”朝吼夕嘆・晴走雨読”

「美ら島沖縄大使」「WeeklyBook&Reviews」「マラソン挑戦」

「続々・わが心の愛唱歌」:眞栄田修先輩著

2019年05月31日 | 「Weekly 読書感想」

  

 これまで眞栄田先輩の著書は何冊か頂き、拝読させて頂きましたが、本書程感激、読了したのは有りません。
 明治19年から平成29年までの童謡唱歌、青春歌、演歌、三橋美智也、舟木一夫、石原裕次郎、長淵剛、千昌夫、小林旭、ちあきなおみ、五輪真弓、フランク永井、森進一、中島みゆき、松山千春、美空ひばり等々目くるめく70余曲。単に感想に止まらず、作詞作曲の背景や数々のエピソード連綿調査記述にはさながら私達の戦後史と共に先輩の生涯レビューを観る思い。 70曲の中には勿論、私のカラオケ愛歌も多数ありましたが、分からない曲もあり、YouTubeで検索試聴したりしました。4期先輩の著述乍ら、私自身の生涯回顧でもありました。本書で最も印象に残るのは全てのページに歌手や思い出のスライスな写真映像と自費出版編集印刷の見事さにも魅了されました。猛烈苛烈な元証券ビジネスマンキャリア先輩のこの追想著述リタイヤ・ライフスタイルには我が身を振り返えさせられます。

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佐藤幹夫著「評伝 島成郎」~ブントから沖縄へ:筑摩書房

2019年05月14日 | 「Weekly 読書感想」

                            

 島成郎は東大時代、ブント(共産主義者同盟)書記長として、北海道大学出身の唐牛健太郎を安保闘争当時の全学連委員長に強力に推薦したのは有名な話です。

 私は企業経営現役の頃、人材採用や現地事業所設立等で年に何度も沖縄に行きましたが、そのたびに中学・高校同期の屋良文雄君が経営する那覇市久茂地のジャズ喫茶「寓話」に通いましたが、ある日、一人コヒーを飲んでいた客を屋良君が「辰彌!元全学連活家の島さんだよ!」と紹介され、「え!島成郎!何で沖縄!」と驚いた時の衝撃が忘れられません。島は全学連運動を退いた後、東大医学部に復学、精神医師として沖縄に渡り、久米島や名護等の病院で勤務していたようで、穏やかな表情で笑みを湛え、些かも過年の激烈な革命運動家の陰りは感じられませんでした。
 この「寓話」では加藤登紀子さんにも何度か会いましたが、獄中結婚で有名な元全学連活動家の亡夫・藤本敏夫氏と島氏の縁か。
 島成郎はその頃、沖縄県内の精神医療制度を確立した詳細な履歴を本書で初めて知りました。また、沖縄での初の精神医療病院の玉木医院の設立に参画、後に私の知友の元・高校教師の源河さんの主治医であったことも聞き驚きました。”伝説の島成郎”に会ったあの日の事は忘れらせませんが、本書で改めて島の激浪の生涯を追想しまし。

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 組原洋著:「旅の表層」~ユーラシア、ラテンアメリカ、沖縄港にたどり着くまで!

2019年05月06日 | 「Weekly 読書感想」

        
 東大卒の弁護士・沖縄大名誉教授と異色の経歴を持つ放浪記とまでは言わずもの、ユーラシア南米旅行記は本書で3冊目。本書は慶應卒の弟さんとの初の海外ユーラシア大陸等々の旅行記。私も北米、南米、オーストラリア、ニュージランド、中国、韓国の旅行体験はありますが、この著者の連日、連夜、女性を含む多くの人々との出会、尽きることのない詳細な記憶、記述にはいやはや、呆然、感嘆です。表紙にはこれまでの数々の海外渡航パスポートが表装されています。
 旅先日々のこれほどの記述は恐らく、毎日のように日記を付けていたからこそ書けたのでは!本書で特に印象に残った箇所は短章ながら最終の「沖縄に住むまで」。 ここに書かれているのは結婚なさった沖縄出身の奥様との出会いの縁が南米旅行であったことや勤務先の法律事務所での交流等々。何故そこに強い関心を持ったかというとその奥様との間で生まれた東京在住のお嬢さんとの縁。この父娘さんと私の出会いは先にも書いた2008年ボリビヤでの「WUB世界大会」フィーラムでしたが、その後、娘さんとは立教大ラテンアメリカ研究所でもお会いし、神田の事務所にもたびたび来られ、「東京那覇会」にも加入され、活躍頂いている誼です。

