”朝吼夕嘆・晴走雨読”

「美ら島沖縄大使」「WeeklyBook&Reviews」「マラソン挑戦」

 「八重山出身・南龍先生の50周年東京展!」

2011年07月31日 | 「美ら島沖縄大使」便り

                         

先日、糸数「琉球新報」東京支社長のお招きで、中目黒の和琉ダイニング「あんのん」に招待され、沖縄県・八重山出身の書道大家・茅原南龍さんに拝顔の栄を得ました。

 実は書道は私の疎い世界、高校1年の時、当時県内で書家として高名な佐久本教頭担当授業が唯一の記憶。それも習字そのものよりも 王羲之、歐陽詢、虞世南、顔真卿等々の記憶・頭でっかち。沖縄県の書家としては外人向け、NETで海外に書道を教えるWUB沖縄の玉舟(竹崎久仁衣)さんが知友。

 

ところがこの日、お会いした南龍先生!本邦最高峰の総合美術展・日展に於ける県内初の特選受賞、那覇市泉崎の旧琉球新報社屋に於ける書道教室展開、文部大臣受賞・日本代表としての中国行きのお弟子さん育成等々その巾広い赫々たる業績、活動には我が無知を恥じると共に圧倒されました。また、こうした芸術大家にしては偉ぶるところ微塵もなく、その磊落、気さくなお人柄には魅せられました。

 

拙書「おきなわ就活塾」編集者の川平いつ子さんのご尊父で先年ご逝去された同じ八重山出身の川平永介さんも教職の傍ら独特の揮毫家として有名でした。

ジンモウケ(商売)宮古、文化の八重山”等との類型称号は禁物ながら、こうしたディレンタンジズム八重山文化の由来は何処から来るのでしょうか?” 

 

それはともかく、南龍先生の“夢・挑・心”と銘打つ「書業50周年記念東京展」が来る8月4日から7日、「銀座かねまつホール」(地下鉄銀座から徒歩3分)で開催されます。わが迂遠な世界ながら無知・蒙を啓くべく伺いたいと思います。      

           

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「銀座“名護マーサー、まざまざ感嘆!」

2011年07月29日 | 「美ら島沖縄大使」便り

 

        

 リーマンショック等の不況期にはほとんどの企業はコスト抑制に走る。

 何時の世も削減コストの筆頭は交際費。その煽りを受け、昨年から今年に掛け銀座のクラブ、スナックおよそ200軒い以上が閉鎖に追い込まれたという。

 私の下にも旧知の銀座ママから“重田さん、助けて!”と悲鳴が聞えて来る。

 とは言え、昼業のこちらも大変!それ故に閉鎖ならぬ合併に踏み切ったのだ。会長の肩書き貰ったとは言え、社用交際費はゼロで全て自腹。それ故に5000円越える店には脚が遠のく。

 

 ところが、そんな最中、銀座で創業30年を越す沖縄名護マーサー“クラブ「阿壇」の知念ママ、”不況こそ、攻め時“と、なんと銀座電通通りのビルに引越し拡大開店。しかも、この新入居の第6横須賀ビルは、かって後輩知人がお店を構えていた因縁のビル!

 

 その果敢な攻めの”企業家マインド“には昼業の当方も学ぶ所多く感嘆、降参!この日拙書「おきなわ就活塾」販促、多少の恩もあり、“ケチの重田”の名に違わず、新装引越し店ではなく、最寄の沖縄料理店で”つましい”祝いの快挙接待でした。知念さん!凄い!おめでとう!チバレ!

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「奄美・瀬戸内総会に出席しました」

2011年07月24日 | 「美ら島沖縄大使」便り

                 

     (懇親会オープニング”振り出し”群舞)

 23日土曜の「沖縄クラブ」例会に続き、24日・日曜は大井町「きゅうりあん」で行われた「奄美・瀬戸内総会」に出席しました。

 故郷・瀬戸内からは遠路、町長、町会議長来賓を含め、在京奄美の古仁屋、西方村に旧鎮西、実久村からなる加計呂麻出身300余人の出席。

 会長挨拶には先頃、物故した我が奄美IT懇話会創始者・内倉典子さんへの追悼辞がありました。

 故郷・須子茂村出身の出席者は同期旧友兄弟を含め7人。今回は加計呂麻・諸鈍村出身の旧日本海軍・駆逐艦「涼月」の館長を祖父に持つ「軍艦防波堤へ」(栄光出版)の著者である奄美IT懇話会メンバー吉田・澤さん兄妹を招き、諸鈍出身の同期旧友を紹介。

