”朝吼夕嘆・晴走雨読”

「美ら島沖縄大使」「WeeklyBook&Reviews」「マラソン挑戦」

「旅は道連れ!」(ブラジル紀行③)

2008年08月25日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 今回のブラジル旅行、東京からの参加者は先に書いたように平良、長嶺両WUB会長以外に佐和田㈱トップサービス社長ら8人。
 ニューアーク空港で5時間待機後、サンパウロ迄の10時間フライト、隣席の佐和田社長が一心不乱に読んでいる本を覗いて、驚いた。何と張・戒(ユン・チャン)著の「ワイルド・スワン」(講談社・土屋京子訳)。実は私が今回の旅行往復で読了すべく持ち込んだのが、Simon&Schuter Blishedの700P近いPaper Book「WILD SWANS」。原書、翻訳の違いとはいえ同一書籍を機内持ち込んだ偶然同一にお互い驚く。
 因みに、WUBメンバーで冷暖房工事会社を経営するこの佐和田社長、琉大法文に5年在籍中、中核内ゲバ紛争に巻き込まれ退学したとのこと。その以前琉大へオルグ分子を送り込んだ革マル最大派閥の早大一文出身として、話題は有らぬ方向へ飛んだ。とはいえ、太平洋上の機内臨席、お互い離れる訳にも行かず。”旅は道連れ”成田離陸後4回目の機内食疲れを吹き飛ばすほどに話に花が咲きました。

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「ブラジル便り」②

2008年08月24日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 ”BRICs”の先頭に呼ばれるようにブラジルはう新興国。左翼政権ながら一頃のインフルを克服、経済は急速に成長、その潜在力は中国、インドを凌ぐ勢いといわれている。バイオエタノールの開発、活用ではよく知られています。沖縄の南西石油を買収したペトログラス社の例にも見られるようにアジアへの投資意欲も盛んだ。
 それだけでなく、ここに来てIT企業の成長潜在力も注目されいるという。中国やインドに比べSOAやWEB2.0対応だけでなくCOBOLやAs/400等のレガシーシステムに強いエンジニアも多いと言う。
 こうしたブラジルIT産業の側面を評価し、NTTデーターやNRI等日本の大手ベンダーも現地調査等を行い、連携を模索しているという。その背景には中国、インドのIT人件費の上昇もあるようです。今回の渡航でそうしたIT企業の接点が得られるかどうか定かではないが。
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「ブラジル便り」①

2008年08月23日 | 「南米紀行」
 8月最後の週、夏季休暇を利用してブラジルへ行ってきます。
 その目的は沖縄系移民100周年式典出席かたがた、2001年、私が会長として「WUB世界大会in東京」開催の際、来日参加したブラジルはじめ、南米のメンバーにお世話になった御返しの意味もあります。
 東京からは平良新WUB東京会長を先頭に長嶺名誉会長他8名の参加。沖縄からは安里副知事を代表にチャーター2機で何と700人が参加。
 10日間のスケジュール、まず成田からニューアーク(済みません!ニューヨークではありません!)まで13時間フライト。当空港で5時間待機後、さらに10時間乗り継ぎ後、成田からおよそ30時間後に目的のサンパウロ着。この間機内食3回。
 サンパウロに3泊後、イグアスとリオに飛び、それぞれ一泊。29日にヒューストン経由で成田まで30時間、帰還予定です。この間、機内食6回。今回の旅行機内合計9食か!
 南米訪問は4年前のボリビヤに次いで2度目。恐らく生涯最後の南米旅行か。
前回、生水飲料に細心の注意を払いながらも生野菜飲食で不覚にも”水当り”に苦しんだ教訓を活かし、可能な限り”南米便り”発信を試みます。現地ホテルでのローミングサービス活用が果たして思惑通り上手く行くかどうか!

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「琉球舞踊にみる服装表現」~「諸頓」「花風」をとおして

2008年08月19日 | 「Weekly 読書感想」
 富士栄登美子・琉球大教授が昨年の「日本服装学会誌」に発表した研究ノート。
琉舞界では良く知られているように「諸頓」は古典舞踊の代表目に対し「花風」は雑踊の名曲。この琉舞を代表する名舞「諸頓」のかむろ前方中央に“何故、沖縄に少ない椿花を飾るのか”。
 富士栄教授はここに椿の長寿・延命を好んだ奈良・平安時代と椿に厄除け魔力を信じた唐の影響を文献その他から解明している。椿だけではなく、かむろ左右に必着する“ばさら”に江戸文化“伊達”を見る。このように琉舞の衣装、模様、さらには「女立ち](いなぐーだち)や腰(がまく)等様々な角度から琉舞を解析している。
 教授はその他「日本家政学会」で30の琉球絣模様を分類発表する等、服装に表れる地域の暮らしや海外からの影響等を研究解析している。
  ほぼ1年前に教授からお贈り頂いた数編の研究ノート、先の与那覇昌子女史の「辻・ジュリ」考察報告書に触発され、先の休日に懸命、紐解きました。遅くなりましたが、富士栄さん有り難う御座いました。
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「光文堂さん・暑気払に参加」

