”朝吼夕嘆・晴走雨読”

「美ら島沖縄大使」「WeeklyBook&Reviews」「マラソン挑戦」

松尾文夫「銃を持つ民主主義」;小学館

2004年07月28日 | 「Weekly 読書感想」
 元共同通信ワシントン特派員による400ページの大著。
私の所属するシビタンクラブ例会で著者の講話と著名入りで頂いた。日経で紹介されたもののそれほど興をそそられなかったが、読み始めると改めてアメリカという国に対する私の蒙を開いてくれた。
 ソマリア、アフガン、イラクと続くアメリカの出兵・制覇の海外行動パターンとNRA(アメリカ・ライフル協会)という国内圧力組織のカルチャーの源流をメイフラワー号「プリマスの誓い」、対英独立、南北、対インデアン各戦争、果ては英国の「権利の憲章」にまで遡って説明している。
 さらに無差別夜間東京大空襲を企画、実行し、ソ連やベトナムへの先制原爆投下を主張したルメイ将軍に日本政府は勲章を贈ったのに対してドレスデン市への同じ無差別攻撃への戦後ドイツの厳しい対応の違いを歪な日米関係の原型として何度も触れている。
 幅広い在米人脈で著述は広範囲に及ぶが、ケネディへの評価は厳しく、対してニクソンやブッシュへの評価は公平だ。

 講話の後、松尾さんは小渕内閣や野中大臣のサミット誘致を含めた沖縄政策に批判したが「沖縄の地政学的立場が招いた歴史的事態」という私のコメントに大いに賛意を頂いたのが印象に残っている。
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新井白石「折りたく柴の記」岩波文庫(その①)

2004年07月28日 | 「Weekly 読書感想」
 〇
 
 以前から興味を持っていたが昨年のクリスマスに読み始め先週漸く読了。全編候古文で難儀したが、そこは日本語、読み進むうちに英語より慣れる。とはいえ、煩わしい寺社仏閣の訴訟論争や全頁にある脚註はどんどん飛ばし読み。
 二宮尊徳ばりの少年時代の刻苦精励振りを記した「上」部は余りに有名。「中・下」部は徳川6代将軍家宣、7代家継に仕えた白石が子孫のために残した自伝記。今風に言えば首相秘書官か内閣参事官の回想録のようなものか。元禄の関東大地震や宝永の富士山噴火等が昨日のように記されている。火事や親族の死亡が頻繁に記されており、当時の江戸社会のはかなさが分かる。

 書中、「琉球は日本語を使う唯一の外国」とか美里、豊見城王子等慶賀に江戸登りする琉球貢使のことが何箇所にわたり臨場感をもって記述されており思わず琉歌「上り口説(クドチ)」の歌詞を思い出した。
 白石の「南島誌」には「君知るや名酒あわもり」で有名な醗酵学の坂口博士を遡ること250年前、泡盛賛歌の記述がある。いつか読んでみたいと思う一冊。以下その②

新井白石「折りたく柴の記」岩波文庫(その②)
 白石は儒学の師である木下順庵の推挙で甲府藩主綱豊に侍講するが綱豊が6代将軍家宣に就任するに伴い幕府に登用されたのが実に53歳。
 犬公方・綱吉死去に伴い「生類哀みの令」廃止を進言したのは大きな功績だが、その罪害に関する感想は遠慮勝ち。朝鮮特使との式典を巡る「有職故実」論争や貨幣改鋳で有名な勘定奉行荻原重秀を弾劾する部分は印象に残る。後世、荻原は汚職に塗れた悪奉行のように書かれているが、今で言えば時の首脳に重用された竹中金融庁長官のような一種のテクノクラートで彼だけ悪く言われるのは可哀相だ。
 元禄15年、46歳の時に赤穂浪士討入があるが特段の記述がないのはどうしてか。
享保の改革を断行する豪腕の8代吉宗の就任に伴い「小賢しい!」とばかりに罷免され、同じ木下門下の僚友・室鳩巣が登用された。60歳から死去するまでの69歳の晩年は不遇だったが恨み辛みは記していない。私蔵本とはいえ外部に漏れて子孫へ累が及ぶのを慮り抑制したのかもしれない。しかし、おこがましい限りだけど没後279年目、私のような読者もいる。嘆くな白石!以 上
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佐藤賢一「カエサルを撃て」;中公新書

