湘南オンラインフレネ日誌

フリースクール湘南オンラインフレネ学習的就労支援活動・災害ボランティアの実践を書き溜めていきます。

12/6 駅構内の雑踏について考える 他

2014-12-07 05:29:17 | 地震津波災害ボランティア

2014/12/06 記
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数日前、茅ヶ崎駅のエスカレータで将棋倒し事故があり、死者が出たとのこと。緊急ブレーキが作動したのだろうが、災害時、同様の事故が起こりうる。駅のことでいえば、私の故・曾祖母は、階段の端を手すりを頼りに下っていたとき、背後から、スーツ姿の中年男性の突撃に会い、体幹を反転するように転げ落ち足指を骨折・胸を強打した。父に至っては、半身麻痺がじわり始まった頃、下りエスカレータに乗り移る際、接近した若夫婦(?)にせかされて、足を滑らせ尻餅状に最下段まで勢いよく滑り落ち、救急車騒ぎになったが、着膨れしていたので手と顔に擦過傷を作って、家族の知らないうちに旧徳洲会病院からタクシーで帰ってきた。駅ビルの管理者と市(保健福祉課か?)から見舞いの電話が入って、初めて母が事故を知ったという話がある。

そういう私も、改札口前を通り、北口から南口エレベータをめざして、視覚障害者用ブロック添いに両手に荷物を下げて歩いていたところ、今の茅ヶ崎物産案内所の前辺りで、私の背後から急に目の直前を左に男性が割り込み横断した。急に至近距離に現れた男との衝突を避けて、私は転倒。両膝に擦過傷を作り、出血した。振り向いた男性を睨んだということで逆上。私を交番に突き出すという珍事があった。私は片足膝がバイク自損交通事故で粉砕骨折の再建手術を受けており、横から押されて踏ん張ることも、走ることも出来ない後遺症を持っている。男が走りこんできた右側は網膜色素変性症で明暗しかわからない。相手は酒気帯び。相手の主張は「触れていない」というものだった。障害手帳を掲示し経過を語り、相手は沈黙した。治療費請求するために、相手の住所を書かせたが、その住所はでたらめだった。

曾祖母・父ともに相手は立ち去ってしまっている。父の場合は父本人を問い詰めてわかったことで、若夫婦やら店員風の男か曖昧ではある。(父は失態を隠したかったのだ。市からの経過説明でわかった。)

平常時でさえ、雑踏は危険に満ちている。先日の茅ヶ崎・平塚間の人身事故のときの改札口混雑のときも、南北の駅出口を抜ける通行人が改札口前を通れない事態になり、駅員が道を作ろうとしたが、「割り込むな」と通行人の胸倉を掴む通勤客がいて、止めに入った駅員が突き飛ばされる事件が起きていた。

地震で揺れたときの群集と、平常時の群集の差は何なのだろう。平常時の群集の方が殺伐としているのはなぜか。自分の状況を把握する際、個人の出来事として経過を認識しているか、集団共通の危機として認識しているかの差ではないかと私は思っている。震災のときでも、足を踏まれたら、その瞬間から個人の事件に変質する可能性はあるが、雑踏の読みをどう踏まえるかによって、防災対策は大きく変わる。

私が提案していた、外出中の発災時、障がい者の保護の意思を表明する「両手の頭上交差サイン」が、雑踏の中でどの程度有効であるか、そのあたりに関係する。ただしこれは、視覚障がい者にはわからない。視覚障がい者のなかから、障がい者として支援を求める「黄色いハンカチーフと鈴の音」の普及活動がある。私の提案は、聴覚障害・知的・発達・精神そして身体に障がいのある方たち、複数の乳幼児を抱えた母親に対する現場応答提案だったのだ。飛行場で整備員が飛行機を誘導するときのしぐさと思ってくれればいい。問題は全国で広く認知されていないと通じないことだ。

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相模大野校の帰り、母にせつかれて、藤沢でお歳暮をそろえて送った。先方の応答があれば、来週、静岡にいく。「市民トリアージ」の取材と、三島の発達障がい者の社会的企業その後を見学をしてこようと思っている。新幹線や特急使わないケチケチ旅行なので、時間が足りるか?

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NHKの番組Tomorrowは、今日、生活不活性病の危険を報道した。被災者の生きて行く意欲の減退が、様々な心身の病を引き起こす。このことと避難生活、さらに復興支援住宅入居後の新生活を含んで見守りを長期にかけていかないと、特に高齢者の健康は急激に衰弱する。足湯とか入浴サービスを行うことも必要であるが、当人の意欲的な自己選択の行動をどうサポートしていくか、そのことに懇話会や「わーく」で取り上げてきた。今なすべき、ケアなのだと思う。この番組は1月の金曜ミニ・カフェで扱う予定。

夜間傾聴>なし(台風の目か?)


(校正2回目済み)


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