”朝吼夕嘆・晴走雨読”

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司馬遼太郎と池宮彰一郎

2002年09月10日 | 「Weekly 読書感想」
 初期の忍者伝奇物と「韃靼疾風録」以外の司馬の作品はほとんど読んだ。

 私が日本文学で最も読んだ作家といえる。晩年前数年は創作から手を引いて専ら紀行文や随筆に手を染めていたが、 逝去されたときは「ああ、これで司馬文学にはもう接することが出来ない」と大きな喪失感を覚えたものだ。 あの頃粋がって「もし、司馬遼太郎とモツアルトがなければ世界はなんと寂しいものか」と呟いていたものだ。

 その司馬がどこかで「保元・平治」だけはなかなか書けないと言っていた。池宮彰一郎は今その難題の「平家」を日経紙上に連載し、清盛を当時としては類まれな国際性と先見性を持っていたのに対し、頼朝は猜疑心の強い臆病者としている。 私達は教科書で、平家は「武備を忘れ公家風に染まり怠廃した」のに対し、源氏は「京に距離を置き鎌倉で武家風の質実を保った政権」と教えられたが、 池宮はあえてこの通説に異を唱えている。これは司馬が家康を英雄性に欠ける田舎者と断じたことに符号する。対して二人の義経観は相反する。 池宮は義経を私欲がなく機略に富む爽やかな若武者として描いているが、司馬は視野の狭い短慮な人物として描いている。

 このあたりが異なる作家の視点の面白さだ。
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朝吼夕嘆

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