ミステリアスの意味は「神秘的な、不思議なという意味があります」。
「ミステリアス」という言葉を聞くとどんなイメージが湧きますか?
他人に自分の素性を明かさない謎めいた雰囲気を持つ印象などがあるのではないでしょうか。
神秘的な意味には、人知では計り知れないこと、言葉にも言い表せない不思議な様子という意味を持つ言葉です。
神秘的という言葉は「美しい」という印象を表す意味が強いため、ミステリアスというとどこか謎に包まれた、どこか影があるような意味合いで使われます。
また、不思議なという言葉には、「不可思議な」怪しく異様、人間の認識、理解の限界を超えていること、という意味を持つ言葉です。
目を疑うような信じられない光景を見た時、ミステリアスは神秘的、不可思議のどちらの意味合いでも用いられますが、不可思議なという意味合いが強く使われる時は、不気味、恐怖体験などの怯える心情が伺えるでしょう。
よく「ミステリアスな人」と表現するように、ミステリアスな人は「他の人とは違う独特の雰囲気を持っているミステリアスな人です。
一般的には、こうした「ミステリアスな人」と表現するのは、その人の持った雰囲気(イメージ)で捉えて表現することが多いようです。
実際には「ミステリアスな人」は「ミステリアスな体験」を多くしている人のことを指します。
つまり、人の目には見えないものが視えたり、体験していることなどがそうです。また、霊的な事ばかりではなく、不可思議な体験を多くしているなどもミステリアスなことに成ります。
以前から私が提唱している「この世には科学では説明も解明も不可能な現実が存在」しています。
では、ミステリアスな人とは、生まれ持った素性なのでしょうか?私は「人の能力の一種」だと考えています。ミステリアスな雰囲気を醸し出す(オーラ)などがそうであるように、人の目には見えないものであり、感じ取るものだと思います。
つまり、私のようにミステリアスな体験が豊富であり、長年「不思議な体験」をして来ました。
普通では中々信じて貰えずに、多くの場合は否定されることが多々あります。
それでも、分かって貰える人(理解者)の人たちが一人で居たら、その人のことを助ける、貢献できることに繋がるものです。
ミステリアスな体験をしている人の多くに「役割を担う」ことがあります。つまり「天から与えられた(天命)を担い、そのためにスピリチャル能力」などが高まり、社会貢献を目的に使命を果たすことに努めるようなります。
私がミステリアスな体験をしたのは、14年前(2007年)のある朝方に「正夢」それも、転落事故現場に立ち会うように、事故の一部始終を正夢で視ていました。
そのことで私が「霊的覚醒」に目覚めたように「霊感、スピリチャル能力」が開花したように鋭くなりました。
霊的覚醒をしてから「霊的存在が視える」ようになったり、不思議な「魂の繋がり」なども体験しています。私の人生の節目(50歳)の時に体験したことは何かしらの意味合いがあるようです。
その頃から、私自身も「ミステリアスな人」と見られる。呼ばれるようになりました。
ミステリアスな人と言われても、私的には嬉しくもありません。それは、好意的に思われることは希薄で、薄気味悪いや「怪しい人」と思われがちで、中には「神経質」それは、あまりに皆さんと違い「感覚が敏感過ぎる」からでもあります。
私には「超感覚知覚」という動物的な感覚を持っています。私の「超感覚」が私自身をミステリアスな雰囲気としてオーラなどで醸し出しているのだと思われます。
センスプロデュース研究所、葛西行彦