”朝吼夕嘆・晴走雨読”

「美ら島沖縄大使」「WeeklyBook&Reviews」「マラソン挑戦」

「沖縄事業所」

2005年10月31日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 先週、沖縄事業所の部門方針説明会を終えました。
事業所は開設23年目、大阪に次いで当社事業所の中で沿革が長い。現在協力社のメンバーを含め23名。静岡と並んで平均年齢が高く、退社率が低いのが特徴。一般に本社・大阪に比べ、沖縄や静岡等の地方事業所は定着率が高い。
 一つの事由が新卒は原則本土10年勤続と情報資格取得とUターン勤務ハードルを高くしていること。

 県では回線・テナント料や採用費への補助等の手厚いインセンティブ策で多くの企業誘致に成功していますが、施策前に進出した当社は一切こうした支援策に預からず、自力で回線接続、本土大手クレジットシステムの開発メンテナンスを中心に創業以来事業所売上の70%を本土から受託業務で満たして来ました。
 説明会後の懇親会では琉大卒内定者が原語でドイツ歌謡を唄うやら、内定女子学生は空手の演舞を披露する等頼もしさを披露しました。

 一昨日の土曜一番機で那覇から帰京。鞄背負いながら羽田から九段会館の「奄美郷友会総会」に直行したら会場は満席の熱気。虚しく帰ろうとしたら会場で同期の平君にバッタリ。”ようよう!”と歓談、帰路に着いたのは7時。
 これで出張が続く繁忙な10月は一段落、明日から始まる11月は東京本社運用2部門メンバーへの説明、懇親を残すのみとなりました。
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「Japanese kanji calligraphy」:新日本教育図書株式会社

2005年10月30日 | 「Weekly 読書感想」
 皆さん、「必」の筆順を正しく書けますか?十中八九の人々はまず「心」の文字を書くから間違う。かく云う私もそうです。本書にはその筆順が書かれている。と言っても本書は筆順の書ではなく、米国人向けの書道教本。それも動画ネット教本。HPもお見事!( http://www.gyokusyu.com/index1.html )。漢字は英語で. calligraphy。

 著者の玉舟さんは沖縄出身。時に嘉手納基地内でGI向けに書道を教える。つい先日ニューヨーク・マンハッタンで書道ライブ(?)講演から帰沖したばかりに那覇市内馴染みの割烹屋で有志が集い慰労。(写真の中央が筆者の玉舟さん)

 そもそも玉舟さんは書家の亡きご主人に書を仕込まれたが、生前は反発さえ覚えながら逝去2年後に目覚めたようにこの道に戻り、NET時代に乗りWEB書道教室の先覚の道を開いた。A4版の書の下部には筆順や象形文字である漢字の由来と英訳があり、見ていても楽しい。
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久志美沙子「滅びゆく琉球女の手記」;坂野興編

2005年10月24日 | 「Weekly 読書感想」
 1932年6月号「婦人公論」に掲載され物議をかもしたあの有名な幻の作品。
久志美沙子のこの伝説とも言える作品とご子息・坂野興氏の主題と関係ないエッセイを左右から縦横書きに合偏した極めて風変わりな本。
この度、勝方恵子早大教授等有志の協力によって出版、配布されたが、こうした企画と出版がなければこの古典とも言える作品に接する機会が無かったことを思うと編者とサポートメンバーに感謝したい。
 本書はわずか4~50枚の作品に対し、伊波南哲、金城朝永から勝方恵子まで8人の論考他を掲載したさながら背景・時代考証論考集。70年経った今日まで、これでもかこれでもかと作品背景、著者の心情、裏表を論考されるとは著者・久志女史も想像もしなかっただろう。正直「もう、いいではない」という気分に駆られる。

 この作品に抗議した当時の県学生代表にはその短慮、近視より、私はむしろそうせざるを得なかった彼等の心情に痛々しさを覚える。九志の膂力ある釈明反論の筆致を読むともう“筆禍”事件と呼ぶのは止めた方がいいと思った。