延々続いた来賓挨拶、総会後の懇親会はお馴染みの相撲褌姿の男性群舞“振り出しスタートに続き、懐かしの島歌に里アンナ、日高三郎、久永さとみ歌唱に諸鈍芝居、油井豊年踊り等々の奄美舞踊、音曲オンパレード、何時果てるとも無き!炎暑の合間、久々に同郷旧交を温めました。 

         

       

       (油井「豊年踊り)

     

         (諸鈍芝居)

     

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「関沖経営協・第2回次世代支援セミナー」

2011年07月23日 | 「講演・セミナー」

           

 先週の「箱根合宿」帰京の翌・土曜日、関東沖縄経営者協会の今年の重点推進事項の一つ「次世代支援セミナー」のプログラムとしての“私の創業・継承”経験セミナー・第2回を実施しました。

 今回は“椅子席だけでなく、机も”と言う受講者の要望を受け、神楽坂の当社会議室で実施しました。

 

 主要テーマは“①既存大組織でのキャリアアップ、②自ら組織を作る、③NON雇用・被雇用IC(Independent Contractor)”という三つの選択を基に経験、苦労談披露しました。

 

出席者は30名。中には仲村元日産ディゼール工業社長はじめ錚々たる先輩経営者もあり、“次世代育成支援”を標榜ながら、この出席顔触れには流石に厚顔、往生しました。

 

 事後の懇親2次会にも20人以上が出席、全員が自己紹介とプレゼンテーション、異業種交流と盛り上がり、今回のセミナーの主要目的を果たす結果となりました。

 次回は「Life Planningとキャリア形成」テーマで9月に予定しています。ゲスト参加歓迎です。

 参加ご希望の方は関東沖縄経営者協会事務局宮城(miyagi@bg-japan.net)まで御連絡どうぞ!

                   

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「陶酔歓遊、沖縄の一夜」

2011年07月21日 | 「美ら島沖縄大使」便り

         

 先般の沖縄出張で色気抜き、硬派?地元紙元東京支社長、沖縄・石川県人会長にしてベストセラーズ・ソフトバンク新書「沖縄力」著者にこの時節、驚異の増収増益・地元テレビ局社長と古希、還暦過ぎた鼎談ならぬ4者。

 

県内狭い地元とは言え、3者いずれも個性的、そでぞれの領域で城を築き、多忙、顔を合わすことは稀と言う。

まあ、東京からたまさか訪れる私が接着役を果たしているということか!

 

 一人スピリチャール気炎朗々に皆々寡黙、謹聴とは言え、深いコミュニケーション交流。仲介接着剤・我が存在価値の自覚と共に自己満足!陶酔歓遊、沖縄の一夜でした。

 そう!たまには女性抜きも得難く、悪くないですね(^-^)

 

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「なぜ韓国はパチンコを全廃できたのか」:若宮健

2011年07月19日 | 「Weekly 読書感想」
なぜ韓国は、パチンコを全廃できたのか(祥伝社新書226)
若宮 健
祥伝社

  

 孫正義の両親をはじめ、我国の大手パチンコ経営者の8割は半島出身者が占めているといわれ、バブル景気の最全盛期には北鮮に送金された600億円近い収益金が北朝鮮の核兵器開発に使われていると米国紙に書かれたほどに、この業界の母体と思っていた韓国では政府により、2006年にパチンコ(彼の国ではメダルチギ)は全面的に禁止されているということを本書で知り衝撃を受けました。

 

 韓国での全面禁止の理由は依存症による破産や犯罪等様々な社会的悲劇を起していたからと言う。そういえば先頃四選を果たした石原東京都知事が「節電と言われながら、朝早くから深夜まで煌煌と電力を消費し、全国パチンコに興じている」と難じていた。

 

 日本でもパチンコ依存症に罹り幼児を自宅や車に放置、死に至らしむる悲劇や破産、自殺等がしばしば起きている。それなのに何故、この悲劇をもたらすパチンコ業の悪影響は韓国での全面禁止ニュースの報道や世論が起こらないのか?

