”朝吼夕嘆・晴走雨読”

「美ら島沖縄大使」「WeeklyBook&Reviews」「マラソン挑戦」

「奄美IT懇話会長退任のご挨拶!」

2019年06月27日 | 「美ら島沖縄大使」便り

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     (退任慰労の贈花頂き恐縮感謝!左は原・新会長)

 先月、神田の㈱日本アドバンス事務所で開催された第45回「関東奄美IT懇話会」総会で創設から10年間、務めさせて頂いた会長を退任致しました。そもそもこの会は首都圏でIT企業を営む奄美出身の故・内倉典子さんや原稔二さんと共に経営交流と故郷のIT振興や雇用に幾ばく貢献できればと平成21年に設立しました。爾来10年、定期交流と共に故郷の名瀬、徳之島、瀬戸内研修ツアーを実施、地元市長はじめ役場関係者と交流、振興歓談、地元ITプラザへの企業紹介、IT専門校からの雇用、寄付等、微力ながら貢献して来ました。

「関東沖縄経営者協会」「関東沖縄IT協議会」「WUB東京」等々の在京沖縄の経営団体の会長を拝命していた私が、奄美出身の先輩から「重田さん!沖縄だけではなく、貴方、出身の故郷奄美の為も少しは貢献したら!」と忠言、苦言され、たまたま古仁屋出身でIT会社に勤めていた故・内倉さんに出会い「是非一緒にやりましょう!」と督励されたのが、そもそも本会創設の切っ掛けでした。
 長きに亘る、激励、ご協力有難うございました。原新会長の下、会の益々の発展を祈念し、退任のご挨拶とさせて頂きます。

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「沖縄クラブ」玉城わかなさん講演に感銘!

2019年06月24日 | 「美ら島沖縄大使」便り

  新富町の「日本印刷会館」で開催された「沖縄クラブ」6月例会で溝口(玉城)わかなさんの講演を拝聴しました。
 テーマは“地球の中心は鉄でできています”ですが、内容は沖縄県随一の進学校「昭和薬科大学付属中高」から茨城大工学部、大学院に行き、工学博士号を取得、以来鉄鋼関連研究を続けている沖縄出身の40代の若手女性鉄鋼研究家。工学には全く疎い私乍ら、”沖縄県内の拓南製鉄社のノウハウや喜界島・製鉄遺跡”等の私の拙い質問に分かり易く、委曲を尽くす明快、詳細な回答説明には感謝、感銘でした。改めて逸材養成、排出の沖縄県の昭和薬科大付属高校の功績偉業を感じました。

 

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「IT/SP」例会に参加しました。

2019年06月22日 | 「美ら島沖縄大使」便り

  「恵比寿」のガーデンプレスで開催のITSP例会に参加しました。
「ITSP会」とは首都圏のIT経営OB懇親会。参加者の平均年齢は80才?メンバーには東証一部上場会社の創業、オーナーもおり、3カ月に一度のボケ防止懇親。話題は専らゴルフ談議と罹病経験交流談(^○^)。

 

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「第17回関東沖縄IT協議会総会」

2019年06月21日 | 「美ら島沖縄大使」便り

   6月18日「銀座クラシックホール」で開催された関東沖縄IT協議会定期総会に参加しました。私は2005年の本協会設立から5年間、会長を拝命しましたが、年設立17年目を迎えた今年、4代目会長として、㈱フロッサ代表の今井恒子社長が初の女性会長として就任しました。この日は菅谷真美・内閣府・沖縄政策統括官の沖縄県IT振興政策講演に続く懇親会と盛り上がりました。生き残り競争厳しい首都圏IT業界で会員の増勢と活躍に、次世代若手IT経営者の隆盛に頼もしく誇らしさを感じました。会員一同の益々の盛栄、発展を祈念します。私は引き続き顧問拝命、何がし後輩にお役に立てば!(>_<;)・゜゜・

 

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 「宮良多鶴子さん、サマー・コンサート」

2019年06月19日 | 「美ら島沖縄大使」便り

     (コンサート後、ご挨拶する宮良多鶴子さんと88歳のお母様)

6月16日、「横浜みなとみらい」美術館レストラン「ミュゼ」で開催された恒例の「宮良多鶴子サマーコンサート」に行って来ました。宮良さんのソプラノ・リサイタルと共に何時もの東チモール・ボランティア活動の報告がありましたが、今回最も印象深かったのは、愛娘のコンサート・パフォーマンスを微動だにせず凝視する88歳のお母様の御姿に深く、揺るぎない母娘の絆を感じました。
 10年間、毎年宮良さんがコンサート公演して来たこ素敵な横浜美術館のレストラン「ミュゼ」は今月いっぱいで閉店とのこと。宮良さん、次回からは別の会場になるそうです。それにしても、宮良さんの沖縄、東チモール、九州と駆け巡るコンサート継続パワーにはホトホト感嘆です!

