センスプロデュース研究所!

ヒトの五感と脳の関係、ヒトの五感の重要性の提唱、研究を行っている者です。

薔薇の花に心ときめく!

2020-01-14 00:00:30 | スピリチャル

バラ(薔薇)は、バラ科バラ属の総称である。あるいは、そのうち特に園芸種(園芸バラ・栽培バラ)を総称する。ここでは、後者の園芸バラ・栽培バラを扱うこととする。

バラ属の成形は、灌木、低木、または木本性のつる植物で、葉や茎に棘を持つものが多い。葉は1回奇数羽状複葉。花は5枚の花びらと多数の雄蘂を持つ(ただし、園芸種では大部分が八重咲きである)。北半球の温帯域に広く自生しているが、チベット周辺、中国の雲南省からミャンマーにかけてが、主産地でここから中近東、ヨーロッパへ、また極東から北アメリカへと伝播した。南半球にはバラは自生しない。

 

日本はバラの自生地として世界的に知られており、品種改良に使用された原種のうち3種類(ノイバラ、テリハノイバラ、ハマナシ)は日本原産である。

古くバラは「うまら」「うばら」と呼ばれ、『万葉集』にも「みちのへの茨(うまら)の末(うれ)に延(ほ)ほ豆のからまる君をはかれか行かむ」という歌がある。『常陸国風土記』の茨城郡条には、「穴に住み人をおびやかす土賊の佐伯を滅ぼすために、イバラを穴に仕掛け、追い込んでイバラに身をかけさせた」とある。常陸国にはこの故事にちなむ茨城(うばらき)という地名があり、茨城県の県名の由来ともなっている。

江戸時代初期に、仙台藩の慶長遣欧使節副使・支倉常長が西洋からバラを持ち帰った。そのバラは、伊達光宗の菩提寺の円通院にある光宗の霊廟「三慧殿」の厨子に描かれたため、同寺は「薔薇寺」の通称で呼ばれるようになった。

江戸時代には職分を問わず園芸が流行ったが、バラも「コウシンバラ」「モッコウバラ」などが栽培されており、江戸時代に日本を訪れたドイツ人ケンペルも「日本でバラが栽培されている」ことを記録している。また、与謝蕪村が「愁いつつ岡にのぼれば花いばら」の句を残している。

ノイバラの果実は、利尿作用があるなど薬用に利用された。

 

私はバラなどの観葉植物にはあまり興味もなく、自然の野原に咲く花々が好きで観察していました。

それが急に花が好きになり、バラをこよなく愛するようになったのは、十数年前にソウル繫がりした方と出逢ってからでした。生前にその人は花が好きで、趣味でもフラワーリースの作品を個展で展示するほどの腕前でした。

中でも「赤い花が好きで」特に赤い薔薇は大好きです。その影響もあり、私の趣味嗜好も受け継いだように変わりました。

数年前頃から写真にも凝りだし、本格的に花々などを撮影するためにデジタル一眼レフカメラやミラーレスカメラなどを数台買い揃えました。

そして、花々を撮影したり、赤いバラの花を撮影しようとカメラを構えると、不思議なことにレンズに白い靄のようなものが写り、レンズを覗いても曇りなどありません。撮影すると丸く靄のようなものが赤いバラの花だけに写るものです。

「この赤いバラ素敵ね!綺麗」とメッセージのように白くオーブが写るからです。

そして、赤いバラの花言葉知っている!「あなたを愛していますだよ!」とのメッセージが込められているものです。

バラの花だけではなく、私が野鳥の撮影する時も「このカモ可愛い!この鳥も可愛い」などのメッセージが込められている時にも白い靄のように写ります。

これらの事もあり、バラの花には特別な想いもあり、中でも赤いバラは「二人の絆の花」でもあるのです。ですから赤いバラを見ていると甘い香りに癒されて「心トキメク」のです。

センスプロデュース研究所、荒木行彦


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幸運を引き寄せる!

2020-01-13 00:00:30 | スピリチャル

引き寄せるの意味は、引き寄せの法則とは!簡単に言うと、いいことを考えていれば、いいことを引き寄せ、悪いことを考えれば悪いことを引き寄せるという「思っていることやモノと同じものを引き寄せる」という法則のことですが、実はこれは、科学的に証明された法則などではありません。

本来の意味は「自分の方へ動かす」。引っ張る、手繰り寄せる、引き寄せる、引き付けるなどです。

実際には、いいことを考え(思考)したからといいことを引き寄せることは希薄なことだと思われます。

 

つまり、思考しないよりはした方がよいということです。現に、悪いことばかりを考えていると、実際に予期せぬことや悪いことが起きたりします。

これらは「人の心理の働きが影響」するからでもあります。不運続きだと縁起が悪いとか?何か悪いことがまた起きるのではと不安になります。

そのことで、正しい判断や思考が出来なくなることに深く関係しているのです。

つまり「悪いことが起きるのではとの不安から、冷静な判断や思考が出来ない」ことから誤った判断、決定を下し、起こした行動が悪いことへと繋がることがあるからです。このことが「悪いことを考え過ぎると」本当に悪いことを引き寄せたと結果的になるものです。

 

昨年(2019年)7月に、私が横浜のみなとみらいの「港の見える丘公園」のバラの花を撮影しに行った時に、本当に偶然でした。知り合いの女性(クリスタルボウルの演奏家)の方が一人でバラを見に来ていたところに7年ぶりにお逢いしたものです。

私から声を掛けて、久しぶりですと告げて、写真を写して上げました。そして、近くクリスタルボウルの演奏があるから、自宅で演奏会があるからとご紹介され、久しぶりに(クリスタルボウル演奏)を聴くことを楽しみにしていました。

演奏当日、数人のゲストが参加されていました。

 

7年前のクリスタルボウルの演奏中に、13年前にソウル繋がりした方が玄関から入って来て、参加者の方も足音を聞いていました。

その時には、私には脳裏に楽譜のようなものが見えていました。知り合いの女性と同伴していたのですが、知り合いの女性には、腿を触って存在を知らせたと後に言われて驚きました。

私に逢いに現れたものです。ソウル繋がりした方も神奈川の出身なので、横浜の知り合いのクリスタルボウル演奏家の方の演奏がお気に入りのようでした。

現に、昨年の夏に訪問した時にも、演奏中に参加者全員が、玄関から入って来た足音を確認しています。御夫婦で参加の女性には、洋服の袖を摩るように触って知らせたと演奏終了後に教えて呉れて驚きました。

 

私には、右足を触ったのでくすぐったくて!右足を引いたほどです。

ソウル繋がりした方は、悪戯好きでしたので、私の足指をくすぐったように感じました。行彦さん逢いに来たよ!

