石臼一本挽きとは

2019-07-19 00:00:31 | あじ
そばがまとめて届いた。時節柄お中元かというと、そうではなく、ある電話会社の株主優待で電話会社が経営している通販サイトから一品いただけるというものだった。

信州戸隠そばの太切りと細切り。そして、差別化のひとことが、「石臼一本挽き」。石臼は蕎麦の実を粉にするのに石の臼を使うということと見当がつくが、一本というのがわからない。二本というのもあるのだろうか。



知人に信州(長野県)の有名進学校の卒業生が何人かいるので、一人に聞いたところ、「馬鹿言っちゃだめだよ、いまどき臼なんかで挽いているわけないだろ」と怒られてしまった。ついでに、「こどもの頃は蕎麦畑があったけど、全滅だよ。全部輸入品。君は千葉県人だから知らないだろうけど」と追加で怒られた。千葉でも落花生農家はほぼ全滅しているが、一部、高級品を作っている。たぶん長野でもそうだろうと思うが、いずれにしても一本挽きの謎は解けなかった。二度も三度も挽き直さないということだろうか。粗挽きの粉かな?

実は、包装紙に俳句が書かれていた。


信濃では月と仏とおらがそば


この句は前から知っていて、小林一茶作と思っていたのだが、たいへんな曰くつきの句だった。

まず一茶は晩年は北信に家を構え、若い妻と愛欲生活を究めていて、そのエネルギーは、うまい蕎麦から得ていたとされていて、さらにこれも名句である「そば時や月の信濃の善光寺」を詠んでいる。さらに句集「おらが春」を編んでいるのだから信濃、月、仏、おらがそばと並べば一茶として間違いなさそうである。ところが生涯で数万の句とされる作品の中にないのである。どうも世に現れたのが明治の末期で、中村六郎という一茶愛好家の方の作らしい。

中村家は酒造家であったが、副業として蕎麦を作っていて、中村家の特産品として「氷そば」というものがあったようだ。「氷そば」というのも理解できないが凍豆腐のようなものかな?この蕎麦の宣伝のために作ったのではないかといわれている。

また中村六郎作の一茶好みとしては、この句のほか「親は死ね子は死ね孫は後で死ね」とか「何のその百万石も笹の露」とかある。といっても剽窃というのはあんまりな気もする。なにしろ小林一茶が芭蕉、蕪村と並ぶ存在とされたのは、中村六郎が世に紹介したからなのだ。

一茶作でないと言われて困るのは、全国にある一茶風の名前の蕎麦店かもしれない。一茶庵とか一茶、おらがそばというのが多いようだ。新メニューとして氷そばを登場させなければならないだろうか。

ところで、この蕎麦の詰め合わせだが6本あったが、普通のパッケージでは縦長の箱になるのだが、贈答品シーズンだとデパート等では横長の箱でなければならない。特設コーナーで横幅を強調しなければならない。サッポロビールでも傘下のエビスビールの贈答品用に、特別に季節限定ビールの種類を増やして5種類以上にして横長の箱に入れて売っている。この蕎麦も麺を縦において、両サイドには麺つゆの袋とか小箱に入れて恰好をつけている。

麺を横向きにおいて、麺を包む紙の印刷も横向きにすればいいはず。
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