”朝吼夕嘆・晴走雨読”

「美ら島沖縄大使」「WeeklyBook&Reviews」「マラソン挑戦」

「早稲田大学・琉球沖縄研究所」へのご支援を!

2008年09月29日 | 「美ら島沖縄大使」便り
                    (琉球新報記事から)
 沖縄タイムス創刊60周年イベント「あんやたん」(ああ、そうだったネ)祭への招待を受け、その出席がてらタイムス・新報両社を訪問、拙書「おきなわ就活塾」(新宿書房)の広報、出版記念パーティへのお礼・表敬訪問しました。
その節、書籍購入にご協力頂いた皆様へのお礼の意味も含め、「早稲田大学・琉球沖縄研究所」(勝方=稲福恵子所長)へ些少ながらその収益金を寄贈、ご報告させて頂きました。
 同研究所は学際、グローバルな新しい沖縄・琉球研究の展開を目指し、遠くECからも研究者を招聘する等その運営には恒常的支援組織が必要です。その支援活動の嚆矢ともなればと今回不詳私が寄付をさせて頂きました。
 皆様にも改めて、同研究所のご案内、ご支援のお願いを差し上げますので、ご賛同頂ければよろしくご協力の程お願い申し上げます。
                         
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 「94歳・恩師山元先生、有り難う御座います」

2008年09月28日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 先に自伝とも言える「おきなわ就活塾」(新宿書房)を出版したことを小学校6年の時の恩師・山元芙美子先生が地元の新聞で知り、先日住所問合わせ、お便りを頂き驚いた。
 先生は私が小学6年2学期、奄美から沖縄の安里小学校(直ぐ「安謝小学校」に改称)に転校した時の恩師。沖縄女子師範卒で、当時既にご主人を亡くされ、女のお子さん二人を抱えつつ私達を卒業送出すと教育委員会に転じ、以後定年まで教壇に戻られず教育行政に奮闘された。それだけ視野の広さを買われたのだろう。先生は当年94歳、透析で入院中の病院から達筆、明晰なお便りを頂き、先週沖縄出張折、50年振りにお見舞いに伺ったら「辰弥君、サブプライムで株が暴落しているけど君の会社は大丈夫ね?」と聞かれ驚いた。さらに「お父さんと一緒に転校に来た日のこと良く覚えているよ。確かお父さんは同じ年で生きていたら同じ94歳だね」と言われ、またまた驚く。透析治療で車椅子とはいえ、何と言う元気さ、明晰さ!
 付き添い娘さん、何と那覇高の一期先輩で高校国語教師を定年退職。
「母はよく新聞雑誌を読み、未だに私達は不勉強と怒られます。重田さんのことよく教え子と自慢していますよ」と言われ、内心「そろそろ年か!」等と思っていた自分に鉄槌を喰わされたよう!先生有り難う御座います。いつまでも矍鑠!お元気で!加えて、こうした機会を作って頂いた出版督促、協力頂いた皆さんに改めて感謝です。“いい人生でした”は”早過ぎる“とまた怒られそう!
          (失礼かと思いましたが94歳、先生の健筆ご披露します)
          

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「旅の恥、かき捨てならぬパフォーマンス」~ブラジル紀行⑭

2008年09月27日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 リオデジャネイロ滞在最後の夜、WUB東京メンバー中心の参加者8名と共に市内レストラン兼シアターで「サンバ・ディナーショー」見学。会場は移民100年祭参加の県内、北米からの参加者以外に世界数カ国の観劇者。司会者も心得たもので、ショウが一段落するとポルトガル語で観劇の世界それぞれの客目指して、その国のポピュラーソングで呼掛け、舞台に上げパファーマンス競演。
 ガイドさんから、“日本人には「上を向いて」ですよ。その唄が出たら舞台に上がって下さい”と予め言われていたので、時差と連日の過密スケジュールの眠気振り払って、同行メンバー3人でサンバ踊り子達の退場した舞台に上がって、“旅の恥はかき捨てて”ならぬ見よう見真似のパフォーマンスでした。
           
