樹樹日記

じゅじゅにっき。樹木と野鳥に関する面白い話をご紹介します。

ホーク熱

2009年09月28日 | 野鳥
宇治市と大津市の境に岩間山という標高420mの山があります。毎年秋にタカの渡りが観察できる場所として全国に知られています。
私が初めて行ったのは17~18年前。先輩2人に連れられて調査のお手伝いをするためでした。その時は私たち3人だけでしたが、現在はその10倍の人が集まるようになりました。

       
          (岩間山からは琵琶湖南部一帯が見下ろせます)

その理由は、約10年前この山で「タカを見たい!」という熱病が発生したからです。それまで土日に数人やって来る程度だったものが、今では平日でも5~6人集まります。中には8月下旬から10月末までほぼ毎日通う重症患者もいます。
「毎日毎日こんな所で鳥を見ていて、仕事や家庭は大丈夫?」と心配になりますが、夫婦ともども熱病に感染して、秋の岩間山だけでなく2人で年中タカを追いかけている例もあります。

       
               (望遠鏡が並ぶ観察ポイント)

もっと気の毒なのは若い感染者。彼は学生時代にここで熱病に冒され、それが高じてタカの渡りを研究するために大学院へ進み、はるばる青森県の竜飛岬まで遠征してタカを観察しています。岩間山に来たばっかりに、人生を誤ったのではないでしょうか。
私の友人も、休日ごとに下の写真のような重い光学機器を担いで登る重症患者。というよりも、熱病のウィルスを撒き散らした感染源の一人です。

       
    (20倍の望遠鏡を2本連結した双眼鏡。これで雌雄や成幼を識別します)

この病が恐ろしいのは、自覚症状がないこと。本人が気づかないまま症状がどんどん悪化し、次第に天気予報が雨でも行くようになります。1日に4200羽も飛んだ過去の栄光が忘れられず、朝から夕方までねばってゼロという悲惨な目にあっても、懲りずに登ります。

       
              (最も多く観察できるタカ、サシバ)

最近はこの熱病が滋賀県や大阪府にも飛び火し、数年前から琵琶湖東岸の山や高槻市の山にも連日患者が集まるようになりました。
こういう重症患者のお陰で貴重なデータが蓄積できると思うと頭が下りますが、その一方で「かわいそうに…」という憐憫の情を禁じえません。

       
                  (大型のタカ、ハチクマ)

かく言う私はシーズンに2回訪れる程度。お陰さまでホーク熱に感染することなく、健全なバードウォッチャー生活を送っております。
あ~、でもツリー熱には冒されているかも…。
(タカの写真はホーク熱の重症患者にお借りしました)
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火天の城

2009年09月24日 | 木造建築
木をテーマにした日本映画が封切られたので観てきました。題名は『火天の城』。一般的に言えば、木ではなく安土城の築城をテーマにした映画です。主役は西田敏行演じる宮大工の棟梁。
日本映画には何度も裏切られているので、作品としては期待しません。私の興味は、映画の中で城郭建築の木材がどう扱われるか。
その期待にいきなりタイトルバックが応えてくれました。カンナや槍ガンナで木を削るアップのシーンが映るのです。さらに本編の冒頭でも、主人公の娘が巨木を両腕で抱えながら幹に耳を当てるシーンがあり、私の目は釘付け。
築城の現場では棟梁が弟子に、「山の南斜面に生えていた木は南の柱に、北斜面に生えていた木は北の柱に使え」と教えます。この知恵は法隆寺の宮大工・西岡常一さんが著書に書いています。原作者もおそらくそれをヒントにしたのでしょう。西岡棟梁はさらに、1本1本の柱も生えていた方角と同じ向きに立てるように教えています。

(『火天の城』の予告編はこちら↓)



映画の棟梁は心柱に使うヒノキの巨木を探しに出かけます。そのヒノキは織田信長の敵である武田の領地・木曾にあり、しかも伊勢神宮に使うために2000年も守られてきたご神木。それを安土城の最も重要な部分に使うためにどうやって伐り出すか、というのが物語の一つの山場。
このシーンは木曾の赤沢自然休養林で撮影されたそうです。行ったことはないですが、日本で最も美しいヒノキの森と言われている場所。さすがに、その巨木の伐採シーンはありませんでした。
木組みのシーンでは、絹のような肌の心柱が使われています。多分、本物の太いヒノキから木取りしたものでしょう。木の香りが漂ってきそうでした。

