新書戦争はゲリラ戦?

2006-10-16 00:00:10 | 書評
f43e80c1.jpg新潮社の自画自賛型書評誌である「波」の2006年4月号に、筑摩書房専務の松田哲夫氏が投稿を寄せている。他社に寄稿する方も、また掲載する方も太っ腹同士だ。原稿料はどうしたのだろうか?掲載文は、2ページなのだが、新潮新書が創刊三周年ということで、新書勝ち組同士でエールを送った、ということらしい。NHKの「クローズアップ現代」に松田氏が出演して、新書ブームの解説をしたことをもとにしての原稿だ(画像をクリックすると拡大)。

松田氏の論点は、

1.新書はオヤジメディア。
 売れる新書のパターンは、まず男性読者が先行する、という。売れてくると女性比率が高くなっていくそうだ。そして、年齢的には30代、40代、50代が先行し、その後、20代、10代の比率も上がるそうだ。これは、書店で、最初は新書コーナーの新刊平台で第一次予選があって、これを勝ち抜くと、新刊平台、レジ横といった決勝トーナメントに進出するので、読者層が広がるということだそうだ。

2.雑誌は正規軍、新書はゲリラ。
 雑誌、特に男性誌の売れ行きが落ちている。雑誌の持つ速報性は、ネットにとってかわられ、さらに、少し軽い専門性のところを、専門ライターが少し踏み込んでオピニオンとして発信するようになった、ということだそうだ。つまり「ポ現文新」と言われたような雑誌が凋落し、二元化して、速報性や裏情報系機能がネットや2CHになり、オピニオン機能が進化し、新書となった、ということだ。

3.旧御三家と新御三家。
 旧御三家の一番の老舗は岩波新書。それに中公新書と講談社現代新書を合わせて、旧御三家。対して、新興勢力としては「バカの壁」「国家の品格」の新潮新書。「さおだけ屋」「下流社会」の光文社新書。そして「禅的生活」「ウェブ進化論」のちくま新書。この3社は低年齢層、女性に強いそうだ。
 松田氏の分析では、新潮社は単行本と新書と雑誌の切り分けがうまいそうだ。これぞという著者の一番売れるコンテンツを見つけて、ネーミングがうまくて発売のタイミングが絶妙とのこと。(ほめているのか、単にマーケティングだけで売れていると貶しているのかよくわからない言い方だ)
 そして、光文社新書はカッパ・ブックスの後継として3T(テーマ・タイトル・タイミング)のセンスが生かされている、と本心ではほめていない。(それに、書店の店頭で観察してみると、この3社の他、角川新書も同じくらいのスペースを獲得しているが無視された)

4.突然変異的に躍り出た筑摩書房の謎。
 筑摩書房専務の松田氏が言うには、「筑摩はベストセラーと無縁だった。」「雑誌経験もない。」「したがって、新書戦争で勝ち抜く条件は皆無だった。」と謙遜する。筑摩が「本が売れない」などと言うのなら、大部分の中小出版社の社員は、空に向かってひっくり返り、殺虫剤を浴びたゴキブリみたいに手足を痙攣させるしかない。「勝ち抜く条件が皆無」だったら新書ビジネスを始めるわけないと思う。 ただ、筑摩は出版ジャンルが広く、貧乏暇なしで小ロット他品目主義で小回りのきくゲリラ戦が得意だったということだそうだ。(私の書棚にも、1600年頃に活躍した大橋宗桂名人に始まる、全18巻「日本将棋大系」なる猛烈な全集がある。なぜ、筑摩がいかにも売れない古典将棋全集など出版したのか、今でもよくわからない。)
 要するに、筑摩はゲリラ主義である、と自社分析しているわけだ。(つまり、新潮社とは違う路線を進むので、頼むからマネをしないで大目にみてほしい、ということか)


一方、自分のことをあたって見ると、それほどたくさん新書を読んでいるわけではない。最近読んだり、読書中の新書を列挙すると、「江戸の三00藩最後の藩主・光文社新書」。大名研究家による非常に内容が密な本だが、著者自身がかなりの尊王譲位論者であるようで、通常の歴史観よりかなり右寄りで、幕末の佐幕側をこきおろしている。こういった、「著者の自説」として、偏った内容が多いのも新書の特徴だ。そして、「最後の幕閣・講談社新書」。これは、正反対の本で、幕府の家臣を持ち上げる。「カラスはどれほど賢いか・中公新書」。著者が都心のカラスを研究した内容を書いたものだが、学説とか通説を書いたのではなく、あくまでも「著者の自説」なのである。「ローマ人への20の質問・文春新書」これは不思議だ。どうみても著者の塩野七生は自分の単行本のさわりをコマーシャルのように書き並べてみるが、多くの単行本は、文藝春秋ではなく新潮社が刊行している。


ところで、松田氏が投稿した「波」は2006年4月号。今から半年前である。では、その半年も前の記事をブログにアップするのに、何をぐずぐずしていたのか。

実は、この新書というスタイルについて調べていくと、岩波新書になるわけだ。時に昭和13年の後半である。日中戦争が始まった頃である。その時、岩波書店はどういう方向を向いていたのか、そしてなぜ新書が生まれたのか、そしてその記念すべき最初の刊行は、いかなる新書だったのか。断片的な資料を色々調べると20冊程度が一斉に出版されたらしいことがわかった。そのうち約10冊については特定することができたのだが、さらに詳しく追っていたのだが、幸か不幸か、当の岩波書店から2006年5月にある新書が出版されていた。

「岩波新書の歴史・鹿野政直」。本文386ページに172ページの新書総目録が付随する合計558ページのぶあつい新書である。次回は、この本の中から・・