樹樹日記

じゅじゅにっき。樹木と野鳥に関する面白い話をご紹介します。

鳥の命を救った図鑑

2020年06月25日 | 野鳥
日本で最も普及している野鳥図鑑は、日本野鳥の会発行の『フィールドガイド日本の野鳥』。その目次の下に、「本書の図版には、野外での識別上のポイントとなる部分に矢印↙をつけました。この工夫はDr. Roger Troy Petersonの考案によるもので、同氏とHoughton Mifflin Company(Boston)が日本野鳥の会のために使用を許可したものです」と書いてあります。
Dr. Roger Troy Petersonとは、1934年に世界で初めてフィールドガイド(野外用の図鑑)を作った人物で、Houghton Mifflin Companyはその著作物を管理する会社。ピーターソンが作ったのは、鳥をその場で識別できるよう、1ページに数種類の近縁種を並べ、なおかつ識別ポイント(フィールドマーク)を矢印で示した図鑑です。下は『フィールドガイド日本の野鳥』の中面。



それまでの図鑑は大型で、野外での使用を想定していませんでした。山階鳥類研究所の平岡考さんは次のように書いています。
現代のバードウォッチングや鳥類研究には双眼鏡とハンディな鳥類図鑑が欠かせない。しかし、野鳥とのそのような接し方はたかだか1世紀程度の歴史しかない。19世紀はもちろん20世紀の前半にあっても、研究は撃ち落した鳥体から作った剥製標本を使ってするものだった。鳥類図鑑はこの標本を手に取りながらひもとく大冊の書籍で、烏体の詳細な記述や羽毛1枚まで細密に表した部分図が掲載されていた。
アメリカの探鳥史を解説した『ザ・ビッグイヤー』も、ピーターソンの図鑑について次のように書いています。
この本が出るまで、鳥の追跡はやはり銃が頼りで、実際に鳥の死骸を手にしなければ種を確かめられなかった。しかし、ピーターソンの本は、生きた鳥を、いかにその姿と鳴き声で識別するかを教え、鳥を分類学者の研究室からふつうのアメリカ人の手に解き放ったのである。
つまり、ピーターソンのフィールドガイドが普及し、同時に双眼鏡の性能が向上することによって、識別のために鳥を撃ち落とさなくても済むようになったわけです。ポケットサイズにするため、ピーターソンは詳細な描写は省き、エリアも米国東部に限定しました。その後、西部版、ヨーロッパ版、メキシコ版なども出版されます。下は東部版の表紙。



このフィールドガイド方式にヒントを与えたのは、ある人物が1903年に作成したカモの図表(下)。簡単に識別できるよう、ペアを一覧表で掲載しています。



ピーターソンはこれを見て、近縁種を1ページに掲載すれば識別しやすいと気づいたようです。ピーターソンはすでに亡くなりましたが、野鳥だけでなく、野草、チョウ、は虫類、貝、岩石など幅広い分野でその名を冠したフィールドガイド方式の図鑑が次々に発行されています。
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プラスチックごみと海鳥

2020年06月18日 | 野鳥
7月からレジ袋が有料になります。京都府亀岡市はもっと先進的で、全国で初めてレジ袋を禁止する条例を制定し、来年1月から施行します。生分解性の袋も禁止です。また、内陸部の都市でありながら、2012年には「海ごみサミット」を開催。翌年に発出した「かめおかプラスチックごみゼロ宣言」では、以下のように述べています。
深刻化する海洋プラスチック汚染は、魚や海鳥などの海の生態系にまで大きな影響を与え、地球規模の問題となっています。ここ亀岡でも、大量のペットボトルやレジ袋などのプラスチックごみ問題が、保津川をはじめとする自然景観や市民の生活環境、そして観光にも大きな影響を与えているだけでなく、「市の魚アユモドキ」に代表される多様な川の生態系にも影響を及ぼすことが危惧されています。
海から遠く離れている都市なのに、海ごみや海鳥の心配をしているわけです。海洋プラスチックによる海鳥の被害は、最近大きな問題になりつつあります。以下の動画は、アメリカの研究チームがミッドウェー環礁でコアホウドリを撮影したもの。ショッキングなシーンもありますが、まず見てください。


Chris Jordan's ALBATROSS film trailer from chris jordan photographic arts on Vimeo.



日本から遠く離れた海域ですが、私たちが捨てたペットボトルやレジ袋が川を通じて海へ流れ、海流に乗ってミッドウェーまで漂います。その間に紫外線や波を受けて細かく砕かれ、それをコアホウドリの親鳥が餌と間違えて捕食し、ヒナに与えます。ヒナは自立して飛び立てるだけの栄養がとれないので、最終的には死に至るわけです。多分、親鳥も誤食して同じ運命をたどっているでしょう。
上の動画はダイジェスト版ですが、本編(約1時間40分)では、親鳥が吐き戻してヒナに与える餌の中にカラフルなプラスチック片らしきものが映っています。下はそれを切り取ったもの。



