”朝吼夕嘆・晴走雨読”

「美ら島沖縄大使」「WeeklyBook&Reviews」「マラソン挑戦」

ゴードン・ワーナー「沖縄復帰物語」(1997年)

2005年07月31日 | 「Weekly 読書感想」
 1942年からの72年復帰までの占領・統治サイドからの証言。A4版250Pを越える歴代高等弁務官の写真や演説・挨拶が満載されているのを見ると、ひょっとして著者がその草稿を書いたのではと思わす。戦後沖縄教育又は教職員組合史と言ってもいい程にその面の記述が多い。一貫して流れる「沖縄占領、復帰には多額の米国民の納税が使われている」とのメッセージ。

 占領サイドに属する著者だが比較的客観的記述で、キャラウエイ弁務へのネガティブ・コメントと最後の任命首席松岡氏への過剰賞賛には思わず苦笑した。あの「宮森小学飛行機墜落の惨劇」を数行で片付けているのは本書の価値を損なうようで残念。因みに私は安謝中学卒業時、当時の松岡PTA会長から賞状を授与された。

 著者の略歴が無いのは本書の大きな欠点だが、最近、川平昭和女子大理事とエグゼカティブ・リンクの宮里社長から聞いた所ではDrワーナーは琉球民政府(USCAR)の教育部長を務め、隻脚ながら大変な居合愛好家で、戦後沖縄剣道界の重鎮・松川久仁男師範に師従したとのこと。その後女医さんと与那原で老後を過ごしておられるのを見ると本当に沖縄を愛しておられるのだろう。

 貴重な写真が多数掲載されており、珍しく当時の県内20高校の校章のカラー写真(162P)等もあるが、何故か母校那覇高のは無い。
 本書はエグゼカティブ・リンクの発行で、料亭「松乃下」オーナー保坂アイヴォーさんが序文を寄せている。寄贈いただいた宮里由紀子社長に感謝。

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赤坂沖縄懐石料理「潭亭」

2005年07月26日 | 「美ら島沖縄大使」便り

 いま、沖縄ブームもあって首都圏の沖縄料理店は500軒を越えると言う。好みも贔屓もそれぞれだろう。その中で格式・価格でも赤坂のこの「潭亭」がトップクラスだろう。お値段はポケットマネーでは少し値が張る15000円。TBS本社が近いこともあり、芸能人もしばしば訪れる。
 NHKでシナリオ・ライターのキャリアーをもつ高木凛代表(中央)が陶器は大嶺實清、ガラス器は稲嶺誠吉と徹底的に沖縄に拘り、八重山から調達する食材を京懐石の板前さんが創作する沖縄懐石膳。
 過日、ロス在住の知友・斉藤陽子さんが来日の折、元小学校長の高山厚子さんと3人で久し振りに訪ねた。斉藤さんの御母堂は琉球大学家政学部の生みの親とも言える今は亡き翁長君代先生。高山さんは朝日家庭欄にも紹介されたほどの沖縄家庭料理の腕前。世代も同じとあって、琉球古典料理に花が咲く3人をただ、ただ側で眺める一夜でした。

赤坂沖縄懐石料理「潭亭」(http://www.akasakatantei.com/

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「震度5・東京地震」

2005年07月25日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 先週の土曜日、たまたま一人出勤していた時、震度5の地震があり、これまでにない激しい揺れを感じました。後で社内を見て廻りましたが、掲載額縁、FAXやパソコンの一部ずれが見られましたが、大過なくほっとしました。

 ただ、写真のように一部本棚から書籍が床に落ち散乱していました。

 退社しようと思ったら時のエレベーターは自動停止、電車は動かず遅く帰る羽目になりました。携帯電話も暫く不通でした。移動のためタクシーを利用しようとしましたが、全て乗車済みで空タクシーはゼロでした。

 たまたま、約束の知人等3人が来社、階段を使って外苑前のライブハウスに繰り出しましたが、万一の場合の対応を改めて考えさせられました。

 まず、第一にエレベーターには絶対には乗らないで、階段を利用すること。さらに、電車が停止することを想定し、帰宅手段や自宅・家族との連絡方法などを改めて考えさせられました。

(写真:地震で散乱した社内書籍)
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SIDNEY SHILDON 「Morning , Noon&Night」;Warner USA

2005年07月25日 | 「Weekly 読書感想」
 03年集英社が「文学の世界遺産」として出版したジョイスの「ユリシーズ」全3巻に挑戦、ようよう1巻を読了、2巻に臨んでいたが辛くて辛くて、休息の積もりで手にしたのが久し振りのSIDNEYもの。果たせるかな面白い。

 通勤電車の日経をしばしばそれをサボって読み耽り、1ヶ月弱で読了。英語学習という名目が無ければとても読む気にならない例のように読者をこれでもかこれでもかと騙す陰謀、ミステリー。それにしてもMario Puzoと比べて何と平易な英語を書いてくれることか。

