ライターの脳みそ

最近のマイブームはダム巡りと橋のユニークな親柱探し。ダムは目的地に過ぎず、ドライヴしたいだけ…。

柴堰からの〜…高橋頭首工

2021-08-16 10:19:06 | 福島(ダム/堰堤)
どーも、ワシです。さて、今回は福島県大沼郡会津美里町吉田村東甲(あいづみさとまちよしだむらひがしこう)にある阿賀野川水系の高橋頭首工を訪ねます。アクセスは宮川沿いを走る国道401号を進んでいくと県道128号、そして県道329号が合流するのですが、その両県道の間に目的の頭首工があります。

到着しました。宮川の左岸、下流側から見た「ご尊顔」です。うーん、なんか凛々しい四人衆といった感じ。



これが左岸の横から見た頭首工。入口には柵があって残念ながら進むことはできません。



左岸、上流側から見た「四人衆」。



写真中央に見える2つの白い柵のあるところが取水口になっています。そこから分水した水は宮川の左岸の田畑に供給されるようです。



続いて対岸(右岸)に向かいます。左岸から見た頭首工の下流側の様子。



左岸、下流側から見た「四人衆」。



下流側にある県道128号に架かる橋を渡って右岸に来ました。頭首工の横にあるのが水利使用標識。



頭首工本体に貼り付けられた「高橋頭首工」のプレート。この洪水吐ゲートは1996年3月に設置されたもののようです。



右岸、上流側から見た「四人衆」。ちなみに右岸側にも取水口があり、これは右岸側の田畑に水が供給されるそうな。



右岸側には頭首工のすぐ近くに「柴堰記念碑」。ん?これは何でしょうね。



この記事を書くにあたり調べてみると次のようなことがわかりました。今から約400年前、この付近には「柴堰」なるものが設置され、それが長らく近隣の水田に水を供給していたようです。近くにはこの柴堰を含め3つの堰があったようですが、1960年にそれらを統合して「大堰」が作られます。ところがこれが老朽化したため国営会津宮川農業水利事業によりその下流40mの場所に現在の高橋頭首工が建設されたそうな(参考)。おそらく上の洪水吐ゲートのプレートから判断して高橋頭首工は1996年までには完成していたと思われます。

でも、なぜ高橋と命名されたのか。国土地理院の地図を見ると頭首工の右岸上流側の地名が高橋なので、たぶんそれに由来するんじゃないかと思います。
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