また、新しいお友達を紹介するね・・・と言われたように、初参加の御夫婦と友達になれました。

その出逢いは、港の見える丘公園で7年ぶりに出逢ったことから始まっていました。この時から「引き寄せ(導き)」だったのでした。

その日、朝早くに目覚めてから!急に横浜の港みらい公園に行きたくなり、カメラをリックに背負って出かけたものです。

そして、クリスタルボウルの音色が好きなソウル繋がりした方が、スピリチャル能力の高い御夫婦を私に紹介、出逢わせてくれたものでした。現に、御夫婦は、私とソウル繋がりした方の存在も関係も直ぐに理解され、関係性に驚いておりました。まさかと思っていたようです。

こうして、幸運の引き寄せを体験出来たものです。

クリスタルボウル演奏会後も、幸運な引き寄せがありました。会社から功績、功労として特別臨時給を頂き、15年以上乗っている車を今年の4月まで乗り換えることが出来たものです。

幸運や引き寄せは、私は自身の考え(思考)や行動などで引き寄せられるものではなく、自分以外の人や関係性のある人などが引き寄せてくれる!導いてくれるものだと思っています。

センスプロデュース研究所、荒木行彦

 


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教え(導き)の推進!

2020-01-11 00:00:30 | 神秘

私は、子供たちから大人まで、過去30数年間に渡り、子供たちには、自然や生き物たちとの関わり、保護や命の尊さの教え(指導)をして参りました。

また、大人の人たちにはスポーツ、私の得意のスポーツ(バレーボール)を指導員(コーチ)としてもこちらも30年以上になります。

この間に、何百人以上の人たちと接して、指導して参りました。

私が教える(指導)することへの拘りがあります。それは【言伝身教】げんでんしんきょうの教えです。

言伝身教の意味:言葉でわかりやすく説明し、身をもって教える。~丁寧に人を導くことです。

 

また、人の感覚の重要性を長年、30数年以上に渡り提唱しております。時には、警鐘も含め、感覚と脳の重要性を説いております。

こちらも「教えの使命」として私が担ったものでもあります。

そのために、自身が学んだ訳でもありませんが「教える力」人を導く能力に長けています。それは「天性」とも言える能力だと思われます。

私の教え(指導)を享けた人からは、分かりやすい!真意をついているなど言われることもあります。

私自身が身を持って体験したことや学んだこと、知識ではなく「知恵」を巡り合わせて「創造的な教え」をモットーにしています。

私の教えは、現世の人とは限らず、来世(霊的存在)の人たちにも、教え(悟り)で来世にお導きしております。

霊的存在の方への教えは、皆さんは信じ難いと思われるでしょうが?私の能力、霊的存在の対話(テレパシー)で交信するように「魂の交流」によってお導きします。その方法は「因機説法」という仏語の四字熟語にあります。

【因機説法】いんきせっぽう!意味:その場その場に対応して仏法の真理を悟らせようとする説法。

由来 / 語源:仏教の言葉で、「機に因りて法を説く」とも読む。

こちらは、十数年前からソウル繋がりしたことが切っ掛けで「霊的覚醒」に目覚め。霊感、スピリチャル能力が人一倍強くなりました。

 

同時に「癒し力」も増して来て、第4チャクラ(ハートチャクラ)のオープンから愛に満たされるようになり、その時から掌から「温かな波動(レイキ)」を発生させることが出来るようになりました。私の癒しの力の基が「レイキ」です。

それも地球の裏側に居る人も「テレパシー能力」で届けることが出来ます。

その方法とは、本人確認のためにプロフィールなどの写真をスマホに手を翳してイメージするだけで、温かな波動が届きます。

私のレイキを受信したように受けた方は、身体が温かくなり、眠気が起きて来ます。そして、翌日に目覚めた時に、肩の凝りや痛みなどが緩和されて軽く感じます。

身体面だけではなく、メンタル(精神面)にも効果的で、不安の解消や以前には、長年、鬱病で悩んでいた人が、三日間の私の「レイキ施術」で治った実例も実際にあります。

3年前には、芸能人が多いのですが、私のところに「臨死状態時」が多いのですが、死後のその日や数日後の人もおられますが、思念のエネルギーの強い、死後直前の方は、その日に着ていた洋服、格好で現れます。世間ではこうした状態を(幽霊)と呼びますが、私は「思念体」と呼んでいます。

時には、歌声らしきもので本人だと分かることもあります。いずれにしても、突然死した人には、自身が亡くなったことが理解出来ないとか?来世でどのように過ごしたらよいのか?来世は本当にあるのかなどを「私に聞きに」来ます。

つまり「教えて欲しい」と頼まれるものです。

こうした時は、私の「言霊」無言で教えます。来世の人との会話は、現世の人との会話のように言葉(声)に出しては、直ぐに消えてしまうことを、身を持って体験していますから「魂(ソウル)同士」での対話となるものです。こうして、既に何人者の人たち(死者)を来世にお導きしました。目的は、この世と来世の境目で迷わぬよう(彷徨わない)ように導き、来世に導き、見送ることで幸せになって貰えるようにと願って導いております。

こうした私の教え(導き)は、私に与えられた「天命」なのだと思います。ですから、与えられた使命を全うし、努めることを本年、2020年以降も天命を果たして参ります。

センスプロデュース研究所、荒木行彦


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シンクロニシティとテレパシー!

