”朝吼夕嘆・晴走雨読”

「美ら島沖縄大使」「WeeklyBook&Reviews」「マラソン挑戦」

「第8回、東京琉球舞踊協会公演」に行ってきました。

2018年04月22日 | 「美ら島沖縄大使」便り

                                                

   4月15日東京国立劇場で開催された「東京琉舞協会第八回の“翔舞”」公演に行って来ました。今回は逝去された“川口喜代子会長に捧ぐ”祈念大会。会場は500席を超すほぼ満席盛況ながら、琉舞に疎い当方、正直、5時間近い26の演目の観舞にホトホト疲れました。とはいえ、日頃の鍛錬を国立劇場という晴れ舞台で披瀝する舞子さん達の誇らしい思いや体躯を動かし、観衆に披瀝する自己表現の舞踊とは引き籠りや自閉症とは全く無縁な世界かと妙な感慨に浸りました。そう言えば南米で見た沖縄舞や三味線の演奏に言葉や時代を超えた琉球舞踊音の威力には圧倒されました。この日の舞子お弟子さんたちの半分はヤマトんちゅ(本土人)のような気がしました。当日のプログラムを見つつ、都内はもとより、鶴見、川崎は言うに及ばず、横浜、鎌倉、川崎、千葉、市川、さいたま、新座、朝霞、熊谷と首都圏で幅広く琉舞教室を展開する20を優に超す家元道場を見ていると日本の安全保障のため虐げられている我が沖縄は舞踊、音楽の威力では日本本土を席捲、支配しつつあるかと妙な感慨し浸りました。舞踊協会の皆様、“故川口会長の追悼祈念”の大事な公演にも拘わらず、奇妙な感想申し訳ありません。
                                        

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「書浪人善隆」教室開催しました。

2018年04月18日 | 「美ら島沖縄大使」便り

                   
              (善隆師匠の作品テキスト) 
 先週土曜日、神田の事務所で「書浪人善隆」さんの“書道教室”が開催され、女性生徒さんが2時間に亘り、師匠の指導を受けました。「書浪人善隆」さんは沖縄から上京、これまでの月一度の割合で青山、赤坂で教室を開いておられましたが、今後は私の神田事務所で開くことになりました。参加ご希望方はご連絡頂ければご紹介致します。

 詳細はオフイスサイト http://www.syoronin.com/index.html 御覧下さい。

    

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「徳岡埼玉奄美会幹事様、ご苦労様でした」

2018年04月16日 | 「美ら島沖縄大使」便り

              
 先週土曜日、長きに亘り「埼玉奄美会」会計理事をお勤め頂いた徳岡さんが、ご尊父介護のため鹿児島に帰られることになり、与野市駅前の奄美居酒屋「黒龍」で、慰労送別会を催しました。徳岡さんは中央大学を卒業後大宮市役所に勤務、さいたま市合併や街づくり等々に貢献されました。徳岡さん、長きに亘り有難うございました。なお、後役は上尾市会議長の道下さんが務めらことになりました。

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「78歳誕生のご挨拶、御礼」

2018年04月14日 | 「美ら島沖縄大使」便り

             
                 (誕生祝うかの如き我庭の花)
 去る4月12日、お陰様で78回目の誕生日を迎え、多くの皆様から祝辞を頂きながら、お礼の御礼のご挨拶出来ず失礼致しました。
㈱日本アドバンスを創業30年、同業社と合併、会長を退職した73歳時、5年生存率50%と言われるステージ4の大腸癌が見付り、3カ月の入院手術、永久ストマーの障害者になったものの、お陰様で今年何とか退院5年目を迎えることが出来ました。その後3カ月一度の検診を繰り返し、完治した訳ではありませんが何とか今日まで生き延びたこと、旧社員はじめ多くの皆様の見舞い、激励のお陰と改めて御礼申し上げます。いずれ再発、再入院を覚悟していますが、残る生涯、どうしようかと思っていた矢先、カリフォルニア在住の斎藤陽子さんや何人かの知友から“まだ?”と繰り返し、「我が履歴書」ならぬ「回顧録」記述を督促、激励されていますので、これを機会に“わが苦戦、挫折、失敗禄”を後輩のために幾ばくお役に立てばと、今後週1の割合で“苦戦生涯記”をBlogアップしたいとおもいます。例の如く誤謬、錯覚多々あると思いますが、忌憚なくご指摘、御教示、御笑覧頂ければ幸甚です。内容は「関東沖縄経営者協会」機関紙掲載と一部重複するかと思いますが御諒承下さい。御礼かたがたご挨拶失礼致しました。

