”朝吼夕嘆・晴走雨読”

「美ら島沖縄大使」「WeeklyBook&Reviews」「マラソン挑戦」

「知っているようで知らない沖縄」~波照間県立芸大教授講演

2014年08月27日 | 「美ら島沖縄大使」便り

                                                      
 早大大隈会館で開催された 東京沖縄県人会主催・第2回「沖縄文化講演会」に出席しました。早稲田大学琉球沖縄研究所と法政大沖縄文化研究所による後援。今回の講師は波照間永吉沖縄県立芸大教授。テーマーは「琉球文学について」。
 大城立裕「カクテル・パーティ」筆頭に沖縄出身芥川賞受賞作家の東峰夫、又吉栄喜、目取眞俊作品ロ論かと思いきや「おもろそうし」以前の琉球伝承文化の解説、説明。
 日本の中古文学と言うと紫式部「源氏物語」や清少納言「枕草子」を思い出す如く“作家と作品”を思い出しますが、14、5世紀まで文字の無かった琉球、「おもろそうし」は別として"文学”が存在するのかという思いを抱きつつ。波照間教授はその疑問に答える如く文字のない琉球文学とは宮古のトーガニー、八重山のトバラーマー、ノロ、ユタの祈り、嘆き、哭き歌。奄美笠利地方の「ハブロ」「ニギロ」の呪詞紹介とその膨大な取集、記録には驚きました。ここまで来ると沖縄で言うニライカナイ、キジムナーが奄美では何故ニルヤカナヤ、ケンムンというか、その由来、根拠に興味を魅かれました。これは"文学"いうより伝承、伝説、文化では?でも、こうした幅広い南島伝承学を“琉球文学”として研究領域・ジャンルの確立は県立芸大創設があればこそかと、他では聞けない独特の領域を感じました。領域、ド素人の率直な感想でした。

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「明治維新のカギは奄美の砂糖にあり」:大江東京理科大教授

2014年08月22日 | 「美ら島沖縄大使」便り

                                         
 先日、飯田橋の「セントラルプラザ」で開催された“ボランティア・市民活動セミナー”で大江修造東京理科大学教授の講演会に参加しました。その切っ掛けは南海日日新聞に連載された大江教授の著書「明治維新のカギは奄美の砂糖にあり」~薩摩藩 隠された金脈」を読んだからです。大江さんは東京生まれながらご両親は奄美大島・龍郷村出身。なんと先生の母方の家系は琉球王の末裔田畑家といいますから、琉球を祖にする故郷奄美への郷愁と強い誇りを感じます。
 火山灰覆われた貧しい耕地のあの薩摩が討幕、明治維新を断行出来たのは"奄美の黒砂糖搾取と琉球密貿易"とは良く言われたこと。本書には琉球密貿易には触れていませんが、奄美の黒糖搾取による薩摩藩財政構築、薩摩藩が黒砂糖から得た収入は年間20万両、黒砂糖以外の収入は一万両ながら薩摩は軍艦126万両に留学生派遣7万両、大砲購入19万両の計152万両を奄美の黒砂糖搾取で担ったという数値データの提示。
 この数値検証には鹿児島大の奄美研究教授の一部から反論、異議もあるようですが、大江教授は琉球王朝を祖に持つご自分の祖先の奄美黒糖増産への開拓貢献等を紹介し、その主張を貫く。
 また、篤姫の徳川家への嫁入りの費用は奄美黒砂糖が大いに貢献していた事実に全く触れていないと「篤姫ドラマ」制作の当時のNHKに抗議をなっさったことにもビックリでした。 化学メーカーのエンジニアから蒸留工学専門研究に転じた大江さんが、これ程の歴史実証著作に携わったのは、自らの出自・故郷への強い執着がなせる業か!
 私如きがこう言うのは失礼ながら、こうした強い郷愁心は客観的実証作業に影響を与えないだろうか?その傍証として、薩摩と共に明治維新を遂行した長州藩の財力基盤は何に依ったのだろうか?薩摩との比較検証があれば! 

