”朝吼夕嘆・晴走雨読”

「美ら島沖縄大使」「WeeklyBook&Reviews」「マラソン挑戦」

「さいたま奄美会」

2007年11月30日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 首都圏の奄美大島出身者は沖縄出身同様、字毎、島毎と様々な郷友会催しがある。曰く、奄美会、名瀬会、瀬戸内会、徳之島会、沖永良部会、喜界会等々。
 埼玉でも年1回奄美会がある。それも毎年、私の自宅から徒歩で行ける与野市駅前で。それも駅前に沖永良部出身者が経営する居酒屋「黒龍」があるから。
 私も過去、都合のついた3回ほど参加。ほとんど知人はいないけど居心地の悪さを我慢して参加している内に徐々に顔見知りが出来て来た。
 先月は50余人出席。中に旧浦和市役所や大宮市役所勤務や自動車練習集所、画廊経営者等々様々な生業で地元に根を生やした奄美出身者がいることが分かった。会場「黒龍」のためか、この日の参加者は圧倒的に沖永良部出身者が多い。 沖永良部は奄美群島中最も沖縄に近いことから、文化的にも最も沖縄の影響を受けている。この日の余興も圧倒的に琉球舞踊。かと思うと「くるだんと節」や徳之島出身者によるワイド節等奄美独自の歌、舞踊も披露される等、多彩。
 私同様沖縄移住経験者も少なからずいましたが、終戦直後の米軍政下、沖縄への密航経験者も多く、貴重な体験秘話を聞けた。ここでも他の県人会同様若年者が見えない。   
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"外務省のラスプーチン"?

2007年11月29日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 ご存知「異能の外交官」「外務省のラスプーチン」と呼ばれる佐藤優氏。
自らの逮捕を「国策捜査」として国を相手に係争中。この人浦和高校から同志社大・神学部、さらにモスクワ大へ留学、ノンキャリアとして外務省に入った、まさに異能の経歴。この方、浦高出身からも判るように、私の近隣。このところ「国家の罠」「国家の自縛」等々精力的に執筆、出版、ベストセラーズになっている。
 実はあまり知られていないが沖縄出身。正確にはお母さんが沖縄の久米島出身。当然のことながら県人会には良く見える。もっともご本人は本土育ちだからあまり沖縄は存じない。しかし、県出身を名乗り沖縄でも講演なさっている。
 最近、琉球大学にも合格しながら、お家族がクリスチャンで、その意向もあって神学部に進学したことを知った。
 先般の大田参議員慰労会でお会いしお話したが、怪僧ラスプーチンの雰囲気どころか、むしろシャイな感じ。 中級ノンキャリアながらロシア通として傑出した佐藤氏に対し財務省と並ぶエリート意識の強いキャリア外務官僚の嫉心を買い、国策捜査に貶められたのではないか。
 格とものが雲泥の差とは言え、かって琉大中退ながら中級・ノンキャリアとして外務省から採用面接を受けた沖縄出身としての自分を振返り、奇矯な符合と感慨がよぎった出会でした。
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「垣花君、おめでとう!」

