1月詰めだった。

2010-01-16 00:00:35 | しょうぎ
体調イマイチなので、きょうは詰将棋だけで失礼。

1月2日出題の新年詰。



▲4六金 △同玉 ▲4七歩 △同玉 ▲5六角 △4六玉 ▲5七角 △5五玉 ▲5四飛まで9手詰。

新年なので、タテ1にした。9枚タテに並べると、駒柱といって、不吉の象徴らしいが7枚ならいいのだろう。

途中7手目の▲5七角で5五の金を取らせるのが、コツである。

動く将棋盤は、こちら



今週の問題は、ちょっと野暮ったいかな。根気よき作品ホルダーから探す気力なく、無作為的に選ぶ。

実戦形もどきで、変化多岐。4年ほど前に作ったものを、部分修繕。色々とそれらしい筋っぽい手が多く、捜査に難航する某土地購入費原資問題と似ている。解けてもすっきりしないことは間違いないだろう。

わかったと思われた方は、コメント欄に最終手と手数と酷評を記していただければ正誤判断。

米欧回覧実記第二巻へ

2010-01-14 00:00:29 | 書評
beiou2全五巻中の第一巻(アメリカ編)が終わり、第二巻(イギリス編)に突入。

この実記は、旅行中にはメモを書き、大旅行終了後、日本に戻ってから一気に書き始めたわけだ。だから最初の訪問国アメリカの文物地理について、初めて海外に行ったという「おのぼりさん的」ハイで書き連ねたわけじゃない。感動は薄れているのだろう。

それでも、一行の乗る船が、サンフランシスコに到着し、現地の人たちが出迎えてくれたところの興奮は、かなり伝わってくるし、逆に大陸を横断した後、東海岸で過ごした日や、ボストンからイギリスに向かう時の醒め方は、ちょっと冷静すぎる。

もしかしたら、アメリカに長居しすぎて、見てはいけない資本主義の裏側(つまり、貧困とか奴隷制度とか)を垣間見て、嫌になったのではないだろうか。

ところで、書き手の久米邦武だが、ものごとを正確に数字化する能力に長けているが、ときどき思い切った間違いをすることがある。

例えば、アーリントン墓地のことを、南北戦争の最後の決戦地というように書かれているが、関係ない。その他にも「本当は、そうだったのか」とか関心できるようなネタが満載されているが、自信たっぷりな書き方でも、ときどき、間違っている。

では、ドルのことを$と表示することについて、$はU(United)とS(States)を組み合わせた文字である、と書いているのだが、本当なのだろうか。


第二編は、イギリスについて。これから読む。

大関の椅子の価値

2010-01-13 00:00:09 | スポーツ
kaio決まり手が「送り投げ」とは、あまり見ない技だった。

大関在位57場所という史上第二位の記録を持つ魁皇が、幕内808勝の新記録を打ち立てた相手は、皮肉ながらも大関在位65場所の輝く第一位の記録をもつ関脇千代大海。大関陥落後の今場所、6番負けたら引退と宣言していたが、もはや燃え尽きた感じである。

一方の魁皇も、いままでの807勝の記録は大横綱千代の富士のものとなれば、熟慮の末、千代大海戦の前に、二人同時に引退という花道もあったのかもしれない。

まあ問題は、二人で申し合わせるということになれば、今までも「互助会」があったのではないかという疑惑をさらに深めることにもなるので、そういうことにはならないのだろうが、今や、この大関の椅子だが、かなりの重要なものとなっているようだ。

というのも、日本人力士で大関以上には、理事選挙で貴重な一票があたえられるからだ。だいたい千代大海に今まで引退をさせなかった九重親方(記録を抜かれた元千代の富士)は、いざ選挙になった場合、当選ラインとされる10票にぎりぎりプラス1の11票しか勢力がないため、何とか大関の座に座らせ続けたかったはず。

実際には、無投票が続いていたため、その機会はなかったものの、ついに今場所後の理事選に貴ノ花親方が11人目の候補として登場。何しろ無記名投票だ。票読みは難しい。誰か一人が落ちると考えれば、ギリギリ候補は危険なわけだ。貴ノ花親方にしても、8票から9票確保ということで、あと一票が欲しい。

つまり、魁皇の方にしても、友綱部屋の彼が持つ1票に対して、さまざまなアプローチがあるのではないだろうか。

その椅子の価値、どう考えるのだろうか。

社長選びの前にやることは?

