樹樹日記

じゅじゅにっき。樹木と野鳥に関する面白い話をご紹介します。

レレレのおじさん

2009年11月30日 | 街路樹・庭木
前回は街路樹の落ち葉の話でしたが、今回は庭木の落ち葉。わが家でも1ヶ月ほど前から枯れ葉がたくさん舞い散るので、レレレのおじさんみたいに竹箒を持ってほぼ毎日掃除しています。
早朝にするべきでしょうが、ご近所の方が出勤された後の遅い時間に始めるので、「お出かけですか~」と声を掛けられません(笑)。


(掃き集めるとけっこうな量になります)

玄関まわりに多いのはモクレンとカツラの葉。今の時期、カツラの葉は綿菓子のような甘い匂いを漂わせています。最近読んだ本によると、カラメルと同じ成分の麦芽糖が含まれているそうです。
匂いを試したところ、黄変した後パリパリに乾燥して、今にも落ちそうな葉が最も甘く匂います。その次が落ちたばかりの葉。黄変しても乾燥していない葉やまだ緑色が残っている葉は甘い匂いがしません。


(いちばん甘く匂うのはこんな汚い葉)

集めた落ち葉はコンポストに入れて堆肥にしますが、今は満杯なので「もったいない」と思いながらゴミに出します。落ち葉はゴミ袋に入れるだけで分別できるのでリサイクルも簡単なはず。街路樹の剪定枝はバイオエネルギーや堆肥として再利用されていますから、落ち葉もリサイクルすればいいのに…。そう思って調べたら、すでに実施している自治体がありました。


(うちの庭で最も美しい紅葉、ドウダンツツジ)

大阪の岸和田市では、公園の掃除で集めた落ち葉を堆肥用に市民に無料配布しています。昨年は2,216袋、約19トンの落ち葉を120人の市民に提供。ただ、不要なゴミを取り除いて袋詰めするので、焼却処分の倍以上のコストがかかったとか。
岸和田市の場合は市が集めた落ち葉を市民に配布するというパターンですが、東京の小平市では逆に市民が集めた落ち葉を市が回収して農家に利用してもらうというパターン。
専用の回収袋を無料で貸し出す→市民が落ち葉を詰め込んで清掃局に持ち込む→農協を通じて農家に搬入する→各農家が堆肥化する、という流れ。堆肥以外に、「落ち葉のプール」にして子どもたちの遊びにも利用しているそうです。


(紅葉しても落葉しない、手間いらずのカシワ)

ただし、堆肥化できないイチョウやマツの葉、小石や砂は混入しないという条件付き。わが家でもタバコの吸殻とか砂利が多いときはコンポストには入れません。
ところで、レオパレスのCMで松平健がレレレのおじさんを演じていますが、ちょっとイメージが違いません? 『天才バカボン』では一番好きなキャラクターなのに、残念だな~
(松平健のレレレのおじさん↓)

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街路樹の功罪

2009年11月26日 | 街路樹・庭木
大阪市のメインストリート・御堂筋のイチョウ並木が黄葉し、灰色のビル街に鮮やかな色を添えています。通行人も誇らしげに眺めて歩いて行きます。
でも、2週間ほど前までは路面に落ちた銀杏の臭いに眉をしかめながら、実を踏まないように注意して歩いていました。


(鮮やかに色づいた御堂筋のイチョウ並木)

以前はクレーン車が出動して枝を揺さぶって実を落とす「銀杏落とし」が秋の風物詩でした。傘を逆さに構えた人たちが落下する銀杏を争うように拾うシーンが毎年テレビで放映されたものです。でも大阪府の財政難で、数年前から中止。


(落下して踏み潰された銀杏)

しかも、通行人や周辺のお店から「落ちた実が臭い」と苦情が出たり、クルマが踏むとスリップして危ないという理由から、実をつけない雄木に順次切り替えているそうです。御堂筋のイチョウ約830本のうちの約400本が雌木ですが、その半分がすでに雄木に取り替えられたとか。
昔は御堂筋の銀杏は大阪市内の料亭で人気が高く、セリにかけられるほどだったそうですが、中国産の安価な銀杏が出回って需要がなくなったという事情もあるようです。