 宮里藍や仲間由紀恵がことの顛末を聞いて「えー、それって何?」とどう反応するだろうか。

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「名古屋事業所」

2005年10月23日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 静岡に続き先週は名古屋メンバーと方針検討会。名古屋事業者は当社地方4事業所で、最も開設が新しく、要員も10人弱と小振りとはいえ、主要顧客は国内最強のインバーターメーカーでもある富士電機様。10年近く前、沖縄出身の中堅社員が赴任、生産管理中枢部門業務に従事、以来現場担当者の厚い信頼を築き、常時要員補強の要請を頂くものの、なかなかお応え出来ない状況です。

 富士電機以外にこの地域病院のシステム運用メンテナンス業務を引き受けています。名古屋といえば、世界に冠たるトヨタの本拠地だけに組み込みソフトを中心にIT需要は旺盛で、慢性的要員不足。当社も少人数ながら間接的に従事している。しかし、名立たるトヨタ方式、要求は全てに厳しいために、地元メンバーは逆にトヨタ業務は避けたがるという皮肉な現象が一部起こっているという。

 駅前中心街は万博景気余波に止まらず、トヨタ本社が入居予定されている高層ビル建設はじめ、再開発中で地価と景気の高騰が予想されています。こうした市場環境を受け当社も要員補強と事務所拡張を目指し、Uターン希望者を含め、名古屋、三重地方勤務希望のSEの方、自薦・他薦歓迎しています。
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「静岡事業所」

2005年10月21日 | 「美ら島沖縄大使」便り
先週、大阪事業所説明会・懇親会をこなした翌朝、眠い目を擦りつつ7時半大阪発 新幹線で静岡へ。9時半三島着。午前中沼津のベンチャー顧客2社表訪問。富士裾野のこの地を訪問する度に東芝機械、富士通、東レ、明電舎、TECと日本有数の産業集積の厚みを感じるも反面、地場のベンチャー起業意欲も盛んな土地柄。

 当社主力顧客は地元双璧の富士通と東芝機械関連社。それ以外地場ベンチャー企業。所属メンバーは15名。二人の沖縄出身者を除きすべて地元出身。二人いる女性社員は共に既婚。平均年齢は40以上と全事業所中有数の高齢事業所ながら前期最優秀業績を達成した。
 中途キャリア採用に最も成功したモデル事業所と言える。課題はあるとしても“革命はマージナル(辺境)から”のセオリー通り経営革新のヘラルド部門としての期待大。
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「大阪事業所について」

2005年10月16日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 先週、本社「金融・カード」グループに続いて大阪事業所メンバーに対し中期ビジョン「Revolution 30」の説明、並びに質疑に応じ、終了後社員との懇親に臨みました。

 大阪事業所は住友電工と沖ソフトを主要顧客とし、医療と制御システムを特色として来ました。所属メンバー40名、内沖縄出身は男女2人づつの4名。当社部門中、平均年齢がもっとも若い。もう一つの特徴は8名の女子メンバー中、6名が既婚、内2人が懐妊中、間もなく産休に入る。さらに3人の女性社員が社内結婚在勤。社内婚で退社、専業主婦が2人。開発メンバーのおよそ6割強が情報技術資格認定資格保有者。

 大阪地域のもつ独特の雰囲気の反映か、社内部門中もっとも融和的雰囲気を保っていたが、事業所開設25年、長期継続組織に見られる階層分化と中高年問題の解決が課題として浮上して来ました。
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中期ビジョン「Revolution30」発

2005年10月15日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 当社は28期のスタートに当たり、先週金・土曜当社幹部40名が集まり、3年後の創業30周年をスタートとする中期ビジョン「Revolution30」及び今月スタートした28期をキックオフとする「ロードマップ」及びそのゴール・イメージ「クラスター・ドメイン・カンパニー」を討議、策定しました。

「クラスター・ドメイン・カンパニー」とは当社の特徴である地方展開と「クレジット」「医療」「WEB/NET」「制御/組み込み」「システム運用」等の多角的事業ドメインを確立し、事業部から独立会社を目指すプロフィットセンター機能と財務、営業、採用研修等の各事業会社への管理・支援機能を持つホールディング・カンパニー構想の下、全社売上30億、経常利益2億5千万の実現を目指します。

「ロードマップ」ファースト・スッテップ社内組織体制としては来年4月に“中堅社員の活性と顧客満足の迅速な実現”を目指し、組織の小規模・細分化「ユニット制」を導入します。対外的には他社とのアライアンス連携も選択の一つとして視野に入れます。