2010-01-12 00:00:14 | 企業抗争
日本航空の結末が近付いている。

今のところ、考えうる中では、かなり厳しめの「会社更生法」の申請。

さらに、100%の減資とか、マイレージの数年間凍結とか、大規模リストラとか。

では、空中戦を演じていたアメリカンとデルタはどうなるのだろう。

年金基金は解散というが、元々が退職金の一部の運用委託と考えれば、労働債権ということで、結局は最優先されるのではないだろうか。

そして、何もかも不透明な中で、社長(CEO)選びが先行している。(社長とはCOOを指すことが多いが、要するにトップであり、現在の西松遥氏の後任のこと)

その前に、財務出身の現社長が2006年に就任した時に。「こりゃ、ダメだろうな」と思ったわけだ。要するに、金策が上手いだけなわけだ。メガバンクや政策投資銀行を上げたり下げたりしたり、一般的には増資とが社債とかを組み合わせて、自転車操業をする。

結局は、通常爆弾が原子爆弾化したり水素爆弾化する。

一方、経理畑出身者の場合は、粉飾決算スレスレの帳簿のマジックに頼るも、結局は無一文になる(債務超過のこと)。

西松氏のパフォーマンスで唯一目立ったのが、社長の報酬。月額80万円だったか。年収1000万円以下。そして黒塗りハイヤーの返上。それが、何の効果になるのか、当時は、ほとんど意味不明だったか、だんだん意味がわかってきた。


ところで、会社更生法の場合、絶対に必要なのが、「再建計画」である。今までの借金をすべて棒引きにしたって、これからまたも赤字が出るなら、もはや誰も支援しないだろう。まず、民間銀行。それと燃料会社(石油会社)。燃料の購入には、銀行の債務保証か、前日払いか、キャッシュ・オン・デリバリーということになる。可能なのだろうか。

そして、再建後の青写真どころか黒写真も赤写真も見えないというのは、「誰が再建案を作るのか」ということである。民主党?国交省?新社長?再生支援機構?アメリカ人?

そういうのに社長を探しても、簡単に見つかるとは思えないわけだ。

一説には、京セラ及びKDDI創設者の稲盛和夫氏の名前が挙がっているが、「保留」らしい。そりゃ、突然言われても会社の内側の問題点とか把握できないだろう。単に椅子に座っていればいいということにはならないだろう。

もう一つの筋は、運輸関係者である。安全と利益のバランスとかに長けているからだ。

名前が出てないので、勝手に推測すると、

草刈隆郎日本郵船会長

澤田秀雄HIS証券社長(HIS及びスカイマーク創設者)

細谷英二りそな銀行会長(元国鉄マン)

とかの大物の名前が列挙されるが、どの方もJALには、かつて痛い思いを喫しているのではないかと想像。かなり激しいプランを持ち出すのではないだろうか(結局、断るだろう)。

しかし、かつては学生にとって人気ナンバーワンの就職先だったのに、この人材不足はなんだろう、と思い何人かの元日航マンのことを思い出すと、米国の有名大学院の卒業証書を持って、さっさと企業離脱している。しょせんは社員が実質的な経営者にはなれない会社だからだ。

そして、案外、大物候補の方にとって、口にしないものの大きな問題は、前任者の報酬や待遇。低年収に黒塗りなしでは、とてもじゃないけどやってられないだろう。

案外、社長希望者が現れないようにという現社長の深慮遠望だったのではないだろうか。


そこで、突然思い出したのだが、低報酬でも引き受けてくれそうな方を思いつく。

小倉昌男元ヤマト運輸社長 大口得意先の三越から仕事を断られ、会社行き倒れ寸前のところを、乾坤一擲、宅配便事業に打って出て、日本全土を制覇した。

打ってつけとは、思うのだが、最大の問題は、現在の所属が「霊界特急便社長」ということ。

報酬も黒塗りも不要なのだが。

入学しました

2010-01-11 00:00:06 | MBAの意見
gakko1何種類かの学校に行った経歴があるが、それだけではあきたらず、ある伝統校に入学。

「足利學校」

日本最古の学校と自称している。

正門は、東大の赤門よりも威厳がある。

しかし、実のところ、いつできたかには、諸説があるようだ。奈良時代、平安時代、鎌倉時代とか。

はっきりしているのは上杉憲実(室町時代)が1480年頃には、荒廃した廃校を復活したこと。

天文18年(1549年)にはフランシスコ・ザビエルが「日本国で最も大きな『坂東大学』」と世界に紹介。学徒三千人とある。当時は全国にこのような大学が10個あったそうだ。