(吹き溜まったイチョウの落ち葉)

銀杏は確かに臭いですが、通行するのに我慢できないほどのものではないでしょうし、クルマがスリップすると言っても衝突事故が起こるほどとは思えません。こういう苦情が徐々にエスカレートして、そのうち「落ち葉はじゃまになるし、スリップして危ないから落葉樹を植えるな」という声になるのではないかと危惧します。
最近の都会の人間は少し過剰防衛というか、過敏になっていませんか。こういう意識の延長線上に、肩がちょっと触れたからと言って喧嘩する姿があるように思えます。もっと鷹揚になればいいのに…。
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自然観察でメシが喰えるか?

2009年11月23日 | 木のミュージアム
前回ご紹介した「大阪自然史フェスティバル2009」ではシンポジウムも開催されました。テーマは「自然を仕事相手にしてみよう」。要するに、自然観察でメシが喰えるか?
まず、バードウォッチング専門の旅行会社の社長が「鳥の生活費は鳥自身で稼いでもらいましょう!」というタイトルで基調報告。寄付やボランティアだけでなく、野鳥という資産を活かして町興しをし、地域が経済的に自立することで野鳥保護に貢献しようという提案です。


(旅行会社社長の基調講演)

その中で、プロの野鳥ガイドは目当ての鳥が出現しなくても参加者を満足させるノウハウや話術を持っているという話がありました。一方、「ボランティアのガイドは同定にこだわったり、自分の知識を一方的に押し付けるだけで、参加者の満足感に配慮していない」。私も時々ボランティアでガイドをしますが、思い当たる節があって耳が痛かったです。
若いバードウォッチャーが就活で来社すると、「ファミリーレストランでアルバイトして接客を勉強してから面接に来なさい」と追い返すそうです。自然相手の仕事でも、お客様あってのプロフェッショナルということでしょう。


(基調講演のスライドの一部)

基調講演の後、博物館学芸員、環境アセスメント、NPO、国立公園のレンジャー、環境教育コーディネーター、イラストレーター、自然番組のビデオ制作など、自然相手の仕事に携わっている8人が登壇してパネルディスカッションが行われました。
その中で司会者がアドリブでやったアンケートが面白かった。「今の仕事に就くとき家族に反対された」…3人が挙手。「生活できるだけの収入がある」…3人。「5年後も今の仕事を続けていると思う」…4人。「社員を雇用する気がある」…5人。


(8人のパネラーによるディスカッション)

環境やエコはビジネスとして成立するようになりましたが、自然観察が仕事として成立するのはもう少し先ということでしょうか。それでも、私が鳥を見始めた20年前は自然でメシが喰える職種は限られていましたし、バードウォッチング専門の旅行会社が成立するなんて考えられませんでした。
私は今さら自然観察を職業にする気はなく、鳥も樹も趣味に留めますが、もっと若くて今のようにチャンスが広かったら、その道を選んだかも知れません。
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生物の多様性と趣味の多様性

2009年11月19日 | 木のミュージアム
「大阪自然史フェスティバル2009」に行ってきました。大阪市立自然史博物館で開催されたのでこんなタイトルになっていますが、大阪だけでなく京都、兵庫、奈良など関西の自然観察や環境保護の団体が一堂に会するイベントです。


(会場入口は双眼鏡や望遠鏡を展示する協賛企業コーナー)

参加団体は協賛企業も含めて89。野鳥関係だけでも、各地域の野鳥の会、バードカービング、調査研究グループ、双眼鏡メーカーなど19ブースもありました。樹木専門の団体はありませんが、各地域の森や里山の保護団体がたくさん参加し、巨木調査の結果を発表したり、松枯れ被害を訴えていました。


(京都の里山保護団体は松枯れのサンプルを展示)

