樹樹日記

じゅじゅにっき。樹木と野鳥に関する面白い話をご紹介します。

トーテムポール

2007年07月30日 | 木と宗教
最近、新しい仕事先ができたので、大阪の万博記念公園にちょくちょく行きます。ジェットコースターの死亡事故があった「エキスポランド」のすぐ近くです。
先日、打ち合わせが終った後、公園内にある国立民族博物館前を何十年ぶりかで見学してきました。子どもみたいな感想ですが、「スゴかった!」。1日では見学しきれないほどの展示物です。特に期待していたわけではないですが、木のこともいろいろ勉強になりました。
そのうちの一つが、トーテムポール。下の写真はカナダの先住民がレッドシダーの巨木を用いて彫ったものです。

          

トーテムポールは、先祖の功績を称えたり、神話を描いたり、死者を記念するために制作されたもので、グループの紋章である熊や鮭、鳥(写真はワタリガラス)などがモチーフになっています。案内板によると、写真のように巨大化したのは欧米人相手に毛皮交易を始めた19世紀なかば以降のことらしいです。
レッドシダーはヒノキ科の樹木で、カナダの太平洋岸地域に分布しています。先住民はカヌーや住居の材料にも使っていて、製材後800年経過しても性能が衰えない事例があるそうです。1300年前に建てられた世界最古の木造建築・法隆寺の柱も強度が衰えていませんが、ヒノキの仲間は驚くべき耐久性を持っています。

          
     (屋外に設置してあるトーテムポール。上のモチーフは鷹かな)

博物館の中には他にもこうした展示物がありましたが、民芸品には芸術作品にはない強さというか力があります。万博公園のシンボルである「太陽の塔」も一種のトーテムポールかも知れませんね。
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ティッシュペーパーの花

2007年07月27日 | 木と宗教
宵山や山鉾の巡行は終りましたが、祇園祭はまだ続いています。7月1日の吉符入(きっぷいり)りに始まり、明日の神輿洗いで終了です。
祇園祭は八坂神社のお祭りですが、この神社では「お花」と言えばムクゲを意味します。祭りとムクゲの開花時期が重なっているからでしょうが、祇園祭の間、神前に供えるのはもちろん、生花や茶花にはすべてムクゲの花を使うことが習わしになっているそうです。
それだけでなく、ムクゲを「祇園守り」と呼んで神聖視しています。そうした由来からでしょう、ムクゲの栽培品種には「祇園」の名がついたものがいくつかあります。

      

ムクゲは咲いた花が1日で散って、すぐに次の花が咲き、その繰り返しでけっこう長く咲いています。その落花の様子を「使ったティッシュペーパーを散らかしたようだ」と表現した作家がいました。美しい表現とは言えませんが、ムクゲの花は少ししぼんで落花するので、確かにそんなふうに見えますね。 
ムクゲは中国原産が定説になっていて、去年もご紹介しましたが、お隣の韓国では国花に選定され、国歌にも歌われています。

      
          (なるほど、ティシュペーパーみたいです)
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木材不足は昔から

2007年07月25日 | 木と歴史
古(いにしえ)の 人の植えけむ 杉が枝に 霞たなびく 春は来ぬらし。これは柿本人麻呂が『万葉集』に残した歌です。言わずもがなですが、意味は「昔の人が植えた杉の枝に霞がかかって、春らしい景色だ」。
この歌は、万葉の時代すでにスギの植林が行われていたことを示しています。「今よりも緑が豊かな時代なのに植林?」と思われるでしょうが、よく考えると当然です。
巨大な寺院や神社、宮殿、そして民家、すべての建築物が木で造られた時代です。また、現代のような防火システムがありませんから、一度火事や地震に見舞われると広範囲に焼失したはずです。そのたびに再建したわけですから、木材の消費量は半端じゃありません。
しかも、現在のような物流システムがありませんから、木材は近隣の山から調達しなければなりません。天然のスギやヒノキだけでは不足するので、どうしても植林が必要だったのです。

      
      (万葉時代すでにこんなスギの人工林があったはず)