江戸時代末期にはまたしても廃れ、明治5年にクローズ。以降、小学校だったらしい。

<gakko2しかし、平成二年になって、小学校がなくなった(少子化?)こともあり、江戸時代のスタイルで復興。

入学金は、当時は無料だったが、入学証書をもらうためには、入学金400円が必要。授業料を払わないで他グループのガイドを盗聴したので卒業証書はなし。

では、何を教えていたかというと、漢学、国学、実用學などだ。現代で言うと松下政経塾みたいなものだろう。

ところで、室町時代の人口は現在の1/10程度だろう。それで全国にこのような学校が10もあるというのは、現代でいえば100大学ということになる。

ちょっとした才能の持ち主を、歴史の表舞台に登場させる仕組みが、わが国にはあったことになる。

今より、ましなような気がする。


gakko3たとえば、今年4月から、横浜にある「横浜山手女子中高学校」が中央大学の系列に組み込まれる。これによって中央大学の学生の中の女子大生比率が高まる効果があるそうだ。

もともと、中央大学は男子比率が高い大学だったのだが、現在のように大学が「レジャーランド」になっている状況では、『女子学生が少ない大学』というのは、それだけで男子学生にすら嫌われるわけだ。男子学生だけのレジャーなんて碌なものがない。

要するに、中央大学が青山学院を目指しているようなものなのだが、そういえば「中央青山」というのがあったっけか・・

栗田美術館、驚いてばかりはいられない

2010-01-10 00:00:43 | 美術館・博物館・工芸品
kurita1東京で伊万里、鍋島のコレクションといえば、鍋島藩の流れを引く松涛美術館といわれるが、何の流れもなくても世界有数のコレクションを収集、展示しているのが、北関東(栃木、埼玉、群馬の県境に近い)にある栗田美術館。

最寄駅は両毛線の富田駅だが、この両毛線という重要な路線が、実は単線である。だから本数や速度に関する制限があって、かなり綿密に時刻を調べないといけない。

巨大な敷地の中には、多くの建物があるのだが、ほとんどが美術館の関連施設である。本館はメインの展示スペースだが、二階建てで、多数の展示品が並ぶ。

ここで、伊万里だが、その歴史には若干の諸説があるので、あまり書かないが、朝鮮半島由来である。柿右衛門様式のような室町からの優雅を持ち込んだ流れもあれば、色鮮やかな作品もある。長崎を起点としてオランダ商人が西欧諸国で売るために、洋風好みを取り入れた作品がある。一方、「網目」「蛸唐草」に限る、というアールデコ派もある。

kurita2そして、この栗田美術館の所蔵品を一つの方向でいうと、『趣向』ということではないだろうか。網目や唐草はほとんどない。主に江戸時代に海外へ輸出されていた洋風好みの各種の珍奇なデザインが好まれていた。

そういう作品を海外から買い集めたのに違いないだろう、とおもえるわけだ。

天井の高い、宮殿等で見栄えするように私の背丈よりも高い壺は、本館ではなく歴史観で見られる。デザインや造形で派手なものが多い

あまりの大量展示のため、「有田焼即売会」みたいな錯覚を起こすが、本物である。

kurita3超巨額なコレクションを世界中から集めたこの美術館の創立者というのが、栗田英男氏(1912-1996)である。後でWikiで調べると、「肥料商」「東京毎夕新聞社主」「鉱山経営者」「元衆議院議員」の他に「総会屋」、「美術評論家」というのが彼の職業だったようだ。

まあ、いいたいことはあるが、怖いのでやめておく。

当日は、「伊万里焼の人物表現」という特集陳列が行われていたが、これらの展示も、いわば「趣向」ということができるだろう。

kurita4

「禁じられた遊び、デジタル版」

2010-01-09 00:00:34 | しょうぎ
ogura巨椋鴻之介氏の詰将棋本(詰棋書というのかな)、「禁じられた遊び」を年末年始に読んだ。もちろん解いたわけじゃない。各問題をKIF形式で図面にして、柿木将棋(ソフト)で解いてみる。

ところが、実際には、解けない問題や、別解や迂回手筋になったり、本書に書かれている内容とは異なる手順となるものも多い。別のソフトで解いたり、細かな変化手順を修正して本書の手順に統一する。

それから、本書の解説を盤上に展開しながら読んでいったわけだ。盤と駒を使って並べると、盤面を崩したり変化させたりするたびに元に戻すのに苦労するが、デジタルなら容易だ。

ところが、本書の最後に、著者のパソコン感が書かれていて、あまり好感を持っていないことが書かれていた。まあ、そうだろう。

ogura3もちろん、ディスクに焼いたものの、これを第三者に譲ると重大な法令違反になることは目に見えているので、そういうことはしないのだが、これはこれで一つの楽しみ方ではないかと、こっそり思っているわけだ。