中には、タンポポ、コウモリ、ミミズ、プラナリヤなど特定の種類を観察・研究しているマニアックな団体もあって、「世の中には物好きな人たちがいるな~」と感心しました。ま~私も「鳥や樹を見て何が面白いの?」と変人扱いされますから、同じ穴のムジナですが…(笑)。
来年名古屋でCOP10(生物多様性条約会議)が開催されることもあって、このイベントのコンセプトも「生物多様性」。生物が多様であれば人間の趣味も多様になるんですね。


(昆虫団体による枯葉の中の虫釣りゲーム)

買い物するつもりはなかったのですが、見ると欲しくなるのがマニアの弱点。葉っぱ模様のハンカチ、吹田市の巨木図鑑、フィールドノート3冊、それに子どもたちが「100円で~す」と大声で販売していたので葉っぱと羽根の栞を買いました。


(22種類の木の葉がプリントされたハンカチ)

(どうしても必要なものではないのに、つい…)

当日は「関西文化の日」協賛で博物館の入場(300円)も無料。大阪市で発掘された恐竜やクジラの骨、森の進化、樹木、生物などが展示されており、こちらも大変見応えがありました。関西の自然愛好家はぜひ一度訪れるべきミュージアムです。スゴイです。


(巨木を利用した入口の看板)

大阪市立自然史博物館のwebサイトはこちら
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銃弾の痕

2009年11月16日 | 木造建築
ミシュランの京都・大阪版が発行されました。宇治市は対象外ですが、近くの伏見区にある魚三楼(うおさぶろう)という老舗が2つ星。料理を食べたことはありませんが、店の前はよく通ります。


(伏見の中心街にある魚三楼)

京都市南部の高級料亭として有名で、店頭の格子に古い弾痕が残っていることでも知られています。明治維新直後の「鳥羽伏見の戦い」では、この辺りで新政府軍と幕府軍が市街戦を展開。街の半分が焼失したものの、この店は弾が当たっただけで焼失を免れたそうです。


(140年前の弾痕)

(格子の内側にも弾の痕が)

近くには寺田屋という旅館があり、坂本龍馬が襲われた時に残ったという柱の弾痕や刀傷が売り物で、歴史ファンや龍馬ファンが全国からやってきます。
ところが昨年の秋、京都市の調査で寺田屋は鳥羽伏見の戦いで焼失した後に再建されたことが判明し、弾痕や刀傷はあり得ないということで、市のホームページの観光ガイドから削除。寺田屋にも「間違った案内をしないように」と指導したそうです。
一方、寺田屋は「焼け残った柱を再利用したので弾痕や刀傷は本物」と反論しています。


(坂本龍馬が常宿にしていた寺田屋)

コンクリートやレンガ造りの建物でも銃弾の痕は残るでしょうが、一方は弾痕を留めて残り、一方は戦火で焼失するというのは木造建築ならではの運命の分かれ道でしょう。
話は変わりますが、ミシュラン京都・大阪版には裏話があります。まず、京都には「一見さんお断り」の店があり、ダイアナ妃が来日した際、ある店に案内しようと外務省が予約の電話を入れたら断られたというくらい…。結局、ミシュランはそういう店の取材はあきらめたそうです。
また、「京料理は皿の上だけではない。庭や調度も含めて一つの文化」という理由で、写真撮影や協力を断った店もあります。実際に本で調べたら、記事や地図はあるものの料理や店内の写真がない、つまりミシュランへの協力を拒否した店が12軒ありました。全82軒中12軒ですから、けっこうな数です。


(病院の待合室にあったミシュランで確認)

記事に利用しておきながら何ですが、私は貧乏育ちのせいか食べ物に贅沢を言うことに罪悪感があって、こういう美食ブームには疑問を持っています。ましてや料理にランクをつけて本にして売るという、上から目線というか傲慢な姿勢が鼻持ちならないので、この12軒に拍手を送りました。
ついでに言うと、食べ物を粗末に扱うことにも抵抗があります。テレビで大食いや早食いの番組、優勝した野球チームのビールかけ、「ギネスに挑戦!世界一長い海苔巻きを作ろう」といったイベントを見ると気分が悪くなります。後進国の飢餓を持ち出すまでもなく、食べ物で遊んだらアカンでしょう。
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IKEA