下って平安時代にはこんな歌も歌われました。古(いにしえ)の 奈良の都の 宮柱 この結成(かたなし=書庫)に なほ残るかな。つまり、平城京で使われた柱が平安京の建築物に使われていたのです。木材のリサイクルは今に始まったことではないんですね。
また、伊勢神宮は20年に1度建て替えられますが、古い材は捨てるわけではありません。正殿と別宮には新しいヒノキを使い、その古材は鳥居に使ったり、全国の神社に払い下げて再利用されるそうです。
現在のような環境保護という視点よりも、材木調達の難しさから発案された植林やリサイクルだったのでしょうが、今や国際語となった「もったいない」もこんなところから生まれたのでしょうね。
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シャシャンボ

2007年07月23日 | 樹木
しばらく雨続きで散歩も休みがちでしたが、先日1週間ぶりにいつものコースを歩いて展望台で体操をしていたら、白い花が目に止まりました。約3年間毎日のようにこの樹の前で体操していたのに、今回初めて気づきました。
早速、デジカメでパシャ! 最初は「ネジキかな?」と思いましたが、葉の感じが違います。帰って図鑑で確認したらシャシャンボでした。

      
           (大吉山展望台のシャシャンボ)

かわいい名前でしょ? 秋になるとこの小さな白い花が青黒い実になるのですが、その小さい実を「小小ん坊(ささんぼう)」と呼んでいたのが転訛したと牧野富太郎は言っています。花がよく似ているように、アセビやネジキと同じツツジ科です。
別の場所にあるシャシャンボは「宇治名木百選」になっていて、以前見に行ったことがあります。今回、デジカメを持って再び行ってきました。散歩コースのシャシャンボは樹高4mくらいですが、名木百選の方は樹高12m、推定樹齢は400年。幹が少し疲れているようですが、まだ元気に葉を茂らせています。

            
        (神明神社のシャシャンボは宇治名木百選の一つ)

このシャシャンボがブルーベリーと同じ仲間(ツツジ科スノキ属)だということも今回初めて知りました。実際に、日本でブルーベリーを栽培する時は、シャシャンボを台木にするそうです。
うちの庭にもブルーベリーを植えていますが、他の樹と違って酸性の土を好むので、そこだけ土の質を変えなければなりませんでした。シャシャンボを台木にすればその必要がないとか。実もブルーベリーと同じような味だそうです。
うちのブルーベリーは油断している間にヒヨドリにほとんど食べられてしまったので、今年は散歩コースのシャシャンボを食してみます。秋が楽しみだ。
「シャシャンボは雨がよく降る年にしか花をつけない」と言う学者もいます。いつもの散歩コースなのに発見できなかったのは、今まで花をつけなかったからでしょうか。いや、私の観察力が鈍いからかな?
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お~いヤマセミ

2007年07月20日 | 野鳥
5年前の2002年に、私が言い出しっぺで「宇治で樹と鳥を見る会」を開催しました。野鳥の会の催しですが、夏は鳥が少ないので、その分ツリーウォッチングを楽しもうという趣旨で始めました。
2004年まで3年連続で開催した後、私の事情で休んでいたのですが、このブログがきっかけになって復活。先日3年ぶりに開催しました。宇治川沿いに宇治名木百選の樹を見たり、鳥を見ながら上流のダムや森林公園まで歩くという往復約7kmのコースです。
鳥は少ないものの、このコースではヤマセミがハイライト。80円切手でお馴染みの鳥です。山奥の清流に棲んでいるので見るチャンスは少ないですが、宇治駅から徒歩20分くらいの所で見られるため、多くのバードウォッチャーが訪れます。
この催しでも過去3回とも出現し、参加者は大喜びでした。ところが、いつもは写真のダムの下あたりにいるのに、1週間前の下見では発見できません。しかも、台風4号の到来。
台風そのものは通過しましたが、コース状況の再チェックのために前日と当日の早朝にも下見したところ、ダムは放流の真っ最中。ヤマセミのポイントは水没していて、ものすごい勢いで水が流れています。

      
             (放流中の天ヶ瀬ダム)

当日の参加者は39人。カメラを抱えた人、望遠鏡をかついだ人、みなさん「ヤマセミが見られる」と期待しています。事情を説明し、「今回は難しいかも知れません」と申し上げました。
宇治名木百選のうちクヌギ、ケヤキ、スダジイ、エノキ、クスノキ、イチョウ、モミなどの古木をご紹介しながら上流へ。一方、鳥はヒヨドリ、ムクドリ、ハクセキレイなどの幼鳥が独り立ちできたのを喜ぶように元気に飛び回っていました。

          
     (宇治名木百選の一つ、宇治上神社のケヤキ)