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「奄美群島・おもろの世界」福寛美著~南方新社

2018年09月18日 | 「Weekly 読書感想」

                                                     

 琉球王朝初の歌謡文書集「おもろそうし」の所々随所?に謳われている奄美の島々記述と近年、喜界島を中心に発掘研究されている考古学実績を照合、検証した「古き奄美の時代をたどる」本書。何時もの通り追うのは難儀な「おもろそうし」原文を飛ばし、飛ばし読みつつ、徳之島、沖永良部、与論、請島、与路島と我が故郷島々の文字に魅せられ必死に追い、何とか読了しました。それにしても各奄美市町村誌はじめ膨大な先研諸論文を比較、検証しつつ奄美古代史を追う筆者の旺盛な研究心には無学の私が言うのも失礼ながら感嘆です。
 我が古里・加計呂麻島は何時出てくるかと思いつつ、本書を必死に追いましたが、最後まで出て来ず、がっかりしつつ、閉じようとしたら何と最終章「おわりに」、それも最終行に“加計呂麻島を遠いルーツとする筆者”の文書に接し、思わず“ヤッホ!”と叫びそうになりました。変な感想禄です失礼ですが、読書には様々な形態がありますよね!福様、謹呈有難うございました。

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旅の反復「世界のウチナーンチュを訪ねて」~組原洋著(学文社)

2018年09月13日 | 「Weekly 読書感想」

           
(旅の反復「世界のウチナーンチュを訪ねて」~父と娘の度道中;組原洋著)
 タイトルの通り、ハワイ、メキシコ、南米等々の旅行記。中でも本書は著者愛娘さんとのブラジルの詳細な沖縄県人訪問記。実は2008年、私はWUB東京会長としてブラジル・サンパウロで開催された「おきなわ移民100周年」に参加した際、「琉球大学移民研究センター」フォーラムの質疑応答で、講師の野入直美琉大教授に質問したとき、継続関連質問したのがお嬢さんと参加の著書・組原さん。フォーラム後、組原さんから「貴方の質問、賛同です」と言われ、恐縮したのを覚えています。この時の模様と私のBLOGの詳細な紹介記載本書(43P)に紹介されているのも驚きました。この時が縁で、著書愛娘の慎子さんと野入教授とのお付き合いが続いています。この時の質問が縁で「移動社会学」専攻の野入琉大教授は私の自覚しない「私の移動性?」に関心を持たれ、何度かインタビューを受け、いずれ出版したいとのことに“出会い”のラッキーを感じました。また、先日、著者とお嬢さんがひょっこり神田事務所に来られたのもビックリでした。本書を読み、“人には会え、場所には行け!”と我と我が身に“人脈形成と自己変革?”激励するスローガンを遥かに超えるパワーを改めて感じました。
 日毎の南米在住の膨大な沖縄出身者との詳細会話記述、書末に訪問年表と面会人の索引記載があれば、読者にとって如何程読み易く、読者の興味を煽るだろうに、“個人情報機密”という現在社会のルール―の障害?を感じます。
 東大卒・弁護士の著者、胃がん手術5年経過との癌共有友・出会いにもビックリ!どういう経緯で沖縄に移住し、沖大教授になられたのか?沖縄出身の故・奥様に惹かれた来沖経緯、近く著すと本書の「あとがき」に書かれています。尽きることのない興味と待望です!

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「わが心の愛唱歌」~あの日・あの時・あの歌~眞栄田修先輩著

2018年08月24日 | 「Weekly 読書感想」

             
「加藤隼戦闘機」「隣組」「悲しみ深き友なるイエスは」「夏の雲」「星の流れに」「里の秋」「私は街の子」「テネシー・ワルツ」「はるかなる山の呼び声」「岸壁の母」「ガード下の靴磨き」「北上夜曲」「惜別の歌」「世界を繋げ花の輪に」「北帰行」「アカシヤの雨が止むとき」「ああ上野駅」と17曲に及ぶ眞栄田修先輩の“あの日・あの時・あの歌”思い出の愛唱回想録。