 今週から中期ビジョン及び方針の浸透を図るため静岡、名古屋、大阪、沖縄各地方事業所および本社4部門の社員との質疑応答、フリー・ディスカッションに臨みます。
 来期も内外共に楽観を許しませんが、より一層の顧客満足の向上を目指し邁進する所存です。引き続き倍旧のご支援・お引き立てのほどよろしくお願い申し上げます。以 上

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三木 健「戦場のベビー」:ニライ社

2005年10月15日 | 「Weekly 読書感想」
 琉球新報社副社長の著者が職場の同僚である比嘉辰博新報社長と89歳になる御母堂の沖縄戦「聞き語り」記。例の如く銀座の「夕雨子」ママから頂き、酩酊気分終電近い帰路車中で何気なしページをめくったが読了思わず嘆息。
童話風体裁50ページ絵本ながら戦場の臨場感が伝わり、語り部、聞き手、共に人を得、これまでのどの沖縄戦記よりも成功した出版企画と言いたいほど。イラストがまた良い。
「ベビー!」とは米兵に捕まったご母堂がガマ(壕)に残した五才の辰博社長を救うべき思わず叫んだ声。

 私の戦争体験は大連市街で旋回する敵機に母と生垣に身を寄せた微かな記憶しかないが地上戦沖縄を経験した比嘉社長の記憶は同じ年ながら比較にならぬほどに生々しく、凄まじい。因みに私はお二人と同じ辰年、ごく短期ながら新報社で同じ釜の飯を喰った仲。

 かって、出版すべく拙稿校正頂きながらと途中断念、島袋社長にご迷惑をお掛けしたので出版の「ニライ社」を見る度に疼痛を覚えます。
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清原つる代;「魚雷艇の村で」:南方新社

2005年10月09日 | 「Weekly 読書感想」
 奄美もの中心の南方新社の最新書。名瀬市の「南海日日新聞」に連載された小説。60余年の私の生涯、奄美と沖縄それぞれ足掛け7年ずつしか住んでいないが、何と云っても幼少と青春。故里は共にここにあると言える。

 本書はあの島尾隊長が率いた人間魚雷隊と八月盆踊祭を中心に柳田国男も「遠野物語」で描いた神隠しと死者復活等神性と妖気を主題に島への郷愁を描いている。
 奄美本島の古仁屋町から沖縄に渡り、第二の故郷とも言うべき加計呂麻への郷愁を描く本書の描写は、著者と私の軌跡がほとんど重なる故に、随所に書かれたシマグチ(島方言)と共にただ懐かしかった。
 しかし、本書に描かれているのは対岸の古仁屋から見た内海表の加計呂麻。私の両親の故里は反対側の東支那海に面したいわば裏加計呂麻ともいえる須子茂部落。かって亡母が「内海は波音も穏やかで、そこに面した人々の話声も心も穏やかなのに比べ、私達外海に住む須子茂近隣者は声も大きく、気立ても荒い」と言ったのを覚えている。ことほどに同じ島でも違う。本書に掲載された加計呂麻島図を見て私は思わず「無い!」と思った。
 故里・須子茂はもとより外海の近隣部落名は空白だった。忘れられた島のさらに忘れられた外海部落だった。

 本書の島の印象は海や太陽の明るさよりも森の孕む深々陰々さが勝る。誰かが言った「沖縄はラテン、大島はブルース」の言を思い出す。
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「新里富貴子㈱FKD社長講演」

2005年10月02日 | 「美ら島沖縄大使」便り
 新里富貴子㈱FKD社長が霞ヶ関「東海クラブ」で開催された9月WUB東京定例総会で“創業経緯と沿革”について講演、省みて創業28年“日暮れて道遠し”の我社と比較しホトホト参った。

 この人は決して聞いて疎ましい成功咆哮談をしない。片耳の完聾、幼時の交通事故と臨死体験、進学不如意、離婚、母子家庭、母親失格を語り、シンパシーと憐憫を誘う一方、華奢で楚々とした外貌を裏切る睡眠3時間、6日連続徹夜と信じ難いアブノーマル・エクセントリックな経験で驚かす。そうかと思うと内外の著名研究者や大手エレクトロニクス研究担当者との交流を紹介、やおら自ら開発した製品「MarineView」(http://www.fkd.ne.jp)を目の前に短大造形科卒業ながら独学で修得したという認知科学やコンピュータ・サイエンスに関する専門的見識を披瀝、完全に聞く人を圧倒する。これを巧まず作為なく語る。そのケレン味ない人柄となんだかこの世の人と思わせないサーダカイ(霊性高い)様相が相俟って魅了される。世界が違うとは言え二十歳そこそこでゴルフの蘊奥を究めた語り口の宮里藍とどこか共通する。