2007年11月27日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 最近は挙式、披露宴というのが珍しくなった。平均年齢34歳の我社の社員も当然ながら毎年入籍、結婚届があるがここ10年、社員の披露宴に招かれることがなく、一面、媒酌、主賓等の上司としての責務軽減にも繋がっている。
 先日、久し振りに役職責務としてではなく、知人の挙式・披露宴に招かれた。新郎実家は沼津、勤務地は石川県ながら当日の会場はなんと当社から最寄の西麻布のプラチナ通り!
 高校・大学同期、元東芝機械生産管理部長、現高専講師の垣花君の御子息の祝宴。同期の御子息の宴ながらいくつかの縁で招かれた。それと言うのも新郎・新婦が夫々早稲田卒の博士・マスターの上に新郎父君も早稲田とさながら都の西北祭。それ以外に、かって私同様頚椎傷害に悩まされたスポーツ人間工学専攻の新郎渉君が、私に主治医を紹介してくれた縁。それより何より新郎が私の義母の住家である石川県内灘の石川県立看護大学の准教授に着任、新婚生活を送ることになった縁が大きい。
 披露宴私の隣席は学長以下看護大の教授連に新婦側にはこれまた早大教授連とこの日、来賓席は稀に見る10名近い大学教授の揃踏み。それにしても新郎の弟さんや叔父、皆さん大手電機メーカ勤務のエンジニヤや自営社長。
 南海の島嶼から上京、一家を成し、一族一様にポジションを形成する垣花君一家を見ると、日本の戦後近代と共に歩んで来た私達・同時代の奮闘、形成を見る思いで感じ入りました。垣花君並びに渉君新婚さん、改めておめでとう!
 
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吾妻博勝「新宿歌舞伎町マフィアの棲む街」;文春文庫

2007年11月25日 | 「Weekly 読書感想」
 ハイ!たまには?こんな本も読みます。ベストセラーヅとは言わぬまでも98年の初版以来30版近く重ねている。最近は落ち着いたとは言え、10年ほど前に台湾、イラン、コロンビヤ等のマフィアが夜の歌舞伎町に跳梁、跋扈、中国マフィアが青竜刀で日本のヤクザを襲ったりした事件が頻発した。そうした状況を聞取、尾行、潜入等身をもって調査した400Pに迫る厚手のドキュメンタリ文庫本。記述はいささかしつこく、まどろっこいがこれはそもそも週刊文春の連載ものだから仕方ない。本書は大澤在昌の「新宿鮫」や馳星周の新宿もののハシリとも言える。
 そもそもの歌舞伎町がこうもう荒れた一つの遠因は中曾根内閣の中国人留学生大量受入れ政策という見方がある。
 かといって夜でも普通に飲むだけなら歌舞伎町は決して危ない街ではない。私は今でも西部新宿駅向の碁会所でも碁敵との手合、または市役所横、沖縄出身経営のクラブ通い等で月1度位は歌舞伎等に行く。
 街頭ストリッパーもどき若い女性や長髪、裾出しの若者のスタイルにはうんざりするが、私にとって歌舞伎町は刺激的な青春の街だ。琉大中退上京、浪人時代から早稲田、就職1年の都合6年毎日、新宿経由で京王線の笹塚に住んでいた。歌舞伎町が踏み込むのも嫌な唾棄すべき場所との思いが強く成った時は我が老いの極る時と思っている。


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「野里さんを囲んでの首里の一夜」

2007年11月24日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 前回の沖縄出張時、「鈍感力」「バカの壁」等全国的ベストセラーを抑え、目下県内で“洛陽の紙価“を高めている「癒しの島・沖縄の真実」(ソフトバンク新書)の著者・野里洋さんと首里の琉球料理店「あしびうなあ」で久し振りに歓談・懇親。野里さんとは就業が前後したとは言え、元琉球新報社記者同僚。氏が東京支社長時代、最も交流した。
 今や新報役員をリタイヤ、悠々自適の旧知の朋友とも言うべき仲だが私のBlog
(http://blog.goo.ne.jp/shigeta-nas/e/da60f8e149a476e124b06524d0103974)
で氏の著者をコメントした時から、お互いいつか“合間見えようよう”と万を侍していた。実はこれを影でけしかけた二人の御仁。琉球新報社異数の前泊編集委員にこれまた異色の元アラブ大使館広報官の新垣由起子嬢。日頃の心掛けが悪いのか高校後輩のこの二人、当夜揃って参加不能、切歯扼腕か。
 二人に代わって、この日お誘い、参加して頂いたのは琉球服装史研究の富士栄登美子琉大教授に対馬丸記念館理事長にして同期の歯科医・高良政勝君。実は野里さんが記念館理事という奇縁。古都首里での異業種交流会談に花咲く。