2008年08月17日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 沖縄県に本社を置く印刷業の㈱光文堂さんはここ数年、本社からわざわざ社長さんが上京、「暑気払い・懇親会」を開催されている。私はそれほどの顧客ではないにもかかわらず毎年、ご連絡頂き参加、乾杯の音頭挨拶のご指名頂き恐縮。今年の 出席者は首都圏のクライアント以外にRBC、新報、タイムス、ツーリスト、琉球海運等県内企業在京支社トップ40名近い皆さん。和気藹々のビジネス交流、懇親会。
 かねがね思うことは、県内印刷業のトップ数社は県内市場に止まらず、かなり以前から県外首都圏マーケットにも進出している事由。光文堂さんは東京支社のトップにわが国同業大手のOBを歴代招くなど内外に奮闘、善戦している。
 地域的特性が薄い成熟産業の筆頭にかかわらず、県内業界隆盛発展、その背景・事由の分析・考察は地域産業育成のヒントが得られるのではないか。

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「日本酒党総裁・稲葉さん!」

2008年08月16日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 ヨウカ堂を中心とする大手スーパーを中心に首都圏でモズク販売に貢献している知人の金沢潤子さんの再三の勧誘に応じ、高山厚子さんと京橋「蕎麦まえだ2号店」のオープン記念に参加。
 金沢さんはその人脈の広さを活かし、飲食店開業コンサル等倍広い活動をしており、この日の開店ショップにも何かとサポート、その一環として私達も招集されたようです(^-^*)
 この日、ご一緒した高山さんも元小学校長のキャリアながら琉球料理レパートリーで朝日新聞家庭欄に登場、「緑のカーテン・ゴーヤ」を著す等沖縄発信ボランティア活動に八面六臂。
 私の周りにはこの人こそ「美ら島沖縄大使」に相応しいと思う人は少なく無いが、高山さんなどはその最右翼。
 この日は又、開店アドバイザーとして第三代日本酒党総裁の稲葉由美子さん登場!記念のツーショット!
            
               (高山さんと稲葉由美子第三代日本酒党総裁)
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中島洋"美ら島沖縄大使"就任に乾杯!

2008年08月16日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 先週、この度沖縄県知事から「美ら島沖縄大使」に任じられた中島洋元日経編集員・慶大教授の激励、祝賀会に出席しました。
 当日会場立錐の余地も無い100名近い出席者の若さと県外者の多さには驚いた。名刺交換して判ったことはITベンチャー経営者や慶大、国際大学等中島さんの教え子達。通常県人会や同窓会等中高年の多い沖縄関係の集まりとは全く異なる顔触れと雰囲気。首都圏もう一つの沖縄カルチャーを感じました。これもあれも中島大使の人望・人脈。
 中島大使はジャーナリストとして60年代日本のIT黎明期をリードしたのは良く知られています。現在、国際大学教授、MM総研、首都圏ソフトウェア協等のトップ要職を務めつつ「沖縄IT津梁パーク検討会」座長をとして沖縄県IT振興に貢献されています。その大使が琉球王朝の血を引いていることは最近まで知られていなかった。この宵、自らスライドで御祖母が琉球国王・尚泰の叔父に当たる伊江王子の孫であることを説明する等、先祖返りのようなパフォーマンス・プレジェンテーション。これほどの使命感と意欲を示された「美ら島沖縄大使」は知らない。ご指名により「美ら島沖縄大使」の謂れ・ご紹介、恐れ多くも乾杯音頭の挨拶拝命。
実はこの日の会場、渋谷・百軒店の沖縄ダイニングバー「千里」(http://www.senri.tv)は御子息啓吾さんの経営。ご一族単なる沖縄フアンに留まらない。

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「おきなわの声を伝えて半世紀」(東京沖縄県人会)