2020-01-10 00:00:30 | ツインソウル

テレパシーの意味は、テレパシー (Telepathy) は、ある人の心の内容が、言語・表情・身振りなどによらずに、直接に他の人の心に伝達されることで、 超感覚的知覚 (ESP) の一種で、超能力の一種。 mental telepathy の短縮形。漢字表記では「精神感応」とも「テレパシー」という言葉は、1882年にケンブリッジ大学のフレデリック・ウィリアム・ヘンリー・マイヤース教授によって提案された。この言葉ができる以前は、思考転写 (thought-transference) と呼ばれていた。

テレパシーという言葉の名付け親でもあるケンブリッジ大学のフレデリック・ウィリアム・ヘンリー・マイヤースは、1882年に心霊現象研究協会を設立し、1888年までこの組織のリーダーとしてテレパシーや催眠術などの科学的調査を行った。

日本では1910年から東京大学の福来友吉博士によってテレパシーの研究が行われた。1927年頃から近代的な超心理学の研究がジョゼフ・バンクス・ラインによって始められ、その中でテレパシーの実験も行われた。

 

また、シンクロニシティの意味は、カール・ユングによって提唱された独: Synchronizitätという概念の英訳である。従来知られていた「因果性」の原理とは異なる、複数の出来事を離れた場所で、同時期に生起させる原理である。

何らかの一致する出来事(何か意味やイメージにおいて類似性を備えた出来事群)が、離れた場所で、ほぼ同時期に起きることがある。だが、複数の事象が、従来の「因果性」の説明方法ではうまく説明できない場合がある。そうした、同時期に離れた場所で起きる、一致する出来事を説明するためのある種の原理、作用として提示されたのがシンクロニシティである。

ユングは、ノーベル物理学賞受賞理論物理学者ヴォルフガング・パウリと後に1932年から1958年までパウリ=ユング書簡と呼ばれるパウリの夢とそれに対するユングの解釈におけるシンクロニシティの議論をし、それをまとめて共著とした"Atom and Archetype:The Pauli/jung Letters, 1932 - 1958"(『原子と元型』)を出版している。

同書のユングの説明によると、人々の心(複数の人々の心)にあるファンタズム(夢・ヴィジョン)と主観は同時的に起きているのであって、ファンタズムが起きている時には互いの心に(ファンタズムが)同時的に起きていることに気づいていないが、後になって客観的な出来事が、多かれ少なかれ同時的に、離れた場所ですら起きたと判明することになり、それについて(客観的な出来事が)シンクロ的に起きたのだと確信的に考えることになるという。

 

なお、ユングは様々な著書で、人間の意識同士は実は、集合的無意識(collective unconscious)によって、そもそも交流しているということは述べている。集合的無意識が、人々の心、人々の主観的な意識に入ってゆく過程を、ユングは「個性化」と名付けた。またユングは個々の人の意識が集合的無意識へと反映されるプロセスもあるとしている。人の心は表面的には個別的であるかのように見えてはいても、実は根本的には交流しているのだとしているのである。

ユングは、coincidences コインシデンスについても、(その全てではないにせよ、少なくとも一部は)単なる「偶然」によって起きているのではなく、co-inciding(共に、出来事を起こすこと)、と見なしたのである。

私がこの「シンクロニシティとテレパシー」の真の意味と実在を体験する切っ掛けになったのは、13年前に魂の片割れ同士が出逢うツインソウル(双子の魂)の繋がりをしてから、不思議な感覚に陥りました。急に胸から背中が熱く感じるようになり、第4チャクラ(ハートチャクラ)が開き、同時に掌から強い波動を発生させることが出来るのうになりました。

これは「レイキ」だと後に分かりました。また、同時に離れた人にレイキ施術するために「レイキテレパシー」も身に付いたものです。

ツイン相手の体調や感情も伝わってくる感覚を体験しました。これが「シンクロニシティ現象」というものでした。

本来は「霊障」という現象なのですが、左足の踝辺りに謎の痛みを感じるものです。普通に歩いたり、運動もしていますが、時々痛みを感じたりします。

これらが「テレパーシンクロニシティ」なのです。

ソウル繋がりした人のことは、気配や存在を知らせるメッセージなどから分かります。それま、まるで「テレパシー交信」しているようなものです。そのことで「ソウルレイ」の存在を感じています。

センスプロデュース研究所、荒木行彦


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大我の愛の実践!

2020-01-09 00:00:30 | スピリチャル

「大我の愛」は霊的視点による愛で、見返りを求めない、与えるだけの愛。

(透き通る純粋なエネルギー、温かい安らぐエネルギー)。

「小我の愛」は物質的視点による愛。

(執着、依存心、恐怖、打算、駆け引き、怠惰、見栄、傲慢など)。

愛の本来の意味から考えると「小我の愛」は愛ではなく、恋愛、家族愛、友情なども「小我の愛」といえます。

(「愛が憎しみに代わる」のは「小我の愛」だからだといえます)。

人は誰でも未熟であり、自分の心にある「小我(小我の愛)」を「大我(大我の愛)」に変えていくために、この世に生まれてきている神(超高級自然霊)の一部です。

神の一部ということは神我(大我)が誰にでも宿っているということ。

だから、人は「大我」と「小我」を持ち合わせており、善人といわれる人も必ず「小我」があり、悪人といわれる人も必ず「大我」があるのです。

(ただ善人といわれる人は「大我」の割合が大きく、悪人といわれる人は「小我」の割合が大きいといえます。大我の愛、小我の愛、ホームページより、抜粋引用。

 

大我の愛の実践は、江原啓之氏が提唱している「大我の愛の実践」です。

江原さんの著書の中に大我の愛を「人生を幸せへと導く魔法はただ一つ、それは大我の愛の実践」と述べています。

私はこの大我の愛「無条件の愛」を実践すべく努めております。

決して見返りを求めず、私と関わり合いのある人、ましてや魂(ソウル)同士で出逢った人なら尚更です。

この大我の愛を実践しないとお互いの魂が高次の次元に進化せずにこの世で苦しみ続けることになるからです。

ですから愛する人を大我の愛で護って上げる、支えて上げることが大切なのです。

私は魂の片割れ同士が出逢った人や時空の人ともソウル繋がりをしているので、お互いの幸せのために「大我の愛の実践」をしているものです。

また、大我の愛を理解もしております。

皆さんがこれら大我の愛を理解され、実践されたなら「愛欲や欲望」などから愛する人とのトラブルや別れなどから、相手を憎むことなどは無くなります。

人が人を愛することは、相手を憎むことではありません。

「自分より大切な人が居たらそれが(愛)です」と提唱しています。

魂同士で繋がると大我の愛も理解出来るようになります。

センスプロデュース研究所、荒木行彦


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自然、生き物との対話!