 これまで読んだSIDNEYものを以下挙げてみた。

 「The Doomsday Conspiracy」「If Tomorrow Comes」「Master of the Game」「Memories of Midnight」「The Naked Face」「Rage of Angels」「The Sky is Falling」「The Stars Shine Down」「The Other Side of Midnight」「Tell me Your Dreams」。全ての内容を覚えていないが、東電OL事件と前後して読んだ多重人格を扱った「A Stranger in the Mirror」が怖かった。調べて見たらここに挙げていない未読はあと3~4冊、司馬遼を読み尽くした時の様な淋しさを感ずる。
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「沖縄学研究発表」

2005年07月22日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 7月16日土曜、勝方早大教授のコーディネートで行われた公開「沖縄学研究発表」を聴講。出席者は60名前後か。先後輩旧知散見。それにしても83歳高田普次夫先輩の出席、勉強振りにはいつもながら脱帽。

 テーマは「普天間基地を巡る研究調査」2題と「沖縄自治州」を早大ドクターコースの熊本博之、真喜屋美樹、玉城朋彦各氏。沖縄研の三島まきさんが「渡名喜島と他島の伝統祭の比較研究」。北村毅氏の「沖縄遺族連合青年部」を巡る発表がことの外印象深かった。

 久し振りの母校訪問とゼミ気分。いずれも興味深く聞いたが前日遅くまで大阪事業所メンバーと懇親した出張帰り・直行の上に休憩なし4時間を越える講演、流石に疲れた。

 終了後、講内のリーガロイヤルホテルで玉城講師慰労名目に糸数参議秘書の宮良さん、高江洲新報記者ら知人5人で懇親。酔いが廻るほどに疲れを忘れる談林の一夜でした。
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久しぶり母校キャンパス

2005年07月22日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 先日土曜、恐れ多いが高校・大学・学部後輩の勝方(稲福)恵子早大国際教養学部教授コーディネーションで行われた公開「沖縄学研究発表会」聴講のため大阪出張から母校直行訪問。

 校舎高層化し、さらに建設中。

 街の若い女性と比べ、流石に過剰露出抑制のキャンパス内の女子学生ファッションを見てホッとした。久しぶりの母校、我ながら何を見ているんだろうね。
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「お客様から感謝状受領」

2005年07月19日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 当社では最近、航空・鉄道各社の端末機器製造を得意とする沖電気関連会社様からの発注が増えて来ました。先週この端末機器に搭載する制御ソフトをご発注頂いている沖ソフトウエア㈱様から「2004年下期の協力会社優秀賞」として表彰されました。

 これは全国の沖ソフトの協力会社40社中、品質・納期面から優れていると評価された会社がS、A、B、Cにランク分けされて表彰されたもので、当社は昨年度に続きAランクとして表彰され、感謝状と共に金一封を頂きました。
 大阪地方で制御ソフト要員を抱えるパートナー各社さんの参画・プレゼンテーションを歓迎します。

(写真:宮本沖ソフトウエア㈱関西支社長と)
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「沖縄県高卒求人説明会」

2005年07月18日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 7月12日、沖縄のコンベンションホールで開催された県観光商工部主催による「高卒企業求人説明会」に出席した。全県60余校の就職担教師、生徒が1000人近く参加。この時期は採用解禁前だから、コーナー来訪の生徒に学校・専攻等の質問、採用活動は禁じられおり、いわば会社や就職に関する啓発活動で戸惑った。

 例年は生徒より、求人側の企業側が多いような時もあったが今年は席を立つ間も無いほどに生徒が引きも切らせずコーナーに来訪し、就職マインドの変化を感じた。先月職場実習に来社した女生徒二人が「ぜひ、応募したい。他は全く関心が無いので行きません」というひた向きさには参った。引率の沖縄工業の新城先生も来られた。

 翌日、予定を打ち切って霞ヶ関東海クラブの「関東沖縄経営者総会」に直行。
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「ご来訪歓迎!」

2005年07月17日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 この方々、当社の社員?馴染のお水さん?保険の小母さん?申し訳ありません。いずれも違います。実は~。

 当社は五反田の現在のビルに引っ越すまで、慶大東門向かいの新築「アネックス三田ビル」に20年近く入居していました。逐年借り増し、最後はビル半分の最大テナントになりましたが、残念ながらオーナーの倒産で引越さざる得なくなりました。

 三田通りに面し白亜の目立つ佇まいで、1、2階は後に郷ひろみ夫人になる二谷友里恵さんやお子さんが慶大在学の田中真紀子さんを見掛けた瀟洒な喫茶・レストランだった。

 このご婦人連はそのビルにお勤めの方々。ビル会社倒産後それぞれ別にお勤め。数年ぶりに再会、往時の思い出に花が咲いた。
 当社の専務や部長の名前を覚えておられ、口々に「皆さんいい方、お元気ですか」と聞かれたのには驚いた。こんな出会の余得もあるのか!

 故秋本商店の皆さん、よくぞご来訪。深謝です!

