”朝吼夕嘆・晴走雨読”

「美ら島沖縄大使」「WeeklyBook&Reviews」「マラソン挑戦」

「第27期業績」

2005年11月28日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 当社は9月末で27期を終わりました。先日、決算取締役と執行役員を開催し、来週6日に開催される株主総会に提出する前期営業報告書を審議・承認しました。
 前期決算は残念ながら減収減益でした。その主たる原因は、言うまでもなくクレジットシステムパッケージ開発業務の中国オフショア委託による欠損が大きく、最終的には数十人月の中国メンバーを中国から東京に呼び寄せた経費負担、さらに応援のため大勢の当社社員を北京に出張、滞在させたことによる機会損失によって対前期売上も減少しました。製品は無事納品したものの、これにより創業初の赤字計上の止む無きに至りました。
このため、私を含め部長クラス10数人の年収削減、賞与支給額の抑制、間接要員の圧縮、本社オフイス賃料の値下げ交渉等のコストダウンを実施しました。

 しかし、このところお客様からの引き合は旺盛で、営業部を先頭に新規顧客獲得率も挙がり、部門でも金融・カードグループを中心に急速に収益の改善が進んでいます。とは言え、単価は依然として厳しく、こうした状況下で収益を上げるには一段と社内コストダウンを実現すると共に有力パートナーとの連携・協力が必要と思っています。
 市場開拓と内部改革の両面を一段と進め、すでに二ヵ月目に入っている28期は黒字を実現し、3年後から始まる「Revolution30」に繋いで行く所存です。今後ともご支援のほどよろしくお願いします。以 上
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「沖縄県人交流会」

2005年11月27日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 文化の日の先週23日、お馴染みの霞ヶ関ビル33階で開催され「沖縄県人会交流会」に出席した。
ゲストとして伊江、植木元国務大臣他、東京、大阪、福岡各県事務所長等、県人会としては大阪、兵庫、奈良、愛知、関東からは東京、埼玉、千葉、川崎、鶴見県人会代表メンバーおよそ200名以上が出席。
 特別講師として牧野副知事が上京、基地移設を巡るカレントなテーマーについて講演。会場から県のスタンスを批判する質問も出た。

 この交流会は故竹田東京沖縄県人会長が提唱、開始され、今回で8回目を迎える。私はこの日12月の那覇マラソン向け最後の仕上げに毎年走っている「さいたまハーフマラソン」にエントリー出場のつもりが、大城ツーリスト常務から「関沖経営会長が欠席するとは何事!」と何度も督促、叱責され、いや、参りました。これで今年のナハマラソンは完走無理となりました。誰です?「格好の言い訳が出来たね」って?
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佐竹京子編「さねんばな」(NO4):奄美女性史サークル

2005年11月20日 | 「Weekly 読書感想」
 佐竹京子女史が率いる「奄美女性サークル」の1996年12月号。巻頭特集「密貿易時代」。これは米軍占領下の名瀬市を中心とする奄美の対沖縄、本土の密貿易ドキュメンタリー特集。密貿易従事者の座談会に止まらず取締・護送した元警察官等延べ15名の手記、インタビューと多角的編集。
何で今頃かと言えば、いうまでもなく今話題の「ナツコ」出版に先立つ10年前のこの企画・特集故。これは専ら奄美サイドだから余り沖縄関係は語られていない。
例の「金城ナツコ」が触れられていないかと改めて読み直してみたが、「沖縄から来るブローカーはほとんど糸満の女の人。よく働いたね」(35P)と語られている一節があるだけで、ナツコの名前は出てこない。
 それにしても10年前のこの企画、「ナツコ」著者の奥野修二氏が嘆いていた少なくなった証言者がここには大勢いる。さらに、この特集を見ると「ナツコ」が奇跡の女傑ではなく、時代の申し子であったことが分かる。

 奄美にはこの「さねんばな」以外に西シガ子さん達「ゆらおう会」が編集する郷土誌「いじゅん川」がある。
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ピアノバー「ドリーム」オーナー松田さん

