”朝吼夕嘆・晴走雨読”

「美ら島沖縄大使」「WeeklyBook&Reviews」「マラソン挑戦」

「築城三年、落城三日」~琉球大同窓会誌「芭蕉誌」掲載

2009年02月27日 | 「Weekly 読書感想」
 私は創業30年を迎えた昨年、会社経営は“継続よりも承継がもっと難しい”ことを嫌と言うほど感じました。会社の承継とは通常、跡継ぎ=経営マネジメント、後継社長の指名ですが、社員、顧客、取引金融機関全ての利害関係者が一致する人選など極めて稀な例です。
 創業社長というのは倒産・討ち取られるリスクを背負いながら、自宅を抵当に入れ、粒々辛苦、自社株の取得蓄積を続け、事業を続けます。事業継承課題の一つに創業社長の持株継承があります。経営が順調であればあるほど、株の時価が数倍になり、その継承資金調達が難しくなります。現金化が可能かどうかにお構いなく、税務署は時価評価、遠慮なく課税してきます。
 親族・息子が継承する際は莫大な相続税がかかり、それを忌避するため多くの中小企業の継承が上手く行かず、廃業に追い込まれています。ここにM&Aが一つの選択枝として登場します。
「会社を売る」ということは社長や専務が交代し”買った側”から常勤役員が派遣されるのが普通と思われていますが、当社のケースでは代表取締役も変わらず、後継社長も生抜き・プロパーで、出資先からは常勤役員と監査役が送り込まれただけです。M&A=会社売却という単純図式ではなく、資本提携、業務連携等の経営シナジー効果による会社の安定発展目途があります。
コメント

「沖縄国際大で講義」

2009年02月25日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 先週木曜の琉球大学に続き、今週月曜は沖縄国際大学の要請により産業情報学部授業の一環として“eビジネス論”の講義をして来ました。
 この講義は担当の廣瀬教授に拠る企画講座。その趣旨は研究開発・講壇派の大学教授の授業に留まらず学生達に広く企業の第一線で働く経験者にビジネスの現場のリアルな状況を語って貰うというもの。毎年私を含め複数の企業経験者や現場担当者がおよそ一週間に亘って実施しています。私はこれで3年目。
 これまで早大や琉大の学生向けの特別講座を見て来ましたが、一般に最前列席は空き気味で遅刻、居眠りが珍しくなく、それを注意するケースは滅多にないようです。沖国大でもそうした傾向、皆無ではありませんが、相対に他に比べ少ないように思いました。
 一般的総括論の誤り、危険性を侵し、敢て述べれば沖国大の学生は琉大受験に滑ったか、当初から諦めていた生徒が多く、一種の負い目、挫折感があり、それが向上心のバネになっているのではないか?逆に早大生や琉大生にはある種の達成感や完結感があり、緊張や切迫感が欠けているのではないか?入社試験に於けるペーパーテストは別として、面接試験の応答でもしばしばこれを感じます。
 15分の休憩を挟み120分の講義を終え、廣瀬教授の案内で富川学長にご挨拶。富川学長とは以前地元のテレビでご一緒したことがありますが、これまで他薦が通例であった沖国大学長選に果敢に立候補、学長選を潜り抜けた初の沖国大学長として就任されました。
           
                  (学長室に富川学長表敬)
コメント

奇跡の復活!屋良文雄君

2009年02月22日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 先週2月18日、屋良文雄沖縄ジャズ協会長の30周年記念「感謝の夕べ」が川畑保夫実行委員長の下、那覇市のロワジールホテルで開催されました。たまたまその翌日、琉球大学での講義、タイミングよく出席して驚きました。
 何より700名を超える大勢の参加者の中に仲井真県知事に翁長那覇市長、豊見城市長、比嘉沖縄モノレール社長、嘉数那覇空港社長と錚々歴々の出席者。県内に限らず東京からの私以外にも北海道、大阪、長野と遠来参加者。
 これは屋良君経営の「ライブ・イン寓話」の単なる30周年祝賀パーティではなく、先頃屋良君がピアニストとしては致命的な頚椎傷害で入院、リハビリに励んでいるとは言え、二度と演奏出来ないのではないかという参加者の思いがあったと思う。ところがこの日、彼は馴染のトリオと演奏、満場の感嘆、喝采を浴びました。
 実は屋良君と私は小・中・高・琉大と唯一の同期同士。しかも揃って琉大中退、共に那覇マラソンを10回以上楽しみ、さらにジャズとITと異なる道とは言え、それぞれ30周年迎えた年にこれまた共に入院ダウンという奇縁!
 先の私の出版記念パーティでは「其界の重鎮・屋良会長にウェルカム・オープニング演奏を依頼するとは!」と参加者から顰蹙をかった縁(^-^*) いくら”タツヤ!フミオの仲”とは言え、失礼しました。
 この日の司会、何と県内では誰一人知らない人はいない劇団「大地」座長・照屋京子さん。10年ほど前、琉球放送テレビアナウンサー時代にお世話になった以来、お互い「ヤアーヤア!」と演奏の屋良君バックに記念のツーショット!
           