 (毎回、沖縄から上京しピアノ演奏の”たかさとしのぶ”さんと)

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「関東沖縄経営者協会・第1回異業種交流会」

2019年06月18日 | 「美ら島沖縄大使」便り

  昭和45年に発足した関東沖縄経営者協会は今年で55年目を迎えますが、私は7代目会長を拝命、足掛け10年務めましたが、9代目の新垣現会長になり、理事も世代交代、若返りました。この度、この若手理事が中心になり、「異業種交流会」を発足、神田事務所でその第1回目の例会が開催されました。今回の参加者は16名、互いの業種紹介を基にビジネス交流を目指します。

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「早大クラス会」

2019年06月16日 | 「美ら島沖縄大使」便り


 先週、沖縄での高校同窓会の翌週、久々に早大西洋史のクラス同期が集いました。今回は罹病、体調不良、親族介護等々でキャンセル続出。今回の参加者は1962年入学の同期54名のクラスメンバー中の11人。何と9人の同期メンバーの逝去に後期高齢のわれわれ同期を自覚しました。当初、参加費8000円は高いなあ!と思いましたが新橋「ゆりかも・日の出」駅発のクルーズ船シンホニーの個室レストランで東京湾を眺望一周満喫、会食しつつ、“民青、革マル、逮捕歴”等々と往時茫々尽きぬ回顧談に盛り上がりました。参加者は高校教師、大学教授、編集者、時に付いていけない難渋フレーズが飛び交い、付いて行けず往生しましたが、これぞ史学専攻同期のクラス会。

 

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「なんくるないさハッピー」会発足!

2019年06月14日 | 「美ら島沖縄大使」便り

  6月9日、代々木の「国立オリンピック記念青少年総合センター」で開催された「日本オストミ―協会の創立50周年記念大会」の後、小田急「参宮橋」から新宿、六本木へと移動、西麻布の沖縄居酒屋「ONEバル`aGOOD(アグー)に向いました。これは新垣進さんが志多伯隆さんと共に立ち上げた沖縄県出身者や沖縄大好きな方のための「なんくるないさハッピー」会の発足式です。
 首都圏には沖縄県人・郷友会以外に「沖縄フアンクラブ」「沖縄大好き会」「紺碧会」「泡盛同好会」等々沖縄関係交流会がありますが、この会はメンバーに若い県外出身者が大勢いるのが特色か!

        

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「日本オストミ協会・創立50周年記念大会」

2019年06月13日 | 「美ら島沖縄大使」便り

    6月8,9日と代々木の「国立オリンピック記念青少年総合センター」で開催された内閣府・厚生労働省後援の「日本オストミ―協会の創立50周年記念大会」に参加してきました。北海道から沖縄と全国からの参加者400人弱。

 印象に残ったのは進藤勝久近畿大学医学名誉教授の「検診資料データーだけ見ず、もう少し患者の顔を見て診療すべきでは!」等々内容の大いに肯首できる講演内容でした。

 

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「WUB東京会長に平良智弘さん、就任」

2019年06月11日 | 「美ら島沖縄大使」便り

  6月5日、銀座の「クラシックホール」で開催されたWUB東京総会で平良智広さんが会長に就任しました。WUB東京会長は今井前会長退任後、空席でしたが副会長の平良さんが2回目の就任。平良君は私が会長を務めていた20年前、当時NTTデータに勤めていた那覇高後輩の彼を「WUB東京」に勧誘、入会して貰い、以来一緒にハワイやブラジルにも行き、中核メンバーとして貢献して貰いました。現在は日本テレワーク協会主席研究員を勤めていますが、来る9月の20周年に向けて頑張って貰います。副会長にはこれまで事務局として多大な貢献をして来た国吉真理子さんが就任しました。いつも総会の司会を務める上原永大君が事務局長。因みに、国吉副会長と上原事務局長両母堂は私の高校同期で平良会長のお母様も高校は違いますが私と同期にWUBの世代交代を痛感しました。

  (今回私がお招きしたゲスト~三宅弁護士と福建省出身の学習院研修生の余さん)

 

 

 

 

 

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「我が那覇高12期の自慢!」➁

2019年06月09日 | 「美ら島沖縄大使」便り

 前回も書きましたが、私の知るところでは那覇高同期には当時の沖縄県内のエ リート就職先の県庁、琉銀、沖電等の勤務は極く少数でしたが、驚いたことには、琉球大学の法学、文学、工学、教育、家政、農学、医学とほぼ全学部に我が同期出身教授が10人以上いたことです。同じ高校同期のこうした教授存在は今もってない稀有な事例とか。同期には琉大以外の徳島大や大阪市立等の県外教授もいました。
 こうした大学教授以外にも県内高・中・小学校の校長同期生が10人いるようです。さらに10人を超す同期医師がいしたが、これまた驚いたことに“医者の不養生“と言わずとも何と6人の同期医師が逝去しているようです(´Δ`;) 残念ながら、我が同期に東大卒はいませんが、京大、東工大、九大、東北大等の国立一期卒がいます。早稲田は当時の大浜奨学制もあり、全学部に同期がいたのでは。また農林、運輸、大蔵各本省にも同期のキャリヤ官僚がいました。民間企業では東芝機械、石川播磨、富士エンジニア等々の部長がいました。

