樹樹日記

じゅじゅにっき。樹木と野鳥に関する面白い話をご紹介します。

鳥焼け

2019年09月27日 | 野鳥
昨日はタカの渡り観察のため早朝に出かけたため、投稿できませんでした。
この時期、近くの巨椋(おぐら)干拓地へシギ観察に行く(オグラーになる)か、大津市との市境にある岩間山へタカの渡り観察に行く(イワマーになる)か迷いますが、昨日は後者にしました。9月17日に続いて今季2度目。
平日なので参加者は少ないと思いきや、「今日はたくさん飛ぶ」と予想した熱心なホークウオッチャーが仕事を休んで3人も来ていました。そのほか、いつものイワマー、野鳥の会のメンバーなど20人ほどが陣取っています。




観察するだけでなく調査も実施していて、約2カ月間毎日種類ごとにカウントしています。17日はサシバ185羽、ハチクマ31羽をはじめ合計223羽を記録しました。
以下は両日撮影した動画を編集したもの。まずは、サシバとそのタカ柱。ホークウオッチャーは、数十羽のタカが上昇気流に乗って旋回するタカ柱を見ると大喜びします。



昨日は、サシバ854羽、ハチクマ81羽、ノスリ21羽など合計975羽。待望の4桁には届かなかったものの、たくさん観察できました。
数が多いのはサシバですが、ホークウオッチャーに人気があるのはハチクマ。大きいので飛翔が雄大、雌雄・成幼で色や模様が違うので面白いというのがその理由です。



イワマーにしても、オグラーにしても、ずーっと日なたで過ごすので日焼けします。帽子はもちろん、日焼け止めクリームを塗りたくっていますが、それでも腕は真っ黒。私は勝手に「オグラ焼け」「イワマ焼け」と言ってますが、まとめて言えば「鳥焼け」です。
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鳥の糞は宝の山

2019年09月19日 | 野鳥
尾籠な話で申し訳ないですが、鳥は人間など哺乳類と違って、糞と尿を一緒に排泄します。重い水分を体内に貯めておくと飛翔の障害になるので膀胱がなく、総排泄口という器官で消化残留物と尿が混じって体外に出る仕組みです。
下はムクドリの糞。白い部分が尿、中央の黒い部分が糞です。



鳥の糞には、窒素、アンモニア、尿酸、リン酸などが含まれているので良質な肥料になります。また、鳥の糞から得られる硝酸は火薬の原料になります。つまり、鳥の糞は貴重な資源なのです。
その糞の争奪が原因で、1865年にはスペインとチリ、ペルーの間で戦争が起こっています。またアメリカは、鳥の糞におおわれた太平洋の無人島をアメリカ人が発見した場合は領有できるという勝手な法律を制定し、ミッドウェイなど50以上の島々を自国のものにしました。
太平洋にナウル共和国という小さな島国があります。この島には膨大な量のアホウドリの糞が堆積しており、それを輸出して莫大な収益を得たため、1980年代の国民一人あたりのGNPは2万ドルもありました。中東の産油国よりも高く、日本の約2倍。


上空から見たナウル共和国

その利益は国民に還元され、税金がない上に医療費や光熱費、教育費も無料。多くの国民は働く必要がなく、「世界一裕福な国」と呼ばれました。ところが、大量に採掘されたため、近い将来枯渇することが判明。政府はその対策に追われていますが、長年働かずに裕福な生活を送った国民の意識は簡単に変わらないため、窮地に陥っています。
その経緯をまとめた『アホウドリの糞でできた国 ナウル共和国物語』という本も出版されています。



ちなみに、日本近海に「鳥島」と名付けられた無人島がいくつかありますが、これらも鳥の糞でできた島のようです。
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楽園の危機

2019年09月12日 | 野鳥
時間があると近くの干拓地へシギ・チドリ観察に出かけています。
これらの鳥は水を張った休耕田にやってきて餌を食べ、エネルギーを蓄えてから南の越冬地へ渡るのですが、今年はその湛水休耕田が激減。減反政策が廃止され、休耕しても補助金がもらえないためか、水田や畑地に戻ったところもあります。従って、鳥の種類や数も昨年に比べると大幅に少ない。
少ない湛水休耕田を丹念に探して、ようやくタマシギ親子を見つけました。この鳥は雄が子育てします。3羽の幼鳥を連れて先頭を歩くのは育メン。



水田や畑地に戻るだけでなく、昨年まで湛水休耕田だったところが水を抜かれて乾燥し、雑草が生えて耕作放棄地のようになっている場所も多い。後継者がいないからでしょうか。地元の高校周辺に10枚以上あった湛水休耕田はすべてこの状態。
下は比較的渇いた休耕地を好むムナグロですが、1週間後に訪れた時はトラクターが入って耕起していました。



農業のための干拓地なのでしょうがないですが、この状態が続くと、シギやチドリにとっての楽園が消失するかもしれません。
北陸新幹線の延伸ルートに入っているのでその影響を心配していますが、工事が始まる前に鳥がいなくなるのではないか別の心配が出てきました。
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孔雀茶屋

2019年09月05日 | 野鳥
清少納言が『枕草子』の中で、「鳥の中でいちばん可愛いのは、外国産だけどオウム。人の言うことを真似するっていうじゃないの」と書いています。今から1000年も前に、すでにオウムが日本に移入されていたわけです。
驚くのはまだ早くて、日本に初めて外来鳥が持ち込まれたのは飛鳥時代の598年4月。ある人物が新羅(朝鮮半島)からカササギを2羽持ち帰ったという記録が『日本書紀』にあります。さらに、同じ年の8月には新羅からクジャクが1羽献上されています。


カササギ(Public Domain)

これらは天皇など当時の権力者が独占的に所有していましたが、江戸時代になると、外来鳥は見世物として一般庶民の目に触れるようになります。記録によると、オウムが物真似したり、クジャクが芸を披露する見世物が京都や大阪、江戸で人気を博したようです。
さらに、寛永年間(1800年前後)には、クジャクを客寄せにした「孔雀茶屋」が登場。「孔雀をご覧じて、お茶を召し上がれ」と客を呼び込んだそうです。下の絵はその「孔雀茶屋」を描いたもの。大きなおりに入っているのがクジャク。現在の猫カフェのルーツでしょう。



現在はワシントン条約で生物の移入・移出が厳しく規制されていますが、当時は何のルールもないのでやりたい放題。多分、現代よりも多くの種類と数の外来鳥が日本にいたと思われます。
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