ライターの脳みそ

最近のマイブームはダム巡りと橋のユニークな親柱探し。ダムは目的地に過ぎず、ドライヴしたいだけ…。

フリーターが…

2005-02-05 23:52:34 | 脳みその日常
日本の産業を支えていると、ある番組が報じていた。まあ確かに労働力を供給しているという意味ではそうかもしれん。しかし、フリーターをちょっと褒め過ぎじゃないかという気がしないでもない。

フリーターといえば聞こえはいいが、給与の扱いは時間給のアルバイトと同じ。仮に時給1000円として1日8時間労働し、月に25日働いたとしても、税込みの月収は20万円だ。ハタチそこそこの若者であれば同世代の社員と金額的にはさほど違わない。フリーターは社員じゃないから仕事が嫌になればすぐさま辞めることもできる。収入金額もまあまあだからフリーターという状態はラクチンなのだろう。

なぜフリーターをしているのかという問いに、ある若者は「自分が本当に打ち込める仕事がみつかるまでのステップ」といった返事をしていた。社員と違い、フリーターはさまざまな仕事を経験することができる。そうしたなかで自分にとっての天職をみいだしたいらしい。なるほどねえ。

ワシはこの仕事だけで食えるようになるまで10年かかった。それまでは生活のためにアルバイトを並行して行なっていた。だがワシの場合、アルバイトは深夜しか不可能だった。昼間は、いつ仕事の電話がかかってくるかわからなかったからである。睡眠時間を削りながら耐えた10年間は、かなり辛かった。

もちろんそのアルバイトの収入で暮らしていこうと思えば、できないことはなかった。当時のアルバイトの収入だけで30万円は稼いでいたし。しかしワシはそうしたくなかった。収入は低くとも、本業で食っていこうと常に思っていたからである。だからアルバイトなんて、とにかく時給の高いものであれば何でも良かった。あくまで本業をするためにワシは副業をしていたからね。

経験から言えるのは、時給扱いの仕事をいくらやっても、その仕事の面白さなんて本当にわかるもんじゃないってこと。所詮アルバイトにまかせる仕事なんて、誰でもできる仕事なんだし。フリーター本人にすれば「こんな仕事もしました。あんな仕事もやったことがあります」って言うかもしれない。でも、それは錯覚だな。彼らは、さまざまな業種の表面的な部分の「ほんの一部」を体験したに過ぎない。

どの業種だって本当の面白さってのはさ、長年続けて初めて判るんだよ。前述の通り、フリーターには、嫌になればすぐに辞めることができる気楽さがある。だから雇う側からすれば彼らにあてがう仕事は誰にでもできる仕事しか与えられない。だけどその程度の仕事に面白いも何もない。矛盾するようだが、仕事の面白さというのは苦しんだり辛くなったりすることを経た上で感じたりするものなんだよな。

自分がどんな仕事に向いているかなんて、なかなかわからないもの。よっぽどの才能でもない限り、天職を自覚するなんて、まず無理だろうな。別の見方をするなら、続けられる仕事があれば、それがその人にとっての天職なんだよ。続けられるってことも、ある意味ではひとつの才能だと思うし。気楽に辞められるからといって、ホイホイと仕事を転々とするようじゃ、いつまで経っても天職なんてみつからんと思うね。第一、転職続きの人なんて世の中は信用しないし。

マスコミもマスコミで、フリーターなんていうオシャレなネーミングを広めるのも問題だろ。単に「アルバイター」でいいのに。冒頭の番組で「フリーターが日本の産業を支えている」なんて言ったって、それは企業に正社員を雇うだけの体力がないことを示しているにすぎない。たまたま今は企業に体力がないからいいようなものの、今後、企業が体力をつけてきたら、フリーターなんてすぐさまお払い箱になるんだぜ。体力のない企業に、いいように使われている。それがフリーターなんだよな。
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