寝るひと 立つひと もたれるひと

2009-09-13 00:00:20 | 美術館・博物館・工芸品
国立近代美術館で、ゴーギャン展と並催中のミニ展。一枚の切符で二回楽しめるグリコのキャラメルみたいだ(いや、1箱で3キロ走れるだったかな?)。

「寝る人」とか「立つ人」とか「もたれる人」という意味は、寝ているのか立っているのか、何かにもたれて斜めになっているのか、はっきりしない状態を指している。ある意味、朝の通勤電車で、つり革につかまったまま、居眠りをする「ナマケモノ類」のオニイサンやオネエサンと言えば、案外近いのかもしれない。

k1実際には、展示されている絵画は、女性の裸体画ばかりなので、日本の電車の中で見ることは、できない。


例えば、萬鉄五郎の『裸体美人』(1912年・重文)。モデルの女性は垂直方向に横たわっているのだが、やや奇妙なポーズだ。古今を通じて、横たわる人物を描くのは、横長のキャンバスが普通だ。つり革をつかんだまま居眠りをして、膝が崩れた瞬間のような不安定感を感じる。

どうも、下書きの段階では、横向きだったようだ。何らかの事情、あるいは意図をもって90度回転した。そこにあらわれる「違和感」「不安感」。フォービズムのリーダー、アンリ・マティスと繋がる。


小出楢重の『裸女と白布』(1929年)は、よくみると女性の上半身と下半身の動きが不自然である。上半身はリラックスして上を(上ではないかもしれないが)向いて睡眠状態のポーズだが、下半身は、歩いているようにも見える。

k2ベッドの面も遠近法を無視して描かれていて、上向きなのか横向きなのかよくわからない。常識的には、ベッドは上向きだから、その上に描かれる女性は寝ているのだろうと思うが、そうなると、眠っていながら、悪い夢でもみて、歩き出そうとしたところなのかもしれない。


一見、モノクロ写真に見える、ルース・バーンハートの『イン・ザ・ボックス―――ホリゾンタル』(1962年)。この作品は、さらにタテヨコ関係のあいまいさを追求している。

裸婦を取り囲む長方形の空間は、上向きなのか、横向きなのか。絵を見るわれわれと、モデルとなった女性の位置関係は。箱なのか平面なのか、あるいはトンネルの入り口なのか。


このように、絵画において「寝ている」状態は、ひどくあいまいな認識の中にあるわけで、「それが絵画だ」、ということなのだろう。


k3ところで、紹介した3作以外にも多くの「タテ・ヨコ・ナナメ」をテーマにした作品が出品されているのだが、ほとんどが女性の裸体画である。あまり子供向きじゃないなあと、思っていたら、会場の中央の長椅子を10歳くらいの男の子が占拠していた。

なぜか、作品の並んだ展示壁面に背を向けて、長椅子に横向きにうつらうつらと寝転んでいた。これは、まぎれもなく「横向き睡眠」だ。親の姿はどこにも見えない。

「行儀の悪いガキや、あっち行け!」と注意しようと思ったのだが、もしかしてと思ってやめた。


もしかして、彼の両親が、警察に長々と拘置され、「持っていただけ」とか「最近、ちょっとだけ」とか、「もうやりませんから」とか、あることないこと絞られていて、子供の方は、学校にも行けずに、こんなところで不貞腐れているんじゃないかな、とか。

裸体画に興味も示さないのにもわけがあって、

「ウチのママの肌の方が、きれいだよ。あちこちに模様も彫られてるし・・」