       
    (宇治名木百選の一つ、神女神社のヒノキ。こちらの樹齢は推定200年)

樹木マニアの期待には十分応えてくれました。作品としてもソコソコですが、泣きが入り過ぎ。涙腺がゆるい私は何度もハンカチを使いましたが、泣かせて魅せる題材ではないはず。最近の日本映画は「たくさん泣いた映画が名作」みたいな風潮がありますが、泣かせたり、笑わせたり、恐がらせたり、本能に訴える映画は下品だと私は思います。
原作では棟梁の子どもは息子なのに、映画では娘に変えて純愛と別離のストーリーを挿入したのもそういう狙いでしょう。独立系の優れた日本映画もあるので全てとは言いませんが、観客動員を意識するメジャー系の日本映画はどうしてもこの路線になるんですね。
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木のライフライン

2009年09月21日 | 木と歴史
以前、宇治で発掘された平安時代の木組みの井戸をご紹介しましたが、宇治市の隣の久御山町ではもっと古い弥生中期の井戸が発掘されています。約2000年前のもので、日本最古級。

       
           (久御山町庁舎に展示されている木組み井戸)

宇治の井戸はヒノキ製。久御山の井戸は樹種が明示してありませんが、おそらくヒノキかコウヤマキでしょう。どちらも水に強い樹種です。

       
             (宇治で発掘された平安時代の井戸)

ちなみに、下の写真は奈良文化財研究所の資料館に展示してあるコウヤマキの樋。今で言えば水道管でしょうか。当時は身近な材料としては木や土しかありませんから、当然ながらライフラインも木だったわけです。

             
          (平城宮の水道管。黒く見えるところは空洞)

ところが意外なことに、近代以降もライフラインに木が使われていました。日本初の横浜の近代水道ではイギリスから輸入した鉄管を使いましたが、その後の各地の水道工事では鉄管と木管が併用されたようで、木管専門の国内メーカーもあり、丸太をくり抜いたタイプと桶のように板を組み合わせたタイプの2種類の水道管を昭和初期まで作っていたそうです。
昭和44年に東京の水道工事で当時の水道管が発掘されましたが、材質はヒノキで内径は15cmだったとか。アメリカでも木の水道管を使っていたらしく、1500マイル(2400km)も敷設したという記録が残っています。
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木製ジェットコースター

2009年09月17日 | 木と乗物
若い頃からテーマパークには興味がなかったので、ディズニーランドにもUSJにも行ったことがありません。でも、木製ジェットコースターには関心があります。
なぜ木を使うんだろう? どんな木材を使っているんだろう? 鉄製のコースターと乗り心地がどう違うんだろう? 乗る気は全くないのに(恐いわけじゃありませんよ!)、いろいろ気になっていました。
日本には現在5ヵ所に木製ジェットコースターがあり、中でも三重県のナガシマスパーランドにある「ホワイトサイクロン」は世界最大級だそうです。関西では枚方パークにあるというので、大阪へ行く途中に寄って見てきました。

       
         (枚方パークの木製ジェットコースター「エルフ」)

木製ジェットコースターの人気の秘密は、木のしなりによって横揺れが激しくなることと、軋み音が出て恐怖感が増すこと。特に、木が乾燥する冬はスリルがあるそうです。
使われている木材はほとんどが北米東南部に生育するサザンパイン。この木にシロアリや腐朽菌を防ぐ樹脂加工を施して使っているそうです。腐りにくく、反りにくく、割れにくいのが特徴で、ジェットコースターのほか屋外デッキの床板などにも使われているとか。
実際に乗った人の話では、横揺れが激しいので体が当たって痛いほど、しかも細かい木組みの中を走り廻るのでぶつかりそうな恐怖感があるそうです。
私はこういう人工的なエンターテインメントよりも、自然の中で遊んでいる方が性に合うので、これからも絶対に乗りません。しつこいようですが、恐いからじゃないですよ!

