”朝吼夕嘆・晴走雨読”

「美ら島沖縄大使」「WeeklyBook&Reviews」「マラソン挑戦」

下母沢 寛「新撰組始末記」(広救堂)

2004年09月27日 | 「Weekly 読書感想」
 いま、放映中のNHK大河ドラマ「新撰組」は妙に明るく、今風で「こんな新撰組、 あってたまるか」と思う。殺戮とテロを繰り返した新撰組の実相は凄愴・陰惨で、内ゲバと粛清を繰り返した「赤軍派」や「山口組」の組織に近かったのではないか。

 新撰組を描いた本はそれこそゴマンとあり、常に再生産され、収集家も多いと思うが、決定版としては本書を未だに凌ぐものは出ていないのでは。著者が作家としてデ ビューする以前の大正末年頃から数年にわたり、組員の子孫、縁の人々から聞き書き した。私は昭和47年初版、53年7版を54年に購入、2月6日に読了した。

 本書以外に印象に残っているのは
○ 司馬遼太郎「新選組血風録」(角川文庫)。
○ 池波正太郎「近藤勇白書」(講談社)。
○ 原康史の「激録・新撰組 4巻」(東京スポーツ新聞社)。
これはが昭和50年代初めに東京スポーツ紙上に1年半に亘り連載された。終巻では明治まで生き残った永倉新八や斉藤一、篠原泰乃進等を追跡調査し描いており、 その仕事にはほとほと感心した。

 上記3書以外の私の蔵書は
○ 「新撰組」;童門冬二(成美堂出版)
○ 「新撰組銘々伝」;早乙女貢(徳間書店)
○ 「新撰組副長斉藤一」;赤間倭子(新人物往来社)
○ 「新撰組のすべて」;(新人物往来社編)
○ 「新撰組」幕末維新シリーズ①(新人物往来社)
○ 「歴史と人物・幕末の剣士」昭和55年9月(中央公論社)
○ 「歴史と旅・新撰組史話50選」昭和54年7月(秋田書店)
ここ数年は収集していない。
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富永孝子「大連・空白の六百日」(新評論)

2004年09月21日 | 「Weekly 読書感想」
 満州、大連に興味がある人は誰でも知っている本書。「これでもか、これでも」と悲劇と苦痛の記述が続き溜息をつく様にページを捲った。

 私達が住んでいた4階建の沢アパート住民が団結して1階にバリケードを築き、略奪者が来襲した時、入居全家族が鍋や太鼓を一斉に叩いた。
 私はお祭り気分で叩いたが、あれは入居者が相談・考えた対抗策だった。

 あの無警察と混乱の大連の600日、何が起こってもおかしくなかった。逃げ遅れ捕捉した泥棒の処分について自警団幹部が「まだ、燃え尽きない」等と話しているのを憶えているが5歳の私、定かでない。数人の露スケ(済みません)が我家に土足で踏込み、床に飾ってあった従兄の空気銃を笑い つつ奪い去った日。引揚隊長の父。家を接収された他家族との共同生活。リック背負い遠足ように出発した日。大連埠頭収容所内のおぼろな喧騒と 騒動。あれは親共産派に対する糾弾だったか。乗員の看護婦さんに可愛がられた引揚「病院船」。DDTを噴き掛けられた佐世保港等々切れ切れの記憶が走馬灯のように「そうだったのか」と繋がった。

 本書を読みながら、亡くなった両親、病に伏す従兄弟、ボケ始めた叔父と私の周りの大連証人を失ったことに気付き、淡い後悔に襲われた。想い出の大連もある人には思い出したくない恨みの記憶であることも知った。
 この大学の先輩の著者の労作に心から感謝したい。

 しかし、日本人にとって思い出の大連もフランス人のアルジェリア、イスラエル人のパレスチナ、あるいはロシア人のサハリン同様、本来故郷と思うもう一つの人々がいる。一体本書は何だろう。「我等世代史か反戦の書」か。「日本軍国の罪状を一般化するのか」という批判を浴びるかも知れないが、私は侵略者も被害者も含めた東アジア近代悲劇史として読みたい。
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徳永康元「ブタペスト日記」(新宿書房)

2004年09月13日 | 「Weekly 読書感想」

 言語学・民族学研究者・知る人ぞ知る愛書家の座談、エッセイ、日記。川平さんから先週頂いた。
 ハンガリーとはバルトークとラプソディー以外思い出さなかったが本書に接し、ジャポニズム、連綿としたハンガリー学の系譜や留学日記では私の生誕昭和15年当時のヨーロッパ模様、生まれたハルピン市には凄い満鉄図書館があったこと。著者が館長をしていた東京外大図書館で大学の同期が上級図書公務員として勤めていたことなど因縁を感じた。

 図書館と書に関する座談会はそれこそ梁山泊、桃源郷。稀購本を廻る愛書家同士、古書店主との鞘当て虚々実々。芥川の「奉教人の死」と「黄金伝説」を巡るエピソードはその筋人にはたまらない愉悦だろう。
 蔵書愛故の殺人というテーマが“書の書”とも言われた例のエーコの「薔薇の名前」(http://blog.goo.ne.jp/shigeta-nas/e/58cd066632d70b54dd9a640284b5a0f6)、著者はどう読んだだろうか。

 書中「大隠、市に隠る」「酒仙ならぬ書仙」「知ること多く、書くこと少なき」等の記述に思わず「知ること少なく毎週ネットに書きばら撒く」自分を思った。
 書の末尾に至りこの碩学が昨年4月に逝去したこと、本書がつい先月上梓されたことを知り驚いた。立場上、溢れる思いを小さなルビで懸命に1ページ内に凝縮した編集後記。このようなエディターと出会った著者も幸せだ。

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佐藤紅禄「一直線」・「ああ玉杯に花うけて」等

2004年09月06日 | 「Weekly 読書感想」
 小学6年から中学、那覇市安謝で過ごした。近所に在日の人が当時としては珍しい貸本屋をしていた。実はこの人沖縄渡航前に私達が住んでいた奄美大島の古仁屋で本屋に勤めていた人だったが、この貸本屋で南洋一郎の「緑の金字塔」「魔海の宝」や山中峰太郎の「敵中突破三千里」本を読んだ。

 しかし、佐藤紅禄の“少年頑張りもの”「一直線」の方がずーっと面白かった。ク リーニング屋に勤める少年同士が注文を取合う内容を今でも覚えている。同期の長嶺義男君から「ああ玉杯に花うけて」がもっと面白いよと云われ読んだものだ。これはいわゆる「少年倶楽部」ものだが、やがて雑誌「譚海」に進んだ時は少し大人に なった気分になった。 あのサトウハチローが紅録の長男だったことはずーっと後になって知った。さらにその異母妹が佐藤愛子だったことも。そうー、「血脈」を読んでその内容にまた、驚いたの呆れたのなんのって!いや、もう凄い!それは後で書きたい。
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朝吼夕嘆

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