キッチン・ブルー(遠藤彩見著 小説)

2019-07-04 00:00:46 | 書評
書名からいって、専業主婦が台所でむしゃくしゃした気持ちをアルコールにぶつけるような陰惨なストーリーを予測したのだが、そうではなかった(短編集の中にはそういうのもあるが)。



6作の短編集。

『食えない女』
 会食不全症候群という奇妙な心の病を持つキャリアウーマンの話。人前で食事をすることができないという奇妙な症状のため、仕事も恋愛も相当無理がある。昆虫を食べるのが好きという男性に巡り合うのだが、今後困難が予想される。

『さじかげん』
 料理が得意な姑とからきしダメな嫁の話で、仕方なく生徒として料理教室に行くが、そこにいたのは、料理の腕前は講師並みなのに自分が下手だと思い込んでいる生徒で、講師があまり教えてくれないと騒ぎだすわけだ。
 確かに、料理というのは食べる立場でいえば、複雑な調理の方が好ましいが、作る立場でいえばまったく逆。人間が野生の肉食動物でないことの宿命として、料理の腕前という話がなくなることはないだろう。
 嫁と姑問題もなくならないような気がする。姑がリタイアしたとたんに張り切りだして、いままでのぐうたらは仮病ではなかったのだろうかとの疑問を国民に抱かせることになった例も最近あった。

『味気ない人生』
 気に入ったマンションだったのに、階下の隣人が夜中まで大騒ぎすることによる不眠によってストレス性味覚障害に陥った女性の話だ。
 実際、騒音問題というのは困った問題なのだ。夜は静かにするといっても、昼は外出している人にとって、掃除や洗濯の音はどうしても自然に発生してしまう。また昼は眠って夜働く人もいる。本作では最後に民事調停をあきらめて引っ越しすることになるのだが、またも引っ越し先で騒音問題が起こることだってあるわけだ。もっともそこまで書いたら読者が不快を感じるかもしれないから、引っ越し=問題解決ということにしたのだろう。

『七味さん』と『キャバクラの台所』
この2作はよくわからない。『七味さん』はストーリーが平凡すぎるような気がする。狭い世界での女の争い。といっても殺人事件のようなことはおきない。口喧嘩のレベル。『キャバクラの台所』。キャバ嬢のランキング上位の女性が、酔いつぶれて客に失態を見せる事件が、ちょくちょく起きるようになる。ちょっとしたなぞ解きになっている。

『ままごと』。
 社会とつながりの弱い女性が、ある時、自分の作った料理をブログで紹介したところ、コメントがあり、これに励まされて次々と手の込んだ料理の撮影を続けるのだが、大問題は、その料理を食べる人。特定の男性のために料理を作るから熱意がこもるという理論の元、ボーイフレンドの家で大量の料理をつくるのだが、きれいに盛り付けて撮影が終わるまで食べてはダメ。

段々とブログに熱が入って行くにしたがってボーイフレンドは引いてしまうことになり、その結果、ボーイフレンドの交代ということになる。

そもそもブログがいけないのではなく、一日に料理一品だけ紹介程度にすれば大したことにはならないはず。

同じようなことをしていた人物が江戸時代末期の大名の中にいた。井伊直弼だ。茶道の達人で、井伊邸で毎年行われる大茶会では、すべてその年の新製品の茶菓子が並べられたそうだ。日本の多種多様な種類の和菓子は、井伊直弼の茶会がルーツであったりするらしい。

6編ともライトノヴェル的なスピード感や軽さがあるのだが、人生の深淵とか地球の危機とかの巨大問題とは無縁である。