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「リオの大キリスト像」~ブラジル紀行⑬

2008年09月24日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 ブラジルの名勝と言えばイグアス瀑布と並ぶコルドバードの丘上の大キリスト像。
ここに至るケーブルも名物の一つ。ブラジルは1822年にポルトガルから独立したが、それより100年後の1931年に独立を記念して建てられたのがこの像。高さ30メートル、左右28メートル。宗主国ポルトガルの影響かブラジル人の7割は、カトリック信者という。
 良く知られているように、他の南米諸国がスペイン語を使うが、ブラジルは南米唯一のポルトガル語園。そのためか我が長嶺WUB東京会長のように県系の中には両語話せる人が少なくない。もっともブラジル・ポルトガル語は原住語との混合で本場ポルトガル語とは相当異なると言う。
 今回のブラジル渡航には数年前のボリビヤ入国では要らなかった預金残高証明等のビザが必要なのには驚いたが、これは日本政府がブラジルからの入国に対してビザを求めていることに対する対抗措置らしい。これは南米唯一の例外国とのこと。 同様に両国間では犯罪者送還の相互取決が無いため、日本国内で犯罪を犯したブラジル人が帰国したら、追及、逮捕を免れる。これらは今後の両国の課題。
                      

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「千客万来・千載一遇!」

2008年09月22日 | 「美ら島沖縄大使」便り
            (堀CIJ社長を囲んで40年振り大野教授!)
 先週、横浜駅前のホテルで開催された東証1部親会社CIJ株主総会に出席。増収増益基調の決算報告、大過なく終了。
 それより、今回最もびっくりしたのは社外取締役の藤田元NTTデーター初代会長と並んで今回新任の大野郎つくば国際大学教授!
 実は大野さんとはわずか半年とは言え、今を去る創業38年の前の勤務先コンサルタント社で「某省情報システム関する調査研究」プロジェクトでご一緒した仲。 氏は東大数学科院卒の上に空手部主将ながら囲碁五段と将に文武両道。当時IBMを凌ぐ業界リーダーだったUNIVAC社ですでに大型プロジェクトリーダー経験。私は下っ端・国家公務員から黎明ITの業界に転じたばかりの“走り役”。一期先輩とは言え遥かに及ばぬ眩しさに唯一将棋で一矢報い、辛くもアイデンティテイ保ったのを鮮やかに覚えている(^-^*)。当時新婚早々のお宅にもお邪魔した。
 大野さんはその後、大手IT社のIR部長、取締役、情報処理学会理事、日科技連部会委員長等の要職歴任から大学教授就任。
 IT学術畑代表としての今回の役員就任、互いに古希目前・40年振りの奇縁・邂逅に”おう!やあやあ!”と生きとし生きる人の世の僥倖を噛み締めた一日でした。大野さん、40年振りに井目でまたよろしく!なんなら将棋一局でもいいですよ(^_^;)
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「イグアスの滝」~ブラジル紀行⑫

2008年09月19日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 「南米行ったからにはイグアスの滝とマチュピチュ(ご指摘でマチウス訂正)遺跡に行くべき」とよく言われる。4年前、地球の反対側往復4日のボリビヤに行きながら、現地に3泊しただけで、何処にも行かず帰日、同行者に呆れられた後悔ではありませんが、今回はサンパウロで3泊の公式行事出席の後、ペルー高原のマチウスはさておき、イグアスに一泊、ブラジル・アルゼンチン両国境、上から下から見学だけでなく、体験。そうボートに乗って滝壺近くまで行き、それこそ全身ずぶ濡れになりこの瀑布を浴びました。
 当初、ブラジル側から見たときは“写真で見た通りだな”と格別の感慨もありませんでしたが、奥へ行くほどに“これでもか、これでもか”と景観が壮大化、神の所業・大自然に圧倒される。尽きることのない膨大な流域水量をみながら、ここには地球温暖化の影響はないのか等と考える。
           
