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ピストンエンジンは永遠か!な?

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V型エンジンの起源

2005年09月10日 | consideration
Vツインの魅力はビジュアルにもあります。なんといっても横から見ると威風堂々としたスタイルには魅入ってしまいます。
このようなVツインはどのように生まれたのか考察してみます。
暦史をひも解いてみるとハーレーダビッドソンは1905年にMODEL11Jを開発して1909年に販売したとされています。それ以前は単気筒エンジンです。
世界で最初のレーシング・モーターサイクリストと言われるグレン・カーチスは、その後航空機会社を設立しますが、ライト兄弟に遅れる事わずか1904年にVツインの飛行機エンジンを製作して空を飛んでいます。それ以前に単気筒のバイクを作りそれをもとにVツインをやはりバイク用に作っています。
星型エンジンは19世紀にオーストラリアのバルツァーという人がクルマ用に作っているので、多分これが最初と思われますが、はたしてVツインの祖先は星型エンジンなのでしょうか?
エンジンの初期はみんな空冷で、だんだんパワーアップしていくと冷却に悩まされる事になるのです。そこでエンジン本体を回せばよいだろうと考えたのか、バルツァーのクルマは3気筒の星型が、クランクケースとともにクルクル回ったのです。安定した回転体としたら3気筒が最小限のような気がしますが、バイクに載せるとしたら3気筒は邪魔ですよね。しかしこの中の1個を取り去り、角度を変えればV型ツインになります。
ワタシが昔見たイラストに、バイクのホイールの中に星型エンジンがハブとして在ったのをあいまいに記憶しています。当時はそんなに古い物にはあまり興味がなかったのでよく憶えていません。
そのアイデイアをそのまま飛行機エンジンに応用したのが、フランスのグノームエンジンで、当時の飛行機はスピードがでなかったので、やはり冷却に困っていて星型ロータリーにしたら解決できたそうです。
第1次世界大戦は兵器としての航空機が発達しましたが、大部分の飛行機はこの星型ロータリーエンジンがプロペラとともに回っていたのです。
横道にそれてしまいましたが、Vツインを考察するにはどうしても星型エンジンは外せません。
イギリスにはブラウシューペリア、ビンセントなどのVツインは有名ですが、ロイヤルエンフィールドが1912年にVツインを作った随分あとになります。エドワード・ターナーが1936年にアリエルからトライアンフに移って、バーチカルツインをつくってからはパラレルツイン全盛になり、それ以前は単気筒がほとんどでした。
エドワードターナーはアリエルでスクエアフォーを生み出したので、Vツインの発想はなかったのでしょう。
となると、パラレルツインにこだわって栄華を極め衰退していったイギリスの煌いた宝のようなバイク達は、すべてターナーの影響下にあったのだ!なんたる運命でしょうね。
パラレルツインに較べVツインのよいところは、クランクシャフトの短い点です。単気筒のクランクとほぼ同じでまにあいます。クランクのカウンターバランスの理論は比較的最近で、ワタシも最近疑問に思っていたのですが、第2次大戦までいかにも空気抵抗の大きなあのブサイクな(といってもカッコ悪いのではなく)エンジンを良く使っていたなと思っていたのですが、水冷12気筒はクランクバランスが悪いとケースまで大破したり、当然水冷ですのでラジエターやられたら、すぐ墜落なのです。日本の飛燕はまた別の問題があったのですが。
カウンターバランスはピストンをその反対をバランスさせるだけのことなのですが、長いクランクにはそれだけでも絶大な効果がありました。それで安心して高回転をつかえるようになったのですね。
ところが、パラレルツインにはまだ大きな欠点があり、低、中回転でスムースに回転させるには、燃焼行程を均等に振り分ける必要があり、それには360度クランクといって2つのピストンを同時に動かすのです。カウンターバランスによりピストンの上死点と下死点付近ではバランスが取れているのですが、その中間点では横方向のモーメントが働き大きな振動を生んでしまいます。つまり、360度パラツインでは、振動が倍増され回転が上がれば上がるほど大きくなってしまうのです。
90度Vツインだと、おのおのが相殺して理論上それがゼロになります。
45度とか60度のVツインではゼロにはならないけど、パラレルツインよりずっとマシになりますね。そして不等間隔の燃焼行程により独特のサウンドと鼓動感(この理由だけではない)がおまけにについてきます。
結論を申しますと、今のところVツインはグレン・カーチスが星型エンジンを参考に単気筒エンジンのパワーアップの手段に作ったとしておきます。


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