 講演後、ご挨拶に伺ったら"先輩、加計呂麻出身ですか!今後ともよろしく!」といささかも偉ぶらず、にこやかにツーショットに応じて頂いた気さくなお人柄には恐縮しました。
     

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「蛙鳴」(大学クラス雑誌)の思い出

2014年08月18日 | 「終活レポート」

                          
 会社を退任したタイミングに直腸癌が見つかり手術、永久ストーマになったのを契機に74歳の生涯を振り返り、あれこれ“終活”と小中高時代の日記等の発見、整理の末に大学時代のクラス雑誌「蛙鳴」4冊が見つかり、ページを捲っている内にいろいろ思い出しました。
 そもそもこのクラス雑誌の発刊契機は、西洋史専攻の1期先輩の歓迎集いの時に「我々もクラス雑誌を発行しているが、君達も作ったら!」という提言だったと思います。
 では、誰が編集するのかと級友間で議論したのですが、「クラス委員」を拝命していたためか編集、会計チームを手伝うことになりました。発行は4年間に4冊ですが1年時に2冊、2年時に1冊、何故か3年時には発行せず、4年時に卒業を記念にと合計4冊になりました。4冊の累計執筆者は74名。50名を超えるクラスメンバーから計算すると4名に1人の執筆となります。
 私の投稿は「入学この方」「夏休みまで」「クラス雑誌を考える」「山田宗睦・危険な思想家所感」と4冊へ4文。読み返すと“面映い”反面、“へ!こんなこと書いたのか!”と。 

 大学1年時の1962年頃は手近にワープロは未だ無く、皆で第一文学部一階のレストランで謄写版に鉄筆で原稿を書きました。 流石にこの最後の4年版はプロのタイピストに頼みましたが、執筆者からの掲載料がなかなか集まらず印刷会社への支払に難渋し、4年次最終版に添付のような「編集後記」記述がありました。(^○^) この最終四年版のタイトル文字と表紙、一文校舎を模して 書いた記憶があります。蛇足ながら、この作業中、傍を通った当時二文に入学した吉永小百合さんの姿を覚えています。

 
 この「蛙鳴」書名はクラスメイトの浅川さんがを提案したのに対し、西洋史先輩が“蛙鳴蝉噪"ネーミング、自虐的でよくない!”と忠言されたのですが、浅川提案を押し切ったのを覚えています。
   
                     
            
                                                              (4年生最終号の編集後書き(>_<;)・゜゜・)

 

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「名嘉・東北エンタープライズ会長、沖縄クラブでの講演」

2014年08月12日 | 「美ら島沖縄大使」便り

                               
 先月12日・土曜、新富町の「日本印刷会館」で開催された「沖縄クラブ」の定例講演会に出席しました。この日の講師は名嘉幸照㈱東北エンタープライズ会長による「福島原発事故」体験、証言談。名嘉さんは先に紹介したように光文堂から「福島原発、ある技術者の証言」を著わしている。 名嘉さんは私と同じ世代、沖縄から上京、船員機関エンジニアとなり、渡米,GEに就職、原子力エンジニアとして東電福島に派遣され、㈱東北エンタープライズ社を創業、今回の災害に遭遇した体験談に留まらず、被災地福島のみならず、基地返還後の沖縄の復興開発についても提言するなど、広い視野からの講演。
 積年に亘る原子力発電に関わる東電に対する批判の一方で、下請けとして長きに亘りお世話になった現場の東電スッタフとの誼、共感等複雑な心境が読み取れました。さらに、明快には語られませんでしたが、端々にご子息を含めた事業継続・承継の課題等々古希過ぎ・罹病創業者同志ならではの悩み、思いが伝わって来ました。

 