コメント

「琉球大学で講師務めました」

2009年02月21日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 先週、仲村前日産ディーゼル工業社長等と共に琉球大学、就職センターの要請を受け、ゲスト講師として「県外企業入門」講義の講師を務めて来ました。
 私のテーマは「就職・転職・独立」(県外就職最前線)。要はともすれば公務員、教職等県内安定職業志向の琉大生の意識を県外に向けようという大学・就職センター(島袋恒夫教授センター長)の企画。ここ数年来の実施で琉大生の県外就職意識も少しずつ変化して来たとのこと。この日は県内紙やグラフ誌の取材もありましたが、私の一時間半の講義、50P近いスライドテキストで経験談と都内で就職、元気に頑張っている県出身先輩女性の活動等を紹介しましたが、どの程度の反応、効果があったか。80名近い出席学生の半分以上が1、2年生、一般教養的受講か切羽詰ったリアルな質問等は少なかったものの前列付近には頷きつつ、懸命にメモを取る女子学生達がいました。
 一概に総括は出来ませんが全体的感想では、県内エリートの琉大生は総じて切迫間が無く、よく言えば余裕感が漂うのに対し、沖国大生等には真剣、悲壮感のようなものが伝わって来ます。就職活動、実社会で双方これがどう作用するかは彼等自身が体験することです。来週はまた昨年に続き沖縄国際大学で講義しますので、否が応でも両方を比較することになりそうです。
          

コメント (1)

サヨウナラ!「若夏荘」

2009年02月21日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 同窓会、沖縄クラブ、県人会等でおよそ月に一度はお世話になっていた都内沖縄関係団体集会場だった「若夏荘」が、惜しいことに来月いっぱいで閉鎖される。
 我々県出身中小IT企業者からなる協議会も毎例会後の付設のレストランで泡盛酌み交わしながらの気の置けない会員同士の交流、懇親、実はこれこそが小難しい講演、研修より経営者として社内では言えない悩みの憂さ晴らし、実は明日への生気を取り戻していました。
 この場所での最後の例会日、私共IT協では今井副会長の発案でお世話になったレストラン・スッタフの方々にこれまでのお礼と慰労を含め粗品を差し上げました。
 その内、常連の利用団体ユーザーには閉鎖の理由・経過の挨拶が届くと思いますが、これだけ沖縄料理店氾濫する都内でこれらのユーザーが「若夏荘」に代わる場所探しに悩み、漂流、追い込まれる、何か変でですね。
”何言ってるの!この施設は県職員用の施設で、営業施設ではありませんよ。便宜的に県関係民間団体の利用に提供していたんだ”「グズグズ言うんだったら、貴方達、経営者がやれば!」という声が聞こえて来そうです、ハイ!(^○^)
コメント

「反復帰と反国家」(その2);社会評論社

2009年02月16日 | 「Weekly 読書感想」
反復帰と反国家―「お国は?」 (沖縄・問いを立てる)

社会評論社

このアイテムの詳細を見る

 著者の前利氏は奄美と沖縄の日本国家へ包摂課程の時間的差異を租税、徴兵、参政権施行等が沖縄は奄美からおよそ20年遅れて導入されたことを統計年度的に考察している。
 さらに、学校教育制度の導入で奄美と沖縄では想像を超える大きな時差があったことには驚いた。例えば1977~79年間、沖縄の人口31万に対し奄美は半分以下の12万。それにも拘らず奄美で開校された小学校は118校(83年)に対し沖縄では半数以下の53校(82年)。就学生徒は奄美が1854人に対し沖縄は1006人と沖縄は奄美の5分の1程しか無かったことになる。教員養成施設や教職員数にも両者には相当の差異があったことを当時の統計から実証している。これまでこういうデータを調べた例を私は知らない。
 これを前利は近代化とか後進性という言葉では表現せず、<ヤマト化><国家への包摂化>という概念で述べ、その背後に沖縄における旧慣温存策を指摘している。
 奄美を“辺境(マージナル)から境界(フロンティア)“という概念で捉え直し、無国籍、反復帰、反国家とアプローチしているが、これには高梨修による最近の奄美諸島の考古学的発見や高橋孝代の沖永良部史研究が背景に見える。ことに高橋論考への思い入れと拘りは要所に瞥見される。

