ライターの脳みそ

最近のマイブームはダム巡りと橋のユニークな親柱探し。ダムは目的地に過ぎず、ドライヴしたいだけ…。

釜石のシンボル的存在!…日向ダム

2024-07-13 06:58:14 | 岩手(ダム/堰堤)
どーも、ワシです。今回は岩手県釜石市甲子町日向(かまいしし かっしちょう ひなた)にある甲子川(かっしがわ)水系小川川(こがわがわ)に築造されている日向(ひなた)ダムを目指します。アクセスは国道45号(三陸沿線道路)の釜石中央インターチェンジを降りると国道283号に突き当たるので左折。最初の信号を右折して小川川沿いの道をドンドコ進んでいくと到着します。

まずはダム下へ行って「御尊顔」を拝みます。治水ダムのようですね。

左岸のダム横に来ました。そこには日向ダム管理所があります。


釜石市は我が国の近代製鉄発祥の地で、安政4年(1857年)に初めて洋式高炉による銑鉄の製鉄に成功したそうな。それが現在「 橋野高炉跡 」に残っていて、この管理所のデザインはその時の二番高炉覆屋と三番高炉石積がモチーフになっています。

近くにある2つの石碑。ひとつは「水を治めて次代を拓く」と刻まれたもの。

もうひとつの石碑には諸元が刻まれています。平成9年(1997年)10月に完成した重力式コンクリートダムで、高さは56.5m、長さは290.0m。

ダムが築造された経緯はそもそも甲子川が台風のたびに水害による多大な被害が起こっていたことに起因します。その都度河岸の改修工事が行なわれてきましたが、近年、下流の人家や公共物が増加し、都市河川としての性格が強くなってきたことから水の安全向上が喫緊の課題となっていました。そこでこの小川川に洪水調節と流水の正常な機能維持を目的とした日向ダムが築造されたのだそうです。

もちろんダム築造にあたっては移転を余儀なくされた人たちもいました。いまはダム湖の底に沈んでいる地にかつて住んでいたという証としてその人々が「思い出を偲びつつ」と刻んだ石碑があります。

そうして完成したのが日向ダム。

これが左岸から見たダム上。では、歩いてみましょう。

ダム上、中央から見た上流方向の様子。

ダム下を覗き込み、

下流方向を眺めます。

対岸(右岸)に来ました。振り返るとこんな感じ。

「日向」は思わず「ひゅうが」と読んでしまいがちですが「ひなた」なんですねえ。

また「小川川」も、ここでは「おがわがわ」ではなく「こがわがわ」なんですね。

近くには「無災害完工」と刻まれた石碑。多くのダムでは築造にあたって犠牲者が出てしまい慰霊碑が建てられています。しかし災害が発生しないで完工できたのは素晴らしいことで誇るべきこと。なのに石碑はひっそりと片隅に置かれています。なんと奥ゆかしい!

右岸、下流側から見たダムの様子。

同、上流側から見た様子。

ダム本体面が石積み模様になっているのは上に見た「橋野高炉跡」の石積模様をモチーフに、また、ダム上に点在する飾り高欄は湖面のさざなみと釜石の花「はまゆり」をイメージ、そして本体の親柱はダムの力強さとゆるやかな山並み、ダム湖の豊かな水が表現されているそうです。


こうしてみると、日向ダムはしっかりしたコンセプトと釜石の特徴が見事に表現されているように思えました。
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