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「母校後輩“城丘みらいツアー”でビックリ」

2014年08月10日 | 「美ら島沖縄大使」便り

                  
  母校の那覇高校では数年前から「城丘みらいツアー」と称して、先輩OBの務める首都圏大学に在校生の訪問ツアーを実施している。これは、ともすれば県内志向に傾きがちな最近の県内学生の県外志向推進に留まらず、県外で活躍する先輩OBに接することにより、自らの視線を未来に向けさせる狙い。

 今回の参加者は1年生7人、2年生4人、男女半々の11名。毎年の事ながら受験準備で忙しい3年生は対象外か。
 先月24日、関西経由で来京、母校那覇高OBが教授として務める東大、筑波大、早大、帝京大歴訪で疲れのこの後輩を在京城丘同窓先輩有志で神保町の「如水会館」に迎え、慰労会食、激励会を催しました。何で一橋大同窓会の「如水会館」かと言うと眞栄田関東城丘同窓会長が一橋OBの縁。
 この日、上京の高校生達は自ら率先参加しただけに、先輩連を前に臆することなく、それぞれ自己紹介と上京訪問感想の挨拶。正直、大学受験を目の前にするこれら後輩学生に対し、何をどう応え、伝えるか迷いました。と言うのは当面必死で第一志望受験を目指す彼らに「大学進学、受験は人生の一里塚、キャリア形成目標の言わば手段」などと終活オジーの心境を披露する訳にも行かず。
 この日参加の我々OB20名の大半は参加学生から見たら、彼らの祖父母に近い還暦過ぎのオジー、オバー連。来年からは30~40代の現役先輩OB中心の参画検討が必要では!

 この日のビックリは引率の教頭先生!
かつて“沖縄の21世紀未来を語る”テーマーの県内テレビ番組で一緒に出演した当時の元津留健二県教育委員長(現・沖縄女子短大講師)のご子息さんとのこと!実は津留先輩は私と同じ奄美・加計呂麻島で琉大の大先輩。光陰矢の如し!時の過ぎる速さを改めて感じました。

 

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「久々の三月会」

2014年08月09日 | 「美ら島沖縄大使」便り

                                                  
 先々月になりますが、内幸町のプレスセンターで開催の恒例の「三月会」に出席しました。
この日は帝京大学附属病院・癌センターでの抗癌化学治療の入院でしたが、講師を私がお願いした手前、担当医師に相談、許可を得て、病院から駆けつけました。
 講師は琉球新報・東京支社報道部長の島洋子さんで、テーマーは「ひずみの構造から考える基地と沖縄経済」。
 沖縄中部支社勤務時代、米軍基地が沖縄経済の発展を阻害している側面を取材、連載した記事で2011年「平和・協同ジャーナリスト基金奨励賞」を受賞した島さん、今回もそのテーマー講和をお願いしました。
 島さんは沖縄の一人当たり国庫補助金は島根県や高知県より低いことや返還前の那覇新都心の基地収入が51億だったのに対し、基地返還後の新都心の経済効果は10倍以上の600億強になり、雇用は135人から31倍の416名への増強した等々の数値データーを示し、“基地依存、補助金たかりの沖縄“というイメージを実証的に糾弾、覆し、文字通り”目から鱗“の沖縄経済の実態講演でした。ご多忙な最中、島さん有難うございました。

 故・崎山「沖縄ツーリスト支社長」、武原「沖縄物産」社長、豊里「ゆたか住建」社長と共に26年前に立ち上げた在京沖縄企業人中心の交流会「三月会」ですが、事務局を担う新垣由紀子さんの体調不良もあり、最近は運営難航ですが、「関東沖縄経営者協会会長、リタイヤした重田さん、三月会サポートに戻って」の声にどう応えるか逡巡、懊悩の昨今です。

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驚嘆、感激の「百名伽藍」!

