”朝吼夕嘆・晴走雨読”

「美ら島沖縄大使」「WeeklyBook&Reviews」「マラソン挑戦」

天満敦子演奏「望郷のバラード」を聴く

2006年09月30日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 初秋豪雨最中の一宵、あの天才バイオリニスト・東邦音大教授、天満さんのディナーコンサート。
 世界に現存する200台前後、保有者が手放すという噂が出た途端、数億円持参で世界中から購入に殺到するという。家一軒の値段ではとても買えない幻のストラデバリウス!4メートル目の前で聞く。一体日本に何器あるのか。弓も伝説の巨匠ウジェーヌ・イザイ遺愛とか。
 マタニティーと見紛う天衣無縫・衣の天満さんの語り。19年前入手以来払い続け未だに割賦払い続けているこの名器への思いを尽きること無く語る。

 演奏は持ち曲とも言えるあの「望郷のバラード」にバッハの“シャコンヌ“の無伴奏。「堪能した」と通ぶりたいが15分の曲。目をつぶり瞑想聞き惚れている内に昼間の疲れかコックリの罰当たり!ハッと慌ててテーブル同席者を窺ったが、誰も気付いていない様子にホッとする。
 年数会ホテルオークラで40名前後の会員・円卓を囲んでの日本音楽文化交流協会(及川光悦代表)主催のディナーコンサート。年一万の会費+この宵同伴パートナーフィー合わせて3万5千円!勿論、金では買えないこの夜のエクスターシー?


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「還暦・古希クインテット週末炎上」

2006年09月26日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 先週末、当社方針検討会終了の夜の前日、ロスから来日した戦友・斉藤陽子嬢?から会食セッティング督促のメールが入り、慌てて陪食希望の木村ご夫妻に連絡をとる。
 翌週マレーシヤ渡航予定の御主人と沖縄帰省予定の奥さんの木村ご夫妻、出立前の多忙を厭わず、池袋は「みやらび」亭に参集。
オーナーの琉舞・冠船流家元の川田功子師匠も加わった還暦・古希クインテット、週末休日なんのその気炎炎上!
 前日ロスから8時間近くも機上来日の我が斉藤OLD GIRL PAL、時差センサー壊れたかのような元気さ、古希の木村教授共に米国留学、大学講師歴のあるお二人、時を忘れたように米国文化論デベイドに丁々発止、その若さと元気(衒気?)にはほとほと降参!
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「29期経営方針検討会」

2006年09月24日 | 「美ら島沖縄大使」便り
(Monday Morning Message)
 当社は来る10月1日をもって創業29期を迎えます。
新年度スタートに先立ち、先週、金・土二日間、本社はじめ沖縄、大阪、静岡、全事業所から中堅幹部50名が参集、恒例の経営方針検討会を行いました。
 私の全社基本方針に続き、営業、管理、R&D、総務格担当執行役員の部門発表とそれに対するQ&A。その後グループに分かれ、社内の諸問題をKeep(良い点)、Problem(課題)、Try(解決)に従い討議。二日目その結果を模造紙に書いて発表。来週以降のアクション・プランを作成します。
 こうして作成した全社及ぶ部門方針を来週以降、各事業所で社員に発表、質疑応答を行い、全社員のコンセンサスを図ります。

 今期は売上こそ創業最高を果たす勢いながら、利益は黒字ながらも目標の過去最高達成は実現出来ませんでした。
会社も創業30年近くなると法令順守、社会的責任(CSR)等内部管理(ガバナンス)が重要になり、新年度は特にそれに対応する体制を敷きました。その具体的内容は決算株主総会の決議・承認を得て、改めて公表致します。