PS…guitarbirdさんへ
こっちの「恐い話」も苦手ですか?
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血天井

2009年09月14日 | 木造建築
散歩コースに興聖寺(こうしょうじ)という禅寺があります。無名のお寺で観光客も少ないですが、宇治では紅葉の名所の一つ。その本堂に血天井があります。

       
                  (興聖寺の山門)

もともと伏見城にあった建物を移築したもので、廊下は二条城でも有名な「鶯張り」。歩くとキュッキュッと鳴ることで侵入者を防ぐという仕組みです。

       
               (伏見城から移築された本堂)

その廊下の天井に血の手形と足形が残っています。今は風化して見にくくなったため、チョークで囲んで明示してあります。なぜ、床ではなく天井なのか?

       
               (血の手形。左下向きに指の跡)

秀吉の死後、家康(当時の城主)は伏見城を鳥居元忠の手勢1800人に任せて上杉征伐に出発。その留守を石田三成率いる4万の西軍が攻め、全ての兵が討ち死しました。
西軍は伏見城をそのまま放置し、引き返してくる家康を迎え撃つために出発。2ヵ月後、関ヶ原の戦いが終わってようやく死体の処理が行われたため、血は床板に染み込んで手形や足形、顔形などがはっきり残ったそうです。
その死者を供養するため、いくつかのお寺が血染めの床板を預かり、足で踏まないように天井に再利用したというのが血天井の由来。興聖寺のほか京都市内の4寺院にも同様の天井があるそうです。

       
         (血の足形。風化して見にくいですが右向きに指の跡)

当時の城郭建築に使われた主要材はケヤキですが、この本堂の建築材はヒノキのようです。秀吉が自分の居城として造らせた城ですから、最高級の木材が使われているはず。もったいないとは言え、普通なら血のついた板は使いませんが、それを天井に使って供養するというのは仏教ならでは。

       
                 (別のお寺に立つ赤門)

ちなみに、近所の別のお寺には赤門が建っています。境内の裏の畑に建っているので門としての意味はないですが、伏見城から移築されたようです。この辺りは伏見城に近いので、こうした遺構がところどころ残っています。
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都知事の作戦

2009年09月10日 | 街路樹・庭木
太平洋戦争の末期、鉄が不足したため軍用船などを木で造ることになったそうです。しかし、山の木は伐採や輸送にコストと時間がかかるので、軍部は平地の樹木に目をつけ、全国の知事に公園の樹木や街路樹を伐採するよう命令しました。
当時の山林局長(現在の林野庁長官)はこれに抵抗しましたが、ある県知事がその姿勢を軍部にチクったため地方の営林署に左遷されました。
また、当時の東京都知事は肝の座った人で、軍部が伐採命令を出すと「ハイハイ」と返事はするものの、いろいろ理由をつけて実行しない。いわゆる「面従腹背」を貫き通して終戦を迎えたそうです。(写真は3年前東京に行った際に撮ったもの)

       
       (日比谷公園のイチョウ。この巨木も目をつけられたのかな?)

現在、明治神宮や上野公園、芝公園などの樹木や街路樹が残っているのは、この都知事の作戦のおかげのようです。敬意を表してお二人のお名前を記しておきます。左遷された局長は笹山茂太郎、都知事は大達茂雄。
「世界一長い並木道」としてギネスブックに登録されている日光の杉並木も目をつけられ、軍用船の材料にするべく試し伐りされたものの、空洞だらけで使い物にならないので助かったそうです。

       
       (新宿御苑のプラタナスの巨木。これも都知事が守った?)