コメント

「次世代システム構築」完成パーティに出席しました。

2009年02月12日 | 「美ら島沖縄大使」便り
           (岡本ITホールディング会長・藤宮TIS社長と共に)
 一昨日「グランドプリンス赤坂」で開催された創業以来の当社主要顧客TIS様主催の国内大型クレジット「次世代システム構築」の完成パーティが開催されました。期間5年に、IBM、日立、CSK等主要パートナー企業15社、延べ8000人月を越す一大プロジェクト。この日、開発に参画した内外メンバー1000人余の出席者。私も当社の開発メンバー20余名と共に招待されました。
 しかも、NHK「プロジェクトX」ナレーター田口智朗氏による本番さながらの映像エキジビションに満場が沸きました。この時節、無料招待にお土産付き、優に1千万円を超すイベント挙行には議論百出したと思われますが“コストに勝る効果あり“と断行した藤宮社長以下首脳の英断に感嘆!
 この日の主役は営々数年に亘り、時に連日徹夜をしつつの開発、デバッグ、テスト、修正に粒々辛苦した現場の開発メンバー達。さぞかし、この日達成感を味わい、士気高揚、明日への意欲を沸かしたのでないか。
 実際、建築物等の落成にはしばしば作業メンバー列席の下、完成、慰労式が行われますが目に見えないシステム構築の完成にはこの日のようなイベントは少ないように思います。
 この日の挙行は発注エンドユーザーではなく、元請サイドTISさんの主催とは言え、時に3Kと揶揄されるシステム構築業務史上に画期的なイベント、提議と後々評価を得るかも知れません。われわれ末端の現場におけるプロジェクトのキックオフと同じく、カットオーバー・区切イベントとしても考えさせられました。TISの皆さん、有難うございました。           
           
        (藤宮社長から感謝状を”誇らしく”授与される当社・木村マネジャー)
コメント (2)

「緑健児」(極真空手優勝者)

2009年02月11日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 ご存知、身長165cmの小柄ながら1991年第5回全世界空手道選手権大会で並み居る巨体外国代表をなぎ倒し優勝、世界をアッといわした快男児!
 現在世界に2万人を超す弟子を擁する「新極真会」代表理事として故郷の奄美大島と東京を往復する一方、昨年は10カ国近い外国にも指導訪問したとのこと。
 かねて故郷が同じ奄美大島・瀬戸内町とは聞いたいましが、新年会のこの日、隣席、天下の極真空手優勝者とツーショットの栄に浴しました。身長は同じにも拘らず拳は御覧のように私の二倍の大きさ。名にし負う格闘空手の優者にも関らず、当年47歳のその素顔は20年前テレビで見たそのままの若さの上に気さくで謙虚な好青年!

 苗字帯刀を解禁した維新政府の方針にも拘らず、奄美島人には“一字”姓を強制したと言われる薩摩圧政の副産物とはいえ、緑、元(はじめ)、中(あたり)、城(きざき),祷(いのり)、祝(いわい)、登(のぼり)、計(はかり)、磨(みがき)等々、奄美姓はなんとゆかしいことか!
          

コメント (2)

「内定者懇談会」

2009年02月10日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 あちこちで内定取り消しが物議される最中、当社はこの4月入社予定11名の内定者懇談会を実施しました。例年は全内定者を東京本社に集めて実施するところ、今年は大阪、沖縄と採用事業所それぞれで分散実施。担当者からは「会長、厳しい話ではなく、こういう時ですから明るい挨拶をお願いします」と言われましたが、「いや、厳しい時は厳しい話をする!」と。
 「先輩社員は減給、コストダウンを忍び君達を迎える。一日も早く実力を付けその恩に報いて欲しい」と祝辞ならぬ檄に彼等も緊張気味。彼等に責任は無いとしても、新人とは言えこの時節、お客さん扱いは出来ず“良薬は口に苦し”長い目で見て、先輩社員と厳しさを共有のスタートが将来に役立つ筈。過去、売り手市場時より就職難不況時の新人の方が粘り強く、定着性も高い。こういう時 “会社は何々してくれない”というバブル好況期の所謂“くれない族・新人”は通用しない。
 とは言え、彼等から見ると“そんなら何で内定、採用したの?”と経営者としての見通しの甘さを責めたくなるかも知れない。実際、経営責任とまでは言わずとも、景気動向の予測困難を言い訳には出来ず、ことほど左様に会社経営の難しさを痛感するこの頃です。
         
 


コメント

「朝比奈時子さん」~ご苦労様でした!