2005年11月19日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 独立、会社設立間もない昭和50年前半、藤原歌劇団でオペラ演出をしていた故粟国安彦君に誘われ、時折赤坂のジャズ・ハウス「ボッカチョ」に行く事があった。近くには島袋絹代さん経営のスナック「那覇」や具志堅用高経営の沖縄ソバ屋があった。
 粟国は興が乗るとしばしばその店で強引にドラムを叩いていた。そのお店でピアノ弾いていたのが松田さんだったことを後に知りお互い驚いた。これも後で知ったことだが松田さんは私と同じ奄美大島加計呂麻出身で早稲田出身。
 就職した証券会社のサラリーマン生活に馴染めず悩んでいた矢先、出張先の新潟で一度は断念したピアノの音に、卒然魅せられそのまま退職、彷徨曲折50余年この道一筋。

 新橋コリード通りに面するピアノバー「ドリーム」はオーナー松田さんの飄々とした人柄とシンプルな雰囲気で、案内する殆どの人が再訪したいと愛でる。

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「関東城丘同窓会」

2005年11月17日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 一昨日の11月12日の土曜日、霞ヶ関ビル「東海クラブ」で恒例の関東城丘同窓会が開催され、出席した。戦前の県立二中は戦後那覇高校に継承され名前は学校の近くにある城岳に因んでいる。

 70余名の出席。昨年に続き来賓として参加した名嘉山校長からは現役高校の活動振り、来賓の伊江元国務大臣からは軽妙な沖縄方言「桃太郎」語り。その全て理解出来る人も大勢いたが、私は3割位の沖縄古語が判らなかった。

 勝方恵子早大教授からは新たに発足する「沖縄研究所」の案内。私は琉舞「康舞会」を主催する同期金城康子さんが12月24日のクリスマスイブに東京国立劇場で開催する発表会の案内と新島先輩に代わって会計監査報告。

 我12期は大阪から馳せ参じた金城康子さんを含め5名の参加。いつもそうだが10期と8期の動員力には敵わない。私は今回も10枚前後の名刺と新たな知己を得たが、何処の同窓会も若い世代の参加増員が課題。そもそも同窓会とはその本質上未来指向より敬老・回顧指向の組織故、よほど出席先輩に魅力がないと若い世代の動員は難しい。いっそ結婚披露宴よろしく、先輩は末席・挨拶を控え、若い世代に仕切らしたらどうかとも思った。 

 

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「講演、ご来場御礼」

2005年11月14日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 先週11月8日、日本電信電話サービス協会の依頼により那覇の「ホテル:グランドキャッスル」で講演をしました。聴衆は県内有力企業幹部からIT担当者、同期知人、社員のお母さん方と160名近くと幅広く、講演内容の絞込みに苦慮しましたが、結果、「創業から今日まで」の私の挫折・苦労話をベースに県出身者の就業特性を写真、表グラフ等40余枚のパワーポイントで視覚的に伝えました。
メール、電話等で「面白かった」とコメント10数通受けたものの、収録ビデオを観ると指摘された放送禁止・差別用語乱発で我ながら冷汗ものでした。
 事後の懇親会にはウィークデイ最中、ご多忙のところ県内マスコミ幹部から同期、知人、国会議員までご参加いただき、沖縄在住・ご来場の皆さん、大変有難う御座いました。
Blog上で大変失礼ですが改めて厚く御礼申し上げます。
 
(以下余談)講演前日最終便で那覇入り。知人にホテルまで送られ、この夜は珍しく何処にも行かず就寝。講日の翌朝、止せばいいのに泊大橋往復1時間近くジョグ。講演後三次会まで午前様。翌早朝フライト便で帰社、社内懸案協議の後、社業跳ねた後に出張バッグ下げ在京県内紙編集スタッフと会食、銀座に繰り出しようよう帰宅終電で足に疼痛。これでは来月の那覇マラソン完走やはり無理!
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「8日の講演、よろしければ」

2005年11月06日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 日本各地域大手ユーザー向の「日本電信電話サービス協会」という組織があり沖縄南部地域の同協会事務局長からの再三の講演依頼、黙し難く引き受けました。
 当初、NTTレゾナントGooでのBlogやINTRA/NET活用レポートかと思いましたが、知人他法人会員以外の出席者が多いとのことで、急遽「創業経緯や経営苦労話」に内容変更することになりました。