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「朝大スタジオ」に美良樹吟呼さん訪問

2006年09月23日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 先週の沖縄出張。うるま市・洲崎のTTC内の当社沖縄事業所から帰路、北中城の「朝大スタジオ」にお邪魔した。
 絢爛の陶器・絵画作品に囲まれ、すっかり回復した与那覇画伯の握手、萎えたこちらの腕より遥かに力強い。
 母娘で画伯のリハビリ、今日までサポートして来たアクターズスクール1期生の元歌手の金城吟呼・改「美良樹吟呼」さん、来る9月23日(土)沖縄コンベンションセンターでの県精神障害福祉会連合10周年記念事業として、平良とみ・進御夫妻と競演「恩納ナビー」を演ずる準備の慌しいなか気軽に談笑、抱負を語り、サイン入りの招待状を頂いた。

 そもそも吟呼さんとは。今を去る40数年前、駆出し記者時代、沖縄からのNEC工場に就職する女子学生の取材をした際にお会いしたのがクリクリした黒真珠のような若き吟呼さんのお母さん。時は過ぎ、帰省、結婚、出来たお子さんが今を時めく安室奈美江等後輩を指導したした吟呼さん、、金城吟呼としてメジャーデビュー。21年前、当社沖縄事業所開設を伝える「沖縄グラフ」の表紙モデルが東京で活躍する全盛時代の吟呼さん。その後、朝大画伯に添うことになり、数々の作品のモデルになる。後で知ってお互い人の世の奇遇に驚いた。
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沖縄 “Near off shore開発推進”

2006年09月19日 | 「美ら島沖縄大使」便り
(Monday Morning Message)

 いま、私どもIT業界では開発要員の不足という背景もあって、インド、中国等のアジアへのオフショア開発がテーマですが、カルチャや言語、電力事情等の理由から試行錯誤、失敗も多い。

 そこで首都圏に比べ、比較的要員と低コストの北海道、九州、沖縄地方での開発を“Near off shore開発”として検討、推進が図られていまする。沖縄のソフト開発同業者でも本土顧からどう請負業務を持ち返って来るかが最大の課題で競い合っています。
 当社はいま4つの首都圏顧客からのNear Shore開発を実現しています。そのはしりは大手ITプロバイダーからのクレジット業務の開発・メンテ業務で、このため自前による回線接続、テレビ会議等の設備投資と共に発注先である首都圏への沖縄事業所所属メンバーの頻繁な出張習慣を確立、事務所開設以来20年以上の遠隔開発を継続しています。この実績が評価されたのか、ここ2,3年立て続けに首都圏中堅ユーザーからのプライム開発(非下請け・直接受注)の沖縄Near Off Shore開発が実現しています。

 その実現ポイントは開発メンバーが顧客へ長く出向し、業務経験と共に人間関係を築いた結果です。“あの会社ではなく、あの人へ”というのは社長として忸怩たるものがありますが、“会社とは人”と思えばこれも“顧客満足度の実現”と素直に喜びたいと思います。さらに開発現場のセキュリティー体制等の確認・視察に際し“沖縄”と言えば発注先の担当リーダーより課長、時には部長が“俺が行く”と乗り出すことがあり、それだけ受託の当社にとっては客先上部との紐帯強化に繋がるチャンスにも恵まれます。
 今後の課題はこれを組織ノウハウとしてどう強化・継承して行くかです。
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さいたま沖縄大好き会 “平・ゆきコンサート”

2006年09月18日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 9月18日・敬老の日、さいたま新都心DUOで「さいたま沖縄大好き会」(平沼大二郎会長・)主催の“平・ゆき風のコンサート”が開催され、栃木や東京の遠来を含めおよそ100名のおきなわフアンが参集、ゆきさんのオリジナル・ソングを堪能、フィナーレは満場カーチャシーし、二次会は場所を変え、懇親会を楽しんだ。
 この会は大宮・氷川神社参道近くで学習塾経営のかたわら、ギャラリー「南風」を開設、焼物、紅型、芭蕉布等沖縄の文化を発信、年一回の割合で「平・ゆきと共に行く沖縄ツアー」を実行して来た八重山石垣出身・那覇高後輩の山田ちづ子さんが事務局長を務め、地元でトヨペット販売や飲食業等を広く展開する平沼さんを会長に戴き立ち上げたもの。“彩の国”での熱狂的な沖縄フアンの盛り上がり、沖縄にとってこんな頼もしい応援団はいない。
 来る10月9日の第2回例会には伊良皆高吉氏のサンシンライブと並んで私が講演を依頼された。