 何故、今さらこんなことを書くかというと、IT黎明、バブル経済、人手不足の1978年、38歳で創業した私はこうした同期の縁で琉大から多くの人材採用が出来たことはじめ、首都圏では農林、建設や工業技術院等々の本省役所他東芝機械等々錚々たる大企業からの受注成功もこうした同期との絆でした。また、石播、富士通からも人材紹介を受け、その後の企発展、継続に繋がりました。今振り返るとこうした同期の絆にホトホト感謝です。
 老々老いの自慢回顧ボヤキ、済みません(>_<;)・゜゜・

(わが那覇高同期の琉大教授連、ここに写っていない同期琉大教授がもう一人います。)

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「我が那覇高12期の自慢」①

2019年06月06日 | 「美ら島沖縄大使」便り

  いつの時代、どこでも同期自慢はありますが、先日の同窓会で改めて我が那覇高12期の自慢に浸りました。ラ・サール、灘、浦高、日比谷・三田等々の全国有名高から見ると、この自慢話は苦笑、笑止でしょうが、偏差値全国最下位の復帰前の沖縄での、我が那覇高校12期の奮戦記に暫し我慢お付き合いを!(^-^*)。勿論、その頃は、現在では有数の沖縄県内の昭和薬科や、開邦、国際、尚学等々の進学校はまだ存在していない時代。
 当時の沖縄県内のエリート就職先と言えば、県庁、琉銀、沖電等々でしたが不思議なことにこうした県内企業の上層に我が12期同期は余りいないのです。これは当時の私達世代には“北へ!”という本土就職志向があったのかも知れません。例えば、当時東京駅八重洲南口の東京ビル「琉球新報東京総局」で記者を勤めていた私は沖縄本社勤務を辞退して、退社した経緯事由があります。

 

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「久々の沖縄名所ツアー」

2019年06月05日 | 「美ら島沖縄大使」便り

                  (中城城で!)

 先日、同窓会の翌日、翌々日の二日間、「余人会」メンバー4人で久々に沖縄の中城(なかぐすく)城、伊計島、普天間の鍾乳洞、国指定重要文化財の中村家に対馬丸記念館やアメラジアンスクールをツアー・訪問しました。
 「余人会」とは首都圏IT経営出身のOB会で、当日参加の3人は県外出身の皆さん。この日は私の県内友人のレンターカー・ドライブや野入琉大教授の案内で久々の沖縄県内名所のツアー満喫でしたが、あろうことか、最終日の帰京機内でお二人がインフルエンザ感染でした。県内在住の私の友人・ドライバーも帰宅後、インフルエンザ―に感染したとのこと!奇妙なことにこの日参加の私と同じ後期高齢友人二人は目下のところ感染症状がありません??

 

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「同期会、2次会で集う!」

2019年06月04日 | 「美ら島沖縄大使」便り

                 (2次会・カラオケ大会) 

 5月25日の高校同窓会の後、有志で同期の福地さんが経営するスナック「淡々」でカラオケ交流をしました。相変わらずの同期女性の元気さには圧倒されました。驚いたことにこの2次会に参加した同期女性のご主人が皆さん、逝去されているとのこと。勿論、同期女性のご主人は我々より、年長の80才以上ながら、改めて“女性長寿県沖縄”を感じました。

 

 

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「川田公子・みやらび太鼓に感嘆、感服!」

2019年06月03日 | 「美ら島沖縄大使」便り

   赤坂の「草月ホール」で開催された第44回の“川田公子太鼓”公園の招待を受け、行って来ました。今年のタイトルは“綱と網のものがたり”。これはや雄・雌模擬?の一面を背景にもつ“那覇の綱引き”文化を西角井正大民俗芸能研究家が作案し、粟国淳君が演出。川田公子創作者はじめ9人の太鼓手の迫力ある演舞にはホール満場圧倒されました。
 この世界に疎い私が招かれるのは琉舞「琉舞・冠船流」家元姉妹様との縁もありますが、毎年演出を担う粟国淳君の亡父・粟国安彦が幼馴染の深縁。この日は数年ぶりに安彦君の奥様や淳君の奥様とも公演後に思い出話に尽きること無く盛り上がりました。それにしても、80才過ぎても九段、池袋で琉舞教室を続ける川田姉妹とこの“みやらび太鼓”を主宰する3姉妹の活動情熱にはホトホト感嘆、感服です。

       (主宰の川田公子さん、演出の粟国淳君とお母様・妹・奥さんと)

 

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朝吼夕嘆

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