2004年07月27日 | 「Weekly 読書感想」
征服側の英雄伝は正史として残るが、10戦9敗の被征服側の数少ない1敗のストリーは作家の表現欲をそそるのではないか。
 高橋克彦は「炎燃ゆ」で平安朝に成敗された「前九年・後三年の役」の安部氏を描いた。アイヌ反乱のコシャマインは英雄として伝承されているが、日本武尊に討たれた隼人・熊襲側の英雄はいなかったのか。慶長薩摩の「琉球処分」や琉球王朝による「大島征伐」の場合は伝承さえもないのか。

 本書は世界的名著カエサルの「ガリア戦記」に記されたローマに平定されたガリア側を英雄ウエルキンゲトリクスから描いた野心的作品。
古代ローマ人の服装、装飾品、髪型、武器装具等に至るまでの驚くほどデテールな知識を生かして独自の世界を書かしたら著者の独壇場。フランス宮廷ものを得意とする「藤本ひとみ」の世界と好一対か。 

 それにしても、この人の文章描写、途中で放り投げたくなるほど汚い。絢爛たるローマー史を背景にする作品だのにもったいない。他の作品「王妃の離婚」や「オクシタニア」「剣闘士スパルタクス」は違うかも知れないが、あの文章スタイルだととても2冊目を読む気にはならない。
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柳田国男「遠野物語・山の人生」(岩波文庫)

2004年07月26日 | 「Weekly 読書感想」
 学生時代「海上への道」を読んで以来、その対等にあり、柳田民俗学の出発点と言われる明治42年の聞き取り記録の本書、いつかと思っていた。
 この民俗学の泰斗に畏れ多いがこのフォークロアと呼ぶ膨大な口伝の昔物語収集に 「深い人間的意味」を考究しているが、実際どれほどの学問的意味があるのか。マタギやサンカは未だしも、山人や神隠しは今で言うとホームレスや誘拐ではなかったか。

 遠野の人々の山神目撃談は河童や天狗よりリアリティがあるとは言え、沖縄のキジムナや奄美大島のケンムンや幽女イマジョ談に似ている。現に小学生の頃義理伯父が加計呂麻島の須子茂森でケンムンの姿を見たと生々しく語るのを聞き、子供ながら 「本当かな」と思った。こうした話の事実よりも語り継がれる背景を考究することに 学問的意味があるのかもしれない。
 書中「比嘉春潮君の彼の島での話」(124P)とか沖縄の「遺老説伝」(180P)が紹介されている部分は妙に楽しい。
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佐藤賢一 「カエサルを撃て」(中公新書)

2004年07月20日 | 「Weekly 読書感想」
 征服側の英雄伝は正史として残るが、10戦9敗の被征服側の数少ない1勝のストーリーは作家の表現欲をそそるのではないか。高橋克彦は「前九年・後三年の役」で源氏に敗れた安部氏を「炎燃ゆ」で描いた。アイヌ反乱のコシャマインは英雄として伝承されているが、日本武尊に討たれた隼人・ 熊襲側の英雄はいなかったのか。薩摩による「琉球処分」、琉球王朝による「大島征 伐」では一矢報いた伝承さえもないのか。

 本書は歴史的名著カエサルの「ガリア戦記」に記されたローマに平定されたガリア側を英雄ウエルキンゲトリクスから描いた野心的作品。
 フランス宮廷ものを得意とする「藤本ひとみ」の世界と好一対の如く、古代ローマ人の服装、髪型、武器装具等に至るまで、驚くほどデテールな知識を生かして独自の世界を描かしたら右にでる者がない著者だが、この人の文章描写、途中で放り投げたくなるほど汚い。