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「琉球いろは歌」の秘密(沖縄タイムス社)~上間信久著

2018年04月11日 | 「美ら島沖縄大使」便り

                                     

 B6200ページ超す小冊子ながらヒーヒー!フーフ!しつつ読み終えました。伝説の「六諭衍義」・名護親方・程順則の「いろは歌」は琉球史の一つとして聞きつつも私にはチンプンカンプンに近い難書!県内双璧テレビ会社のTOPを務めた、知友の上間氏がリタイヤ後、取り組んでいることは聞いていましたが、ここまで書くとは!本書を書くに当たってあの難解な白川清「字通」や梅原猛、トメ・ペレス、リルケ等々の先行広範な探求かと思いきや宮里藍ちゃんや具志堅用高も出てくるかと思えば「うりずん」の故土屋さんが出るには仰天、思わず爆笑! これこそ博覧強記の信久世界か!
 本書を読みつつ、孟子、孔子、「論語」等々を生んだ表彰漢語世界が生んだ普遍フロソフィーは
表音言語の欧米世界への翻訳伝達の可能なのか?それしても、社長退職後の著者のこの偉業には、沖縄開発庁長官 から㈶沖縄協会長を退職後「石敢當」の研究に邁進、博士号を取得した霞ヶ関エリート官僚の故・小玉正任氏同様のセカンドライフ・スタイルを思いました。これは凄い!信久殿、おめでとう!


 

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「在京高校同期の集い」

2018年04月09日 | 「美ら島沖縄大使」便り

        
 先般、在京の那覇高校12期が秋葉原に集い、同期の奥様逝去を弔い、黙祷、献杯しました。参加者同期8名の内、何と3人が奥様に先立たれていました。哀悼に加え、互いの入院、手術、飲薬等々の病罹経験、愚痴交流に「自分だけでは無いんだ!」妙にホッとし、我と我が身の逝末を思いつつ、改めて同期交流の貴さを感じました(´Δ`;)。

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「川平朝清会長の講演に感激!」

2018年04月07日 | 「美ら島沖縄大使」便り

              
  先月末、新富町「日本印刷会館」で開催された「沖縄クラブ」で沖縄放送協会会長、NHK役員、昭和女子大副学長、東京沖縄県人会長等々と多彩な経歴の川平朝清さんの講演を聞き感動しました。タイトルは「我が“起承転々”90年の生涯」と御生涯の回顧。川平さんは台湾で出生、高校まで過ごされ、終戦で沖縄に引け揚げ、ミシガン大学に留学、先日逝去なされたワンダリンさんとご結婚、NHKはじめ全国で活躍のジョン・川平、慈英ご子息兄弟を育てられたのは良く知られています。この日その皆さんもご出席でした。今年90歳を迎えられた川平さん、この日、1時間半立ちっぱなし、淀みなく講演される矍鑠御姿には感嘆でした。最も印象に残ったのは川平会長の華麗多彩な回顧もさることながら出生した台湾に故郷を思う日本人「湾生」の存在でした。それはハルピン生まれ、大連で5歳まで育った私の満州思いに共通するものがありました。
 東京には県人郷友会以外に「沖縄フアンクラブ」「大好き沖縄会」「ニライ会」「四水会」「三月会」等々沖縄関係の集いがありますが、この「沖縄クラブ」はアカデミックな定期セミナーが特色で、次回は南風原前東大副学長の講演が予定されています。
             