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「二つの合宿」

2005年07月11日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 当社では年2回、各事業所の部課長20余名が二日間に亘り、フリーデスカッション形式で当面する経営諸問題を討議しますが、先々週、沖縄、静岡出張帰任の翌7月1、2日開催しました。

 会議は日頃、接触することの少ない幹部同士のコミュニケーション。会社や上司に対する忌憚のない意見表明に一つの意義があります。しかし、何と言っても会社の問題は畢竟社長の問題。もっとも課題を突き付けられるのは私です。

 その疲れも癒えぬ先週木・金、独立系同業社長10名と箱根の合宿会議に出席しました。これは20年近く継続している上場・公開会社4社を含む同業14社トップ・マネージメント同士の腹蔵ない経営問題についての意見交換会です。

 予め各社から「問題点と課題、その原因・背景および対策」についてアンケートを提出、会議当日に各社それについて15分前後で発表、次いで15分の質疑応答を行いました。

 図らずもその前週社内で当時した課題を発表することになりました。各社、プロジェクトマネジメント、人材育成、単価ダウン等の共通の課題。オーナー各社では事業継承と後継問題について率直に意見交換をしました。以 上
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「渡久山琉大関東同窓会支部長」

2005年07月11日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 渡久山さんは琉球大学関東同窓会支部長というより、往年の泣く子も黙る日教組元書記長という方が有名。

 沖縄復帰直後、代々木・日共本部は瀬長亀次郎沖縄人民党首の占領米軍への抵抗運動歴に敬意を表し、副委員長に迎えた。私は渡久山書記長もその轍を踏んだものと思っていたら違っていた。渡久山さんは当時最強の組織力を誇った神奈川高組をバックに本部書記長になったという。復帰運動をリードした沖縄教組とは何の関係も無かったということをこの夜の懇親会で初めて知った。

 NTTコムウエア勤務の朋友高宮城君の紹介で、宮城同窓会理事と共に来社された。10月の総会での講演依頼。1年中退の私に資格があるかと思ったら、卒業生10名以上の採用実績、問題ないという。

 日教組書記長という経歴からは想像出来ない経営マインドに富み、同窓会活性化に強い意欲を示された。今は中教審委員、全国退職教職員生きがい支援協会理事長も務められる。
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「社業忙中有閑」

2005年07月04日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 先週、沖縄、静岡と各事業所を廻り社員と懇談。1日の賞与支給それに先立つ説明(釈明?)。沖縄出張は早朝か紅灯繰り出す夕暮落日の泊大橋往復8キロジョギングが日課だが、還暦過ぎてこのスケジュールは流石に辛く、最近は虚しくジョギングシューズ運搬往復が増えて来た。

 そんな一宵、當山沖縄県医師副会長と歓談。同期とは言えお互い卒業以来初見参。多忙な会議を打ち切り駈け付けてくれた。名うての政客・論客だけに当方指しでは不利と見て、在米5年キャリアの青・中女性と空手師範・テレビコメンテーターの友軍を連れて臨む。
 こちらの思惑なんのその、談林風発、博覧強記、座談の名手だった。こちらの応援女性団も負けていない。臆せず個人情報のカルテ論を提議したら「カルテは医者の所見もあり、双方情報」と。さらに「長野ピンピンコロ!沖縄ネンネンコロ!」と長寿両県の特徴言いえて妙。
 一同思わず爆笑。社業忙中有閑。持つべきものは畏友なり。
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「徳之島に生まれて」(太家の歴史);溝井武實著

2005年07月03日 | 「Weekly 読書感想」
 今年96歳になる太キミさん一家の聞取史。奄美徳之島生―大阪―満州―沖縄―大島とキミさんの軌跡は、生きておれば今年90歳になる亡母と生き写し。キミさんは島から大阪のタオル工場へ、満鉄傍系に働く夫の親戚に連れられ嫁ぐ。亡母は親に内緒で風呂敷包み一つで友人と近江絹糸へ。里帰りした際、父の従姉に連れられ大連交通に勤める幼馴染の父の下に。敗戦、共に佐世保経由で島へ。そして沖縄へ。母より年長のキミさん一家は終戦時大連在住の私達に対し私の生地北満ハルピン。それだけ悲惨な体験をしている。

 共同通信出の著者による随所の歴史著述、資料による検証、傍証は大変興味深い。例えば大島では漁業を生業とする沖縄人を「クダカとかイトマン」と呼び、女工志願で島を出る女を「犬妻になる売女」と蔑視したこと。ロシア占領下の満州では同国憲兵は不法行為のロシア軍人に被害日本人の前で鞭打等の厳しい刑罰を課したが、沖縄在住の米軍MPは同国軍人の不法行為に甘かった等の意外な目撃談。

 私が大島から転校した安里小6年クラスに太さんという女の子がいたが本書ご家族とはどうしても年が合わない。本書が同時代史と思えるもう一つの理由だ。地図・年表も掲載され、私達一家の軌跡も追える貴重な書をお送り頂いた高山さん、ありがとう!
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朝吼夕嘆

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