被害は海鳥だけではありません。魚、イルカ、鯨、亀など他の海洋生物も同様です。今のところ、魚が誤食したマイクロプラスチック(0.5mm以下のプラスチック)は消化器官から肉へは移動していないようで、魚を食べた人間への影響は確認されていませんが、さらに微細なナノプラスチックになるとチェックできないそうです。
魚だけでなく、食塩からもプラスチックが検出されています。つまり、私たちの体内にはすでにマイクロプラスチックが取り込まれているわけです。実際に人糞からも検出されています。
プラスチックの規制は日本では遅れていますが、ヨーロッパではかなり進んでいます。EU市場では来年から使い捨てのプラスチック製品が禁止されます。アメリカは国としては消極的ですが、州や都市によっては先進的で、例えばサンフランシスコでは21オンス(621ml)以下のペットボトルは禁止。違反者には罰金も科せられます。
便利な素材ですが、少しずつ脱プラスチックの生活に切り替えざるを得ません。
なお、上のコアホウドリを撮影したグループは、この問題を世界にアピールするため、動画や画像を無料で提供しています。
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日本最古の野鳥図鑑

2020年06月11日 | 野鳥
現在、野鳥図鑑の歴史を調べています。日本で最も古い図鑑は『訓蒙図彙(きんもうずい)』という書物のようです。1666年(寛文6年)に京都の学者・中村惕斎(てきさい)が著した、図鑑というよりも百科事典。鳥だけでなく、植物や動物、人体、道具、衣服など約1500項目を図入りで解説しています。
この中の「禽鳥」の部で72種類の鳥を図とともに説明しています。下の写真の右上から左下へ順に、ウミウ、マナヅル、オシドリ、カイツブリ、ツル(タンチョウ)、コウノトリ、タカ、ワシ。



面白いことに、最初に登場するのは鳳凰。そして、コウモリも掲載されています。当時はコウモリも鳥と認識されていたわけです。
『訓蒙図彙(きんもうずい)』が発行されてから約50年後、今度は『和漢三才図絵(わかんさんさいずえ)』が編集されます。同じく図入りの百科事典で、天文、生物、人物、道具、衣服などあらゆるジャンルの事物を図入りで説明した105巻81冊に及ぶ大著。編集したのは大阪の医師・寺島良安。
鳥は水禽、原禽、林禽、山禽の4つに分けて約160種類を掲載しており、それとは別に、雌雄、巣、卵など20項目の用語も解説しています。下の写真は、右から白鶴子(だいさぎ)、蒼鷺(あおさぎ)、朱鷺(とき)、箆鷺(へらさぎ)。



例えば、朱鷺については以下のように解説しています。「東北の海辺に多くいる。鷺に似ていて冠毛はなく紅を帯びている。羽軸は最も紅い。嘴は黒く長くて末は曲がり、頬にも紅色がある。脚は赤く翅は淡朱鷺色を帯びた白色。高く飛び、樹に巣くい水に宿る。肉は生臭さがある」。
当時は野鳥も食糧だったので、必ずといっていいほど、肉の味についてのコメントがあります。中には料理法や薬効を書いたものもあります。
この『和漢三才図絵』は前述の『訓蒙図彙』の図を模写している場合が多く、上のウミウ、マナヅル、カイツブリ、コウノトリはそっくりそのまま登場します。当時は著作権という概念がなく、日本画でも他の作品を模写することが当たり前だったので、不思議ではありません。
『和漢三才図絵』の後、博物学がブームになったこともあって、さまざまな野鳥図鑑が編さんされます。美しい鳥がたくさん色刷りで描かれていて、なかなか魅力的で、そちらもいろいろ調べています。
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調査疲れ?

2020年06月04日 | 樹木
週末に栃の森へ行ってきました。4月はコロナのために中止したので、約半年ぶり。いつものメンバーと顔を合わせるのも久しぶりでした。
昨年は自主調査に加えて鳥獣保護区としての調査をやりましたが、それが終わった今年は「モニタリング1000」という別の調査を依頼されました。全国1000カ所をほぼ5年ごとに調査して、鳥や環境の変化をモニターするという調査です。
2009年と2013年に続いて今回で3回目。私は耳が悪いので鳥の調査は他のメンバーに任せて、植生調査を担当。5つのポイントで樹木の種類や高さごとの被度(面積の割合)を記録したり、写真を撮りました。
林内は、毎年のことながら初夏の白い花があちこちに咲いていました。最初に目に付くのはヤブデマリ。この樹は年による変化がほとんどなく、毎年元気にたくさんの花を見せてくれます。



いつもは林道で見かけるナナカマドが、林内の谷筋で白い花を咲かせていました。今まで気づかなかったのは幼木だったからで、今年初めて花をつけたのかもしれません。



モニタリング1000の調査はいつものラインセンサス法(歩きながら記録)と違って、スポットセンサス(5つのポイントで10分間止まって記録・往復2回)なので、いつもより歩行距離が長く、時間もかかります。
そのコースにたくさん生えているサワフタギ。この樹は花が少ない年と多い年がありますが、今年はそこそこ咲いていました。



調査の歩行距離が長い上に、前日も別グループによる宇治川の調査に参加して7~8キロ歩いたこと、前夜の車中泊でよく眠れなかったこともあって、いつになく疲れました。調査が終わった段階で、いつもの目的地まで歩くというメンバーと別れて、私一人先に帰りました。
その帰路、タニウツギがいつもどおり、白い花が多い中で唯一赤い花を咲かせて、疲れを癒してくれました。



キャンプサイトに戻って、車で1時間ほど仮眠してから帰りました。うしいことに、その途中でヤマセミに遭遇。このあたりで見るのは約20年ぶりでした。
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