 眞栄田先輩のこの愛唱、思い出の回想記を一気に読みました。それぞれの歌への回想にと止まらず、この作詞、作家の背景とストリーには、さながら私達戦後世代の歴史レビューでした。とはいえ、4期先輩の眞栄田さんのストリーを全てフローするのは流石に難しく、この17曲8割は私も知っていますが、私がカラオケで愛唱するのは眞栄田先輩の江利チエミ「テネシー・ワルツ」ではなく、パティ―・ペイジのみ。
 リックを背負い黒潮丸に乗船する先輩の写真(55P)には進学、就職と本土目指す私達戦後世代の本土進学を回想させる得難いページ。カラオケはこうした時代・ライフ回想レビューの貴重な機会と改めて思います。それにしても各ページに時代背景を映す写真の収集掲載の先輩の相も変わらぬセカンドライフ・パワーにはともすれば“もうそろそろ”と落ち込みそうな我と我が身が叱咤激励されます。

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「瀬長亀次郎の生涯」(講談社);佐古忠彦著

2018年08月15日 | 「Weekly 読書感想」

                       
 

 先に逝去した翁長知事は安倍政権に徹底抵抗しましたが、占領下の沖縄で米国民政府方針に不屈に対峙した瀬永亀次郎。先日、那覇市若松の「不屈館」訪問し、瀬長亀次郎ご令娘の内村千尋さんにもお会いした縁(https://blog.goo.ne.jp/shigeta-nas/e/9154b2ea35d900f63c8280f4ad7b420c)で本書を購入、読了しました。私は那覇高校在学中の校庭で開催された「四原則貫徹住民大会」も記憶にあります。それより、那覇市楚辺の刑務所の近くを歩いていると側の家の窓からヌッと出て来た特徴あるあの瀬長さんの顔が忘れられません。実は小学6年の時に奄美から沖縄に移住した私達家族が住んでいたのは当時の刑務所近い楚辺でした。実はあの顔サイズの窓は亀次郎さん小用中の外向けトイレ窓だったようです。
 
変な記憶紹介で申し訳ありませんが、本書で最も印象に残っているのは1952年、琉球政府創立記念式典で不起立、米軍に抵抗し亀次郎の姿勢でしたが、私にとってもっとも印象深いのはその後の立法院議会(後の県議会)での泉有平議長とのやり取り(P40)です。亀次郎の追及にドギマギしつつ誠実に対応し。最後に「自分の落度であるので御詫びしたい」という泉議長の対応は忘れられません。実当時の立法議院議長の泉有平さんは奄美瀬戸内出身で私の従兄弟祖伯父で、後に私達が住んだ安謝の自宅にも来られ、父に「南西鐵工場」経営を委託、そのお陰で私が琉大を中退、早稲田に入学できた大恩のある方です。よくまあここまで詳細な議事録を掲載して頂いたと改めて著者の佐古さんに感謝です!

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「たまぐすくの丘に」(新星出版):新垣匡子著

2017年12月29日 | 「Weekly 読書感想」

                                  
 久し振りに息も切らせず読了した書。というのは著者が沖縄県大宜味村出身の経営者として著名な故・宮城仁四朗氏の長女の自分史。私より11歳年長の著者、本書には私が中学・高校を過ごした沖縄県真和志村安謝村の隣地の懐かしい岡野、勢理客、銘苅等の地名だけでなく、知人、何と私の中学同期の次男義明君の誕生や7人兄弟姉妹の末っ子で関東城丘同窓会副会長を共に務めた玲子さんの名前も出て来る。それだけでなく、戦後沖縄を支えた政財界の著名人の名前も累々とも出て来て、まるで我が時代の沖縄の戦後史を辿る様でした。それにしても女性ながら、製糖、製塩、琉煙、セメントと戦後沖縄の製造業を立ち上げた伝説の経営者・尊父・宮城仁四朗氏に劣らぬ著者の起業スピリットには感嘆です。結婚、5名のお子さんを育てて後に戦後沖縄で初の介護施設「仁愛会」を設立、育成、理事長としてその経営をお子さんに承継する等の経営マインドには感嘆。しかも88歳の今年、この自分史を連綿と書き上げたスピリット!さながら戦後沖縄の伝説・起業経営者の宮城仁四朗氏の承継と言うべきか!
 本書は私と共に関東城丘同窓会で副会長を務める著者の妹・宮城仁四郎氏末娘・柳井玲子さんから頂いたもの!柳井さん、貴重な御本、有難うございました。
                                     