せっかく参加していただいた方に、できればヤマセミを見ていただきたい。半分あきらめながらも、最後まで心の中で「お~いヤマセミ、どこにいる?」とつぶやきながら歩いていました。解散地点の天ヶ瀬ダム堤防では、ヤマセミを見るためにわざわざ大阪からやってきたグループに遭遇。やっぱり見られなかったようです。
残念ながらヤマセミには遭遇できず、出現したのは普通種の23種類。樹木は、いつも私がウォッチングしているコースなので、予定どおり紹介することができました。
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馬鹿のアイスクリーム

2007年07月18日 | 木と言葉
「この世で一番好きな食べ物は?」と聞かれたら、私は「鯖」と答えます。小さい頃から好きで、東京で過ごした学生時代は故郷(丹後)の鯖を食べるのが帰省の楽しみでした。今でも外出先で食べる昼食の定番は鯖煮定食。中でもいちばん好きなメニューは鯖寿司です。

      
       (先日買ってきた鯖街道の鯖寿司。旨いんだな~、コレが)

私が毎月通っている栃の森は「鯖街道」の近くにあります。若狭で獲れた鯖をこのルートで京都へ運んだのでそう呼ばれています。この街道には鯖寿司のお店が10軒ほどあり、栃の森の帰りには必ず回り道をして鯖寿司を買います。妻も気に入ったようで、以前は「また栃の森に行くの?」と眉をしかめていましたが、最近は「今度いつ行くの?」と催促します。
先日、いつも通り行ったら、店内に「栃の実アイスクーム」があったので、試しに1個買ってきました。栃の実入りの煎餅や餅は食べたことありますが、アイスクリームというのは初めてです。

      

栃の実のことをヨーロッパではhorse chestnut(ホースチェスナット:馬ぐり)と言います。日本のように人間は食べず、馬の餌にするからです。一方、アメリカでは buck eye (バックアイ:鹿の目)と呼びます。光沢のある殻が鹿の目に似ているからです。欧米を合わせると栃の実=馬鹿になるんですよ。

      
           (そう言えば鹿の目に似ているかな?)

しかも、日本には「栃を伐る馬鹿、植える馬鹿」という言葉があります。トチノキは実をつけるまで3代かかるので、せっかく成長した樹を伐るのも、また植えてすぐ実が採れると思うのも愚かだという意味です。私の大好きな樹の一つですが、栃には馬鹿にまつわる言葉が多いんです。
その馬鹿のアイスクリームを食べてみました。思ったより美味しく、栃の実の風味もほんのり…。でも、鯖街道ではやっぱり鯖寿司だわ。
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長刀鉾の秘密

2007年07月16日 | 木と乗物
京都はいま祇園祭一色。先日市内を歩いたら、街はもちろん電車の駅にも「祇園囃子」が流れていました。今夜は宵山、明日はいよいよ鉾の巡行です。
でも、私が興味を覚えるのは巡行ではなく、鉾がどんな木で作られているか? 長刀鉾の前を通っても、人は豪華な胴掛けを見ていますが、私は車輪や土台の木を眺めていました。

      
             (長刀鉾の車輪は直径1.9m)

平安時代の法律(というかマニュアル)『延喜式』では牛車の車輪の材質を決めていて、車軸を通す中央部(ハブ)はケヤキ、スポークはカシ、外側の輪はクヌギとなっているそうです。ところが、祇園祭の鉾は、牛車に比べて重いこと、辻回しなど過酷な使い方をすることから、外側の輪にも強度の高いカシを使っています。
ただし、現在は合板だそうです。昭和50年頃、鉾の修理費用の高騰に悩んだ保存会が、木の学者に相談したところ、それまでは高価な1枚板で作っていたものを、強度が高くコストは安い合板にするよう勧められたそうです。
外観からは全く分かりませんが、上の写真の中央部(ハブ)はケヤキの板43枚、スポークはアカガシ6枚、外側の車輪も同じくアカガシ11枚が貼り合わせて作ってあるそうです。
木材調達の難しさは、こうした伝統的な祭りの構造物にも影響を及ぼすんですね。

      
           (トルコの牛車の車輪)

ついでにご紹介しますが、以前見学した大阪の民俗学博物館にトルコの牛車(農業用)が展示してあって、その車輪はクルミ材ということでした。こちらはスポークのない円盤型です。
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校庭の名木百選