           
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「那須塩原・社員旅行へ行きました」

2008年09月15日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 「会長、外国には行って、社員旅行は行かないんですか」という社内の声に推された訳ではありませんが、ブラジル10日間の時差がようやく抜けた連休の昨日、恒例の社員旅行に参加。行先は那須塩原バス旅行。どうしても二週間前の南米ブラジルと比較、北関東の緑なす那須高原と広がる葦原稲穂の国の眺めに心安らぐ。
 最近の社員旅行は“業務の延長“のようと社員には敬遠されがち。創業経年と社員増に反比例して参加率低下が通例。当社も創業4~5年は参加率9割を超えたが、この日は100名を超える東京地方勤務社員中、参加は1、2年生と40歳以下シングル社員の30名弱。連休とて家族持ち社員や管理職の参加はない。私も3年ぶりだが1泊2日の温泉旅行を通し、職場ではまず接触のない若手と胸襟開くコミュニケーションの得がたい体験。夜の宴会のカラオケ合戦、若手の唄う歌がほとんど分からず、否が応でも世代差を思い知らされる。
 当社の社員旅行は業者折衝、プログラム作成、スケジュール管理全て企画、運営、実行、入社2年生の担当が恒例。これを通し同期の連帯と行事、組織運営のノウハウの一部を身に付ける。この日も女子社員中心に、遅刻、事故もなく見事な運営、幹事の皆さん、ご苦労様。

            

 
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「サンバ、踊り子達!」~ブラジル紀行⑪

2008年09月14日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 ブラジルと言えばカーニバル、そしてサンバ!その踊り子達のスタイルの見事さと美しさ。日本人を見ていると体型とは曲線と思われるが、この人達はそれこそ直線というほどにすっきりした見事なスタイル。その多くは外来ポルトガル祖先と先住民の混血という。それだのに、この美しい線形スタイルが何故又あのこの世のものとは思われないメタボルに変形老いて行くのか。
この国に限らず、アメリカ・乗り継ぎのニーアークやヒューストン空港でもしばしば出会ったメタボル群像。単に腹部だけでなく、左右腰部、後臀部と同じ人類かと思うほどの異状突出体系。白人に限らず黒人もそうだからこれは遺伝体質と言うより食生活習慣の堆積だろう。この体型を見ていると“何が貧困、貧富の差”と思う。貧困とは飢餓と痩身ではないのか!
 釣られて一緒に踊ったのは現地踊り子ではなく、嘉手納から来航したサンバ踊り手。そしてオープニング・セレモニーで目の当たりにし、目の眩んだ現地本物の踊り子達。
            
 
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「落書とバウンドの街!サンパウロ」~ブラジル紀行⑩

2008年09月12日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 何処でもそうですが外国を訪れるときの初印象は空港からホテルへ至る車中の眺望に左右される。先般訪れたホーチミン市は“単車と自転車の洪水”。上海は“高層と喧騒“の街だった。サンパウロはどうか。
 それはまさに“落書とバウンド路”の街。東京だって街の所々には落書きがあるが、サンパウロのそれは至る所、桁違い。橋梁、ガード、塀は言うに及ばず
どうしてあそこまでと思われる高層ビルの壁まで。聞けばヤンキーな若者が“これでもか、これでもか”と競うように敢て難所に描くと言う。当然これは違法で、発見されたら親御さんまで罰金が付加されるというが、とても警察も手が廻らないという。
 違法というより、この若者の他に持って行き場のないエネルギー、表現欲は何だろう。その潜在力は他に活かせないものか。見方によっては大きな可能性を感じさせられる。南米随一の貧富の格差にも関らず、暴動やクーデターが起こらないのは民衆のエネルギーをサッカーとカーニバルで吸収しているという説がある。本当かどうか多くのあの踊り子達は貧民街の住人という。落書きもその捌け口の一つだろうか?いっそ合法的コンクールを開催したらどうだろう。
 そして、舗装路とは言え、よくも車両が持つものだと思うほどのバンドの激しさ!乗車一同、悲鳴から呆れ、笑い声が起こるほどだった。車酔いに人には耐え難い拷問に近いだろう。
          