          (著者のご尊父・宮城仁四郎銅像~2016年5月大宜味村で)

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「母の問わず語り」

2017年12月23日 | 「Weekly 読書感想」

                                              
 本書はかつてキネマ旬報で歴代邦画NO1と評された鈴木清順監督「ツィゴイネルワイゼン」で準主役を演じ、新人助演女優賞にもノミネートされた真喜志きさ子さんによる御母堂・沖縄の宝塚とも言われた「乙姫劇団」副団長・男役スターの上間初枝さんの追悼記。沖縄の花柳界「辻遊郭」(ハナヌシマ)出身の母堂ストーリはさながら琉球文化史の一面。ジュリ、チージ、娼妓、芸妓、酌婦、ナシンチャー、抱女、抱母(アンマー)、俗敷(ジュクシチ)、水揚げ等々の辻文化?を表すフレーズの羅列には尋常ならざる著者の文芸語彙力を感じます。
 昭和23年、乙姫劇団は奄美大島に公演来島したと書かれていますが、当時奄美・古仁屋小学校2年在籍の私は古仁屋の「朝日館」劇場に琉球女性舞踊団の来演で島中湧いていたのを微かに覚えています。また1997年、今は無い文京区千石の「三百人劇場」で“乙姫劇団50周年”東京記念講演の際、主演の上間初枝さんに花束を差し上げたことや御尊父・真喜志康忠さんと3人で語り合ったことも覚えています。もう一つの逸話は上間初枝さんのお母さん・著者の祖母が私と同じ奄美・加計呂麻出身でその故郷の秋徳村を訪ねた際、村長さんから、出稼ぎ渡航した大阪で、沖縄の男性と巡り合い結婚、沖縄に行った島娘の話を聞き、驚いた記憶等々が錯綜。累々の辻用語、人名に困惑、ページを捲る度に吐息しつつ、気が付けばアッという間の読了でした。
                                                
          (著者・真喜志きさ子さんと生前のご母堂・上間初枝さんと~2007年那覇・旭橋で) 

 

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又吉直樹の「火花」感想

2017年08月08日 | 「Weekly 読書感想」

                                                                             

 先日、芥川受賞の又吉直樹の「火花」を必死で読みました。“必死”とは途中で何度か放り投げようかと思いましたが、評判の作品、何とか読了!漫才先輩相棒とのやり取り会話には文才を感じますが、そのストーリーには全々何も感じませんでした。人それぞれ感応違いか、あるいは後期高齢の小生、ボケのなせる業か、正直分かりませんが、240万部も売れたとのこと、皆さん本当に感激、魅せられたのか?では、最近他に感激した小説あるかというと思い当たらず、やはり我がボケか!
 とは言え、又吉さんの尊父は沖縄出身ですがお母様は私と同じ奄美の加計呂麻出身。ご両親・お二人は大阪で出会い、結婚なさっている。又吉さんが“母の故郷を求めて”と2014年3月BSジャパンで「奄美・加計呂麻訪問のテレビ番組」には我が故郷の”須子茂”と従姉妹のシマ子伯母のインタビューもあり、尽きない興味と郷愁を覚え、魅せらえました。この番組には島唄者の”重田さん”という女性が出て、”親戚?”という問い合わせ電話が殺到しましたが、違う島出身の方でした。

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「沖縄~のこしたい店、忘れられない味」(中村雅之著;誠文堂・新光社)  

2017年06月25日 | 「Weekly 読書感想」

                                                                   

 本書は琉舞や伝統工芸にも造詣が深い横浜能楽堂館長の著者が「きしもと食堂」~本部、「三笠」~松山、「イラブ料理カナ」~中城、「仲地山羊料理店」~八重瀬、「道頓堀」~松尾、「照ちゃんてんぷら」~南城、「やまや」~牧志、「富久屋」~首里、「美栄」~久茂地、「新垣カミ菓子店」~首里、「歩」~牧志市場、「花ぬ島」~沖縄市、アガパンサス安里」~安里、「千日」~久米、「おでん東大」~安里、「まんぷく食堂」~南城、「シーサイドライブイン」~恩納、「コーヒスタンド小嶺」~牧志市場、「ブエノチキン」~普天間、「ジャツキーステーキハウス」~那覇、「チャーリ多幸寿」~沖縄市とほぼ沖縄本島全域の飲食店の20店を訪ね紹介している驚嘆のエネルギー書。私はこの20店舗中、行ったことのあるお店は久茂地の「美栄」だけ。県外出身の著者がよくまあーこれだけ訪ねるエネルギーと感嘆しますが、これは単なる食通趣味に止まらず、沖縄の文化、風土への尽きることのない深い興味と愛着のなせる業でしょう。本書が通常の店舗紹介と違うもう一つの特徴はプロ写真家による撮影スライド。ページを捲るだけでも沖縄の食文化が伝わってくるユニークな書。
 
