”朝吼夕嘆・晴走雨読”

「美ら島沖縄大使」「WeeklyBook&Reviews」「マラソン挑戦」

「斎藤ウィリアム」

2012年03月26日 | 「千客万来」

           

 今月上旬、都道府県会館で開催された沖縄県産業振興公社主催のバイオ、IT関連の「新産業創出事業」成果発表会に出席。 主催者代表の勝目専務の挨拶。4人の発表者中、IT事業テーマーへのコメンテータ役として出席の斎藤ウィリアム㈱インテカー代表取締役社長に再会。

 たまたま、ロスアンゼルス居住のお母さんから寄贈された彼の近著「An Unprogrammed Life」に四苦八苦、やっとこさ読了の矢先、本にサインを貰いました。!

 発表内容への講評そっちのけで、この著書に展開している「Adventures of an Incurable Entrepreneur」所論展開!

 10年前にはロスのI/Oソフト本社で、5年前には赤坂の琉球料理屋で懇談した仲ながら、今や彼はNHKテレビへの頻出、海外を飛び回る“Entrepreneurタレント”として大活躍。

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丹羽社長・ノルウェー「Japan Project」講演~三月会例会

2012年03月22日 | 「美ら島沖縄大使」便り

         

 昨日、内幸町のプレスセンターで開催した恒例の「三月会」では㈲バーテックス社長をお招きし、ご講演頂きました。

 丹羽社長はノルウェー駐日大使館勤務時代、同国水産物の対日輸出「Japan Project」を立上げ、大成功した功績で同国王から受勲を受ける等の経歴の持主。多くの著書を出される一方、農林水産関係の委員も勤められている。

 講演中で語られた“地産地消より地産他消”“助成金は産業を潰す”等の体験から得られたキーワードやトレサビリティーの有効性等沖縄の振興策への様々なヒントを頂きました。

 人口500万余と日本の20分の1、沖縄県の五倍ながら一人当たりGDPはルクセンブルグに次いで世界第2。死刑が無いばかりか最高刑は懲役20年の刑法、しかも独房刑務所にはテレビ、冷蔵庫付きという人権重視制度等めったに聞くことのない北欧・ノルウェーの概要には驚かされました。

 当年75歳ながらPCを自ら操作、Power Pointスライド50枚を立上げ、詳細な数値データを淀みなく語られる丹羽社長の若さには驚かされました。たまたま、早稲田の先輩で私とは入れ違いながら大浜総長下の在学という奇縁でした。

 日常茶飯事、本業と離れたこうした場所に赴くことは老い行く自らへの啓発機会と改めて認識しました。

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「ウミンチュ娘」出版パーティ

2012年03月19日 | 「美ら島沖縄大使」便り

            

             

 3月16日、霞ヶ関で開催された今井恒子さんの出版パーティに出席しました。沖縄協会評議会で訪沖、最終便で帰宅したところ本が届いており、開会の挨拶役拝命を受けていたこともあり、眠い目を擦りつつ、当日朝にかけて必死に通読しました。

 本書は今井さんの創業、自分史ですが、私が最も印象を受けたのは本書にも書いておられる奥野修司さんが書かれた「ナツコ」と高木凛さんが書かれた「照屋敏子伝」との類似、共通点です。たまたま奥野さん、高木さんお二人共、3年前の拙書「おきなわ就活塾」私の出版パーティへご臨席の栄を頂きましたが、お二人が書かれたナツコと照屋敏子と今井さんの3人、それぞれ時代背景や生き方の違いはあるとは言え、いずれも「ウミンチュ」=糸満の血を引く女傑振りです。この逞しい沖縄女性の生き方・閲歴を通し、さながら日本の南西離島の女性史を読む思いでした。

 もう1つ、私にとって印象に残った箇所は、私は出世地の満州を終戦で引き揚げ、沖縄に移住するまでの小学1年から6年まで、奄美大島で過しましたが、今井さんも谷川健一の著を引き合いに出して触れられていますが、言うことを聞かないと周りの大人から“イトマンに売られるぞ”と叱られたものです。当時、私は抽象的な叱り言葉と受け取っていましたが、今井さんのお父さんがまさに、その体験をされたのだという事実に驚きました。そして、そうした艱難を乗り切ったお父さんの体験結果、今ここに“ウミンチュの娘”がいるのかと感慨もあります。

 当日の出席者は250人を超す幅広い今井さん人脈。この集客力ーには感嘆!経営パワーというより、政治パワーを感じました。

 拙書「おきなわ就活塾」出版パーティで後に琉大教育学部長になられた高校の恩師から頂いた言葉“Write and die!”を思い出しました。これはご存知の“See Naples and die!”を捩った“生きている間に一度は本を書け”!との激励と祝辞。今井さん、この至言の実現、この度は本当にご苦労様。おめでとう!                                 (著者今井さんと八重山より上京の弟さんと!)

ウミンチュの娘
 
角川書店(角川グループパブリッシング)
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「埼玉奄美会」

2012年03月09日 | 「美ら島沖縄大使」便り

          

 首都圏には沖縄郷友会同様、様々な奄美関連集いがありますが、私の住む埼京線与野駅最寄の奄美居酒屋「黒竜」で開催された新年会に出席しました。   参加者は30名弱ながら皆さん自動車教習場、居酒屋、建築業、額縁ショップ経営、お役所務め、司法書士、税理士と“功成り名を遂げた”高齢先輩歴々。中には蓮田、上尾の市議OB、現役と多彩な顔触れ。それぞれ故郷を離れ、奮闘努力の経歴を見ると、改めて日本列島南西境界諸島出歴の近代史を見る思いでした。 この会、私を含め瀬戸内出身は二人だけで、他は徳之島、沖永良部出身者、仲でも喜界島出身者が圧倒的に多。                                              一色託に埼玉と言ってもこの県は東武東上(川越)、西部(所沢)、京浜東北(浦和・大宮)、東武伊勢崎( 春日部・越谷 )と鉄道路線沿いにさながら独立県のように縦割り。これは奄美、沖縄郷友会、等しく見られる現象です。