 同じローマを背景にしながらも(まだ、読んではいないが)辻邦生の「背教者ユリアヌス」や「春の戴冠」の香気匂うような文章とはえらい違いだろう。著者の他の作品「王妃の離婚」や「オクシタニア」「剣闘士スパルタクス」は違うかも知れない が、あの文章スタイルだととても2冊目を読む気にはならない。
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季刊「けーし風」第41号(新沖縄フォーラム)

2004年07月12日 | 「Weekly 読書感想」
 奄美大島日本復帰50周年を記念した2003年12月特集号。なかなか手に入らなかったが又も知人Uさんから頂いた。

 奄美が復帰した1953年、私は沖縄で中学2年。以後沖縄復帰までの15年、在沖6~7万の我々奄美出身者は登録証を義務付けられ、納税義務を負いながら参政権は無かった。復帰と同時に奄美出身の副主席や立法院議員、琉銀総裁、公務員、教職、初代琉大学生長等が職を追放され、後釜を地元出身が占めた。

 賠償訴訟を起こしても良い位だったが当時の奄美人は地元との摩擦を起こさないようにひっそり耐えた。

 当時沖縄には「国・自費生」として国立大と米国への留学制度があったが、奄美出身には受験資格が無かった。 当時は沖縄出の大浜総長の早大では毎年10名以上の沖縄出身向け「留奨学制」もあったが、私にはその受験資格が無く、同期生を横目に一旦琉大に入学、1年図書館で受験勉強の後“現地”受検した。

 異邦人の私は沖縄に自分の未来が感ぜられず、のちに琉球新報の記者として本社勤務を拒否、退職した。丁度「在日」のよう気分だったか。

 こう書けば、進路選択という人生の節目に制度の差別をもろに味わい、随分怨念が残ったように思われるが、私にはあまり非差別意識はなかった。むしろヤマト文化の匂い(香りではない)をもつ家として地域から一目置かれていたような気がする。両親が新婚を送った大連の匂いがあったのかもしれない。

 この特集号はそうした複雑な思いと失われた時代を思い起こす記事が沢山あり、掌中撫でる様に読み終えた。Uさん、本当に有難う。
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ウンベルト・エーコ/河島英昭訳 「薔薇の名前」(東京創元社)

2004年07月05日 | 「Weekly 読書感想」
 04年2月10日北京行きの機上で紐解き、6月4日大阪からの帰京「ひかり」車中でようよう読了。 伊・仏等で数々の文学賞を受けた今世紀最大とも言われる上下800ページを越す 「書の書」とも言われる問題小説。「堪能した」と言いたいところだが実際は気息奄々、ひたすら文字とページを追っただけ。  

 7日間の中世教会内での連続殺人事件の追想録という聖職者が目を剥きそうな設定だが内容は中世史やキリスト教、異端・正統間の神学論争、博物・記号論、書と文字に関する浩瀚な記述万溢。  
 例えば「聖者の避難所、美徳の晩餐室、叡智の聖遺物匣、思慮の方舟、知識の巨塔、 柔軟な囲池、堅忍不抜の稜帆堡、聖徳の吊香炉」(上163P)等々の語彙が累々ほ とんど全ページに展開する。
 真の読書人にはこの浩瀚、絢爛たる語彙と形而上概念との曼荼羅にはさぞかし耽溺するだろう。 こちらも読了後、なんだか形だけでも世界の読書人になった気分。  

 それにしてもこのイタリアの中世美学と記号学者の原著を前に翻訳に挑戦した河島氏、ショーン・コネリーを立て映画化を試みたジャンジャク・アノー監督には敬礼、 脱帽。 私の「敬礼、脱帽」がなんの意味もないと思うが。
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朝吼夕嘆

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