2008年08月12日 | 「Weekly 読書感想」
 県人会およびその機関紙「おきなわの声」50周年を記念した布張り上製版。
 執筆者は歴代会長、事務局長、機関紙「おきなわの声」編集長等総勢およそ30名。内容は学術的論文、エッセイ、追悼録、座談会と多彩、いわば丼料理でいささか統一性に欠けるが、大勢の知人、友人の名前が登場、さながら同時代史、一気に読了。
島袋事務局長の50周年通史は“よくもここまで”と事跡、人事、イベントの羅列・追跡詳細記述は読んでいて目が廻りそうになった。
 秀逸は勝方早大教授の「首都圏に於ける県出身女性の歴代活動史」。大正期の「あけぼの会」から「東京沖縄女性の会」。それに対抗するように立上げた「いなぐの会」についても客観的に紹介されており、その偏見ない冷静、精緻な記述には私の知らない内容が満載されており、感嘆。
惜しむらくは巻末の「沖縄芸能史」座談会。川田、川口師匠と首都圏に於ける泰斗・師匠連が登場しているものの、もう少し突っ込みが欲しく、未消化の感が拭いされない。一方の旗頭である故児玉清子師匠や目下全国で200教室・2000人の弟子を率いる仲本光正師匠の沖縄三味線・クイチャ・パラダイス等は何故か登場していない。
 本書を読んで違和感を覚えた箇所は、書中、東京久米島郷友会や東京八重山・西表郷友会の方々が「東京県人会」に対し“貴県人会”と呼称、祝辞を述べていること。下部とは言わないが構成組織ではないのか。先島地域では“沖縄”とは自称しない意識反映か。
「県人会と経営協」というタイトルで少し書かせて頂いた私が言うのも僭越ですが川平会長以下編集員方々の累世・記念作業に敬意を表します。



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「吟呼・伝説の歌手」

2008年08月10日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 吟呼さんは2000人を超す沖縄アクターズ・スクール第一期応募者の中から合格、13歳で上京、都内中学校に通いつつ、CBSソニーから早熟なメジャー・デビュー。スクール先輩としてデビュー前の安室奈美恵やSPEEDに唄やダンスも指導した。
 歌手・エンタテーナーとして将来を嘱望されていたが突然芸能活動を中断、フアンの前から姿を消す。往時の熱狂的フアンから伝説的な天才歌手の失踪として、WEB、NET上での検索が続いた。3年前、私がその消息をアップするや毎週のようにアクセスが続いている。
 吟呼さんは20台前半、帰省の際に遭遇したスピリチャールな体験を契機に、ご母堂と共に先般逝去した戦後沖縄を代表する与那覇朝大陶芸・画伯に寄り添い、その晩年10年以上画伯の介護に若い人生を捧げた。過日の葬儀で喪主とし起草、述べた追悼・御礼の挨拶は会葬者の感動と激賞を呼んだという。
 私は大学卒業直後の40年前、駆け出し記者として上京就職した10代”黒真珠”のような往時のお母さんを取材した縁で、その後中城村・登又のご自宅やスタジオ、展示会場等で生前の朝大画伯と語る機会が幾度かあり,入院治療中のお見舞いもした。多少とは言え、お二人のご苦労を知る私は喪明けの某日、お二人慰労、激励の席を設けた。
 お母さんの美声、歌唱力を引き継いだ吟呼さんとは言え”歌を忘れたカナリヤ"10数年。やおら目覚め、生来のオーラー復活、期せずして親娘美声競演を目の前に、熱暑を忘れる一夜でした。この数日後、地元のテレビで画伯と二人の出会い・追悼の番組も放映されました。    
(90年「オキナワグラフ」表紙を飾った16歳の吟呼さん)       
          
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「経営承継セミナーに参加して」

2008年08月06日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 先日「両国第一ホテル」で行われたに日本経営合理化協会主催のセミナーに参加しました。テーマーは創業オーナー経営者の後継者育成と会長就任後の留意点等。講師は40歳の若さでリコー役員に就任、その後三愛社長を歴任した当年80歳の田中道信氏。
 印象に残ったのは”自己否定力”というキーワード。要は会長は”何をすべきかではなく、何をすべきでないか”の認識と抑制力。実際、社内会議等で得てして口出しそうな自分をじーっと我慢、聞き役に徹するのは創業以来の習慣があり、なかなか大変。「会長、いかがですか」という発言促しを期待しているが、誰からもなかなか出ないとストレスが高まり、ついつい銀座辺りで憂さ晴らししたくなる。(これ言い訳ですが) また、会社が成長ライン、成熟段階に達し、頭の良い高学歴エリート2代目社長時代になると内部統制・規則手続重視に傾き、顧客・営業・売上軽視につながるから要注意との点。最近の内部統制過剰経営への疑問を表明された。さらに経営は顧客と社員重視をすべきで、株主重視へも大いに異議を唱えられた。これも上場か非上場かによって、議論が分かれるところ。
 また、会長就任後5年は社長を補佐・アドバイスすべきと言われたがその期間と介入の度合いも課題が多い。ご本人の体験もさることながら、他のフレーズ、警句引用が多いのが気になった。参加費2万円の割には率直、いまいちの感がしました。
 出席者は50名弱、殆どが白髪の年配者。私の隣席の参加者は創業80年・7代目の秋田の食品メーカー社長で、息子への継承が課題と語っておられた。
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「琉球朝日テレビ(QAB)に出ます」