                      (御出席のジョン・カビラ、慈英さんご子息・御兄弟~安谷屋先輩撮影拝借)

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瀬長亀次郎記念「不屈館」訪問しました。

2018年04月03日 | 「美ら島沖縄大使」便り

                                 
 先日の沖縄出張のおり、久茂地に開設され「不屈館」を訪問しました。
「不屈館」とは在琉米軍に対し果敢“不屈に”戦った伝説の元那覇市長・瀬長亀次郎氏の記念館。私は奄美大島から沖縄に移住した小学6年の時、那覇市の楚辺に住みましたが、近くには刑務所があり、その近くの瀬長さんの自宅で生前の瀬長さんを見たことがあります。
那覇高校在学中、校庭で行われた反基地闘争の集会で聞いた「一握りの砂も、一滴の水も我々のものだ!」と言う瀬長演説は忘れられません。この日、不屈館長を務められる、瀬長さん御娘の館長の内村さんともお会い出来ました。
                    

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「同期女性から元気貰いました」

2018年03月30日 | 「美ら島沖縄大使」便り

         
 2泊3日の沖縄出張。たまたま宿泊近い高校同期生の経営するクラブに挨拶行ったところ、同期のママさん、すぐさま同期の女性を呼び出し頂き、久々のカラオケ、ストレス解消でした。元栄養士、教師、医者夫人ながら長きに亘る飲食店経営、それぞれゴルフ、ボーリング、ダンス、水泳、合唱と日々の活動。何とこの三方、皆さん揃ってご主人逝去。この同期沖縄女性の寡婦パワーには圧倒され、元気貰いました。

 

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「OB社員と交流会食」

2018年03月28日 | 「美ら島沖縄大使」便り

              
 沖縄帰京の前夜、夕食どうしようかと思っていたら、県内企業に転職した㈱日本アドバンスOB社員と社内婚カップルと久茂地の飲食店「インディア」で会食しました。ご多忙な最中、県内紙論説委員や県庁職員の方にもご参加頂き、恐縮!
 
かつて、このお店のオーナーママから「社長、お久しぶり!内の息子、日本アドバンスで御世話になりましたよ」とご挨拶され、ビックリ久々の沖縄訪問の疲れが取れました。皆さん、急にも拘わらず、お時間頂き有難うございました。

 

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「活況、繁々のプラザハウス!」

2018年03月27日 | 「美ら島沖縄大使」便り

               
 大宜味村の帰路、途中の沖縄市プラザ・ハウス「月苑飯店」に寄ったら、たまたまオーナーの平良由乃さんがフランスから来訪のご友人来られ、お会いしました。ごく近くの壮大なショッピングモールのイオンモール「ライカムハウス」が出来て、競合大丈夫かと案じましたが、何のその、この日の「月苑飯店」盛況、従業員対応も溌剌で、改めて東西奔走、海外飛翔の由乃オーナーの経営パワーに感嘆でした。この日も来沖のフランス友人と何処ぞに出掛けられました。ひょっとするとまた訪欧か!

 

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「南大東写真展パーティに行って来ました。

2018年03月25日 | 「美ら島沖縄大使」便り

            
        
 (沖縄大好き会の出口会長とパ―ティ司会の吉澤さん!)
 
 先週,有楽町の「外人記者クラブ」で「南大東写真展パーティ」で開催されました。このクラブは入場が厳しく、予め登録されていないと入れ無く、私はこの日の司会を務める「南大東観光大使」の吉澤直美さんの招待を受け、行って来ました。この写真展は長年に亘り、南大東を撮影している石引まさのり「日本写真家協会」員の作品展示会。会場には木村崇京大名誉教授や黒岩幸子岩手県立大教授等南大東やロシヤ史に詳しい錚々たる南大東フアンが見えていました。私は南大島出身の中学同期・オペラ演出家・故粟国安彦と吉澤さんの御縁。この日、吉澤さん以外の知人は「沖縄大好きの会」の出口富美子代表と吉澤さん妹の佐々木仁子さんのお二人だけでしたが、独特の文化と魅力ある南大東を改めて知りました。  