 富士栄さんの愛娘は現在学習院大マスターながらフランス留学、フィアンセはパリ在住の仏システム・エンジニア。この縁で先頃・急逝した高校同期の照屋輝一・前琉大TLO社長の紹介。高良君は奥さんも同じ同期。多忙な歯科医院開業しながらの理事長としてのボランティア活動。大変だと思う。
 皆さん、お許しなく勝手に個人情報開示、済みません!ご挨拶随分遅れましたがあの夜、突然の呼出にも係わらずお越し頂き有難う御座いました。感謝です。

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「ベトナム・レポート・最終」

2007年11月22日 | 「美ら島沖縄大使」便り
      (信号を待つバイク群と空を走る電線束)
 ベトナムを訪れる人々が皆、一応の驚くのは道路至る処、自動車を囲むような交通主役、雲霞の如きバイクと自転車の洪水。さらにその真ん中を縫うように横断する歩行者の傍若無人とも云える交通マナー。
 訪問二日目、市内タクシーを3時間乗った同行メンバー3人、一様に“ヒャー!危ない!オゥー”の連発。右から左から正面から人も車も自転車も。よくぞ事故が起こらないものだと肝冷やし。目的地に着いて“フー”と一様に溜息を着いた。凄いの何のって軽業運転。言っては悪いがスリル満点。聞けば年間1万件の事故があるらしいが、不思議に死亡が少ないという。それだけスピードは出していない。ホーチミン8百万人口に対し4百台の単車があるという。
 それと路上空を這う電線束。要するに地下鉄、電車は言うに及ばず路線バスや埋設電線路等の公共整備が全く整備されていない。至るところ道路工事というより不整備と散乱。これは今後のベトナムの経済発展の大きな隘路になるだろう。
 逆に彼の国の指導者・為政者は明治維新とまでは言わずとも終戦直後の日本同様”国土開発と整備”に大いなる課題と抱負を抱いて取組んでいるのだろう。
 そしてこの壮麗と瓦礫、喧騒と混沌を物ともせず3000人の日本人の中に、社命ならともかく自らの望んでこの地に活躍しいている元気印の日本人女性に感嘆、降参!
(日本語教える元気印日本人ヤング女性教師と教壇で)

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「ベトナムレポート④」

2007年11月21日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 我々IT業界では経験的にベトナム人は中国、インドに比べ組織へのロイアリティ等価値感が日本に近く、Offshore先としても馴染み易いと云うのはほぼ一致した見方だ。
 中国、フランス、アメリカに圧迫、侵略されてきた長い歴史的体験から東洋アジヤ人として初めてこれら西洋・大国に勝利した日本には潜在的に親近感を持っているという。第二次大戦後、旧日本軍人がそのまま滞留、対仏独立戦争を指導、支援したのは良く知られた事実だ。
 しかし、日本は彼の国に良い事ばかりしたのではない。大戦中本国の食糧対策としてベトナムから膨大な米を買上げ、日本へ輸送したり、米袋作成のため水田を麻畑に強制転作させ、200万近いベトナム農民が餓死したという。この事実広報はベトナム当局によって強く封印・規制されているということを聞いた。そのためかどうか日本政府は毎年1千億誓い経済援助を継続しているという。それに対しホーチミン市のタンソニヤット国際空港には“日本の援助によって建設”という標識を掲げている。日本の多額の援助で空港を建設しながらその事実を一切自国民に知らしめないどこぞの国とは大違い。もっともその国に言わすとそれは礼を言うべき援助ではなく、罪を贖う賠償ということになるのか。
 また、この旅でベトナム在住の神藤さんから対米独立戦争勝利後のホーチミン大統領の独立宣言文がアメリカ独立宣言、日本国憲法と並んで“世界三大美文”というのを初めて知り、ネットで147条に及ぶ憲法を検索、瞥見したが申し訳ないことだが今のところ残念ながら通読するエネルギーはないが何時か精読したい。
    