2008年08月04日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 先週沖縄に出張、事業所大家TTC、琉球新報、沖縄タイムス、県内取引先の新社長、琉大就職センターに挨拶訪問。
 当社では創業以来、各事務所で毎月最終金曜日アフターファイブに “全体会”と呼ぶ月例社員懇親会を開催しており、先週は沖縄事業所の全体会に出席しました。今月のイベントは新人歓迎と中堅社員司会によるスピーチコンテスト。テーマーは自由ながらエントリーは若手・中堅から入社20年以上のベテランまでの5名。終わった後は参加者による自由採点と評価。和気藹々な雰囲気でした。
 
 実の所、今回の訪沖のもう一つの目的は琉球朝日テレビ(QAB)本社スタジオでのインタビュー収録。QABでは以前から「㈱人材派遣センターおきなわ」のスポンサーシップによる「肝クトバ」(心に響いた言葉)というインタビュー・シリーズを毎週土曜5時55分(翌日曜6時に再放送)に放映していますが、亡父の私に対する“何時までも給料取りでいるな!”という「肝クトバ」の謂れと背景の語り。本番2分弱の放映に対し、20分近い収録でした。
 本番放映は来る今週土曜9日17時55分過ぎと翌10日の日曜朝の6時55分だそうです。在沖知人の方、視聴頂ければ光栄です。
              
                   (沖縄事業所社員月例懇親会)
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「遠来尊客歓迎!」

2008年08月02日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 中国から日本へ留学、帰化した友人のご両親が来日、折から御母堂・古希の誕生日に招かれ、ご一家と慶賀会食。ご両親来日は今回で三度目か。先般、私の上海訪問の際は連絡ミス、ホテル違いのロビーで半日近くお待たせの挙句、面談ならず大変ご迷惑をお掛けした。
 ご尊父は公務司直を歴任、ご母堂は教師上がり。当時の中国インテリィー階層のほとんどがそうであったように、文化大革命時には農村下放等の辛酸を嘗められた。
 前回同様この夜も互いに用紙4~5枚使う筆談に花咲く。王義之はともかく顔真卿、虞世南等を挙げる私の軽薄博識、衒学パフーマンス承知の上で愛で頂く。話題は毛沢東、日中首脳、政策談義から目下私が原書で取組んでいる「The Wild Swan」を語るや、ご尊父、読書中の中国語版「華麗な一族」主人公の“万俵大介”を挙げて丁々発止。漢字共有する幸せを満喫する一夜でした。
 70を超す高齢ものともせず、もう一人の娘さんが居住するオーストリア・ウイーン・東京と世界を横断するこのご夫妻のエネルギーに漢民族のパワーを感じました。
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「三月会」②

2008年08月01日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 ベンチャーであればあるほど、会社は創業者の年齢、健康等の生理的、物理的要件に左右されます。会社が20年、30年経つと社員、顧客のためにも社会的存在となり、社長の個人的属性・条件から開放する必要が出てきます。同時にリスクを背負い、潜り抜けて来た創業者利潤の確保の課題もあります。
 この日、利害関係のない極く内輪の「三月会」だけにこうした事業承継実施の背景と経緯をありていに語ることが出来ました。
 2次会懇親会では”もっと時間とって、いろいろ本音の話、聞きたかった”という声を頂きました。
「三月会」とは以前にも紹介しましたが20年前、故崎山沖縄ツーリスト支社長、豊里建設社長、武原沖縄物産社長、野里琉球新報支社長に小生等在京県出身経済人による異業種交流会がその発足。その後、新垣由紀子元アラブ大使館広報担当官の事務局入りに伴い、多くのゲストスピーカを招く会に発展、今日に至っている。内幸町のプレスセンターで隔月に例会を開き、ゲストは会員紹介、7000円の会費で参加出来ます。ネーミングは88年3月の発足によります。
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朝吼夕嘆

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