ただ、私が沖縄出張時通う贔屓のお店を言えば、プラザハウスの「月苑飯店」、首里の「ラ・ビュー」、那覇の「インディア」を挙げたい。

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「沖縄を蝕む「補助金中毒」の真実」(宝島新書);山城幸松著

2017年04月18日 | 「Weekly 読書感想」

                                                                                
 久々の読書感想のBlogアップですが本書著者は “肝胆相照”と言わずとも朋友、知友の山城幸松さん。しかし、よくもここまで書くかと“これまで知らなかった”友人著者の筆力には感嘆。
 内容は“嫌琉ヤマト右翼“がしばしば書く”沖縄論“に類似していますが、故郷沖縄への思い通底するだけに書く方も読む方も心中複雑。200ページを超す新書(ペーパバック)にも拘わらず、内容は“補助金中毒、公務員・電力沖縄エリート天国沖縄論”“翁長・仲井眞比較論”そして最後は沖縄振興論とテーマ散逸、些か焦点を欠く。しかし、ここまでよくも統計検索と感嘆。
  交流有る仲井眞前知事については持ち上げる訳にも行かず微妙忌憚ない描写には思わず苦笑でした。
最も印象深かったのは私が沖縄出張時ジョギングコースで見る若狭港沿の「龍柱」建設事情論。この来沖観光中国人歓迎シンボルの「龍柱」と“ミニ北京城の首里城”を見た中国観光客は沖縄を中華属国、親愛琉球とどう思うだろうか。

 数年前、沖縄駐在の日経記者が本書と共通する“基地・補助金依存体質の沖縄を論じた「沖縄の不都合な真実」(新潮新書)を読んだ時は正直ムカムカしたが、同じ内容の本書には正直溜息が出る疲労感!また、本土の”基地依存沖縄”論に反論する島洋子琉球新報記者が書いた「女性記者が見る基地・沖縄」(高文研)にはどう反論するか。さらに、著者が言う沖縄経済の指標・数値の信憑性は池宮城秀正明治大学教授の論じた「国と沖縄の財政関係」(清文社)にどこまで立証できるか。 私はこれらの4書は読みましたが、この比較論証はなかなか難しく。それにしても皇居侵入逮捕、大学中退の元過激運動家という華麗な経歴ながら様々な会社経営にタッチしつつ、ここまで書けるとは、異様な天才友人の著者・山城さんに改めて驚嘆です!  
   

   

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平井文子著「アラブ革命への視角」;かもがわ出版

2014年05月26日 | 「Weekly 読書感想」

                                                              
 先日の退院快癒祝いを兼ねた早大西洋史クラス会で数10年振りにお会いしたクラスメイトの平井文子さんから恐縮ながら「恵存」と贈与頂いた本書。
 西洋史専攻の私でもイスラエル対パレスチナ対立抗争はともかく、正直判るもののアラブ、パレスチナ、ユダヤ、イスラエル、中東と目眩く民族、諸国の語彙アイテム、歴史は茫然と理解困難!そんな範疇世界に同期の平井さんが「日本学術振興会カイロ研究センター所長」として何度も現地に赴き、活躍していたことを本書で初め知りました。
 著者の平井さんに関する私の記憶は、“革マル”全盛の私の在席していた早大一文西洋史クラスへ仏文から転入し、唯一の“民青活動家”として果敢に革マル同期クラスメイトに反論していた雄姿です。
 本書の記述を詳細に理解することは難しい私が最も興味を魅かれたのは、アラブ世界に於けるジェンダーとしての“ヴェール”です。私にとってアラブ世界での女性差別象徴としての女性の“ヴェール”着用が女性の社会進出の武器になった時代があったという事実。
 本書を読んでも事ほど左様に、アラブ・中東の多次元世界の理解は難しい。とは言え、こうした対象世界への理解、研究に果敢に挑戦する同期、クラスメイトの学究心には降参、誇りです。小沢さん、いや失礼!平井さん!有難う

