”朝吼夕嘆・晴走雨読”

「美ら島沖縄大使」「WeeklyBook&Reviews」「マラソン挑戦」

「ご報告と御礼」~(癌治療一段落と今後!)

2014年11月30日 | 「病牀六尺」

                                 
 昨年11月、直腸癌が見つかり3カ月の入院検査、手術退院後は2週間に2泊3日の入院による1年近い抗癌化学療養を終えた先月、血液、MRI、CT、胃カメラ等3泊4日の検査結果、現時点どこにも癌移転等の症状は見られないとの診断を受け、一段落しました。 とは言え、癌細胞の抹消は難しく、リンパへの転移・摘出手術を受けた私のケースは5年後の生存率統計は16%というレベル4の重篤症状で今後も油断は出来ず、今後とも1日4種類の抗癌薬を飲みつつ、”潜在癌細胞との共生"の余生の覚悟です。
 この1年近い入院治療生活中、 癌摘出執刀の野沢先生、皮膚科の田中先生はじめ担当看護婦の皆さんには大変お世話になりました。また、多くの皆様のお見舞い、激励、本当に有難うございました。 

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「往時茫々、夢の如し」

2014年11月26日 | 「美ら島沖縄大使」便り

                       
 ほぼ40年前、独立する前のコンサルタント会社時代の同僚、金井・長尾両君と1年振りの交流忘年会。阪大、千葉大、SE、診断士とそれぞれ転職、キャリア、紆余曲折、共に古希を迎え、”往時茫々、夢の如し“ながら、年に一度互いの”ボケ、病歴症状“交換交流し合う貴重な仲間!

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「サッチモ祭」~たまには女房と!

2014年11月23日 | 「美ら島沖縄大使」便り

                                                      
 先月、中野㈱CIJ会長による関東沖縄経営者協会講演研修会の翌日、ワイフと「恵比寿ガーデンプレス」で開催された「サッチモ祭」に行きました。ご存知の方の多いと思いますが、この「サッチモ祭」は2005年8月末にハリーケーン・カトリーナーに被災したジャズ発祥に地・ニューオリンズの被災地を救済、支援しようと日本ルイ・アームストロング協会の外山会長夫妻が企画、始めたイベントで今年34回目。
 早稲田、明治、東京医科歯科大学のジャズクラブOBはじめ20近いジャズバンドグループが12時から延々午後8時過ぎまで代わる代わるボランティ演奏。ダンスの水森亜土さんグループが特別参加。
もちろん、演奏途中で視聴参加者から何度か義援金を募るパレードが巡り、私達もこれに応えました。積年のこの活動に対し、先年の福島被災に対しては逆にニューオリンズから見舞金が届いたとのことです。
 実は私達がこの祭りに何度か参加するはメイン・バンドの「外山喜雄・デキシーセイツ」のトロンボーン奏者が姻戚の縁。ジャズに疎い私達は長々続く演奏に級友の元沖縄ジャズ協会会長の故屋良文雄君を思い出しながら、必死に眠気を払い、聞き続けました。9時過ぎの帰りの電車では爆睡、危うく、乗り過ごすところでした。

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「奄美フェスタ」に参加しました。

2014年11月21日 | 「美ら島沖縄大使」便り

                                                                    
 11月初旬、大井町駅前の品川区立総合区民会館 「きゅりあん」で開催された「奄美フェスタ」に参加しました。サブタイトルは、“紬の島、奄美”らしく~島々の心を紬ぐ~!
「奄美フェスタ」と掲げているものの実はこれ「第116回東京奄美総会」。活動、会計、監査報告と通常の総会議事はサッサと終え、本番は青年部による10プログラムに近い音曲、舞踊公演フェスタ。
 今回は会長はじめ、執行部の交代という節目の重要大会にも関わらず、主催に青年部を掲げ、奄美会は共催者として後方に退く並々ならぬ工夫、配慮を感じました。事実、青年部は総会の余興プログラム担いではなく、自ら主催者としてヤンヤの大活躍でした。御蔭で会場には若手、青年男女の姿が目立ちました。
 多くの同窓会、郷友会で等しく悩む、高齢化と若年者の動員課題に、大変参考になる東京奄美会の今回の企画挙行でした。奄美会会長は喜界島出身の英辰次郎氏から沖永良部出身の森真一氏に代わられました。
                                                
                                                            (挨拶する森新会長)

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「摩文仁・平和祈念堂訪問」

2014年11月04日 | 「美ら島沖縄大使」便り

                         
                               (平和祈念堂近くの古式琉球墓)
 高校同期会参加の沖縄訪問のスケジュールを縫って、㈱日本アドバンス・スッタフの宮城君と摩文仁の「沖縄平和祈念堂」本部に比嘉専務を訪問、祈念公園や近くの遺跡を案内して頂きました。公園内の「平和の礎」には沖縄の戦死者15万人に46全県外都道府県の7万人、米軍人1万4千人他に英国、台湾、韓国、北鮮等合計24万1千人を超す戦死者が刻銘されています。それも毎年、戦死者の判明に伴い追銘されています。
 敵国戦死者を共に祈念するなど、沖縄の“命どう宝”。スピリット!靖国神社に米国戦没者を祀る等は考えられないが、どこぞの国の様に敵対国首脳暗殺者を銅像設立等の賞賛行為は沖縄では考えられない。
 その日の夜は母校・安謝中の同期グループ“かやぶち(蚊帳葺)会”メンバーと久し振りに懇談。中学同期は高校、大学同期と違い“私は貴方を嫌いだったが、あの人が好きだった!”等腹蔵ない本音交流が出来る。
                      