2007年07月13日 | 伝説の樹
みなさんの小学校の校庭にどんな樹が植えてあったか覚えていますか? 私の母校のシンボルツリーはポプラでした。
京都市はこうした校庭の樹から「名木百選」を選定しています。その中から、近くにある伏見区の小学校のクボガキを見てきました。クボガキはカキの栽培品種でしょう。

          

この小学校の敷地は江戸時代には尾張藩の屋敷があったそうで、カキの果樹園や茶畑が広がっていたとのこと。クボガキは明治5年の学校創立以前に植えられたもので、当時は3本あったそうですが、室戸台風で2本が倒れ、現在はこの1本が残るのみ。
平成6年の調査では樹高12m、幹周り1.5m。樹齢は120年と推定されていますが、明治5年にすでにあったということは、もっと古いはずです。毎年秋になると、この樹にちなんだ「柿の実運動会」が行われ、赤く熟した実は生徒たちに配られるそうです。いい学校だな~。
京都市立の小学校や中学校を卒業した人は、ぜひ「名木百選」のサイトを見てください。懐かしい母校の樹に出会えるかも知れませんよ。
ちなみに、私が卒業した小学校のポプラは校歌にも歌われていましたが、台風で倒れたのか今はもう残っていません。
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土俵の上の木と鳥

2007年07月11日 | 木とスポーツ
小学校3年生頃まで、私の夢はお相撲さんでした。モヤシっ子で運動神経も鈍かったのですが、技をかけるのが好きで、近所のおじさんに「小さいのに巧い」と褒められて舞い上がったのだと思います。
当時は栃錦と若乃花(初代)の黄金期で、私は「大きくなったら花籠部屋(若乃花の所属部屋)に入る」と決めていました。その後さすがに力士はあきらめましたが、相撲は好きで大鵬と柏戸の時代は柏戸を応援していました。
で、ここから木の話になるのですが、以前からこの「柏戸」が気になっていました。柏の戸にどんな意味があるのだろう? 少し調べましたが由来が分からないので、以下は私の推測です。
柏は一般的には柏餅のカシワです。ところが、中国では柏はヒノキ類を意味します。日本の古い文章にも「松柏(しょうはく)」という言葉が出てきますが、これは常緑樹の「マツとヒノキ」でめでたいことを象徴しています。
つまり、柏戸=ヒノキの戸。そして、ヒノキ建築と言えば宮殿や神殿なので、神社の門扉や開き戸を意味する言葉だろうというのが私の結論です。そう考えれば、威厳のある四股名でしょう?

      
      (日本最古の神社・宇治上神社のヒノキの戸=日本最古の柏戸)

偶然ですが、柏戸と大鵬は木と鳥の対決だったのですね。現在はどうなのか、7月場所の幕内力士を調べたら、木の四股名は栃煌山、栃乃洋、北桜、鳥は白鵬、露鵬、鶴竜、海鵬の7人でした。
柏戸のついでに杉戸。別れの歌『蛍の光』の中に、「いつしか年もすぎの戸を 開けてぞ今朝は別れゆく」という一節があります。この「すぎ」は「過ぎ」と「杉」の掛け詞ですが、分かれるときに開ける杉の戸って何でしょうね?
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籐家具の季節

2007年07月09日 | 木の材
ラタンの家具が似合う夏。恥ずかしながら私は、ラタンの家具=藤家具=フジのツルで編んだ家具と思い込んでいました。でも、ラタンというのはフジ(マメ科)ではなく、ヤシ科の植物なんですね。

      
          (あんたはラタンじゃなかったのね)

ややこしい属名ですが、ヤシ科トウ属。「ラタン」はこのトウ属を総称するインドネシア語で、その仲間だけで約400種類もあるそうです。「トウ家具」を「籐家具」と書くから誤解するのですが、よく見るとフジは草カンムリ、トウは竹カンムリ。全く別物ですが、音がどっちも「トウ」だからややこしい。
ラタンの中には300mもツルを伸ばすものもあるようで、陸上では世界一長い植物だそうです。ちなみに、海にはもっと長い植物(コンブ)があるらしい。

          
          (うちのラタン家具、ミニチェスト)

1988年にインドネシア政府が原材料の輸出を禁止したので、日本で売られているラタン製品の8~9割はmade in Indonesiaだとか。セパタクローという足で蹴るバレーボールみたいなスポーツがありますが、あのボールもラタン製です。
みなさんは、籐家具=フジのツルの家具と思い込んでませんでした?
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