です”に比べ、対象事態の深刻さに比べ、少しふざけ過ぎる表現が気になります。新年早々語呂の良くないメッセージで済みません。
コメント (1)

若手企業人との「沖縄カラオケ忘年会」

2010年01月04日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 暮も押し迫った先月週末、神田の「クレスト」で関東沖縄経営者協会メンバーの新垣オール・ビジネス・リンク社長の発案による「沖縄カラオケ忘年会」に参加しました。因みに同社はこの不況にも拘らず、対前年4割以上の驚異的増収成長を実現している。その要因、ノウハウにも接したいのが参加の一つの理由でした。会場は仲松関沖経営協会副会長がオーナーを勤める居酒屋スナック。
 年齢を問わない沖縄出身と沖縄に心寄せるこの企業関係者の異業種ビジネス交流集い。出席者は当初の予想を超えた30名強。内訳は協会メンバーと県出身若手企業人が7割。後の3割は高齢の都中小企業協同組合長や元日活関西支社長等錚々たる新垣社長のキャリア・ヤマトンチュ(本土出身)人脈。会は一人ひとり得意のカラオケと自己アッピールに盛り上がりました。
 一つ気になったのは半分近い沖縄出者身の遅刻。定刻前に参集、開始を待っておられる高齢の本土出身キャリア面々の表情を見て、開講スピーチ役としてやきもきしました。
 これを契機に、私共関東沖縄経営者協会が活動計画の一つに掲げている「次世代企業人の育成支援」プランの具体的イメージが浮びました。具体的内容としては、先輩経営者による肩の凝らない創業経緯や苦労経験談、Q&A,と若手による抱負プレゼンテーション、果ては彼らの課題と悩み等々交流に加えてカラオケ放歌によるストレス解消と同時に明日を築く彼ら若手へのエールと新たなエネルギー蓄積を目指します。
コメント (2)

「日教組の散歩道」;渡久山長輝著

2010年01月02日 | 「Weekly 読書感想」
日教祖の散歩道―日教組の結成と教育研究集会・教育への想い
渡久山 長輝
郁朋社

このアイテムの詳細を見る

 元日教組書記長にして中央教育審議委員である大先輩には失礼ながら、本書のタイトルを見て「何時も疾走、ひた走りの日教組、散歩もするのか!」と思いました。まあ、これは冗談ですが300ページ近い上製版、タイトルイメージから果たして読み通せるか懸念しましたが、何度か酒を酌み交わす機会があっただけに、要所に著者のシニカル、ユーモアー口調を思い出し、時に笑いを抑えつつ読み通しました。
 書き下しではなく、研究集会での講演や内外コラム等の集録。教育現場に殆ど接する機会の無い私にとって、日本の教育と言えば、「ゆとり教育の弊害としての学力低下」「モンスターピャレントに翻弄される不適応教員」「超身分安定に高額年金」という一般的教職イメージですが、本書を読むと日教組成立の沿革・歴史や現場に密着した様々な数値指標を諸外国と相対比較した日本の教育現場の課題と状況を知ることが出来ました。また、末尾に全文掲載されている国会での参考人陳述や日教組研修会での「昨今の教育政策と改革の課題」等々は本書が無ければ私には接することがない異郷世界で、日頃無縁な領域に対する蒙を拓かれました。また、日本には様々な基本法があるが、予算の裏付けのないのは教育基本法だけという指摘にも驚きました。
 半ページの短いコラムながら“志を果たしていつの日か帰らん”と歌う「ふるさと」帰郷錦マインドの喪失が過疎部落の一因ではないかとの指摘、因果関係の逆転は気になるものの、お登り創業家?の自分を振返り、印象に残る部分でした。
 在京県人会活動には一定の距離スタンスの著者ながら、故郷・八重山に触れるコラムでは途端に浅黒い望郷抑えがたい好々爺・大先輩の表情が出て来て、思わず笑みが浮びました。渡久山先輩、勝手なゴタク、失礼しました。ご容赦を!


コメント (4)

朝吼夕嘆

http://blog.goo.ne.jp/admin/showimagedetail/?iid=6d292ae01e91fce8c4f000e010f17835&type=1&return=%2Fadmin%2Fimgmanage%2F%3Flimit%3D12%26type%3D1%26order%3Ddesc%26did%3D%26window%3Doff%26img_year%3D0%26img_month%3D0%26offset%3D12