原則会員向けですが、慣例により講演者の知人等は無料招待とのこと、まだ余席があるとのこと、「講演」などと呼べる内容ではありませんがお時間のある方、どうぞお越し下さい。
 と き;明日8日(火)5時半~7:00
 ところ:「グランドキャッスルホテル」
 会 費:無料(講演者招待)

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島村麻里「うつ歴十年・色恋妄想」;講談社

2005年11月05日 | 「Weekly 読書感想」
 還暦過ぎてこんな本、読むのかと我ながら呆れる。しかし、まあ決算終えた今、ビジネス・シリアス、沖縄、奄美ものに偏重のこの頃。たまには口直し、いいジャン。
去って行ったパートナーを鬱々と思い、以後二番手を追い求め、得られないシングル、ハイ・ミスの男性閲歴と懊悩をこれでもかこれでもかと告白。書くという性癖はまさに裸踊り。日本の女性も正直で強くなったもの。

 とは言え、相手ではなく、ひたすら自分の本能と欲望を直視し、怖い程に淡々と書いたアニエル・エーナーの「Passion Simple」の凄みと迫力に比べると四十路を過ぎた著者が「上がったか」と落ち込むかと思うと一転、「出来たか」と嬉々とする本書は思わず笑っちゃう。コミカルでまるで吉本調。ヤレヤレと苦笑が出るものの、書を閉じてやがてじわーっとシングル世界の寂寥が伝わって来る。ガンバレ!島村さん!いや、ハイミスシングルの皆さん!
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「故八戸(平田)綾子さんを送る会」

2005年11月05日 | 「美ら島沖縄大使」便り
(弔辞を読む国吉新報支社長)
 先週、東京は竹橋のKKRホテル東京で行われた「故八戸(平田)綾子さんを送る会」に出席した。
 故人は元琉球新報の敏腕女子記者で、東京支社勤務時代に仲本潤英先輩、RBC東京営業部長時代の上間信久氏や当時議員秘書の仲田(有銘)美智子さん達と時折団欒交流したものだ。
 読売記者のご主人とは同じ防衛庁詰の記者クラブで知り合い、「添い遂げなくとも思い出だけも生きていける」という程の熱い思いでハードルを乗り越え結婚。
 職場に於ける女性の権利等を鋭く主張する彼女が「専業主婦がこんなに良いとは思わなかった」と云うのを聞いて驚いたものだ。

 会場にはご主人の職場の同僚、先輩を中心におよそ100名。折からの組閣繁忙で記者の姿は少なく、沖縄関係では新報支社長外OBに「沖縄女性の会」メンバーが4名と10名弱。会場には挙式時のビデオやハネムーンアルバムから異例なことに納棺の故人の遺影まで満覧展示。この夜、ご主人は悲しみを隠すかのごとく、乳癌を患った故人の詳細病状等縷々始終多弁、ひときわ能弁だった。
 姑を抱えるご主人の下に後添い10年、いつも何かにビックリしたような大きな瞳をくりくりさせた故人のご冥福を祈ります。
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「ジャズピアニスト・屋良文雄」

2005年11月03日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 沖縄出張、商用終えた最後の仕上げの深夜偶さか、泉崎のジャズハウス「寓話」に寄る。
 オーナーでピアニストの屋良。お互い気付いたことに小学・中学・高校・大学と全て一緒の唯一の同期。ご丁寧に琉大揃って中退。もっとも彼は音楽、当方は法政。退学の事由も異なるが彼方、沖縄ジャズ協会会長、此方、関東沖縄IT協議会長に担ぎ出されている。共にゴルフは不調法。唯一の共通趣味はジョギング、マラソン。何度か一緒にナハマラソンを走った。ご丁寧にここ1、2年は共に中間地点までで完走ならず。

 この夜、ジャズに疎い当方のために特別に演奏してくれたと思ったが、どうやらこの夜の連れの為だったらしい。ともあれ自慢の同期の一人。
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朝吼夕嘆

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