2009年02月08日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 外間守善先生が法政大学を退官後に開所した「沖縄学研究所」、先生の健康等の事情で来る3月一杯で14年間の歴史を閉じるとのことです。この間、一貫して研究所を支えて来られたのが朝比奈時子さん。
 朝比奈さんは角川書店編集部に10年以上勤務後「沖縄学研究所」の専任所員として、外間先生の「校本おもろさうし」「沖縄古語大辞典」等沖縄関係の出版編集や研究所運営を裏方としてサポートされて来たとのことです。びっくりしたのはこの間無償で、遠隔の千葉君津から新宿まで通勤、奉仕されて来たとのこと。在京沖縄研究がこうした本土のボランティアによって支えられたことを改めて知りました。朝比奈さん、本当に長い間有り難う御座いました。
 
 先週末「早稲田大学琉球・沖縄研究所」(勝方=稲福恵子・早大国際学部副学部長)の支援方途の参考にと新宿書房の川平エディター、サポーター真栄田さん3人で、閉鎖準備でご多忙の朝比奈さんを研究所にお訪ねしました。
 お話を伺って感じたことは14年前に発足した外間研究所と発足新しい早大琉球沖縄研とは時代背景や支援世代に差異があり、その運営、サポート方式をそのまま採用することは難しいこと、新たな組織には新たな工夫の必要性でした。
コメント (1)

「首都圏企業関係者新春の集い」

2009年02月07日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 1月30日、お馴染の霞ヶ関・東海クラブで関東沖縄経営者協会・関東沖縄IT協議会共催による首都圏沖縄企業関係者の「賀詞交換会」を開催しました。
 新春、事始めを祝し高校同期の金城康子家元率いる「康舞会」東京道場の橋本秋子さんの琉舞で開宴。
 市場を襲う未曾有の逆風最中だけにどれだけの出席者か、主催者としては心配しましたが吉川県事務所長、植木フアンクラブ会長、渡久山退職教職員支援センター所長の来賓含め約80名の出席。
 「新春賀詞交歓」とは言え、例年にリセッション、そうそう目出度い開会の挨拶をする訳にもいかず、不況時にこそ経営力が試されるとあえて重い課題を述べました。その一方では前向きのエール、発信も必要と将来への起業を目指す若い女性の元気の良いエールも発信して貰い、会場を沸かせました。参加の長老会員から「不況とは言え、経営協出席のメンバー、一頃に比べ、随分若返ったね」と言われました。
 会終了後、言いようのない疲労を覚えつつスタッフの慰労会、二次会と繰り出し、結局帰宅は午前様。          
         

コメント

高橋洋子「メコンデルタ」;新宿書房

2009年02月05日 | 「Weekly 読書感想」
 ベトナム南部「メコンデルタ」地域の開拓・移住農民85名のインタビュー記録誌。上質紙各ページにカラーを交えた美しく鮮明な写真はまるでグラフィック・マガジンで一口に言って“美しい本”。ベトナムと言えば歴史上初めて史上最強のあの米国軍を打破したベトコンの勇姿を思い浮かべるが、本書にそれを求めるのはお門違いとはいえ、あの不抜の戦闘マインドは伝わって来ない。対米ベトナム戦争や対仏インドシナ戦闘経験談はスキップ、それ以前のフランス文化の色濃い影響と温厚なベトナムマインドしか伝わって来ない。
 それにしても高齢のクメール、ベトナム、華人85名の開墾者インタビューから何が見えるか。史上例を見ないあのベトナム戦争やロン・ノル政権の凄惨な粛清を潜り抜けて来たクメール越境開拓人の心情が今一伝わって来ない。また、東南アジアで良く見られるベトナム、クメール、華人の異民族間の差別、確執は移住開拓地ではないのか?ひょってして司直同席、写真付き・出自明瞭なインタビュー受けた人々、当局の査問を恐れ、本音を吐いていないか、又は著書の方で配慮、削除したのか?インタビューは赤裸々な本音が聞こえなければ迫力半減、インパクトが弱い。
 とにもかくにも本書を読了したのは僅か三日とは言えベトナム訪問の経験があり、中国人や韓国人とは一味違う、彼の人々の得も言われぬまろやかな笑顔とホスピタリティとベトナム料理への嗜好。さらにエディターの川平いつ子さんの所業故。
 些細な事ながら、出勤途上、車中等で読む私にとって最近の書籍に少なくなった久々触れる本書の”糸しおり”感触、重宝で嬉しかった。