 著者に依るとそれは、経営厳しくなっている新聞、テレビのマスコミ等にとってこの業界は大きなスポンサーであること。民主党はじめ政治家にとっても大きな献金元であること。

 さらに、パチンコ店舗そのものより、これを支える機器メーカーが大きな利権先で、「保安電子通信技術協会」「日本電動式遊戯機工協同組合」「日本遊技機工業組合」「日本遊技関連次号協会」「全日本遊技事業共同組合連合会」「回転式遊技機商業共同組合」等々のもっともらしいこの業界の多くの組合団体の会長や役員は警察OBの大きな天下先という利権、癒着体質から来ているという。

 

 こうした利権、癒着構造を振り切って、韓国で実現した禁止策が何故日本では出来ないの?本書ではその原因、理由の解明について今一歩、踏み込み分析が足りない。補足的に人口半分ながらオリンピック金メダル獲得で日本を遥かに陵駕し、世界女子ゴルフ界を席捲するパワー、日本メーカーが束になってもサムスン1社に敵わない企業力、シルバーシートに決して座らない若者や車内化粧風景皆無の基盤を儒教社会と徴兵制による韓国若者の規律性に触れている。内容全てに首肯できる訳ではないが、半日で読了の薄手の文庫版ながら台頭する半島パワーは否定し難く、改めて考えさせられました。

  

ただ、「朝日新聞」のオピニオン欄でインタビュー受けたPOKKA吉田は韓国のメダルチギはパチンコとは異なり、廃止の原因は盧・前大統領の親族の許認可疑獄で、いわば政争の結果とも言わんばかり、本書が言うほどの“綺麗事“ではないと指摘している。

 

 

 

 

 

 

 

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「哀悼!内倉典子さん!」

2011年07月17日 | 「美ら島沖縄大使」便り

             

          

 内倉典子さんの初七日、あっという間に過ぎました。

ご本人から末期膵臓腫瘍を告白されて以来“いつかその日”と覚悟はしていたものの、原君から逝去通知、通夜葬儀、初七日と今日まで呆然、なかなか事実を受け止められませんでした。12日、五反田・桐ヶ谷斎場で10件近い同時に行われた通夜中、圧倒的に大勢の内倉さんへ会葬者数に故人の生前の人脈と人柄を改めて偲びました。

 思い起こせば平成8年、瀬戸内会での”IT企業経理担当の古仁屋キュラムン”(ご本人自己紹介弁)との初邂逅。当方、たまたま経営者としての終焉と故郷・奄美への回帰タイミングとも重なり、紹介された同期原君や中山さんが首都圏で同じIT会社経営の上に古仁屋出身の縁も重なり「奄美IT懇話会」立上切っ掛けとなりました。

 さらに原弟さん案内による数十年振りの奄美訪問による田中一村館、大熊発電風力車、住用滝、油井岳、呑之浦・島尾敏雄碑、ホノホシ海岸歴訪、九死に一生を得た奄美豪雨洪水体験と切っ掛けを頂きました。

 お年を思わせない元気なお母さん3人での加計呂麻ドライブ、東京は帝国ホテル、中目黒での会食、赤坂での古希祝い歓待等々様々な出会、わずか年ながら走馬灯のような思い出の数々。

才色兼備に留まらず歌・踊りも何でも御座れの多才。左右上下拘らず、物怖いささかもなくIT懇話会事務局に郷友会受付、司会、会計、融通無碍、率先引き受けの積極性。沖縄、アメリカ、ヨーロッパとお母様と飛び回る行動力と奔放さ!その愛娘に先立たれたお母様のお気持ち考えると言葉もありません。

  忘れられないのは私の主宰する関東沖縄経営者協会に初参加ゲストにも拘らず、誰もが躊躇する最前列正面席にツカツカと歩み寄り、デンと座る天真爛漫! 末期すい臓癌宣告を受け、皆が心配するIT懇話会に出席“大丈夫!心配しないで!それより皆さんも頑張って!”と逆にメンバーを鼓舞、激励する気強さ!