         

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ハートランド(株)1周年「講演・懇親会」

2012年03月06日 | 「終活レポート」

                     

 人材育成、ブランディング構築コンサルタントの円れい子社長のハートランド(株)1周年の「講演・懇親会」に池田㈱アイネット会長と共に参加しました。 法人化1周年と言え、円さんは往時の三和銀行勤務時代、顧客対応業務で3年連続MVP賞を受賞、退社後は俳優養成所女優を経て、人材コンサルとして独立の多彩なキャリア。今日まで20年以上に亘り、石油関連企業を中心に多くの顧客対象の活躍。それだけではなく、余りご本人は語られないが、高齢のお母様の介護もなさって居られる。

 私は10数年前、ひょんな縁で知り合い、年に数回しかお会いしませんが、偉ぶるところいささかも無く、いつもあっけらかんと天真爛漫!底抜けに明るいその性格とエネルギーには圧倒されます。池田会長とは私が紹介したご縁。

 この日の参加者は30人ほどながら、オーナー経営者は言うに及ばず、映画監督、女優、デザイナー、エディター、カウンセラー、商工会議所職員と幅広く、改めて円さんの人脈の広さに驚きました。 

 メイン・イベントは大脳・心理カウンセラー大嶋信頼㈱インサイト・カウンセリング社長による【組織と個人の脳力を高める最強の脳トレ法】講演。内容には“なるほど”と納得出来る点、多くありながら、組織には常にネガティブ、ストレス対象の構成要素が2割ほど発生する“6・2・2組織論”とその対象領域2割はアウトソーシング必要という論理は外注、派遣要員等は“組織構築の必要悪”と聞こえ、2度ほど質問しましたが、浅学の私には納得いく、回答は得られませんでした。 まあ、こうした私の反応も老い行く当方の脳活性化の一作用かと思いつつ懐かしの田町駅前を帰路に着きました。 

 田町駅前のこの日の会場は旧㈱日本アドバンストシステム創業から20年間、度々社内大会と懇親のボーリング「田町ハイレーン」付属施設。なんとこの会館社長が、これまた円さんの知人との縁でした。

                        

                        (WEB上の円社長)

                       

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「密航・命がけの進学」出版記念会。

2012年03月05日 | 「終活レポート」

                                             

 2月中旬日曜、懐かしの五反田「ゆぽうと」で開催された、表題の祝賀会に出席しました。 本書は第二次大戦終了の1945年から53年日本復帰までの8年間、米軍政下に置かれた奄美大島在住諸先輩の苦闘記。この間、奄美の人々は祖国日本本土への渡航は“密航”とされ、逮捕された。特に日本復帰運動家は”反米活動”と見なされ監視、拘束された。

 本書はこの時期に進学、就学と青春を迎えた当時の奄美在住者21名の手記集。首都圏在住の奄美出身者中心の200近いこの日の参加者。執筆出席者は徳之島、沖永良部からわざわざ上京の方を含め12名。中には私も面識ある元琉球新報記者の右田昭進、埼玉在住の雪山渥美、芝啓輔諸先輩方々を含めいずれも80歳前後の高齢者。執筆代表の芝先輩や元国立図書館館長の祝辞を含め、さながら戦後、否、日本の近代史に翻弄された私たち"辺境”南西諸島住民の宿命?時代証言とも言えます。 

 会場参加者のお話を聞きつつ、奄美復帰の53年から73年の沖縄復帰までの20年間、常時”在琉許可書”の携帯義務、不動産所有の制限、納税義務を負いつつ参政権は無し、当時日本政府と米国民政府間で締結されていた日本、アメリカへの留学制度の”国費・自費、米留”への受験資格無し等々の、奄美本籍の在沖奄美出身者が味わった“慰留民”体験証言もそろそろと思いました。 

 一昨年、会社合併、神楽坂下現オフイスに移転するまで10年間通った五反田駅周辺。会場の「ゆうぽうと」は旧㈱日本アドバンストシステム30周年を開催した懐かしの会館。一人、感慨に浸った瞬間でした。

 会費7,000円の出版祝賀パーティながら肝心の書籍が配布頂けなかったのはいささか!

 

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「財界」12月号に掲載されました。

2012年03月01日 | 「終活レポート」

       

 

                                                                                                                                                                                                          

                    「財界」1月号より~「愉快な仲間」

 

 昨年暮れ、首都圏独立会IT企業の交流会ITAInformation Technology Alliance

忘年会に出席しました。今回は現役の社長会というより、本会立上げ記の創業OB会長が中心。たまたま、合併を機に退会することになり、送別慰労会の様相も呈しました。

 その際、雑誌「財界」から取材を受け、2012124日号に連載シリーズ写真記事「ゆかいな仲間」~ITA-独立系情報サービス会社の将来像を考える会~のタイトルでITA創業仲間と共に冒頭の写真が掲載されました。

 実は雑誌「財界」には創業間もない28年前にJAFCO(日本合同ファイナンス)創業者の今原社長と一緒に掲載されたことがあります。まさに“往時茫々、ただ春の夜の夢の如し!

 この時の表紙が後に日銀総裁に就任する当時の「日商岩井」の速水社長。実は速水総裁、この後㈱日本アドバンストシステムの専務として私を御指導、サポート頂く天田さんとは新宿高校の同期級友という奇縁でした。

                                      

 

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朝吼夕嘆

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