2020-01-08 00:00:30 | 感覚

テレビ番組などで「生き物と話せる人」と紹介されたりしますが、実際に人が生き物(動物)の鳴き声などで言いたいことが分かる!何を伝えたいのか分かるのかという疑問に思っている人は多いと思います。

例えば、自宅で飼っているペットであれば、仕草や鳴き声の変化で、お腹が空いたからご飯が食べたいなどは直ぐに分かります。

ところが野生の生き物たちの鳴き声や仕草、行動で何を伝えたいのかは普通では分からないものです。

特に危険な生き物たち、野生のクマ、イノシシなどと遭遇すると襲われてケガや時には命を落とすことさえあります。

私も子供の頃に、ツキノワグマと出逢い、叔父さんからゆっくりと後ずさりして、絶対に走って逃げたら襲われると言われ、クマの生態を学んだものです。

クマなどの生き物は、背を向けて逃げる物を襲う習性があるのです。

ですから、山などに入る時には、クマに居場所を知らせる「鈴」などを持って山に入ります。

また、私は子供の頃から豚、馬、犬、猫、亀などに餌やりが日課でした。そのことで「生き物が好き」でした。

お年玉を貯めて「双眼鏡や天体望遠鏡」を買って、野鳥図鑑を片手に近くの川沿いや野原、山に自転車で出かけて「バードウォッチング」をしていました。

夜には、自宅のベランダから天体望遠鏡で天の川や星々を眺めていました。月のクレータ、土星の環、木星の模様などを観察していました。

こうした少年時代を自然や生き物と接する時間が多かったものです。

 

そんなことが大人になっても続いております。現在ではバードウォッチングは、小学校の子どもたちに定期的に指導しています。

宇宙は、月の撮影を試みています。

特に野鳥との関わり合いは50年以上になります。既300種類以上の野鳥を観察しています。最近は、カメラで撮影しています。

そんな時に、普通では考えられないことが私と生き物(野鳥)との間で起きたりします。つまり、野鳥との対話が出来るものです。

以前には、都心の公園のベンチでサンドイッチを食べていたら、直ぐ近くにヒヨドリが木から降りて来て、私の側にいて「ちょうだい」とばかりに期待して待っています。本来は野生の生き物、鳥には人の食べ物をあげてはいけないことに成っています。

じっと私を見つめながら食べたそうにしているので、少しだけだよと言って!掌の上に乗せたら、直ぐに掌に乗ってパンを食べました。もっとちょうだいというように鳴いてせがむので、もう一個だけだよとパンをちぎってあげました。

本来、野生のヒヨドリは警戒の強い鳥です。ましてやペットのように手乗りすることは有り得ません。いくら、私に「生き物が懐く」と言われても、野生の生き物たちはペットとは違います。

他にも、私がコサギなどの鳥を撮影していると面白いことや不思議なことが写せます。地元の海岸の公園の池でコサギを撮影した時には、ミズカマキリを捕らえ、直ぐに飲み込んでしまうのですが、ですから餌を捕らえる瞬間を撮影出来ることは希薄で稀なことです。ところが、私が撮影したコサギは「捕ったぞ!」とばかりに、私に見せてくれたように私の方を見て「カメラ目線」でした。

私は、凄いねと言葉に出して、ありがとうと言った途端に飲み込みました。

こうして、私は生き物たちと対話が出来るものです。

私が生き物たちと対話するのは、人と話すような言葉ではなく「脳波(波動)」の交信で対話する方法です。

 

つまり、テレパシーで交信するようなものです。

ですから、出逢った生き物(野鳥)全てと対話が出来るものではなく、周波数が一致したような波動がシンクロニシティした生き物に限られます。

奥日光で出逢った!野生のシカに遭遇した時に「額にピリピリ」と感じたのは、警戒する波動と分かってくれる人に遭遇した驚きのような感じでした。

ですから、私が無理に野鳥たちに近寄ったりしなくても、時には野鳥の方から近寄って来たりするのは、人の感覚を超越した「動物的感覚のシンクロニシティ」の能力があるから野生の生き物たちと対話が可能となるものです。

この人は「安全だ!護ってくれる人」だと生き物たちは察して感じ取れるから私に近寄って来たり、時には問いかけて来たり、知らせて呉れたり、メッセージのように教えて呉れたりするのです。

今後も、生き物たちとの対話を楽しみたいと思います。

センスプロデュース研究所、荒木行彦

 


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白い生き物と神使!

2020-01-07 00:00:30 | 神秘

神使は、神使(しんし)は、神道において神の使者(使い)もしくは神の眷族で神意を代行して現世と接触する者と考えられる特定の動物のことである。「神の使い(かみのつかい)」「つかわしめ」「御先(みさき)」などともいう。時には、神そのものと考えられることもある。その対象になった動物は哺乳類から、鳥類・爬虫類、想像上の生物まで幅広い。

 

特定の動物が神の意志を伝えるという説話は日本神話の中にも見られる。日本書紀の景行天皇記には、伊吹山の荒神(あらぶるかみ)が大蛇に化身して日本武尊の前に現れたのを、尊は「大蛇は荒神の使いだろう」と言ったという記述がある。紀の皇極天皇記には、猿を「伊勢大神の使」として、その声で吉凶を判じたという記述がある。また同崇神天皇記では、大物主神自身が蛇の姿で妻問いに訪れるくだりがある。

