ひろしま・ヨコスカ(石内都展)

2008-12-28 00:00:52 | 美術館・博物館・工芸品
2008年の美術館散策の最後は、目黒区美術館で開かれている(~1/11)写真家、石内都(1947~)展。



実は、ブログを書き始めたここ数年前から、なぜかしょっちゅう石内都の展覧会と遭遇している。それは、偶然というよりも、彼女が積極的に作品を創り、どんどん個展を開いているからだろう。

そして、彼女の作品の評価が高まることによって、美術館側の誘致熱が高まり、入場料も高くなる。 彼女の創作歴をみると、30歳でデビューして、「絶唱:横須賀ストーリー(1977年)」「アパート(1979)」「連夜の街(1981)」の初期の時代に木村伊兵衛賞を受賞している。その後、渡米し、長く沈黙。「1・9・4・7(1990)」で復活し、最近は、「キズアト(2005)」「マザーズ(2005)」と。問題作品を現代社会に提示。そしてことし(2008年)に「ひろしま」を発表。

初期三部作は、基地の街、老朽アパート、売春街といった人間の醜い居住空間を冷たくとらえ、「1・9・4・7」からは生身の人間を写す。自分と同じ1947年生まれの米国人の肉体を写したのが「1・9・4・7」。そして、「キズアト」では、人間の「老」を正面からとらえ、肌に刻まれたさまざまなケロイド状の傷跡を写していく。 さらに「マザーズ」では84歳で亡くなった母の遺品を写すことによって、さらに新しい分野に進み始めた。マザーズ以降、モノクロからカラーに移行したのだろうか。


そして、「ひろしま」では、原爆投下の時にさまざまな市民が身につけていて、ちぎれたり、燃え残ったり、あるいは無傷のまま、亡くなられた方々の身につけられていた最後の衣類を題材にしている。



本展覧会は、石内都のデビュー後の作品を少しずつ均等に紹介している。社会派路線と全部まとめてくくれば、それまでだが、徐々にその指向性(題材)も変化していることが感じられるわけだ。 今後、どこに行くのだろうか。というか、現代の社会は様々な問題が噴出しているのだから、題材に困ることはないのだろう。

ところで、2005年に発表した「キズアト」からの作品を見ていて感じたことがある。 誰でも、人生の半分を過ぎれば、自分の体の外や、見えないところにキズができるものだ。手術痕だったり、火傷のあと、愛犬にかまれた痕や、間接の不具合。曲ったオヤシラズや肋間神経痛。結構、その傷や痛みの原因を覚えていたりする。結局は、そういう不完全な体を自分で大切にしなければならないことがわかってくるわけだ。

個人的には、今まで体にメスを使ったのは、虫垂炎と足の指のウオノメだけであるが、手には多くの傷がある(手首にはない)。 とりあえず、自分の手を写すだけなら、モデル料ゼロ円であるのだから、一眼で、「わが傷ついた手」作品集でも作ってみるか、と考えているが、実際には、結構、撮影技術が必要になるのだろう。