2009年11月12日 | 木の材
若い頃は家具道楽でした。ボーナスの度に買い込んでは室内のレイアウトを変更するので、妻は「また~?」とあきれていました。特に無塗装の家具が好きで、今思えばそれも木材マニアになる要因です。
最初に買ったのは確かイケアのチェスト。節のあるマツ材をそのまま表面に使うことは日本の家具ではほとんどないですが、私にはとても新鮮でした。


(もう35年ほど使っているイケアのチェスト)

イケアの家具は自分で組み立てるものが多いので、値段も安く、造りも粗雑。このチェストも引き手や側板がはずれましたが、接着剤で修理して使い続けています。
そのイケアが最近、日本にも直営店を展開しています。家具道楽は卒業したので買うつもりはないですが、気になるので大阪のイケアに行ってきました。


(大阪港近くにあるイケア鶴浜)

広い店内にさまざまなサンプルルームや家具が並んでいて、私にとっては木材のテーマパーク。見ているだけで嬉しくなってきます。
「もし今買うとしたらどれだろう?」と思いながら見て歩くと、自分の好みの木が分かってきます。私が目を奪われるのはバーチ(カバ)、ビーチ(ブナ)、オーク(ナラ)。やわらかい色で木目の細かい材が好みのようです。


(バーチ材のチェスト)


(オーク材のシステムキッチン)

帰宅後にあらためて家具を見たら、ローズ系が好きな妻の家具以外はほとんどがその系統。好みは昔のまんまです。


(30年以上前に買ったワードローブ。多分オーク材)

イケアはボルボと並んでスウェーデンを代表する企業。環境や福祉の先進国として好感度が高いようですが、広告業界の人間として見ると、イケアはそのイメージを上手に利用しています。
まず、シンボルカラーのブルーとイエローはスウェーデン国旗と同じ配色。2階のレストランではスウェーデン料理を出し、食品コーナーにはスウェーデンのお菓子やジャムを売っています。
また、新店舗がオープンする時はテープカットの代わりに店長が丸太をノコギリで切るそうですが、それも北欧イメージを強調するためでしょう。


(ランチにも国旗が立っています)

私が行ったのは平日でしたが、若いカップル、子連れのママ、3世代家族などたくさんのお客さんで賑わっていました。イケア=スウェーデンというイメージ戦略は大成功のようです。
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住宅が売れる庭木

2009年11月09日 | 街路樹・庭木
家の近くで新しい住宅が分譲されています。物件名は「宇治はなみずき通り」。40戸の建売住宅すべての玄関にハナミズキが植えてあります。


(「宇治はなみずき通り」は2,980万円~3,860万円)

この物件を開発した京都の不動産会社は以前、関西の有名な設計家10人を起用して10戸の建売住宅を販売したことがあり、その新聞広告を私がつくりました。最近話題のデザイナーズハウスの走りです。
新しいことに積極的な会社ですが、この物件名を見て「古いな~」と思いました。ハナミズキが人気を博したのは10年以上前。現在の庭木のトレンドはシマトネリコです。


(シンボルツリーとして玄関に植えられたハナミズキ)

沖縄に自生するトネリコで、半落葉のため落ち葉が少ないことや、葉や花がエキゾチックなことから現在赤丸急上昇中。裏の事情もあって、和歌山県の植木業者が大量栽培に成功して業界に流通したため、特に関西で普及しているというのが実情のようです。


(物件の近くにもシマトネリコを植えた家がありました)

しかし、庭木のトレンドとしてはシマトネリコですが、物件名が「宇治しまとねりこ通り」では売れません。ほとんど認知されていない樹ですから、一般の人にとっては「何それ?」でしょう。一方、ハナミズキには何となく美しいイメージがあるようで、いろんなお店や商品に「花水木」という名前が使われています。


(羽状複葉がシマトネリコの特徴)

庭木として育てやすく、不動産物件としてもイメージが良く、ハナミズキやシマトネリコに代わる新しい樹は何だろう? 私なりに考えた結果、オリーブをお勧めします。
わが家にも1株ありますが、常緑樹なので落葉しないうえに枝が細いので剪定しやすく、もともと乾燥地出身ですから水やりもほとんど不要。しかも、「平和」や「幸福」のシンボルですから住宅地のネーミングとしてはピッタリ。最近の住宅は洋風なので、外観にも調和します。