ところで、「巨椋」というのは、「おぐら」と読むそうだ。「きょむく」では変だなあと、前々から思っていたのだが、一つ謎が解けた。有名大学の外国文学の教授だそうだ。ということは若島先生と同業者。

一般に、詰将棋には詰将棋プロという職業はないのだが、有名作家の顔ぶれを見ると、指将棋を職業としている方よりも、教養や社会的信用の高い人たちが多いようには思えるわけだ。もちろん例外はたくさんあるものの。


さて、12月27日出題作の解答。



▲ 3四金 △同金 ▲2五銀 △同金 ▲3四金 △1四玉(途中図1) ▲1三角成 △同玉 ▲2五桂 △1二玉(途中図2) ▲1三桂成 △同玉 ▲2三金 △1四玉 ▲2四金まで15手詰。

なんだか、いかにも詰め手筋というような問題で、恥ずかしくなるが、時々、こうなってしまう。たぶん類似作とかあるだろうなと思いながらも、どこにも奇抜な趣向や手筋を入れることができないまま、ゴールインする。



実戦でこういう局面になっても、たぶん数十秒で詰められるとは思う。つまり詰将棋的過ぎるのが難点のような気がする。

動く将棋盤は、こちら





さて、今週の問題。

難解そうでもあり簡単そうでもあり、長いようであり、短いようでもある。以前に類似作をここに展示したことはあるが、少し複雑化している。

わかった、と思われた方は、コメント欄に最終手と手数と酷評を記していただければ、正誤判断。

古代「おにぎり」から見えること

2010-01-08 00:00:21 | あじ
onigiri最近、「おにぎり」化石(というよりも炭化した「おにぎり」)がぼちぼちと出土しているそうで、古くは縄文時代のおにぎりも発見されたようだ。詳しくは、まだ詳細にはみていないが、さわりだけ。

その前に、「おにぎり」が出土するということの、かなり身近な意味を考えると、「何らかの理由で食べられなかった」ということである。もちろん食べてしまえば1時間で溶けてなくなり、その後は畑の肥料になってしまう。

この「何らかの理由で食べられなかった」という理由を考えるだけでも色々なことがある。

実際、おにぎりが大量に出土する場所というのがあるようだ。たいていは、戦国時代に合戦の行われた場所。戦いに備え、とっておきの白米(大部分は現地の農民から強制徴用したのだろうか)を炊いて、腹ごしらえをする。梅干とか高級なものじゃなく、味噌をつけて食べたりしたはず。

その食べ残しの場合もあるだろうし、メシを握っているうちに不意打ちの急襲を受けて全滅とかあるのかもしれない。戦の前にメシを食うと、首を刎ねられた後、飯粒が出てきて見苦しいとかの武士の美学もあるが、実際の戦場では美学など役立たず。


そして、遥かに時代を遡って縄文時代から弥生時代。もともと縄文人は南方渡来系で、海岸で貝を食べながら魚を釣ったり、山に行って小動物をワナにかけたり、原野で雑穀を集めたりしていた。どこかで読んだが、縄文人は男は毎日7時間、女は5時間歩いていたというから、当時、アテネで開かれていた古代オリンピックに参加できていれば、現代のケニア人のように、男女ともにマラソンで上位入賞しただろう。

そこに、どこか日本の外からやってきた目の細い弥生系民族が、米作を持ち込んできて土地の占有とか中央集権国家の帝王になったり、大国に隷属したりしてなんとか大化の改新までやってくるわけだ。


ということで、縄文時代には、オニギリが必要なのに、まだ米作が行われていない。また弥生時代には、米作が始まったものの農耕地のそばに集落があるので、弁当の必要なし。

つまり、縄文時代や弥生時代の地層から出土すること自体、それぞれに特別の理由があるということなのだが、それがなかなかわからない、ということである。

さらに、握るには現在の日本の米のような粘り気が必要で、タイ米のような長粒米では無理だし、インドのように熱湯の中に米粒を投入してザルですくうというスパゲティ式炊き方でも握れない。今でもコンビニでの売れ筋商品であることからして、日本人も米には頑固だ。

そして、戦国時代と同様に、やはり「食べられなかったオニギリ」というのは、オニギリの所有者の身に起こった不吉な事態を想像してしまい、かなり悲しい。


ところで、最近、新種のオニギリが出現したそうだ。さっそく入手。不吉なことが起こらないうちに、あっという間に食べてしまったのだが、・・

onigiripan1
「オニギリパン」。

見かけは「おにぎり」だが、生地は紛れもないパンである。パンに海苔が貼り付いている。さらに中身は、肉まん風であるが、なんとも言えない味だ。ややケチャップ的。困ったことに中に米が入っている。

onigiripan2さすがにフランスのタイヤ会社が認定した世界一の美食国家である。(日本のタイヤ会社は美食家の政治家兄弟を育成したようだが)