「私、末期すい臓癌だって!」という衝撃のメールからわずか数ヶ月、東京、四国と転院病床からまめに発信メール後、「じゃあね、お先に!」と言わんばかり、いかにもノリッピーらしい旅立ち。長寿社会の今日、逝去54歳、私達の前をあっという間に光芒を放ち、旅立った内倉さんを思うと“生き長らうもさることながら、生きている間に何をするか”と改めて考えさせられました。

 貴重な出会いと沢山の楽しさ頂きノリッピー!本当に有難う。どうぞ安らかに!

            

     (健荘な1昨年、お母様と日比谷のレストランで) 

 

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「数年ぶりの箱根・彫刻の森で合宿」

2011年07月15日 | 「美ら島沖縄大使」便り

        

  JISA(日本情報サービス産業協会)に所属する独立系IT企業の協議組織ITAInformation Technology Alliance)代表者による恒例の箱根合宿会議に参加しました。

共に企業を背負うTOP同士ならではの日頃なかなか相談出来ない悩みや課題、食事、温泉と文字通り寝食共にしつつの腹蔵ない毎年1回の合宿交流会議。旧㈱日本アドバンストシステム合併から4年振りの参加。

 この日、東証1部上場会長はじめ公開企業TOPを含め22名のメンバー参加。ゲストとして、㈱NTTデータ企画部から講師をお招きし「人材育成研修」テーマの講演を頂きました。

 

10年前の初参加者から同じ顔触れは池田会長と古希を越す二人だけ。この日は代表返上・リタイヤ会長等々久方振りのOBメンバーのオブザーブ参加、顔合わせはあったものの企業継続の厳しさと業界、企業を背負うTOP世代の若返り交代を改めて噛締める機会でした。

 翌日の執行役員会に出席すべく一人1泊、“これが最後の合宿参加か”と後ろ髪引かれる思い、紫陽花満開シーズンの箱根登山電車沿線、セットバックしつつ慌しく神楽坂の本社に向かいました。    

            

       (会長を囲み古希OBメンバー勢揃い)                 

      (箱根登山電車車窓から満開紫陽花!)    

 

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「同期・高良君、受賞おめでとう!」

2011年07月08日 | 「美ら島沖縄大使」便り

              

 沖縄県歯科医師会副会長を歴任、「対馬丸記念館長」を務める高良政勝君が栄えある旭日双光章を受賞しました。

皇居での授賞式を終えたこの日の夕方、ご同伴上京のこれ又同期の奥様にお嬢さんをお迎えし、新橋の懐石料理店に在京同期17名が集い、祝賀会を催しました。

勿論、同期としては初の同君、受賞栄誉。御本人は挨拶で「歯科医師副会長責務への貢献もさることながら、対馬丸記念館理事長としての平和活動が賞されたのではないか」と。

我々那覇高校12期の誇りとて、この日、在京同期としては久々の集いでした。

 

 高良君への祝辞と同期・奥様内助の功讃えるメッセージと共に、参加者一様に口にしたのは自らの疾病経験談。これには逆に励まされました。政勝君、ミチ子さん!改めておめでとう御座います!  

          

 

 

 

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「南島詩人・平田新任部長、“沖縄フアンクラブに登場!」

2011年07月04日 | 「美ら島沖縄大使」便り

         

     (矢野会長、平田部長、中川参議と共に)

 先日、銀座スターホールで開催されて「沖縄フアンクラブ」(矢野弾会長)発足15周年記念大会に出席しました。この日、関東城丘同窓会幹事会とかち合い、「多良間祭」の招待も受け、日程調整四苦八苦しましたが、開会式と懇親冒頭に顔出ししたところ、日帰り参加の“南島詩人!平田太一県文化観光スポーツ新任部長に沖縄・北方問題特別委員長の中川雅治参議員来賓はじめ100人を超す参加者にはビックリしました。

 名ばかりの常任幹事拝命しつつ、お役に立たずとは言え、クラブを立ち上げた時に、故・竹田元県人会長から“重田君、頼む”と何度も督促され“設立趣意書原案”を作成した15年前を思い出しました。

 

 平田部長とも6年前、RBC新春特別番組出演以来の顔合わせ、覚えておられるのにはビックリしました。琉球王朝「踊り奉行」玉城朝薫の現代版を目指す、文化観光スポーツ部長就任への力強い挨拶は頼もしい限り、沖縄県次世代台頭のシンボルです。

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朝吼夕嘆

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