殺人事件続発はあの事件の誘発なのか

2022-12-28 00:00:08 | 市民A
元首相暗殺事件のあと、特に年末になって理不尽に見える殺人事件が発生しているようにも見える。

暗殺事件については「動機」が明らかになっていて、手段の是非は別にして意味を考えることはできる。

宮台教授殺人未遂事件については、皆目わからない。公開された動画は、身長が高く猫背で歩く黒い服を着た男というだけで今のところ動機を解読することはできない。動機が判らなくてもいまだに逮捕に至らないのは、何か理由があるのだろうか。教授の発言に腹を立てて凶行に及んだとしたら昭和の初期のテロリズムと同じだが、まだ断定できない。テストでひどい点を取って落第して就職をフイにした学生かもしれない。

飯能の一家三人殺害事件の加害者は、おそらく自分の中には「殺して当然」という論理や使命感があるのだろうが、いずれわかるのだろうか。裁判所でよくつかわれる「身勝手な理由」ということなのかもしれない。優等生(小学生)→サッカー少年(中学校)→映画監督手前→孤独生活。何か突き抜けられない壁があるのかもしれない。

かなり明確に見えるのが茅ヶ崎市の殺人事件。大阪の月4万円のマンションの家賃を5年間払わず、裁判所からの立ち退き命令で住処を失い、腹いせに家主を殺害。論理のジャンプということだろう。被害者は、当初は少額マンション投資をしていて金融機関の勧めによって多額の借り入れをして何か所かの物件を所有していたようで、その中に、加害者への賃貸があったようだ。

管理会社を通していなかったのが致命的だったようで金融機関は何をやっていたのかという気がするが、それでも登記簿を見れば誰でも所有者はわかるので、むしろ投資用に複数人で共同所有する形式の方が安全だっただろうか。

居住用の賃貸については、借主保護という原則があって、借りる方がより多く守られているのだが、長期の家賃滞納者に催告を繰り返せば裁判所でも立ち退きを命令している。

しかし、借主の権利を認め過ぎると、賃貸をするアパート経営者がいなくなってしまうわけだ。あるいは保証料が高額になる。

借主の側は居住権(生存権の一部)であり、貸主の側は財産権というどちらも憲法で保障された権利で、比べれば生存権が上ということなのだろうが、少し考えれば、財産権は日本では有史以来、本質的な個人の権利であるのに対し、生存権は国家が個人に対して憲法をはじめとする法律で保護しているのであって、住処のない人には国あるいは地方政府が住居を用意すべきもので貸主の財産を削るようなことはどうしてもおかしいわけだ。

さらにいうと、生活保護と認定されれば、それなりの家賃の物件を決めてもらえるわけで、こんなことになる必然性もない。支払うお金を持っていながら払わないというのなら、そもそも恨むようなことではないように思える。お金がない原因は、収入と支出が見合わないわけで、その原因はたくさんあるはずで、家賃にしわ寄せしてずっと払わないで5年間住んでいたとしたら、恨むよりも感謝すべきように思える。そもそも今や人手不足の時代。ちょっと働けばお金は入ってくる。


問題は、各事件の動機が「自分と異なる思想家への怒り」とか「富裕層への憎しみ」とか「外国人への嫌悪」から起きていたとするなら、昭和初期のテロルの時代と同じであるし、ほとんど幕末初期の長州藩とも同じであるわけだ。

「テロルの時代」は大正デモクラシーの過程で政党の腐敗が多発したことから反動として起こった側面もあるわけで、与野党とも大臣首狩りゲームばかりではなく、国会で「差別」と「テロ」の根絶宣言をしたほうがいいと思う。