ハチ公、その真実は?(3)

2008-12-04 00:00:01 | 歴史
d9b8735b.jpg実在していたことが、はっきりしていて、写真や剥製(国立科学博物館蔵)まで残っているハチ公の伝説は、果たして「真」か「虚」か。

飼い主だった上野英三郎農学博士が亡くなったのが1925年。大正14年である。それから83年の間に、日本は大正デモクラシーをすべて捨て去り、右傾化教育の末、勝ち目のない戦争に突入して完敗。その後、精神的漂流を続けて現在に至る。果たして80年前の時点まで戻っていないかもしれないのだが、そのあたりの思想対立が、このハチ公の正体論争に大きく影響しているように思えてならない。

それでは、虚実入り混じった話を、色々と点検してみると、まず、問題の上野博士だが、東京帝大農学部教授である。その農学部はどこにあったか。それは大きな鍵である。

実は、現在も東大は、駒場と本郷に分かれている。大雑把に言えば、2年間の教養学部が駒場で、3年から本郷みたいな原則だろうか。実は、農学部は、上野教授が在職中に、駒場から本郷に移転している。大正12年(1923年)9月の関東大震災のあとだそうだ。

上野教授の住居は現在の東急百貨店本店のあたりだったそうだ。東大駒場と東急本店を地図で見ると500メートル位。歩いて5~10分である。つまり、渋谷駅とは何の関係もないわけだ。むしろ、勤め先に近いところに住んだ、ということだろうか。ハチ公は、大正11年(1922年)生まれとされるので、生まれたての子犬の頃は、送り迎えしていたわけじゃない。

その後、1923年の関東大震災のあと、東大農学部の移転により、博士は慣れぬ電車通勤をしなければならなくなる。では、どうやって通勤したか。

d9b8735b.jpg現在なら、簡単な話である。地下鉄銀座線で赤坂見附駅で丸の内線に乗り換え、本郷三丁目まで。あるいは、JR山手線で池袋から丸の内線など、いずれでも30分程度。両サイドを10分歩いても50分である。



ところが、当時はこの丸の内線はなかった。戦前に完成した唯一の地下鉄、銀座線も昭和に入ってから。交通網は都電と山手線になるのだが、山手線が環状になったのは、奇しくも大正14年である。環状になる前は、「の」の字運転といって、中野から新宿、御茶ノ水、東京ときたあと、品川、渋谷、またも新宿、池袋、上野終点と変則運転をしていた。

一方、都電は、渋谷から青山通を三宅坂まで直進して、皇居を南回りに新橋方面に向かう路線と、北回りに九段下方面に抜ける路線があったが、東大農学部前という白山通りに行くつくまでには、1回の乗り換えでいけるかどうか。

実際には都電の渋谷駅は、ハチ公の銅像のあたりにあったので、都電で通勤していたのかもしれない。国鉄にしても都電にしても東急本店からは5~10分といったところであるが、果たして飼い犬が出迎えに行っていたのだろうか。彼は有名教授であり、公用で多忙のはず。毎日帰宅時間は一定していたのだろうか。



そして、博士が亡くなるのは大正14年(1924年)5月21日。講義中に脳溢血を起こしたそうだ。一説では、通勤時間が長くなって疲労が蓄積していた、ということらしいが、まだ53歳なのだから、通勤過労ということはないだろう。何か持病があったのだろうか。

そうなると、博士が渋谷駅から国鉄または都電で通勤したのは、長くみても半年くらいとなる。

そして、その後、ハチ公は上野家から他所に養子に出されるのだが、逃亡。結局、一生のほとんどを渋谷周辺で暮らすことになるのだが、毎夕、駅前に現れるところを目撃され、その後、「忠犬」ということになる。


さらに、問題は出自である。秋田からきた「正統秋田犬」なのか、「大村藩の雌の秋田犬のご落胤」なのか。これもなかなか決定的な手がかりはないのだが、雑種説の有力な証拠として、実在の写真や、銅像に見られる左耳の「半垂れ」をあげることが多い。純粋な秋田犬は、耳が立っている。現在のwikipediaでは、「皮膚病で耳が垂れた」ということになっているが、理解しにくい。(少し前のwikipediaでは、ハチ公自体について、「単に駅前の焼鳥屋の屋台でお裾分けを狙っていただけ」と手厳しい説が紹介されていた。たぶん、二つの政治的勢力が争っているのだろう)

そういうことで、よくわからないのだが、一介の愛犬家として、犬の生態的に考えると、

 犬は、現実主義であるし、結構、頭がいい。

つまり、すでに野外生活だったのだから、迎えにいくとかいうのではなく、渋谷地区全体を住まいにしていて、夕方になると駅前に出没した、ということだろうと思うわけだ。

雑種かどうかはよくわからない。剥製があるのだから遺伝子鑑定すればいいのかもしれないが、そもそも剥製が本物のハチ公かどうか、証明するものはないし、写真のハチ公の鼻の上の方には、縦に窪みが見えるのだが、剥製には見当たらないのも気になる。

結局、謎だらけで調査終了。


まあ、博士も健康であれば、職場で倒れることもなく、飼い犬が渋谷の雑踏に迷うこともなかったはずだ。犬を飼う前に、自分の健康管理が重要だったということなのだろう。

おわり