届かなかった親書

2012-08-27 00:00:36 | 市民A
韓国側が日本の送った親書を受け取らずに突き返すという蛮勇を見せた。

親書という言葉は元首同士の手紙という意味もあるため、一部の報道では首相親書となっているようだが、あまり厳密に考えなくてもいい。江戸時代末期に米国大統領が親書を送った相手は徳川家茂であったし、元の皇帝が高麗に命じて日本へ降伏するように親書を持ってきた相手も、天皇ではなく北条時宗である。親書に代わって「国書」という言い方もある。

そして、本来、親書は受け取ったら返書を返すのが普通だが、普通ではないことが起きると結局、大変なことが起こる。

最近では、父ブッシュがフセインに送った親書をイラクが返したため、その後、湾岸戦争が始まった。

国内でみると、有名なのが「小野妹子」事件。第二回遣隋使として608年に聖徳太子からの親書を持っていった。例の「日の上る国の天子から日の沈む国の天子あて」という空威張りレターである。その遣隋使が日本に帰る時に隋の皇帝からもらった親書を小野妹子は途中の朝鮮でなくしてしまった。実際には、屈辱的な内容だったので、小野妹子が聖徳太子に見せられず紛失してしまったのかもしれない。


それから、北条時宗。日本征伐をめざす超大国(当時)「元」の代表団を、なんと処刑してしまった。その結果は大戦争だった。


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