 
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岬龍一郎「日本人の品格」;PHP文庫

2006年09月18日 | 「Weekly 読書感想」
 藤原「国家の品格」が05年11月初刊なら本書は06年6月、こうした類書が相次いで刊行されるのは日本の品格喪失が共通の認識としてあるのだろう。両書とも品格論で品性論ではないが、私が上京した昭和30年後半は車内化粧、歩行飲食、ジベタリアン等は皆無だったし、女子高校生は黒のハイソックで今のような下着も見せようかというミニスカート・ファッションはなかった。今の女子高生ミニは痴漢誘発罪と言ってもいい。若者特有の仕様と思ったら最近は中年にも伝播し、日本人一般の下劣品性になって来た。

 韓国から当社に出向しているエンジニアは私の姿を見るといち早く起立礼し、宴席では慌てて吸い掛けのタバコを消す。昔、徹底した儒教礼節を身に着けた朝鮮使が、大阪城に謁見した今で言えば天真爛漫とも呼ぶべき太閤秀吉の傍若無人な振る舞いに唾棄すべき”日本人の品性”を見たとある。一般に韓国では日本人は彼の国で禁秘とされている従姉弟同士の結婚を認める等、獣性とまでは言わずと品性下劣と見る筋がある。韓国女性ゴルファーは決して”臍出しスタイル”でプレイしない。
 提携先の韓国社長に聞いたら「いや、最近は日本と同じですよ」との返事だったが、当方への多少の気遣いではないか。

 本書はこうした最近の下劣日本人品性に対し“武士の情け”“武士に二言はない”“武士は食わねど高楊枝”“義を見てせざるは勇なき”“花は桜木、人は武士”等々に象徴される主として新渡戸稲造の「武士道」を引用しながらの失われた日本人美学。
 武士道は士農工商の頂点とは言え、生産せぬ武士のアイデンティ-として無私と公の美学・フロソフィを確立した江戸幕府。しかし、英国にもノーブリ・オブリゲートがある。著者のザビエル、ラインフオルト、アンシュタイン等の日本人礼賛説紹介を読むとつい同じ位の日本下劣論もあるのではないかと思いたくなる。とは言え、本書は過度の日本人優位やエスノセントリックに傾いていないのでホッとする。
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「見よ!このオジー連」

2006年09月17日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 残暑の土曜、秋葉原で行われた妙齢の女性混じりの「IT研修会」後の懇親会、後髪引かれる思い振り切って那覇高12期オジーばかりの新橋懇談会へ合流。
 趣旨はとうにリタイヤしたかと思った本省課長・航空大学要職を歴任した旧運輸省キャリアの島袋君がこの歳にして、またぞろ在京の関連機関への天下り(?)就任の激励。同じく本省課長、ブロック局長、3関連機関のトップを渡り歩き、最近勇退した農林キャリアの同期が揃ったので、デキランヌー(ボンクラ)他メンバー、酔うほどにいつもの通り“Public servantよ、われわれ零細Taxpayerの血税搾取、少しは社会貢献せよ”と同期ならでは憂さ晴らし!
 この連中にかかると“重田、場所手配せよ”と会社では専ら社員に下知する役割を振られる。高校時代の下廻役のトラウマなかなか抜け出せない。
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WUB東京 IT研修

