樹樹日記

じゅじゅにっき。樹木と野鳥に関する面白い話をご紹介します。

鶯宿梅

2014年03月20日 | 木と鳥・動物
京都市のほぼ中央、御所や同志社大学の近くに相国寺があります。その塔頭の一つ、林光院の庭園に伝説の梅が残っています。名前は「鶯宿梅(おうしゅくばい)」。


林光院

平安時代の歴史書『大鏡』によると、村上天皇の時代に清涼殿の梅の木が枯れたため、代わりの木を探したところ、某邸宅でいい梅が見つかたので、天皇の勅命で移植することになりました。
その邸宅の主は、梅の木との別れを惜しんで、以下の歌を短冊に認めて枝に結びました。
勅なれば いともかしこき鶯の 宿はととはば いかがこたへむ
この梅の木に居付いたウグイスに「私の宿はどこ?」と聞かれたら何と答えればいいのでしょう、と詠んだわけです。この歌を知った村上天皇は、その詩情を憐れんで梅の木を持ち主に返しました。以来、この木は「鶯宿梅」と呼ばれるようになったという話です。
その後、足利義満がその邸宅跡に林光院を開設。後になってそのお寺が移転したため、梅の木も移植されました。また、何度か枯れたものの、歴代の住職が接ぎ木で受け継ぎ、今に至っているそうです。
その鶯宿梅は非公開と知りつつ、市内へ出たついでに林光院まで足を運びました。すると、塀越しに白梅が見えるではありませんか。ひょっとして、あれが鶯宿梅?



残念ながら、そう甘くはありません。ゴージャスな観光ツアーでしかお目にかかれない梅の木ですから、塀越しに見えるわけないですよね~。
ちなみに、鶯宿梅の歌を詠んだ邸宅の主は紀貫之の娘。「さすが父親のDNAを受け継いで、歌の力で大切な梅を守った」と言いたいところですが、梅の木にウグイスが宿らないことはバードウォッチャーの常識。宿るとすればメジロです。「梅=鶯」というステレオタイプで詠んだのでしょう。
先日、テレビで梅の開花を報じていましたが、映像は梅の蜜を吸うメジロなのに、音声は「ホーホケキョ」。平安時代からの間違いは、こうやって再生産されるわけですね。
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3 コメント

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Unknown (guitarbird)
2014-03-20 12:00:30
こんにちわ
東京の鶯谷は京都からウグイスを連れてきて放した場所なのだそうですね。
先日東京に行った時は上野不忍池で「ホーホケキョ」が聞こえてきてなんだか得した気分でした(笑)。
ちなみに札幌では梅と桜が同時期かむしろ梅の方が後から咲く上に、梅がある場所は桜よりはうんと少ないので、「桜にメジロ」が春の風物詩になっています。
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Unknown (guitarbird)
2014-03-20 12:15:58
追伸ですが、「野鳥歳時記」、Amazonの古本で冨山房百科文庫版を買いました(新書サイズですが)。
ご紹介いただきありがとうございます。
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鶯谷のことは (fagus06)
2014-03-21 07:54:58
知りませんでした。そうなんですか。
梅よりも桜が先ですか、かなり季節感がちがいますね~。
「野鳥歳時記」、中西悟堂や水原秋桜子の前文、山谷春潮の区分方法などを読むと面白いですよ。
サンショウクイやアオバズクはそれまで俳句に詠まれていなかったという話も出てきます。
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