時代が下ると、神使とされる動物は、その神の神話における記述や神社の縁起に基づいて固定化されるようになり、その神社の境内で飼育されるようにもなった。さらには、稲荷神社の狐のように、本来は神使であるものが祀られるようにもなった。これは、神とは無関係に、その動物自体が何らかの霊的な存在と見られていたものと考えられる。

 

全国の仏閣には、白い生き物に纏わる神話があります。例えば「白狐、白蛇、白鼠、白熊、白梟」などがあります。

鎌倉の八幡宮では「白鳩」がそうです。私の地元の浅間神社では「白鯉」というように各地のお寺や神社に白に纏わる生き物が祀られていたり、実際に存在していたりします。

私が白い生き物に良く遭遇したり、接しているのは「白い野鳥」です。

白い鳥と言えば、コサギ、ダイサギ、ハクチョウ、ツル、ライチョウ(冬羽)などシロフクロウなどが知られています。

特に、私には「コサギ」と不思議な出逢いなどもあります。

最近では、白い錦鯉が地元の神社の池におります。私が参拝後に池を覗き込むと、水の中から顔を出して、餌をねだります。

 

何か縁起がよくて、可愛く思います。

白色の意味は、白色は表面に現れた意識を意味します。

白色は黒色の対局にある色であり、黒色の闇に対しての「光」を表します。光は意識の思考力、または洞察力を表します。

黒の死は、“闇に向かう”というイメージで“死んでいく”状態そのものを表しますが、白色の死は“光へ向かう”というイメージで「再生」のための死を意味します。

白色は、間違ったものをもう一度まっさらな状態にするというイメージで、「リセット」や「切り離し」という意味が出てきます。また、自分のニーズを切り離すことは「禁欲」となります。

全ての色が含まれた白色は「明るい」感じだけになり、「完全性」や「神性」を感じさせます。完全ということから「正しい」「真実」「悟り」という意味になり、完全になる、汚れが無い状態になるということから「浄化」という意味も出てきます。

真っ白く、何も書かれていない紙のようなイメージとして「純粋」「無垢」「素直」という意味が出てきます。また、「処女」を意味します。しかし、白色が“乳”のイメージを持つと「母」という意味にもなります。乳の白さは乳児がまだ目を開けない頃から口にするこの世の始めの飲み物であり、「誕生」「起源」と「目覚め」という意味が出てきます。

白色の輝きからは「新しさ」を感じさせます。整理整頓され、スッキリとした「シンプル」で「清潔」な感じがあり、そこから「頭が良い」「クール」「気高さ」「無欲」というイメージが出てきます。しかし、清潔も強すぎると「潔癖」となってしまいます。

 

白色は、何色にも染まらないなどから「明るい、安全性、神性、真実、悟り」などのイメージを享けます。そのことにより、白い生き物たちを昔から「神使(神使い)で縁起のよい生き物とされて来ました。

私が数年前に不思議な体験をしました。それは、都心の公園の小さな池で野鳥撮影していたら、頭上から「コサギ」が舞い降りて来たように、私の側(1m)ほどの距離で近寄って来ました。本来は野生の生き物なので、人が近寄ると警戒して逃げてしまいます。それなのに、このコサギは、私のことを分かっていたように接近してカメラを構えても逃げません。

それどころか、私のことを見つめるようにこちらを向いています。私はドキドキしながら、じっとしていました。

50年以上、バードウォーチングをして人生初の出来事に驚きと、神秘性を感じたものです。

そのコサギは普通のコサギではないと感じたのは、白い羽がレース状になり、まるで白いドレスを着た!私が12年前にソウル繋がりした方を彷彿させるものでした。

きっと、コサギにソウル繋がりした方が乗り移ったのではないと思ったほど美しかったです。

本来は、野鳥を撮影する時には、絶対距離という10数メートル離れて、超望遠レンズを装着して撮影するのが普通なのですが、私は、普通のレンズで、レンズ交換無で撮影出来たことは「奇跡に近い」ものです。

手を差し伸べたら、触れる距離まで近づいて来ても、逃げません。コサギのメスは、私のことを分かっている!特別な人だと感じていたのだと分かりました。

センスプロデュース研究所、荒木行彦


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コスタリカ(グアテマラ)の国鳥(ケツァール)!!

2020-01-06 00:00:30 | 神秘

北米大陸と南米大陸を結ぶ中米地峡に位置するコスタリカは、紀元前12000年ごろから人類の足跡が確認できる。マヤ文明の影響を受けつつもコスタリカの石球など、独特の文化を形成していく。やがてコロンブスが1502年に同地をコスタリカと命名し、1570年代にスペインの支配下に組み込まれる。鉱物資源に乏しい土地であった同地は、農業を主とした発展を見せ、1821年、メキシコ帝国への併合という形をもって独立を果たし、その後中米連邦のひとつに数えられた。中米連邦が崩壊し1838年に単独国家として独立を果たす。1870年代以降はコーヒー産業が目覚しい発展を遂げ、同時にバナナ栽培も盛んとなった。20世紀に入ると国境問題やコーヒー価格の下落による大不況からくる内戦など、数々の問題を抱えつつも近代化が促進された。

1950年以降、中米諸国において、民主的生活を享受してきた唯一の国であり、「軍隊を持たない国」「非武装中立国」といった理想的な民主主義国家として見られる向きがあるが、歴史学者小澤卓也は、その一方的に神格化・美化された見方を否定している。

 

先史時代!

オーパーツとしても知られるコスタリカの石球、約4万年前、ユーラシア大陸からベーリング海を渡り、アメリカ大陸北西部に居住していた狩猟民族の集団は徐々に南下し、紀元前12000年から紀元前8000年にかけて、現在のコスタリカの地にたどり着いた。トゥリアルバでは、彼らが使用したとされるナイフやハンマーといった石器が発見されている。やがて紀元前8000年から紀元前4000年にかけて、植物の栽培を始めたことにより定着性が強まり、徐々に人口が増えていった。

 

ケツァール!