(オリーブを植えている家も時々見かけます)

不動産会社のみなさん、これからは物件にオリーブを植えましょう。たちまち人気を集めて、即日完売しますよ。(笑)
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2009年11月05日 | 木の材
48歳で転職した会社では「じじ様」と呼ばれていました。漫画「ちびまる子ちゃん」のおじいちゃんに似ているからと若い社員が付けたあだ名です。
実際、私が最年長でしたし、年寄り扱いされることに特に抵抗はありません。今もシルバー料金で映画を観られるのが嬉しくて、しょっちゅう行ってます。
でも、電車のシルバーシートに座っていいのは何歳からでしょう? 先日、そう思いながら座っていたら、隣の普通シートに杖を持った老人が座りました。



昔の杖はこのような木製や竹製の逆J字型でしたが、今は金属製のT字型が多いようです。金属なのに軽く、長さが調節できて便利なのでしょうが、私が本当の「じじ様」になったら木製の杖にしようと思います。
日本では杖は老人のシンボルですが、イギリスでは紳士のシンボル。英国生まれのチャップリンがステッキを持って登場するのはそのためでしょう。その紳士の国ではステッキづくりの伝統が受け継がれていて、杖専門の老舗が数社あり、中には王室御用達のメーカーもあります。


(散歩道の大吉山登り口に立て掛けてある木の枝。杖のルーツでしょう)

英国のステッキに使われる木はスコティッシュ・アッシュ、日本で言えばトネリコです。幼木のうちに幹を曲げて金具で固定し、7~8年後、持ち手にぴったりのカーブを描いたら伐って使うそうです。
トネリコは野球のバットに使われるくらいで、強くてしなりのある木材。杖としても、万一の場合の強度と、柔らかい使用感を生むしなりが重宝されるのでしょう。
杖を買うのはまだ先ですが、傘を買うときは持ち手が木製のものを選びます。今使っている傘も持ち手と骨の先端が木。金属やプラスチックはどうも馴染みません。


(愛用の傘。忘れ物市で400円で買いました)

ちなみに、チャップリンが使っていたステッキは竹製で、滋賀県草津市で作られたもの。喜劇王は大の日本びいきで、マネージャーや運転手、家の使用人もすべて日本人を雇っていたそうです。
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唐崎の一本松

2009年11月02日 | 伝説の樹
前回のタイトルは「樹の珍百景」でしたが、この「○○百景」とか「△△八景」の元祖は「近江八景」だそうです。室町時代後期の公家が琵琶湖周辺の風景8ヶ所を歌に詠み、それを江戸時代の浮世絵師・歌川(安藤)広重が描いて有名になったとか。
その一つ「唐崎夜雨」には松の巨木が描かれています。「唐崎の一本松」として昔から琵琶湖を周航する船が目印にしたり、地域の人々が信仰の対象にした名木だったようです。


(歌川広重の「唐崎夜雨」)

仕事で大津に行ったついでに、その唐崎の一本松を見てきました。現在のは3代目。初代が天正9年(1581)に台風で倒れた後、全国で名木を探して移植されたのが2代目。
幹周りが9mもあり、長い枝は南北に90mも伸びていたそうです。その枝を支えていた柱の礎石が今も唐崎神社の境内に残っています。広重が描いたのも2代目。



2代目が大正10年に枯れ死したため、その実生木を移植したのが現在の3代目。それでも樹齢は150~200年。真ん中にそびえる主幹から四方八方に枝を伸ばし、南北には40mも広がっています。
その前に立つと、怪獣のような異様な存在感。2代目はこれよりもはるかに巨大だったわけですから、もっと迫力のある光景だったでしょう。
ちなみに、唐崎神社で祈祷を受けると、この松の葉を焼酎に漬け込んで砂糖と蜂蜜で味付けしたリキュールがいただけるそうです。飲んでみたい気もします。
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