 会場にはたまたま上京中の呉屋金秀会長や滝本内閣府(沖縄担当)参事官等多彩なゲストに国吉新報、長元タイムス両東京支社長顧問等50名近い出席者、共々深い印象を与えた。


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「浦崎信子をめぐる人たち」発行;浦崎信子の子どもたち

2005年10月02日 | 「Weekly 読書感想」
 戦後琉大卒で創業から一部上場会社社長になったのは本書編者の一人、浦崎雅博氏以外いないのではないか。経営者として私が一目も二目を置く人だ。
日本列島最西端与那国出身で琉大数学科卒、10人兄弟の末っ子SEとは聞いていたが、本書によってご尊父が島初の町長で受勲者、本書編者の兄外親族に教職が多い等、島の名家であることが分る。

 王府や本土からの単身赴任の教師や役人の落子は私の故郷奄美でも「里主子」としてよく見られたが、編者兄弟の祖母は明治・鹿児島からとして渡海してきた土地測量士の島庶子で、そのルーツを鹿児島まで訪ねている編者らの熱意と書中不断に使う美しいカラー写真からも一族の誇りと祖先への思慕を感ずる。

 最近流行りの個人情報保護なんのその、一族の系図が多く出て来るが、父母双方が連子で再婚、10人近い子を成し、慣習で成人後名前を変えるので私のような一読者は系譜を追うのが大変だったが、被祖父の母方勝目家を鹿児島まで渡航する調査結果には同郷奄美出の知人勝目氏との繫がりにも興味を惹かれた。
 題名のとおり浦崎兄弟の言わば慕母記だが、私情を抑制した筆致で与那国に関する古くは李朝実録、笹森儀助、近くは谷川健一、沢木耕太郎の著書・記述フォローと父君二代に渡るルーツ探訪の執念と与那国から見た琉球史とも言える編者兄弟のマクロな歴史視点を感じた。編者兄弟の熱意と偉業に敬意を表したい。本書を贈呈頂いた銀座「芭蕉布」の瑞慶覧ママに感謝!

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「ナツコ」

2005年10月02日 | 「Weekly 読書感想」
 読了、思わず表紙を撫でた。先週読了したら講談社ノンフィクション受賞の報に接した。言うまでもなく、戦後数年与那国を中心に勃興した対東南アジア密貿易を仕切った女性の物語。私が最も興味を持った主題はデル・カーネギーではないが「人を動かす」ということ。この小柄の主人公の金城夏子は寡黙にもかかわらず、周りの多くの有能な男性を如何にモチベートして動かしたのか。本書は必ずしもその解答を与えてくれない。最近タイプは違うがナツコもかくやと思わせる沖縄出身の女性に会った。

 私が奄美の古仁屋から沖縄に渡航した2年後の昭和 29 年、夏子は 38 歳の若さで頭部皮膚癌を患い死去しているが、時代背景がフォロー出来、まがう事無い同時代史と言える。直接的で無くても私の周りに何人か「ナツコ姉さん、知っているという人いるよ」という声を一度ならず聞いた。

 手掛けて 10 年以上の取材、執筆ノンフィクションとはこうして書くのかと思うほどに、巻末の詳細な年表、 200 冊を越える参考文献と 200 人を優に超す取材協力者一覧に著書の苦労と息使いが伝わり、著者独特の筆致がある。因みに掲載された文献中私が持っているのは 10 冊弱、会って話したことのある協力者も 10 名ほど。
それにしてもこんな身近なテーマーを何で本土のライターに書かれたのかと思うと何やら悔しい。ナツコがもし生き長えていたらこんな神話が成立しただろか。我ながらひねた感想だと思う。本書を頂いた松山「淡々」ママ・同期の福地田鶴子さんに感謝!
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朝吼夕嘆

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