2006年09月16日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 9月16日、会員の倉持社長の経営する秋葉原の日本ユースウエア㈱の会議室を借用して、メール、Blog等を中心にしたIT研修を実施しました。
 講師はWUB東京の誇るWebマスターのNTTコム勤務の高宮城君。参加者は長嶺会長はじめ10余名。自らBlog Siteを立ち上げているベテランからメールread onlyメンバーの初心者までと幅広い。
 そもそもWUB東京はその活動目的に“インターネット・デバイドの克服”を掲げたが、メールアドレス保有率80%を越える等、会員のITリテラシーの高さを誇っている。
 研修は講師の高宮城君中心に、習熟メンバーが初心メンバーに教える等和気藹々の内に薦められた。WUB東京ではこの研修活動を今後も継続する方針。
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藤原正彦「国家の品格」;新潮新書

2006年09月14日 | 「Weekly 読書感想」
国家の品格

新潮社

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 05年11月の初版以来、わずか半年余りで実に23版を重ねる話題作。大先輩からお贈り頂き恐縮この上ないことですが、正直、書名タイトルに抵抗を覚えた。大体”国家論”はナショナリズムやエスノセントリックに繋がりがちで好きになれない。“私利や利己の追求は下品“と教わりながら、一転何故”国益追求“となると誰も疑わない品格論に繋がるのか。そこにはわが友人の韓国の金君や中国の王さんが消える。否定される私利の集積としての全体・国益が何の疑念も無く称揚される論理の摩訶不思議。
「そんなに欲しいなら竹島など分けて上げたら」と言うと島根県人に怒られが、国益追求に忸怩と苦悩があってもいいのでは。

 新田次郎と藤原ていを両親に持つこの数学者の価値底流には新渡戸稲造の「武士道」で国粋鼓舞が漂い、本書には軍国日本に蹂躙された隣国民心情への忖度がほとんど感じられない。とは言え、衆愚民主主義への懸念、論理至上への疑問、情緒性至高等肯かされる点も多く、全体に天才輩出基盤としての美風景論とか美学的。ただ、歴史的に治世者の美学傾斜は“ナチズム土壌の一つと言われたローマンティズム”を思い出すまでもなく危うい。
もし”命より名を惜しむ”“死ぬこと見っけたり”の武士道を至上とするなら、21世紀それを最も具現しているのは民族のために命を惜しまない点でハマスやアルカイダを賞賛しなければならない。少し飛躍し過ぎるが、国民の国益追求マインド、殉死、特攻、ジハードはどう繋がるのだろうか?
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「屋良文雄、東京コンサート!」

2006年09月14日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 先週日曜、稲嶺知事をお招きしての東京沖縄県人会50周年の翌日、東京は代々木のジャズ専門店 NARU。開店40周年記念公演の一環として沖縄ジャズ協会会長・同期・屋良文雄夫妻が招かれ一夜ライブ。
 予約入れたら2部入れ替え制の7時の部は何と満席。止むを得ず9時半の部へ。これも50席程の店内、立ち見席が出るほど。出席者のほとんどが曲に合わせ体をスイング、時に声を挙げたりする。たまたま相席した中年とヤング二組の御夫婦、それぞれ藤沢と所沢からわざわざ来店、年数回沖縄行きの際は屋良の「寓話」に必ず寄ると言う固定フアン。
 こちら小学以来の同期の上にここ20余年、訪沖2回に1度は店で演奏を聴いているにも係らず、わずか2、3曲しか聞き覚え無い程のジャズ音痴。
にもかかわらずこの夜も屋良は “ようよう、タツヤ!”と喜んでくれた。


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「東京沖縄県人会50周年」

2006年09月11日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 9月10日(日)、霞ヶ関の「東海クラブ」で開催された「東京沖縄県人会50周年」に参加。稲嶺沖縄県知事がわざわざこのために上京、出席、祝辞を述べた。
懇親会まで参加、演壇のパネリストとやり取りする等絶えず笑顔でリラックスしていたのが印象に残りました。
 今回のメイン・テーマははこれまでの会功労者への感謝状贈呈と県人会の今後を語るシンポジウム。
 長元沖縄タイムス東京支社長のコーデネーションの下、県人会活動に長く関わって来た上原成信理事先輩を中心に又吉元青年部事務局長、今井関東沖縄IT協議会副会長と共にパネリストとして参加。若手を始めてとして参加メンバーの減少に悩む、会の活性化等今後について討論。
 私は琉舞や音楽を中心にする沖縄の文化に共感する県外の人々を包摂する“沖縄クラブ”的方向も今後の活動の一つの道と提言しました。