売れ残りを穴を掘って埋めたりすると、二千年後の考古学者の頭を悩ませることになるだろう。

米欧回覧実記(現代語訳)全五巻の読破に着手

2010-01-07 00:00:35 | 書評
毎年、読書100冊を目標にしていると、それなりに色々な分野の本を読むことになるのだが、ともすると年末は目標未達になりそうで軽薄な方に流れてしまう。

beioukairan1となれば、ごっつい書物を開くには、年の初めの方でなければならないわけで、かつてから頭の片隅にあった「米欧回覧実記(現代語訳)全五冊」を開くことにする。

1871年に岩倉具視団長の元で、その後の明治の国家形成に中心的な活躍をした人々が日本から米国にわたり、さらに西海岸から大西洋側まで大陸横断鉄道で移動し、そこから欧州へ渡る。公式訪問した国は12カ国という古今の世界史に例がない巨大視察旅行である。

その公式記録を書いたのが、岩倉に付いて回った佐賀藩出身の久米邦武である。

こういう本を読むのに、先入観をもってあたらない方がいいというのが常道なのだが、一つだけ読書の大テーマをあげれば、「日本はなぜ米国型社会を目指さなかったか」ということ。脅迫的とはいえ、開国したのはペリー提督のせいであるし、この使節団も、まず米国というコースだった。同行した5人の少女たちは、米国止まりで欧州には行かなかった。よほど欧州の方がいいと思う理由があったのだろうか。


さて、この世界でも稀なる大旅行記だが、久米の文章は漢文調である。さらに平仮名ではなく片仮名。このため、なかなか読み進むのが難しいという状況だった。源氏物語みたいな話だ。

そのために、色々な動きがあったようだが、ついに水澤周氏の手でこの全五巻2000ページ強の大作が、2008年6月、現代日本に生き返ったわけなのである。(その前に英語訳が出版されていたそうだ。)

ただし、出版費用は、ある篤志家が私財で負担されたそうで、残念ながら、その方の氏名はよくわからない。鳩山母ではないだろう。

そして、まだ50ページしか読んでないのだが、結構、合理的な記述や分析があちこちに見られ、なかなかのものである。第一巻はアメリカ編である。

それでは、・・

ケインズ対フリードマン

2010-01-06 00:00:22 | 投資
ito2昨年末、野村證券で開かれていた「野村の自由学校」を覗きにいった。二人の経済学者の対談である。

一人は、東京大学の伊藤元重氏。一応、当代きっての経済学者ということになっている。私の書棚にも一冊、「ミクロ経済学」という本がある。民主党政権誕生の暁には、小泉内閣の時の竹中平蔵氏のように政権入りして要職につくかと思われていたが、どうも声がかからなかったようだ。ミスター円こと榊原英資氏と同病だ(榊原氏は次期財務相狙いか?閣内大騒動の兆し)。

ヤケ酒の飲みっぷりが豪快、という噂が聞こえたのだろうか、最近は、日本酒のコマーシャルなどに登場。今の政権に入っていたら、何らかの責任を負わされる危険もあったと考えれば、第三次小沢内閣(細川、鳩山、菅?)の時の方がいいのかもしれない。

対談の相手が、早大の若田部昌澄氏。伊藤先生より一回りぐらい若い。どうも早稲田の経済学というと、植草一秀元教授のことが想起されてしまうのだが、若手の俊英ということで、学生に対しては特に合格点が激辛だそうだ。

wakatabe対談の内容は、日本経済の構造問題とか、鳩山政権の経済政策について、まあよく聞く話ばかりなのだが、なんとなく盛り上がらないのは、「現政権に政策ってあるのか」というところからくるのかもしれない。

ただ、世界経済の中の日米の政策のタイムラグという部分で、ケインズ対フリードマンという二大巨頭を引っ張り出して解説していたところがちょっと面白いところだった。

日米の政府債務残高(国債残高)のグラフを見ると、1997年頃は日米が同水準だったのが、不況下の日本がどんどん国債依存の公共投資型経済になっていたことがわかる。米国は経済のダイナミックな発展で税収が増えていたわけだ。

kokusai1ところが、小泉-竹中の登場で、2005年頃から国債の残高の増加が抑えられていく。一方、米国は戦費の必要もあり、国債を増発していくわけだ。だから、日米は財政型のケインズ型と金融政策型のフリードマン型の間を並列ブランコのように行ったり来たりしているわけだ。