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「国際女性フォーラム」~ブラジル紀行⑨

2008年09月10日 | 「美ら島沖縄大使」便り
             (発表する竹崎さん・右)
 この日同時並行的に行われたフォーラムで女性中心に最大300人以上も参加していたか。沖縄から参加した知友のインターネットによる書道指導家で、WUB沖縄の事務局長を務める竹崎さんと大会に首里城の背景幕を寄贈する等日頃から社会貢献活動に積極的な久保田チャーミングスクール校長のお二人の発表を聞くべく覗きました。
何故、100年移民際で「女性フォーラム」と思ったら1955年、ブラジルで当時の稲嶺沖縄県知事を招いて第一回目が挙行されたとのこと。
 今回はブラジル、ペルー、アルゼンチン、米国等で大学や市政で活躍する県系女性11名による体験とプレジェンテーション。こうした社会的海外県系女性の社会的サクセス談もいいけど、”移民“というキーワードなら、勝方早大教授の言う”越境する沖縄女性“の海外版とも言うべく私の知る女性の体験談も面白かったのでは。
 例えば、戦後、頼り無い連れ合いを振り切り、単身ハワイ、次いでロスアンゼルスに渡り、旅行社を立ち上げ日米を往復、活躍する糸満女性。越え難い母親の令名を逃れる如くアメリカへ。その太平洋横断船上での恋を実らし、夫妻で会社を立上げ、ロス郊外に広壮な住宅を建て、東洋人としては初めてイントラープレーナー受賞するベンチャービジネス創業の息子を育てた首里女性。かと思うと、勇躍この南米移民際に参加した70間近の私と同年の那覇と名護の元気印の中年寡婦二人の動機を紹介、発表したら満場もっと受けたのでは!
          
              (発表終えた夜の宴席で久保田さん、お疲れ!)


 


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「沖縄移民と21世紀へのネットワーク」~ブラジル紀行⑧

2008年09月08日 | 「南米紀行」
 このフォーラム、アカデミックな所為か大会5つのフォーラムの中では、参加聴衆が少なかったが、私には最も興味深いプログラムでした。
一つにはこれまで南米での調査研究実績のある石川所長以下「琉球大移民研究センター」教授10名近くが大挙来訪参加しており、その中には町田、金城両教授等知己がいたことにもよります。3部構成でしたが前半はWUBビジネスプレジェンテーション参加のため、私は最後の部、宮内、野入、金城3教授のパネル発表しか聞けませんでした。
 宮内教授は本土出稼ぎ・季節労働者、野入准教授はウチナンチュ大会に参加した南米各国二世のウチナンチュ意識の実証的調査分析発表で興味深かった。
 往時の移民は“いざ行かん、五大州!”等の海外飛躍への勇ましいスローガンに隠れがちだが、何だかんだ言っても“生活、稼ぎのため”という基本動機という点では今時の本土・出稼ぎ季節工と時空を越えた共通の要素があるのではないか。
「南米移民は“季節”あらぬ“Life出稼ぎ労務”の要素があったのでは?」「本土季節工のUターンは月・年単位だけど南米移民は世代Uターンではないか」。
 もう一つ、南米沖縄移民の調査・分析には他府県移民との比較考査がいま少し欲しい。この点では福井日大教授の先行研究がある。
 さらに、最初の南米移民1908年の「笠戸丸」乗船791名中325名となぜ過半数近い沖縄出身か?その理由背景は?渡航した多くの県出身移住民が“話が違う、騙された”というが“騙した主体は誰か”“他府県者との意識、行動の差”等の比較実証分析も欲しいところでした。
 また、野入教授の行った過年沖縄で行われた「世界ウチナンチュ大会」に参加した南米他国県系人と比較した県系ブラジル人の”沖縄意識”の強さの調査結果を聞きながら、その意識の理由や背景、さらにはこの大会に参加した人々は移住民の何割ぐらいか。経済的に恵まれた特定の階層ではないか等々の疑問が湧いてきました。
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「第31回株主総会」無事終了しました。

2008年09月08日 | 「美ら島沖縄大使」便り
10日間のブラジル旅行から帰国の翌々9月2日、当社第31回の定時株主総会を開催しました。今回はCIJグループ入り初の総会で親会社から堀社長他二人の役員が出席されました。
 30期はCIJグループ入りに伴う経過措置として9ヶ月の決算期でしたが、対前期増収増益で、議題の「計算書類承認の件」は原案通り承認されました。
ただし、当社はCIJグループ22社中、売上高上位3位を占めますが、利益率は中位以下となり、この収益改善が今後の課題として株主から指摘頂きました。
今後予想される市況の厳しさに備え、社を挙げて新規開拓、効率的プロジェクト管理と並んで、他と比較して高い間接経費の逓減を目指します。
 なお、31期当社役員は以下の通りです。