コメント

「美ら島大使」交流会と「感謝の夕べ」

2009年02月04日 | 「美ら島沖縄大使」便り
        (知事を囲み、嘉数北海道情報大学長、玉代勢元電通部長
         図らずも城丘同窓10、12、14期の揃い踏みでした)
 1月29日、グランドプリンス高輪ホテルで仲井真沖縄県知事出席の下、国会議員、JAL,ANAの旅行業者首脳等およそ1000人を招待した恒例の「沖縄観光感謝の夕べ」が開催され、出席しました。過去、安室奈美恵や国仲涼子等の沖縄出身タレントがイベンターとして出席しましたが、今年はなぜか、あの”グー“のえどはるみさん。
 この日、雇用貢献・首都圏企業の表彰も行われたことは先に発信しましたが、これに先立ち知事や担当部長出席の下、同ホテルで初の「美ら島沖縄大使」交流会が開催されました。5年前、北は北海道から南は鹿児島まで70名を越える「美ら島大使」が任命されましたが、交流会が開催されたのは初めて。この日の出席は東日本の31名。自己紹介の後、意見交換。
 事前のアンケートで私は①大使同士相互の活動報告、②大使相互の新任候補大使の推薦等を進言しました。感謝状授与式出席のため途中退席でしたが、結局この日「感謝状授与式」「美ら島沖縄大使交流会」「感謝の夕べ」と全て出席しました。
 この後、知事との懇親予定が変更、久方振りに杉並区議以来の知友・とかしき衆議員との懇親になりました。  
            
                (とかしきなおみ衆議員&知事・愛娘さんと)
コメント (1)   トラックバック (1)

「千客万来」(旧友・木ノ下君)

2009年02月03日 | 「千客万来」
 創業前の勤務先㈱ビジネスコンサルタント入社早々相見えた後輩と呼ぶには憚る、奄美出身の私にとって噂に聞く鹿児島ラサール・東大、現世で初めて会った眩しいほどに才気溢れるとかつての同僚、およそ20年ぶりに来訪!
「建設行政の情報システム化に関する調査研究」というリサーチ、チームメートとして共同、その才知に圧倒され“とても敵わない”と調査コンサルタント分野から営業に転じる切掛けを作った上に、創業間もない17坪のマンションオフイスに現れ“独立の趣旨・目的は那辺にあらん?”と鋭く問い、長く煩悶させた御仁。
 天下のNTTデーターやNRIを相手にシステム開発方法論争、実践、数冊の著作をものにし、還暦を越した今、出身の東大で研究助手を楽しむ悠々自適という。この日、“友、遠方より来たり、楽しからずや”と共に久し振りに囲碁を囲み、梁山泊・Bcon SYSTEMの往時、同僚を回顧、歓談、痛飲!不況の最中、出会と人生、捨てたものではありません!
コメント

 「沖縄県からの感謝状頂きました」

2009年02月01日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 先週、沖縄県知事から県雇用労働行政への貢献に対し「感謝状」を頂きました。
これは長年に亘り継続して沖縄県高校生のインターシップ受入とその採用実績を表彰頂いたものです。毎年、首都圏、中部、関西の企業の中から沖縄県の高校生のインターシップ受け入れている協力企業の中から数社受賞していますが、今年は特に10年以上継続、受け入れ、且つ採用にも結び付けている首都圏の4社が対象になったようです。当社を含め2社は2度目の受賞です。業種としては当社以外の3社はいずれも県外オーナーの飲食サービス、運送倉庫企業でした。
 この日は恒例の県主催「沖縄観光感謝の夕べ」イベントに先立ち、同じホテル内で仲井真知事直々から授与頂きました。例年と異なる異例の今年の表彰は昨今の就職、採用戦線の厳しさが背景にあると思います。現在の逆風景気状況下、今後とも県や学校のご要請、ご期待に応えられるか経営者として真に厳しい局面に立たされています。
 とは言え、これは当社が掲げるCredo(経営理念)の一つ、社内の理解とサポートで実現したCRSの実現と全社で謹んでお受けしたいと思います。沖縄県の皆様、有り難う御座いました。
          


コメント (6)

朝吼夕嘆

http://blog.goo.ne.jp/admin/showimagedetail/?iid=6d292ae01e91fce8c4f000e010f17835&type=1&return=%2Fadmin%2Fimgmanage%2F%3Flimit%3D12%26type%3D1%26order%3Ddesc%26did%3D%26window%3Doff%26img_year%3D0%26img_month%3D0%26offset%3D12