ケツァール (スペイン語・英語 quetzal、ナワトル語 quetzalli) は、鳥類キヌバネドリ科の一種である。学名 Pharomachrus mocinno。カザリキヌバネドリの和名もある。

鮮やかな色彩をもつ美しい鳥として知られている。

ケツァールはアステカの主要言語だったナワトル語由来で、「大きく輝いた尾羽」または「ケツァールの尾の雨おおい羽」という意味である。語根の quetz は、「立つ」という意味で、羽を立てた状態を意味する。

 

ケツァールは、本来はこの種を意味し、日本語などでは主にその意味で使う。しかし、スペイン語や英語では主にケツァール属 Pharomachrus の総称で、さらにアメリカ鳥学会 (AOU) は Euptilotis 属をケツァールに含めている。そのため、この種の英語名は Quetzal ではなく Resplendent Quetzal(輝くケツァール)である。

種小名 mocinno は記載者パブロ・デ・ラ・ジャーベ (Pablo de La Llave) の恩師ホセ・モシーニョ (José Mariano Mociño) の姓のラテン語化である。

分布

メキシコ南部からパナマにかけての山岳地帯の森林に生息している。

特徴

体長は35センチメートル程度だがオスは長い飾り羽をもち、これを含めると全長は90 - 120センチメートルにもなる。頭から背にかけて光沢のある濃緑色をしており、腹部が鮮やかな赤色である。

文化

中南米、古代アステカではケツァールは農耕神ケツァルコアトルの使いであり、ケツァールの羽毛を身につけることは最高位の聖職者と王だけに許された特権であった。

ケツァールはグアテマラの国鳥で、通貨単位名でもある。ただし日本では、通貨としては「ケツァル」と言うことが多い。フリー百科事典、ウィークペディアより、抜粋引用。

 このケツァールには伝説があります。1500年代にコロンブスが、コスタリカと命名したのは、その土地に住んでいる人たちを大量虐殺により土地を奪い取ったことに関係しています。コロンブス隊は、現地人を大量虐殺した時に、何処からともなく「ケツァールが群れで飛んで来た」姿を見た隊員たちは、お腹が赤く、羽根がグリーンの奇麗な鳥を見て、虐殺された人の魂が乗り移り、血で染まったように鳥のお腹が赤いと恐れて、ケツァールの飛んでくる姿に恐れ慄き、逃げ出したとの言い伝えがあります。

ですから、現地ではケツァールを「神様の使い、世界一美しい鳥」と称され、グアテマラの国鳥に指定されています。現在は、200羽以下の数となり、希少種の野鳥として世界のバードウォッチャーの憧れ、撮影することさえ難しい鳥になっています。私の夢は「このケツァールを撮影」することです。

私が50年以上、アジア諸国やオーストラリア、ハワイなどの国々の野鳥を500種類以上確認し、見て来ましたが一度、動物園で見たことが一度ありますが、野生のコスタリカのケツァールを肉眼で見て、感じて、撮影出来たら私の夢が達成できるものです。

センスプロデュース研究所、荒木行彦


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クリスタルボウルの音色に脳が響く!

2020-01-04 00:00:30 | スピリチャル

このクリスタルボウルは、水晶で出来た「すり鉢型」をした物を叩いたり、こすって音を増幅させるものです。

金属では、これら叩くと高周波の高い、金属的な音がしますが、このクリスタルボウルは、金属的な音ではなく、もっとやさしい音です。

何より、私が驚いたのは、右の耳から入った音が直ぐに左の耳に抜ける感覚ではなく、まさしく「脳に響く!」ことを実感したのです。

これらクリスタルボウルを聴く前に、チャクラの説明とヨガに似た体操をしてから行ったため、身体の血行が良くなっていることを感じます。

また、好きな石を選んでと言われ、私は一番大きな水晶を手に取り、クリスタルボウルの演奏が始まると仰向けになっていた私は、この水晶を額に当てていたのです。

そして、クリスタルボウルの演奏が始まってからまもなく、額の当たりに温もりを感じた瞬間に、色が見え始めました。はじめは緑色、そして、黄色、紫色、赤、ピンク色、クリスタルボウルの音色に合わせて、音に色が付いて見えたものです!

他の人たちはリラックスして眠っている人が多かったですが、私は決して眠れずにリラックスできません。逆に脳が活性化し、普段、音楽など聴いていても決して色が見えることはありません。絶対音感は音楽を学んでいないので理解出来ません。但し、絶対聴覚はあります。絶対聴覚とは音程や音の僅かな違いなどを判断できる聴覚です。

クリスタルボウルの素材も水晶です。クリスタル音色の波動が私の脳波と脳の血流に変化を与えたと思います。

 

普通であれば、音を聴いていても色が見えるものではありせん。希に2000人に一人の割合で五感が同時に二つ以上働く、普通なら、音を聴くときには「聴覚」が反応するのですが「共感覚者」と呼ばれる人にはこれら同時に聴覚と視覚が働くので、音に色がついて見える訳です。

また、個人差もありますが、新聞の白黒の文字や数字に色がついて見える人や、音に匂いを感じる人、私のように香に色をイメージする人たちなど、これらの人たちを共感覚者と呼びます。

まさしく、この感覚がクリスタルボウルの音色とクリスタルの反応によって、はっきりと私の脳で共鳴したのです。そして、はっきりと緑色などが浮かんだのです。

このクリスタルボウルには個々に、大きさなどによって色があると説明されましたことからも、まさしく叩いていた。クリスタルボウルの音色と同じ色を私は見ていた訳です。

他の参加者は誰一人と色を感じることはなかったようです。

終了後も私の脳が全開したように解放され、「潜在的脳力」が引き出されたように、脳が冴えていることを実感出来ました。

私は瞑想をしておりましたが、睡眠はしておりませんでした。

クリスタルボウルの音質、音色がなぜ、効果的かと申しますと、クリスタルは天然素材であり、本来アナログの音です。自然的で神秘的な音が脳細胞を刺激するということから、脳が活性化、脳もシーター波という、微睡み状態時に出て居る状態、だから眠くなるのです。また、低周波(波動)は私たちの聴覚に聴こえない音、20Hz(ヘルツ)以下の低い可聴域は、低周波振動として皮膚感覚として感じます。私が最初に離れた場所で聴いていても五臓六腑に響きました。これらの低周波が人の60兆個ある細胞に響き、自律神経を司る。「視床下部」を刺激し、副交感神経の働きから、血圧の低下、心拍数の低減などの効果から、癒し、リラクゼーションが出来るのです。