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「主力取引金融機関への報告」

2007年11月19日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 先回、当社に対する一部上場IT同業の㈱CIJへの株式譲渡とグループ入りをお知らせしましたが、これは俗にM&Aとか会社売却とは言われますが、ことの本質は社会の公器であり企業を創業者個人の健康や意欲、寿命、資産等の属性を超えてどう継続して行くかと言う「会社継承」の問題です。

 通常、非上場会社の場合は役員交代等の広報・挨拶実施に対し、株主変更等の広報・連絡は致しませんが、当社としては来月の株主総会承認後には関係筋に改めて挨拶申し上げます。
 とはいえ、沖縄県内では地元新聞で報じられたため、取引先からの問い合わせがあり、所長が代表取締役会長、社長、専務はじめ常勤役員や執行体制、経営方針には従来と特段の変更が無いことを説明、ご挨拶させて頂きました。

 先週は主力取引金融機関に今回の資本・株主変更の報告、挨拶に行って来ましたが、元々本件は主力金融機関筋からの働き掛がきっかけだっただけに、担当者からは“例にないスムースな継承、これで当方安心しました”と前向きに評価頂きました。
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「ベトナム・レポート③」

2007年11月17日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 ベトナムは先にも書いたように面積は日本とほぼ同じで、人口も8千万ながら人件費がお隣のタイの4分の1と低く、共産主義ながら政情も安定しているためか世界的企業の進出も盛ん。私達もバスの中から延々と続くBenzの工場を見て“ベトナムにベンツ”と思ったが、実はバス工場という。
 街の至るところHONDA、SONY、NATIONAL、SANYOの表示を見る如く日本企業の進出も盛んだが、企業進出は韓国が先進で日本人の凡そ10倍の3万人が在住しており、後発ながら猛追する日本との間に韓凌ぎ合があるという。ベトナム人はどちらかと言うと、ともすれば睥睨スタンスの中国人や韓国人より日本贔屓という。もっともこれは在ベトナム日本人から聞いた意見だが。
     


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「ベトナム・レポート②」

2007年11月15日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 (ソフトパーク内UK BRAIN社経営日本語教室で)
 ホーチミン空港についた私の最初の印象は“人々が皆、小柄で人懐かしい表情”をしていること。そして“この人々が良くぞ、あの大柄で最強の近代装備の米軍を世界で初めて破ったものだ”という感嘆。そしてそれを殆ど偉ぶらない謙虚さ!“凄い民族だと思う”
 後に見学した市内の「戦勝記念館」に展示された米軍の残虐と枯葉作戦による累々とした畸形児。よくもアメリカは人類最悪の行状をしたものだという思い。その根拠となった“ドミノ理論”の空理、罪悪さ。
それでいて戦勝を高々と謳ったり、ホーチミンを必要以上に英雄、偶像化していない。あの絶望的戦況の最中、歯を喰い縛って中国を援助を絶対に受け入れなかったスタンス。イスラムのようにジハード・自爆戦術を多用せず米軍を追い込んだパワー。ホトホト降参。凄い国民だと思う。
 ただ、気になることはドイモイに象徴されるような共産主義政府と市場経済の融合、行方。中国に見られるような党中央人脈による資産形成層の出現の陰り。志位日本共産党書記長来訪時の日曜にも係わらず社員、生徒を動員する歓迎行事対応等は北朝鮮中央の対応とどこか似ていて気になった。
      (市内レストランの日本語メロディ演奏トリオ)
        



