言葉の救はれ・時代と文學

言葉は道具であるなら、もつとそれを使ひこなせるやうに、こちらを磨く必要がある。日常生活の言葉遣ひを吟味し、言葉に学ばう。

白石一文『快挙』を読む

2024年02月07日 21時50分01秒 | 評論・評伝
 
 
 写真家を目指すが、その能力に限界を感じ、ホテルマンなどのアルバイトで生活を送る俊彦。彼は小料理店を営む2歳年上のみすみと一緒になつた。小説を書き始めた俊彦が小説家として世に出ることを勧め、支へてくれてゐた。
 小説を書きながらも、あと一歩のところでそれが世に出ない。筆力の限界と共に、担当し俊彦の文才を買つてくれてゐた編集者の急逝といふ不遇もあつた。それでも長い忍耐の時期を過ごしながら出会つた人との繋がりでノンフィクションの本が出、10万部を越すベストセラーになる。不遇の中で腐りかけながらも、俊彦を支へてくれたみすみの存在が切ない。彼女は決して聖女ではなく、愛に迷つてもゐるが、傷ついた心を決して他人のせいにはしない女性であつた。俊彦は『快挙』といふ小説をそれぞれ別の作品として2度書いてゐるが、3度目に書いてゐる1200枚の小説もきつと『快挙』なのであらう。その名前が明かされないのは、この小説がきつとそれだからであらう。
 みすみとの出会ひこそ「快挙」なのである。

 この小説には、「じっくり」「焦らずに」「心配せずに」「待っている」といふ言葉がいろいろな人の口からリフレインのやうに語られる。生きるといふことは、快挙の連続ではなく、不遇と断念とに踏みつぶされさうになりながらも、誰かの温もりによつて耐へながら過ごしていくものなのだらう。
 私はまた白石一文の作品によつて心を潤ませることができた。
コメント
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