実際、竹中登場以降、オールド・ケインジアンはほとんど見えなくなったらしいが、たとえばリチャード・クー氏などがそうなのだろうか(彼は学者の分類には入れてもらえないが)。それからカメさん。

だいたい民主党自体が、ケインズとフリードマンというまったく性格の異なる経済思想の中で、どこに進もうとしているのか、さっぱりわからないわけだ。(予想に反して、菅直人はケインズ派ではなかったように見えるのだが、単に次期首相を狙うためのパフォーマンスなのかもしれないし、よくわからない)

kokusai2念のため、日米の政府債務残高の金額が同じといっても、GDPの規模が3倍くらい違うので、対GDP比率ではまったく異なることを付け加えておく。

気になるスリップ

2010-01-05 00:00:33 | 市民A
あまり本州方面では、気付いた人がいなかったかもしれないが、小さなスリップ事故があった。

新千歳空港で日航機、滑走路でスリップ けが人なし(北海道新聞)

1月2日午後9時半ごろ、新千歳空港に着陸した羽田発の日本航空545便が、滑走路の中央を外れ、端に停止した。

日航や新千歳空港事務所によると、乗客192人と乗員12人の計204人が安全確認などのため一時機内に残されたが、3日午前0時までに全員降りた。けが人はいないという。同事務所によると、着陸後に誘導路に入ろうとした際、スリップしたとみられる。

新千歳航空測候所によると、2日午後9時半の気温は氷点下0・4度、風速4・6メートルで快晴だった。


slip簡単に言うと、日航機が新千歳空港の滑走路に着陸して、その後、誘導路を走行してターミナルビルに向かう途中、スピードの出しすぎにより、折からの寒さで路面が凍結していて、いきなり左折に失敗し、誘導路からはみ出し(たぶん芝生だろうか)脱輪。雪道の脱輪と同じように、タイヤが空転したのかどうかわからないが、自力では動けなくなる。

すぐに、乗換えバスでも手配されればよかったが、何らかの理由(理由がないかもしれないが)で、乗客は2時間半機内でカンヅメになり、ちょうど深夜にやっとターミナルビルで解放された。最終電車は終わっていただろうから、その後、乗客が、どういう悪態を吐いたか、それは不明である。


注目すべきは、スリップの原因。

最近、聞いた話だが、着陸した後で、完全に減速してしまうと、エンジンの力で車輪を回さなければならなくなり、その分の燃費が悪化してしまうそうだ。そのため、着陸した時の行き脚(とは言わないのかな)を最大限利用して、なるべく長い距離をエンジンをかけないで走行するように努力しているそうだ。

だから、必然的に誘導路での走行スピード(特に最初)は速くなる。そういうことではなかっただろうか。


さらに、聞いた話だが、着陸ポイントも滑走路の手前の方だと、自走する距離が長くなるために、なるべく滑走路の前の方に着地するそうである。

何か重要な視点を忘れているような気がしてならない。

 (滑走路の短い地方空港の方が、優柔不断な機長でも、選択肢がない分、安全なのかもしれない。)

ところで、JALだが、またしても政策投資銀行の追加融資にありついて延命したようだが、あれは、あくまでも融資という「銀行借入」に過ぎないので、通常の大型爆弾が、原爆化したり、さらに水爆化しているだけであるわけだ。

密約調査に関して

2010-01-04 00:00:44 | 市民A
1月の政治ショーは、国会における不正献金追求と普天間基地移設問題の迷走の二本立てのように見えるが、おそらく1月後半に発表される日米密約問題が最大級の爆発ぶりを見せるのではないだろうか。

まず、今回外務省が調査している密約は、4件である。

一 1960 年1 月の安保条約改定時の、核持ち込みに関する「密約」

二 同じく、朝鮮半島有事の際の戦闘作戦行動に関する「密約」

三 1972 年の沖縄返還時の、有事の際の核持ち込みに関する「密約」

四 同じく、原状回復補償費の肩代わりに関する「密約」


一は、60年安保条約を締結する際に、核兵器を日本国内には常駐させない代わりに、艦船や航空機で一時的に在日米軍基地を通過することは認める、という内容のいわゆる「核密約」。

二は、同じく60年当時、朝鮮半島の戦闘再開の際には、日本国内の米軍基地を第二次朝鮮戦争用に米国が自由に使用することを認めたといわれる密約。

三は、沖縄の日本返還後、極東地区有事の際には沖縄の嘉手納をはじめとする基地には核兵器を持ちこんで核基地にすることを認める、という密約で、先月、佐藤信二元通産相が父親の佐藤栄作元首相の遺品の中にあった密約文書が公表されている。