  代表取締役会長 重田辰弥
  代表取締役社長 岩崎貴史
  専務取締役   中村文彦        
  取 締 役   須田 準
  監 査 役   染谷行俊
  執行 役員   喜瀬 茂 (新任・沖縄事業所長)
  執行 役員   薩川由紀夫(新任・静岡事業所長)

 沖縄、静岡両事業所の全社利益貢献に鑑み、地方事業所長が役員に就任したのは当社史上初めてです。
 以上、役員揃って今後とも株主の皆様のご期待に沿うべく邁進努力する所存です。引続きご指導、ご鞭撻の程よろしくお願い申し上げます。      以 上

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「オキナワ・プログラム」Dr. Craig ~ブラジル紀行⑦

2008年09月07日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 これは、今回私が出席した式典イベントで最も感銘を受けたプログラム。
よもやブラジルであの世界のベスト・セラーズ「オキナワ・プログラム」のDr. Craig Willcoxにお会いするとは思わなかった。それも迂闊なことに彼が沖縄国際大学で教鞭をとり、しかも沖縄の女性と結婚、お子さんがいるとは知らなかった。それよりもスライドを駆使した当意即妙、ボディアクション豊かなそのプレジェンテーションスキルには感服!
 その前に出席したWUBビジネス紹介の講演が日・英・ポルトガル3カ国語の拙い通訳で理解に往生しただけに時間を忘れさせ、飽きさせないパフォーマンス豊かな講義には感嘆。内容は言うまでもなく、長寿沖縄の実証的研究成果発表。それにしても忍び寄る沖縄短命化に研究テーマ気掛かりではないかと、講演後の質疑応答ペーパーで“What you think of 26 shock problems?”と聞いたところ、得たりや応と余裕綽々。講演後挨拶に言ったら“あの質問、貴方でしたか”と笑みを湛え、握手。とても学者らしからぬ気さくな。こういう教授を戴く沖国大生の幸せを思った。
 結論として長寿には4足Chairが必要と。曰く“生甲斐”“付き合い”“運動”“食事”。

 
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「ミス・ブラジル琉球と」~ブラジル紀行⑥

2008年09月07日 | 「美ら島沖縄大使」便り
             (歴代ミス・ブラジル琉球と)
 今回の100周年記念祭には沖縄から安里副知事以下県庁部課長8名、高嶺議長以下県議10名、那覇、名護、嘉手納、浦添、豊見城各20市町村長、電力、オリオンビール、空港ビルディング、モノレール、コンベンションビューロー等県財界、新報、タイムス、RBCマスコミ首脳他700名前後の渡航参加。この間の県内政財界機能不全を心配させる程の顔触れ!現地も驚く壮観な沖縄パワー。沖縄以外にハワイ・北米から200名、現地を含め南米各地を合わせ総勢3000名の式典。
 歓迎式典、パレード、芸能フェステバル、晩餐会以外に講演やフォーラムが開催された。その中で私が参加、印象に残った以下のプログラムを順次、紹介感想をアップします。
  ①講 演  「沖縄の長寿」~Dr. Craig Willcox
  ②フォーラム「沖縄移民と21世紀ネットワーク」:琉大移民研究センター
  ③フォーラム「第2回女性フォーラム」

         
    (WUB東京参加の皆さんと~サンパウロ・マスクード・ホテルロビーで)
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「祭典の規模」~ブラジル紀行⑤

2008年09月05日 | 「南米紀行」
     (開会式で県代表・安里副知事と与儀大会開催委員長)
 今回の沖縄県移民祭典は100年に一度に相応しく、平均二週間、一人優に70万を超す経費にも関らず沖縄からは2台のチャーター機に700人以上、北米、ハワイからも200人以上、現地南米各地からのメンバーを含め、3000人を超す大イベントになり、沖縄一県で先月皇太子も参加した全日本人移民祭典にも匹敵する規模になったようで、これを見ても沖縄がいかに移民県民性かが分かる。
 現地ブラジル国要人挨拶にも、まるで“一国に匹敵する”という表現があった。何故そうなるかは学問的テーマーとしても興味あるところですが、あたかも今回、イベントの一環として石川所長を先頭に琉球大移民研究センターの皆さんが参加、フォーラムを開催された。聴衆は少なかったものの、私には今回最も興味を惹かれたイベントの一つでした。


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