                                                            

 

   

                                

 

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「めぐり合わせと絆」:平良哲著

2014年03月11日 | 「Weekly 読書感想」

                              

  那覇市議、市長立候補、沖縄コンベンションビューロー、トロピカルテクノセンター、空港ビルと沖縄県内の要職歴任の先輩回顧・自叙伝。ご寄贈頂き誌上満載の写真やコラム、至るページに知友、知人が登場し、“読む”というより手に取り、あっという間に“眺め、レビュー”、終わりました。
 那覇高、早稲田いづれも入れ違いの4期先輩の回顧禄はさながら戦後沖縄史の側面とも言え、レベルが違うとは言え,われとわが身の閲歴、世代の歴史を紐解き、撫でる思いで読了しました。
 野村証券、琉銀、国場組、那覇市議と県内エリート閲歴の先輩著者、当然ながら当時の県特待生の“大浜奨学生”と思いきや、那覇高から新宿高校転向受験を失敗、さらに早稲田政経を2度失敗、夜間学部から1部への転入、失敗苦節談、それも淡々と述べる気さくさに驚きました。それでいて雄弁会に入会、全国弁論大会で優勝の快挙。早大雄弁会の政治家は多く、その縁で竹下登、海部俊樹、小渕恵三、森喜朗と雄弁会出身の歴代総理の知遇を得て、著者は書いてないものの戦後沖縄への本土政府の様々な施策に影響を及ぼしたのでは。
 先輩の卒業、私の在学当時“銀行よ、さようなら!証券よ、今日は”のバブル前夜の最難関の野村証券に合格、入社するとは、文字通り当時のエリートコースから養父母の逝去とトートメー(位牌踏襲)のため、沖縄帰省、それもユタのお告げによるというのも驚き。
 こうした赫々たる経歴にも関わらず、沖縄協会の理事、評議員として年に何回かお会いする先輩はいささかも偉ぶるところなく、気さくな笑顔、77歳を迎える今日もなお、県内各紙に青年のごとく、気迫溢れる投稿、論壇活躍には低頭です。

 

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「An Unprogrammed Life」;斉藤ウィリアム著

2012年08月29日 | 「Weekly 読書感想」
An Unprogrammed Life: Adventures of an Incurable Entrepreneur
クリエーター情報なし
Wiley

   カリフォルニヤ生まれで医学部に進学しながら、ITに関する興味抑え難く中退、「I/Oソフト社」を立上げ、指紋認証によるセキュリティ・ソフトウェアを開発、アジア出身として初のアントレプレーナー受賞のウィリアム・斉藤氏の250ページ近い英文自伝。

私の英語読解力では殆ど理解出来ないフレーズ連なりながら、辛抱強くヒーヒー言いつつ、とにかく字面追っている内に何となく内容分かるから不思議!

バブル経済最中、当時飛ぶ取り落とす勢いの日本を代表するソニー、NEC、東芝メーカーを向こうに廻し、遂にはマイクロソフト率いるビル・ゲイツと意気投合、M&A成就のソフトウェア開発、経営力とその天才振りに改めて認識、脱帽!

数年前帰日、最近ではその実績とキャリアを活かし、海外東西奔走、NHK特番にも繁出、今や国際的コンサル、ブレーン活動。

実は10数年間の訪米時、私は現役時代のウィリアムI&0社長をWalnut郊外に訪ねたことがあります。

それもその筈、御母堂の斉藤陽子さんが首里、那覇と高校、学年違うものの、ほぼ同窓、同期に近い誼。

それより私が琉大入学1年時、“ミシガン方式”英語授業担当の琉大創設スッタフとも言える御祖父の故翁長俊郎教授のLesson受講、更には当時一世を風靡していた琉大家政学部創設の御祖母・翁長君代教授の記憶があります。

それだけに本書冒頭、前半のご祖父母に関す記述には走馬灯見る如く時を忘れ、引き込まれました。

                   

        (11年前、WALLNUTのI/Oソフト社でウィリアム社長と)

 

 

 

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朝吼夕嘆

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