四は、沖縄返還の際の諸費用について、日本側が負担するという密約。古くは毎日新聞西山記者がスクープして、その後、存在の有無が裁判で争われた。

この他にも、在日米兵の裁判権などに関する密約もあるらしい。たぶん、他にもいくつかあるのだろうか。

ただ、一から四の中で、四については、現代的な感覚では、「カネで領土問題にカタがつけば、それでいいではないか」という感じもする。もちろん現在の日本国の予算が底抜け状態では、金銭感覚がマヒしているのかもしれないが、いつの時代、いずれの場所でも領土とカネを交換してカネの方がよかった、ということはないだろう。

そして、1969年11月19日にサインされた「密約」だが、原文と読売新聞訳をつけてみる。

TOP SECRET

AGREED MINUTE TO JOINT COMMUNIQUE OF UNITED STATES PRESIDENT NIXON AND JAPANESE PRIME MINISTER SATO ISSUED NOVENBER 21,1969

United States President:

As stated in our Joint Commu-nique, it is the intention of the United States Government to remove all the nuclear weapons from Okinawa by the time of actual reversion of the administrative rights to Japan and thereafter the Treaty of Mutual Cooperation and Security and its related arrangements will apply to Okinawa,as described in theJoint communique.However, in order to discharge effecttively the international obligations assummed by the United States for the defense of countries in the far East including Japan, in time of great emergency the United States Government will require the reentry of nuclear weapons and transit rights in Okinawa with prior consultation with the Government of Japan. The United States Government would anticipate a favorable response. The United States Government also requires the standby retention and activation in time of great emergency of existing nuclear storage locations in Okinawa: Kadena, Naha, Henoko and Nike Hercules units.

TOP SECRET

Japanese Prime Minister:

The Government of Japan, appreciating the United States Government’s requirements in time of great emergency stated above by the President will meet these requirements without delay when such prior consultation takes place.
The President and the Prime Minister agreed that this Minute, in duplicate, be kept each only in the offices of the President and the Prime Minister and br treated in the strictest confidence between only the President of the United States and the Prime Minister ofr Japan.

Washington, D.C., November 19, 1969

Richard Nixon

Eisaku Sato

TOP SECRET


 極秘

 1969年11月21日発表のニクソン米大統領と日本の佐藤首相による共同声明に関する合意議事録

 米国大統領

 我々の共同声明にあるように、沖縄の施政権が実際に日本に返還されるまでに、沖縄からすべての核兵器を撤去するのが米国政府の意図である。それ以降は、共同声明で述べているように、日米安全保障条約、および関連する諸取り決めが沖縄に適用される。
 しかし、日本を含む極東諸国の防衛のため米国が負う国際的責任を効果的に遂行するため重大な緊急事態に際して米国政府は日本政府との事前協議の上、沖縄に核兵器を再び持ち込み、通過させる権利が必要となるだろう。米国政府は好意的な回答を期待する。米国政府はまた、現存の核兵器貯蔵地である沖縄の嘉手納、那覇、辺野古、ナイキ・ハーキュリーズ基地をいつでも使用できるよう維持し、重大な緊急事態の際に活用することが必要となる。

 極秘

 日本国首相

 日本政府は、大統領が上で述べた重大な緊急事態に際し、米国政府が必要とすることを理解し、そのような事前協議が行われた場合、遅滞なくこれらの必要を満たすだろう。大統領と首相は、この議事録を2通作成し、大統領と首相官邸にのみ保管し、米大統領と日本国首相との間でのみ、最大の注意を払って極秘に取り扱うべきものとすることで合意した。

 1969年11月19日

 ワシントンDCにて

 リチャード・ニクソン
 (直筆署名)
 エイサク・サトウ
 (直筆署名)


satoサイン直前の写真では両首脳が笑顔で応じているが、佐藤栄作首相というのも内心はビクビクだったのだろう。事前の打ち合わせでは、密約へのサインはイニシァル(E.S.)だけの予定がニクソン大統領がフルネームを書いたので、全文字を書いたとされている。

文書には、日本を含む極東の危機の場合には、沖縄は再び核基地となる、と明記されている。ただし、日本には直接危機が及ばないと思われる事態、例えばベトナム戦争とかの場合はどうなるのか?

