売茶翁のこと

2012-09-26 00:00:06 | 書評
sentya自宅に茶道具が、いささかの量で存在する。質はたいしたことはない。親戚筋からの寄贈であるが、茶はまったくやらない(今までのところ)。

とはいえ、茶道と言えば千利休ということくらいは知っているが、もう一つの茶と言えば、「煎茶」である。これは、いわゆる普通のお茶である。

普通のお茶を飲むにしても、流儀があって、いきなり湯呑茶碗にゴボゴボと注いで、ぐびぐびと飲んではいけないわけだ。抹茶と同じで、茶を嗜むまでの工程表がある。その工程表は、実は膨大な量になっていて、茶会のホストと言えば、大部屋、小部屋各種を用意し、茶の前に、自慢の掛け軸やら茶道具を展示する部屋を設け、さらに茶の前に、手の込んだ懐石料理を客人の前に並べる必要がある。

そしてたらふく飲んだり食ったりした後に、ついにほんの少量のお茶を飲むわけだ。

茶を飲むにしてもシキタリがあったり、道具をほめたり、まあそんなところだ。茶会一席で約100万円が必要といったところだ。

それらのシキタリなどを書いてある「煎茶全書」なる書物もあって、何ヶ月かかけてコツコツと読んでいたのだが、その中で、この煎茶道の中興の祖といわれる人物のことが書かれていた。

人呼んで「売茶翁」。本名は柴山元昭。1675年、佐賀県で医師の家に生まれたが、11歳で出家し、病と闘いながら禅を追及していった。

そして61歳になって、突然、茶売り行脚を始めることになる。ついでに茶道具の取次もだ。どうみても、坊主のアルバイトなのだが、本書では、生活に窮して茶の販売業者となったというような書き方になっている。一方、売った茶をお客と飲みながら世間話をするのが好きだった、という説もある。おそらくはどちらも正しいのではないだろうか。一石二鳥。

そして、全国行脚をし、茶を飲み過ぎていながらも88歳(米寿)でグッバイとなる。なお、81歳の時に、所有していた茶道具は、一足先に本人が火葬にしてしまっていたので、私の手元にある一見古そうな茶道具が、実は売茶翁が使っていたものだ、などということはまったくないわけだ。