                            (久々の安謝中・同期と懇親)

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「中野㈱CIJ会長、関東沖縄経営者協会で講演」

2014年11月03日 | 「美ら島沖縄大使」便り

                       
        (講演後、中野会長を囲んで記念撮影~山川「沖縄グラフ」東京支社長撮影) 
  10月24日金曜日、那覇市のオークパインで開催された高校同期会、2次会を終え、ホテル投宿は午前一時を過ぎ、寝過ごしを心配しましたが、高齢の所為か幸いに翌朝6時に目が覚め、翌朝25日土曜、東京・神田の㈱メディア・ワンで開催の関東沖縄経営者協会主催の研修会に参加すべく、眠い目を擦りながら、那覇空港に向かい、港内店で御握り弁当購入、機内で朝食後爆睡、羽田から浜松町、神田と何とか開会一時間前の午後一時に会場に着きました。
 
講師は会社連携・合併の中野㈱CIJネクスト会長。中野会長は㈱CIJ社長として店頭公開から僅か4年で東証2部、1部と上場達成した稀有、辣腕な経営者。講演は滅多に聞けないその体験談。私は中野さんと連携、合併し、東証上場を果たしたその経営力、スタンス、価値観が“こうも違うものか“と感じました。
 
時に“重田さん、創業以来30年以上黒字経営しながら、何故IPOしなかったの?”としばしば聞かれますが、中野会長の経営スタイルを目の当たりにして、その違い、理由をまざまざと痛感しましたが、この辺の感想、数ある候補会社の中から、中野さんとの連携・合併事由は “創業・自分史”を含め、また別の機会に報告したいと思います。
 
この日は講演後、神田・居酒屋「琉ノ介」で、中野会長の講演御礼と御慰労会。4日振りの帰宅は10時前でした。
                       

                                 
(講演御礼・閉会の挨拶拝命)

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「4年に一度の高校同期会」

2014年11月01日 | 「美ら島沖縄大使」便り

                         
    母校・那覇高昭和34年卒の我々12期生は4年に一度のオリンピック開催年に那覇で同期会を開催していますが、10月24日、那覇市の「オークパインホテル」で開催された例会に出席しました。4年後の東京オリンピック年の次回は癌再発の可能性もあり、出席が 危ぶまれ“ひょっとして、これが最後か!”と治療合間を縫い,勇を振るっての参加でした。
 後期高齢前年の今年、全12クラス毎に5名を越す合計60余名の同期逝去を悼み、初の開会黙祷。200人近い参加の4年前に比べ半数を割る110人の参加。数人の琉大名誉教授を含め、医師、教職OBが目立つ参加者。前回に続き主賓として明快な祝辞を述べる90歳卒寿の恩師・仲本先生の矍鑠ぶりには参加者一同、感嘆でした。
 東京・ハワイを含め県外からの参加は私を含め8人、指名され舞台に上がり一人一人挨拶。例の如く、癌発見、3カ月の入院治療と10カ月に及ぶ化学利用経過を披瀝、降壇したところ“ 実は私も、俺も”と10人を超える同病履歴同期挨拶を受けました。
 今期のもう一つの特徴は受付、案内、司会、進行、日舞、フラダンス、詩吟等の余興、すべて女子同期の活躍。年を重ねる毎に長寿女子同期に"おんぶに抱っこ"と頼る同期会か(^-^*)
 10人以上が集った久米町“淡々”での2次会でも病歴交歓。少し、ビックリしたのはこの参加者に3人の“クニンダー”(中国祖先出身)が居たことと毛・梁・鄭等の出自苗の披瀝紹介。午前一を超す2次会を終えホテルで浅眠、翌日早々、目を擦りつつ一便で空港へ。機内爆睡!神田で1時開催の関東沖縄経営者協会主催の“経営セミナー”に何とか間に合いました。
                       
                        (卒寿、ものともせず長々、矍鑠挨拶する仲本恩師)

 

 

 

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琉大同窓東京支部総会

2014年11月01日 | 「美ら島沖縄大使」便り

                         
                             (仲松関沖協会長・高山支部長・大城学長)
「里見東北大学総長を囲む会」翌々日の10月18日、神保町の「日本教育会館で開催された琉球大学同窓会東京支部例会に出席しました。
 沖縄からは大城肇学長に幸喜徳子同窓会長等も上京、参加されました。因みに、東京支部会長も女性の高山厚子さん。“奇しくも”とは失礼ながら、これも沖縄女性の逞しさの象徴か。
 例年、機械工学科同窓の出席率は高いのですが、今回の際立った特色は10人近い弁護士、判事、裁判官等の司法関係者が多いのには驚きました。それも皆さん若く、女性も目立ち。昨年に続き、出席者全てに自己紹介等のスピーチを割り振られましたが、この司法同窓生はそれもそのはず、皆さん琉大法科学院卒。それも県内・県外出身半々。
 いつもながら「琉大1年中退の重田、何故同窓会顧問?」と聞かれそうですが、㈱日本アドバンスシステム創業以来延40人を越す琉大卒を採用したこと。それも高校同期10名以上の教授がほぼ全学部に就任していた誼。残念、申し訳なくも私が退任後の合併会社の琉大卒採用はゼロ。
 この日は渡久山前会長が東京県人会長に就任された縁と勧誘で仲松関東沖縄経営者協会長や新垣副会長も来賓出席でした。渡久山前会長の後を継いだ元板橋区金沢小学校長の高山厚子東京支部会長の軽快・流麗な挨拶は印象に残りました。

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朝吼夕嘆

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