英語では、『for the defense of countries in the far East including Japan』となっていて、なんだかはっきりしない。

佐藤栄作首相は、「どうせ、そういう事態になれば断れないのだから、いいじゃないか」と思ってサインしたらしい。米国側は、69年段階では60年に結んだ核密約が生きていると判断しているように思える。

このあたりの経緯については、今月中にはっきりするのだろうが、いくつか思うことを並べると、

1.米国外交というのは、かなりの部分が「密約方式」に依っているのだろうか。となると、大統領があちこちで首脳会談を行っているのだが、かなり「密約を乱発」しているのではないだろうか。そうとなると、日本国だけで密約を暴いたりしてもいいのだろうか。

2.これらの密約の効力はどうなっているのだろう。まだ有効なのか。それは大変だ。密約を解除するには、それも密約で締結しなければならないのだろうか。そんな話は聞いたこともない。

3.一方、密約というのは、国会で批准したりしないのだから、両国の首脳が知っているだけで。一体、どのように有効さを担保するのだろう。

つまり、秘密の約束でも、守らないと痛い目に会うという相対関係において実質的効力を発揮するのだろう。60年当時は、「核密約」に同意しないと、沖縄は返さない。というギブアンドテーク関係が成立していた。

では1969年の密約では、守る対価は何だったのだろう。要は沖縄返還後もこの密約を守り続ける意味ということ。たぶん、有事の際の日本の防衛ということなのだろう。

いずれにしても、日米中三国のパワーバランスに変化が起きることは慎重な対応が必要となるだろう。ASEAN各国は、どちらかというと日米連合に近いポジションで頑張っていたのに、日本が米国から離れることで、中国にすり寄るしか道がなくなる可能性が高いわけだ。

そして、この密約問題を今取り上げることで、国民が密約アレルギーに慣れさせることを目的にしているのではないかと、まず思うわけだ。それは日ロ交渉の場で「新たな密約」を締結しようと思っているのではないかと、少し感じているのである。(北朝鮮と密約を結ぶのは、やめた方がいいだろう。理由は色々あるが省略。)

『海ほたる』満車

2010-01-03 00:00:40 | 市民A


元旦に、アクアラインを通る。通常片道3000円が800円。(とは言っても、いつもなにがしかの割引があるので、3000円というのは、あくまでもメーカー希望価格みたいなものだ)

そして、満車状態をかいくぐって、やっと正規駐車スペースに駐車して、夕方の海を見に行く。

と、その時に快晴の空に突然に奇妙な雲があらわれて、太陽を覆うのだが、さらに、太陽は海面に近づいていき、かなり奇妙な光景になる。晴れなのか曇りなのか、あるいは雨なのか。今年の不安な状況を表しているようだ。「沈みそうな太陽」という航空映画の題名風を思い出してしまう。



そして、さすがに元旦の首都圏は空気がきれいだ。普段は見えない東京の街が高層ビルのシルエットをはっきりさせている。東京湾の千葉よりから見ると、東京タワーも含めすべて平屋建てに見える。ペリー提督が脅迫外交を行うために江戸湾に黒船を進めた時にみたのも、こういう平坦な町並みだったのだろう。

視線を南に移動すると、横浜のランドマークのずっとずっと先に富士山の逆扇型が広がる。思えば、北斎の描いた富士山多数も、こういうシルエットを元にしたのだろう。初夢に期待するも、どちらかというと「楽しくない夢」を見た。





そして、「あさりまんじゅう」をかじり、「あさりごはんの素」を買って帰る。念のため、スターバックスもあるが、何もここまできて、・・と思ってしまう。

謹賀新年(将棋)

2010-01-02 00:00:36 | しょうぎ


正月そうそう難解作では嫌われるかと思い、いたって軽い一作。2010手詰めではない。

まあ、わかったと思われた方はコメント欄に、最終手と手数などを記していただければ、正誤判断。

ところで、今年の個人的な将棋環境としては、永年にわたって参加していたあるグループが解散しそうな状況になっている。

ということで、他流試合に出かけようかと思案中。

詰将棋の方は、まあ日々修業ということかな。『塚田賞』でも狙ってみたいなあ・・とか初夢。


さて、12月19日出題作の解答。



▲11角成 △同玉 ▲23玉 △13桂 ▲同香不成 △21玉 ▲33玉 △25馬 ▲23香△31玉 ▲43桂 △同馬 ▲同玉 △41玉 ▲32香成 △51玉 ▲73角(途中図1) △62飛 ▲42成香 △61玉 ▲53桂 △71玉 ▲62角成(途中図2) △82玉 ▲73馬 △93玉 ▲94歩 △同玉 ▲95飛まで29手詰



詰将棋作家の大御所、巨椋鴻之介氏には「兎追い」と名付けられた作があるが、本作は「家賃未納者追い立て」といった感かな。

動く将棋盤は、こちら。