2014年08月05日 | 「美ら島沖縄大使」便り

                       
                             (東シナ海を望む各ルームロービ)
 先般、関東沖縄経営者協会長退任の挨拶周りで訪沖した際、かねて「快気祝」のお声を掛けて頂いていた淵辺美紀㈱ビジネスランド社長の招待を受け、友人の仲松関東沖縄経営者協会新会長と比嘉平和祈念堂専務を誘い、ご主人の渕辺さんが建設、経営の南城市「百名伽藍」のご案内を受け訪問、その内装施設に驚嘆しました。
 ホテル内の恰も自然の如き石垣、草木、銅像等々すべてオーナー淵辺夫妻の創作で、宿泊ルーム17という小規模ながら全ての部屋の浴室からは東シナ海が眺望出来、廊下には歴代琉球王朝の著名歴人やエピソードがレビュー出来る壁画が展示され、居ながらにして数百年の琉球王朝史が概観できる。宿泊施設というより琉球文化歴史館の様相。
 淵辺社長経営の㈱JCCは県内外に広く数10店舗を展開する飲食店経営を展開していますが、この「百名伽藍」はそのJCC全店舗の収益を注ぎ、投資したのではないか。1泊7万とは言え、全室17のこのホテルの建設投資の回収十数年以上かかるのではないか?この「百名伽藍」は営業収益目的ではなく"淵辺経営学"のフロソフィー、美学の結実、金字塔"見る思いです。
 その施設ハードウェアだけでなく、私達3人を館内、施設を案内、説明頂いた従業員の委曲を尽くした細部に亘る説明と熱意にはオーナオの思いと情熱への共鳴、共感、まさに主従一体のソフトウェアーを感じました。

 さらに、ご提供頂いた豪華なランチには快気"Congratyulation"の菓子文字表示の至れり、尽くせりの"おもてなし"対応には驚嘆、感謝、低頭の極み。渕辺さん!本当に有難うございました。

 それしても、この淵辺ご夫妻社長だけでなく、㈱沖縄教育出版に㈱第一交通会社等々地元ウチナワンチュが苦心惨憺、苦闘する沖縄マーケットでこれだけ夢を実現した県外“寄留商人“とは言わずともこれら"ヤマトンチュの魂、存在、能力にわれわれ琉球人はどう学び、理解すべきか!

 沖縄を去り、東京で零細IT企業を創業、承継、合併譲渡した経験から沖縄にもこれだけ豊かな土壌があったのかと有らぬ感慨一入で した。                       
                          
                           
          (快気祝い特別メニュー に深謝!)

 

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第40回「宮古ふるさと祭」で厚顔にも開会挨拶!

2014年08月01日 | 「美ら島沖縄大使」便り

                                                       
 先月、上野の「水上音楽堂」で開催された関東宮古郷友会連合主催の「宮古ふるさと祭」の招待を受け、初めて参加しました。この日、上京の宮島市長さんや議長と共に、なんと開会の挨拶指名を受けました。
 宮古郷友会連合会は 開会に先立って催されたのが「なりやまあやぐ国際コンクール」。ご存知の方は多いでしょうが「なりやまあやぐ」は宮古島を代表する民謡で毎年開催されるコンクール。出演者の多くは仲本さんが率いる在京・宮古民謡団体の「クイチャーパラダイス」メンバー。
 宮古島本島以外に伊良部、池間、来間、多良間島他有人6島それぞれ独特の方言、歌、踊りに富む多彩な島ながら、人口はなんと奄美大島の半分の54000人。
 それでも"アララガマ”に象徴される負けず嫌い気質で、沖縄本島でも日本本土でもそのスピリッツを表象するかのごとき活躍、頑張り屋がいます。この宮古の"アララガマ” スピリッツは奄美南島・徳之島の"スットグレ"(何くそ!)スピリッツに類似しています。離島、島ちゃびこそ、こうした負けず嫌い、頑張り精神を育てるのか!  この日は宮古連合会長の土井、副会長のさんが会場メインスタジオで堂々、延々の宮島民謡演奏!この宮古島パワーには圧倒されました。  
                                         
          (新垣関東沖縄経営者協会副会長と ” 見様見真似”のクイチャー(宮古踊り)

 

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朝吼夕嘆

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