 会はシナリオ変更、飛び入り、省略等沖縄のこうした会には有り勝ちな変化自在な進行に流石”きゃんひとみ”さん、時に主役を喰う程の柔軟、奔放な司会振りで巧みに捌き盛り上げた。いや、お疲れ様!
 また、会場を圧していたのは志田房子師匠はじめ琉球舞踊のお師匠連と宮良多鶴子・宮園優子、中里悦子等音楽関係者、ここでも沖縄伝統文化の息吹と存在が大きかった。同期の金城康子師匠も大阪から上京、大城裕行も参加でした。
   
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冨山一郎「近代日本社会と沖縄」:日本経済評論社

2006年09月10日 | 「Weekly 読書感想」
 京大農学教授である著者が学位論文を下に1990年に刊行。当時は神戸外大講師だった。京大院生時代、沖縄と関西を往復、尼崎や住吉、恩加島等の移住地や関西在住県人の就業先等に亘るフィールド調査を元に県人の実態について研究調査した報告書。
 沖縄人連盟やその中核にあった日共分子・赤琉会の動きや職工・紡績女子達との構成・分裂、所謂「名士」としての教師や公務員を中心とする県出身エリート階層の県人会離れや本土社会への同化を「自失する同郷性」として描き、なにやら東京沖縄県人会の現況を思わせる。

 実はこの8月10日の日曜、稲嶺知事出席の下、霞ヶ関・東海クラブで「東京・沖縄県人会50周年記念」で“県人会の今後を考える”のシンポジウムでパネリストを務めることになり、本書を思い出し書庫の奥から引っ張り出し、パラパラ読み直した。刊行翌年の91年購入読了した奥書がある。
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「歌舞伎町“黄金のトライアングル”」

2006年09月10日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 いま、都内では沖縄を売る飲食店が各山手線駅上に複数展開するほどの沖縄ブーム。しかし、こうした店舗はベンチャー企業同様に10年以上継続するのは半部に満たない。
 そんな中、何れも20年以上の銀座「阿壇」「芭蕉布」「夕雨子」の三店向こうを張る如く、ここ新宿歌舞伎町・徒歩5分の至近で操業30年を越す「南風」「ぶうげん」「北山」を私は“黄金のトライアングル”と呼ぶ。

 残暑の一夜、新宿オペラシティでIT企業を展開する沖縄フアンの徳平社長と名護出身でこれまた日産ディーゼルIT子会社社長の友利社長の還暦トリオ、私の快気祝を名目に繰り出し、滅相もない事ながら年に一度も同席する間もないこれら超多忙・売れっ子ママトリオを一堂に集めての怪気炎!二社長は「南風」以外の二店は初めてとのこと、病み付きにならないかと些か心配。
(この写真、私以外皆さん・ヤンバルと今帰仁出身)

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「わが友、わが母校」

2006年09月08日 | 「美ら島沖縄大使」便り
8月4日付きの「日刊工業新聞」コラムに紹介されました。(拡大詳細はこちら

 記事には書いていませんが、やはり文学部と思うのはクラス50名中、教師とエディター・記者がそれぞれ10名位づつ、その中には「エコノミスト」元編集長や文芸誌「すばる」元編集長もいる。
 零細創業企業のオーナーは私一人!それだけにクラス会では雇用者の私は遠慮ないコメントを浴びる。
同期の皆さん、無断映像アップ、ご容赦を!
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朝吼夕嘆

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