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「ベトナム・レポート1」

2007年11月14日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 2007年11月12日(月)から4日(水)、ITA(Information Technology
Alliance)加盟のソフト会社代表8人と共に初めてベトナム・ホーチミンを訪ねた。目的はBRICSに次ぐ新興IT Off Shore基地としての視察。二日の滞在中、市内の国策ソフトウェアシティに米国系ITベンダーのGlobal Cybersoft、FCG Vietnam2社、日系合弁のユニコベトナム、UK BRAIN社、東工大留学マスター卒をTOPに抱く地場ソフトITのTDA SOLUTION社等現地スッタフ7人に元ユニバーサル電子の神藤さん他日本人駐在3人の方に面談、現地のソフト産業の概況を把握出来ると等収穫の多い旅行だった。
 一口に言って彼の国の現地IT需要は殆ど国家的公共向けで、一般市場は未成熟、企業の多くはアメリカ、欧州、日本向けのOFF Shore開発。それだけに英語や日本語教育は盛ん。
 渡航前から聞いていたように中国、インド等と比べ、離職率は低く対日感情もいい。それは社会主義国家ながら政府のドイモイ(市場経済)政策により対外経済取引も積極的。それに日本と同じく国民の7割強が仏教徒、それも日本と同じ大乗仏教。その外、歴史的に中国からの圧迫やフランス植民地支配、15年に亘るベトナム戦争への影響から間接的に極めて親日的。
 実際、接触したベトナムの人々は一口に言って、人懐こく、中国や韓国の一部の人々から受けるともすれば優越や睥睨、対抗的な感応を全く受けなかった。

 国土はほぼ日本と同じ上に人口は8千万ながら、GNPは日本の74分の1。お隣のタイの4分の1で、猛烈な対抗意識もある。
 とは言え、IT技術者の絶対数はまだ少なく、日本の多くの先行IT企業が進出し、失敗し、撤去している例も多い。将来有望なOFF Shore先とは言え、余程の人脈と確実なステップが必要だ。

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「東証一部CIJ社と業務提携」

2007年11月05日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 当社は2007年10月31日開催の取締役会にて、経営資源の相互活用を通じ、事業基盤のより一層の強化・拡大・発展に資するため東京証券第一部上場の株式会社CIJ(英名:Computer Institute of Japan, Ltd)と業務提携、当社株譲渡、資本を受け入れて、同社グループに参加することを議決しました。

 業務提携先としてCIJ社を選択した事由は独立系IT企業として社歴が類似し、北海道から九州までの多角的事業所展開と当社との経営スタイルの親和性が高いこと。並びに同社にとって未進出の沖縄地方への展開と相互補完によるシナジー効果の発揮を期すものです。この提携の一貫として、私はCIJ本体の顧問を兼任します。
 同社からは非常勤取締役と監査役をお迎えしますが、当社の会長、社長、専務等の執行体制に変わりはありません。

 創業30期を迎えた今期、東証一部上場の安定株主を受け入れ、今後とも“サービス業への転換”を掲げ、お客様の満足度向上に社員一同邁進する所存です。
引き続き、倍旧のお引き立てとご指導、ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます。

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「沖縄事業所」

2007年11月04日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 先週、社長と共に沖縄事業所30期部門方針説明会へ。
沖縄事業所はプロパー20名、パートナー社員10名弱の合計30名の所帯。
今回はWeekdayの昼間にも係わらず、事業所メンバー100%の出席率。
20年前から首都圏のクライアントと回線接続を敷設する一方、本社とは毎週の如くテレビ会議で打ち合わせを実施。事業所メンバーも誰か絶えず打ち合わせのために東京本社やクライアントの元に出張しています。
 自慢ではないが一切公的補助無し、自力でこうした体制を開発、構築、事業所の7割の仕事を首都圏からの受託、遠隔開発してきました。今風に言えばNear Offshore実施。最近は県内エンドユーザー業務の受託、いわゆるPrime受託案件も徐々に増えて来ました。

 説明会後の協力パートナー社員メンバーも招いての懇親会の席上、社員から「本社出張時では接触も出来ない会長、沖縄事業所に来たら人が変ったようですね」と言われた。


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朝吼夕嘆

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