他にも、スピリチャル的な出来事が私が聴いていると起きます。10年前ほど、横浜で初めてクリスタルボウルの演奏を聴いたときに、玄関から足音と共に、部屋に入ってくる気配を感じました。それは、十数年前に私と「ソウル繋がり」した方です。知り合いの女性と同伴して居たのですが、その女性の腿を触ったと後に言われて驚きました。私は目を閉じていて「音符」のようなものが見えて居た時でした。

また、今年も同じ場所でクリスタルボウルを聴いていたら、はっきり分かる程の気配、玄関から入って来て、足音を参加者全員が聴いて確認しています。

一人の方は、着ていた洋服の袖を引っ張られて、知らせたと言われて驚きました。

私には、右足を触ったのでくすぐったくなり、思わず右足を引いたほどです。

来ているのを分かったものです。

こうして、来世の人にも「響く音色」、ここにクリスタルボウルが「神秘的な音色」と言われる由縁があるのです。

センスプロデュース研究所、荒木行彦


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第4チャクラ(ハートチャクラ)の意味!

2020-01-03 00:00:30 | スピリチャル

第四チャクラは胸の中央に位置し、私たちの「ハート」を象徴します。色のスペクトルは緑が対応しています。第3チャクラで築いた自分への信頼と愛情によって、第4チャクラでは他者へ愛情を与えることができます。ちょうど中間にあるこのチャクラは、物質と魂の世界をつなげる場所です。

第4チャクラの特徴・テーマ

キーワード: ハート、共感、思いやり、シンクロニシティ―、許し、愛、理解、友情、広い視野など

 

※ハート!

第4チャクラの象徴はハートです。第3チャクラでは「自己」がテーマでしたが、そこから他人への愛へ移行します。ハートとは、愛情や思いやり、友情、温かさ、共感などが含まれます。他者との関係、いかに愛をもって他者と接することができるかが大切になります。自分を愛するのと同じように相手を愛し、自分を大切にするのと同じように相手を大切にします。

 

※共感力

第4チャクラは相手のことを考えられるので、相手のエネルギーと同調し、言葉より高次の次元で理解することができます。初めて逢った人でも、昔から知っているように気が合ったり、惹きつけられるようなとき、相手のエネルギーと同調しています。

 

※愛を受け取り与える

第4チャクラのバランスが取れていると、自分の存在が価値あるものだと理解できます。全ての人から愛される価値があると感じ、自分自身も愛します。また、同時に他人に対しても無条件に愛を与えることができます。愛には受け取ることと与えることのバランスが大切です。第1チャクラの家族(集団)への愛、第2チャクラの性的な愛とは異なり、第4チャクラでの愛は何があっても変わらない、安らかで空気のようなものです。

 

※シンクロニシティ―

シンクロニシティ―は、考えていたことと現実が一緒になることです。第4チャクラのバランスが取れていると、そのようなことがよく起こります。第4チャクラが開いていると、愛のある考えから愛のある行動をします。私たちは無意識的にも愛を必要としている生き物です。愛を持った人を感じた時、人は自然に引き寄せられ、そのエネルギーに同調します。

 

※許し

第4チャクラは許しと関わります。誰にでも怒りや恐れなどを感じ、愛のない感情を抱いてしまうことがあります。しかし、どんな人に対しても憐れみと許しを与えることで、そういった感情を手放すことができます。赤ちゃんが怒ったり泣いている時も、親は愛情を与えられます。同じように、攻撃的な誰かに怒りを感じそうでも、大きな愛で許してあげることが大切です。

 

※孤独と親密さ

親密な人間関係を避けることは第4チャクラを閉ざします。人と関わることは自分を知ることにもつながります。そういった人は、人との関わりで自分のネガティブな側面を学ぶことを避けています。第4チャクラで大切な、無条件な愛は、ネガティブな面も含めて自分のすべてを愛することが必要です。また、傷つくことから自分を守るために、心の扉を閉ざして孤独になることがあります。例えば、幼いころに両親を亡くして悲しい思いをしたとき、その悲しみから自分を守るために感情を抑え込んでしまいます。それはある側面では、辛いことを乗り切るために必要な時もあります。しかし、自分の感情や他人から自分を切り離してしまうような行為なので、長期にわたるとチャクラをきつく閉ざしてしまいます。

 

※排他主義と優越感を手放す

第4チャクラのバランスが崩れている要因の一つに、排他主義的な考え方があります。一番わかりやすいのは、他の宗教は認めない、自分の宗教が一番だ、といった考え方です。しかし誰もが経験があるような身近な部分でも、排他主義的な考え方は簡単に見つかります。例えば、高級ブランド品を自分が持っているとき、持っていない人と線引きをして優越感をもつこと。大きな会社に勤めている自分とそうでない人と線引きをし、優越感をもつ、といったことです。そのように自分を周りと切り離すことは、結局は自分自身をどう見ているかを示します。本当に自分は愛されるべき存在なのか?という恐れが根底にあります。他人を下に見ることで、自分の低い自尊心を上げようとしているのです。その行為は、結局は全てがつながっている宇宙と自分を切り離すことになってしまいます。

 

※自分本位な愛情

愛とは本来、母親が子供を愛するように無条件なものです。ありのままを受け入れることです。しかし自分が気づかなくても、多くの人が自分本位な愛情を本当の愛と混同して苦しんでいます。自分に足りない何かを埋め合わせてくれるために、もしくは自分の気持ちを満たすために、相手をコントロールしたり批判することがあります。それは本当の愛からくる行動ではありません。例えば私はこんなに尽くしているのに何もしてくれないとか、私はこれだけのことをしたからこれをして欲しい、といった見返りを常に求めるような行動です。自分の足りない何かは、結局は自分でしか満たすことができません。相手に求めている限り満たされないことに気づかないと、どんどん相手に求めるようになってしまいます。