この間の総選挙で民主党が大勝した数日後、農林省の前事務次官がある団体の会長に天下ったという小さい新聞記事を見つけました。天下りが禁止される前の駆け込み人事でしょう。その前の会長も元林野庁長官だとか。転職祝いに、軍に抵抗して左遷された笹山局長の爪のアカをプレゼントしたいですね。
一方、今の都知事なら軍の命令にどう対応するでしょう。おそらく、「国のために」と率先して街の樹木を伐採するのではないでしょうか。
前回は気が重くなる記事だったので今回はいい話で明るくしようと思いましたが、最後はまた暗くなってしまいました(笑)。
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木の来た道

2009年09月07日 | 木の材
前回ご紹介した「水都大阪2009」に行ったもう一つの理由は、『木の来た道』というドキュメント映画。水のイベントでなぜ木の映画なのかよく分りませんが、私には興味深い内容なので一番前に座りました。
上映の前に、木材関係者によるトークショーも行われました。その中で興味深かったのは、「だんじりの会」の話。
岸和田をはじめ大阪南部の祭りで使われるだんじり(山車)の車輪は現在1600個あるそうですが、その材料であるアカマツが入手困難で、3年後には新調できなくなるとか。それを回避するために植林活動しているそうです。
「僕らは年に一度木のかたまりで遊ばせてもらっているので、木に恩返ししたい」という言葉が印象的でした。

       
          (だんじりの会の方は祭りのハッピ姿で登場)

映画では、ロシア沿海州地域での違法伐採、その要因である中国の木材需要、さらにその木材が家具に加工されて欧米や日本に輸出される様子などが描かれています。
過去の森林保護運動の失敗も紹介されました。東南アジアの熱帯林を保護するため欧米が南洋材の不買運動を展開→林業従事者が失業→焼畑農業で自給自足→森林破壊。森林保護運動が結果的に森林破壊を招いたわけです。
(↓初めて動画を掲載しました。『木の来た道』のダイジェストが観られます。)



グローバルな経済連鎖によって問題が複雑化し、違法伐採や森林破壊の解決が難しくなっていることがよく分かりました。「だから森林認証制度を普及させよう」というのが映画の趣旨。生産者側が適正に管理した森林で適正に伐採した木材にマークを付け、消費者側はそれを積極的に使おうという制度です。
植林や規制強化、不買運動といった単純な方法では解決できない、かと言って認証制度が普及するには時間がかかる。映画を観終わった後、その課題の難しさにため息が出ました。
映画の最後を締めくくるガンジーの言葉は鋭い警告として響いてきます。
  私たちが森林に対してやっていることは、
  私たちが自分自身やお互いに対してやっていることの
  鏡に過ぎない。
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木の国と水の国

2009年09月03日 | 木の材
8月22日から10月12日まで「水都大阪2009」というイベントが開催されています。大阪市内を巡る現在の水路が完成して今年で100年になるので、川や水をテーマにしたプログラムで大阪を盛り上げようというもの。
テーマは木と無関係ですが、会場の施設が木で作られているというので、仕事の合間に覗いてきました。

       
            (フードコーナーのテーブルや椅子も木製)

木材を提供したのは和歌山県。紀州産木材のPRと販路拡大を目的としたコンペに水都大阪実行委員会が応募し、その案が採用されて実現したそうです。
メインステージやワークショップ、お遊びコーナー、出店のブースなど普通ならテントが使われる施設がほとんど木製。カラフルなテントよりもやわらかい印象で、会場にゆったりした時間が流れているように感じます。

       
             (お遊びコーナーの壁面はヒノキ合板)

和歌山県は特にヒノキの合板をアピールしたいらしく、各施設の壁面はもちろん、メインステージは合板ならではの特性を生かしたギザギザのデザイン。従来は数種類の木材を混ぜて作っていた合板を、今後は紀州ヒノキだけに統一して売り出すそうです。

       
       (メインステージはギザギザのフォルム。まだ工事中でした)

以前は合板と言えばラワン材を使ったベニヤ板のことでしたが、南洋材を保護するために最近では国産のスギ、ヒノキ、カラマツなどを使ったものが増えているようです。そうした市場動向の中で、紀州産ヒノキ合板の存在感を高めたいのでしょう。

       
         (丸木舟を作って川をさかのぼろうというプログラムも)

和歌山県はもともと「木の国」と呼ばれ、「紀の国」→「紀州」になったと言われているように、備長炭の原料ウバメガシやスギ、ヒノキの一大産地。一方、大阪はイベン名どおり「水の国」。私は「木の国と水の国のコラボレーションやな~」と思いながら見ていました。
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