                                    

 

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「大宜味村・宮城村長、表敬訪問!」

2018年03月22日 | 「美ら島沖縄大使」便り

             
公益財団法人「沖縄協会」評議会出席ために、数カ月ぶりの沖縄でしたが、先日、再任命された「観光・親善大使」の挨拶に大宜味村の宮城村長を表敬訪問して来ました。何時も御世話になっている友人の源河元高校教師の配慮運転で名護から車で更に40分近くかかる大宜味村、改めてヤンバルの遠さを感じました(^○^)。
 この日、その足で新報、タイムス、RBC、QAB、県庁等々に挨拶に伺いました。議会中の県庁は別にして、幸い他の訪問先の御要人にはお会いすることが出来ました。ご多忙な最中、お時間頂き有難うございました。御挨出来なかった県内の皆さん、何時もながら申し訳ありません。また、次の機会によろしくお願いします。などと言いつつ、女性には会っている訳!の叱責を浴びそうですが、たまたま都合が合った方々です!御諒承を(´Δ`;)御詫びを兼ねて以下2,3ご報告アップ致します(>_<;)

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沖縄「平和祈念堂」で野村会長、上原専務と記念撮影、恐縮!

2018年03月20日 | 「美ら島沖縄大使」便り

                        
 先週、久し振りに沖縄に行きました。所用は私が拝命する公益財団法人「沖縄協会」評議員会出席のため。摩文仁の「平和祈念堂」12時開催に間に合わせるため、この日5時に起床、自宅を出て7時55分羽田発のFrightに乗り、那覇空港に10時半に着。空港から摩文仁まで、何時も恐縮ながら私の沖縄訪問の移動足役を担って頂く、友人の源河さん運転の車で送迎頂きました。源河さん、何時も些少なガソリン代で申し訳ありません。
「沖縄協会」は学資支援や研究奨励と様々な奉仕活動をしていますが、主たる活動事業は摩文仁の「平和記念堂」の保守、運営です。現会長は長く会長を務められた清成元法政大学長の後を継がれた元外務省・宮内庁経歴の野村一成様。会議の後、祈念堂前で野村会長と元県副知事の上原専務という錚々たるお二人と恐縮ながら記念撮影を撮らせて頂きました。

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「具志堅用高と空手家・緑健児さん!」

2018年03月17日 | 「美ら島沖縄大使」便り

                     
  先月、上野「精養軒」で開催された在京奄美出身者の集い「東京オール奄美ドゥシの会」に参加しました。今回は第20回記念大会ということもあり、奄美・瀬戸内出身の金子万寿夫衆議員や鎌田愛人瀬戸内町長等来賓を含め300人近い出席者。「奄美ドゥシの会」は「東京奄美郷友会」とは別組織で前者が奄美本島南部地方の瀬戸内、古仁屋出身のメンバーが多いのに対し、後者は北部の龍郷、笠利、名瀬出身参加が多いような気がします。因みに”ドゥシ”とは奄美方言で”同志、友達”の意味!沖縄では”ドシグァー”と言います。
 この日、 ビックリしたことは、世界ボクシングフライ級最高の13回防衛チャンピオンの具志堅用高さんと極真空手世界大会優勝経歴の緑健児二さんが出席されていました。お二人は奄美・八重山というお互いの出身郷土を超えた格闘技同士の友人の様です。格闘技等は全く無縁の私ですが、お二人にはそれぞれ別の機会に何度かお会いしており、名前を覚えておられたのは恐縮の極みでした。お二人とも偉ぶるところ些かもなく、気さくな人柄です。因みに、緑さんは私と同じ、奄美大島瀬戸内出身。

     
            
(祝辞挨拶する奄美大島瀬戸内町出身の金子衆議員)

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朝吼夕嘆

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