サブタイトルに~駆逐艦涼月と僕の昭和20年4月~とあるように本書は昭和20年4月、沖縄に向った戦艦「大和」の護衛・駆逐艦「涼月」艦長・平山敏夫の従軍、奮戦ドキュメンタリー。
あたかも平山艦長自らの筆致になっていますが、実は本書は平山艦長の孫・澤章氏の著述。しかし、本書の筆致は「大和」の護衛艦として10隻の艦隊の一隻として徳山港を出港、奄美大島・加計呂麻島沖を南下したところで、待ち受けたアメリカ連合艦隊から発せられる魚雷を避け必死に命令を受け操舵する模様、空母から飛び立ち来襲して来る戦闘機への反撃、応酬命令、受爆艦内の阿鼻叫喚とまるで実況のようなリアルな記述。
「涼月」は魚雷、空爆被弾しつつ、奮闘しつつ奇跡的に佐世保港に生還している。
艦長である祖父の戦闘活動状況を生き残った人々から取材、復元した著者の描写力には感嘆です。これは単なる筆力だけでなく、亡き祖父が乗り写ったような傾倒や敬慕、追悼の念が成さしめた技ではないか。
それにしても、すでに航空戦幕開けの昭和20年初めに、巨艦「大和」を建造、周到な戦略無く空母、航空隊待ち受ける南西沖に出撃させた当時の日本軍首脳の果敢、無謀さはなんと表現したらいいか。
この故・平山敏夫「涼月」艦長は奄美加計呂麻・鎮西村諸鈍出身、海軍兵学校入學、駆逐艦長という帝国軍人としての赫々たる経歴は、恐らく諸鈍だけでなく当時の奄美では知る人ぞ知る令名だったことでしょう。
私の故郷、加計呂麻・須子茂にも金鵄勲章受功の旧軍人小父さんが一人居り、周りを睥睨、村民からは畏敬されていましたが、いつも孤独で寂しそうな姿が印象に残っています。
本書の末尾には「本書を平山の曾孫にあたる平成生まれの二人の子供達に捧げる」と書かれていますが、我が「奄美IT懇話会」メンバーの吉田典子さんが曾孫ならぬお孫さん。吉田さん!良い本との巡り合い、有り難う御座いました。