 

※悲嘆と抑うつ

第4チャクラは胸腺に対応します。その胸腺は免疫調整の重要な役割をしています。免疫力を押さえてしまう大きな要因に悲嘆と抑うつの感情があると多くの科学者が認めています。例えばガン患者の多くが、ガンが発生する前に、親しい人を亡くしたなどの抑うつの心理状態を経験しているそうです。免疫力が低下すると、ウイルス性の疾患や慢性関節リウマチ、副腎不全、多発性硬化症といった様々な疾患を引き起こします。

 

※自己愛

第4チャクラでは、自分への愛は特に大事な要素であると言われます。現代、無意識にもその自己愛に欠けている人が多いと言われています。否定的な自己イメージは第4チャクラをブロックし、胸腺に影響を与えます。つまり、自己免疫力の低下につながります。社会的に認められない少数派のグループに属しているような人は、しばしば自己に対して否定的になり、それが免疫の疾患を発生させます。ハートチャクラホームページより抜粋引用。

 

私がこのハートチャクラが活性化したのは、12年前に魂の片割れ同士が出逢うツインソウル(双子の魂)の繫がりをしてから、不思議な繋がりに驚きと不思議な出来事の連続が起きました。

霊的覚醒に目覚めたように「スピリチャル能力」が高まりました。

また、掌から「温かな波動(レイキ)」を発生させることが出来るようになり、それを離れた人にも(テレパシー)で届けることが出来るようになりました。

私の第4チャクラ(ハートチャクラ)が活性化したのは、12年前にソウル繫がりしたからの愛を注がれてから開いたものです。

そして、第4チャクラ(ハートチャクラ)が胸から背中にかけて熱く感じます。

ソウル繋がりした方の「魂の片割れが私の魂の片割れと一緒にいる」。

ソウルが傍にいることを感じられます。

愛おしくもあり、特別な人だと強く感じられる喜びを味わっています。

センスプロデュース研究所、荒木行彦


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白い鳥の謂れ因縁!

2020-01-02 00:00:30 | 神秘

白色は表面に現れた意識を意味します。

白色は黒色の対局にある色であり、黒色の闇に対しての「光」を表します。光は意識の思考力、または洞察力を表します。

黒の死は、“闇に向かう”というイメージで“死んでいく”状態そのものを表しますが、白色の死は“光へ向かう”というイメージで「再生」のための死を意味します。

白色は、間違ったものをもう一度まっさらな状態にするというイメージで、「リセット」や「切り離し」という意味が出てきます。また、自分のニーズを切り離すことは「禁欲」となります。

全ての色が含まれた白色は「明るい」感じだけになり、「完全性」や「神性」を感じさせます。完全ということから「正しい」「真実」「悟り」という意味になり、完全になる、汚れが無い状態になるということから「浄化」という意味も出てきます。

 

真っ白く、何も書かれていない紙のようなイメージとして「純粋」「無垢」「素直」という意味が出てきます。また、「処女」を意味します。しかし、白色が“乳”のイメージを持つと「母」という意味にもなります。乳の白さは乳児がまだ目を開けない頃から口にするこの世の始めの飲み物であり、「誕生」「起源」と「目覚め」という意味が出てきます。

白色の輝きからは「新しさ」を感じさせます。整理整頓され、スッキリとした「シンプル」で「清潔」な感じがあり、そこから「頭が良い」「クール」「気高さ」「無欲」というイメージが出てきます。しかし、清潔も強すぎると「潔癖」となってしまいます。

 

昔から鳥は『神様のお遣い』と言われ、特に白い羽根の鳥は『何色にも染まらない』と言うことから『縁起がよい』とされていました。

現に鎌倉の鶴岡八幡宮には、白い鳩(純白鳩)が二十数羽飼われています。

八幡宮の八の字が『両方に白い鳩が並んでいる』鶴岡八幡宮の門の文字に白い鳩が絵がれています。

こうした、縁起がよいことから鎌倉の名菓子(鳩サブレ)になったものです。

日本には、白い鳥の種類としては、冬の渡り鳥も含め!

コサギ、ダイサギ、タンチョウヅル、純白鳩、ハクチョウ、ライチョウ(冬羽根)などです。

他にも、ユリカモメなどは純白ではありませんが、白い鳥と言えるのでしょう!

私たちの身の回りにはこうした白い鳥(縁起がよいとされる)鳥たちが沢山いるということです。

 

以前に、都心の公園で野鳥を撮影していたら、小さな池があり、そこで撮影していたら!コサギが私の直ぐ側に来て、近距離で撮影出来たのは本当に奇跡に近いものです。本来、野生の生き物なので人が近寄ったり、10m以内に接近しようと思っても「警戒」して逃げてしまいます。ですから数十メートル離れて、望遠レンズで撮影するのが普通です。

私の場合は、約1mの距離に舞い降りて来たという感じでした。それは、美しい真っ白なコサギのメスと直ぐに分かりました。

私はじっと動かずに、驚かさないようにしていましたが、逃げるどころか近寄っても平気でした。

その時に、コサギと私は目が合い、鳥は笑うことなどありませんが、じっと私を見つめていました。そして、心で大丈夫だからありがとう!奇麗だよと告げると首を垂れるように下を向きました。

何か、12年前にソウル繋がりした方が「乗り移った」のではと思ったほど美しいコサギでした。見つめ合った時に、私はドキドキし、カメラのシャッターを何度も切りました。本当に縁起の良い日でした。

センスプロデュース研究所、荒木行彦


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明けましておめでとうございます!

2020-01-01 00:00:30 | 祈願

令和二年、元旦、謹賀新年、

昨年中は、閲覧、愛読頂き感謝申し上げます。

本年も宜しくお願い致します。

人の感覚に特化した研究に励み、本年で33年目にあたります。

今後とも、人の感覚の不思議、神秘を紹介して参ります。

センスプロデュース研究所、主席、研究員、荒木行彦


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