言葉の救はれ・時代と文學

言葉は道具であるなら、もつとそれを使ひこなせるやうに、こちらを磨く必要がある。日常生活の言葉遣ひを吟味し、言葉に学ばう。

大学入試の変革期に思ふこと

2017年05月17日 11時05分21秒 | 日記

 昨日、文部科学省により2020年度からの大学入試改革案が発表された。

 あと3年しかないこの段階で、やうやくその具体案が示されるといふことがとても心配である。もちろん制度に完璧なものはない。むしろ完璧などといふことは制度にとつて忌避すべきことである。学力を測る制度において完璧であれば、ある水準に達してゐない者は「学力がない」っと完璧に宣言されてしまふことになるからである。だから、蓋然性のおいて優れてゐる制度が最良である、それが「改革」にたいする見方として穏当な姿勢といふことになる。

 しかし、今回出された例を見て愕然とした。

 http://www.dnc.ac.jp/albums/abm.php?f=abm00009385.pdf&n=%E8%A8%98%E8%BF%B0%E5%BC%8F%E5%95%8F%E9%A1%8C%E3%81%AE%E3%83%A2%E3%83%87%E3%83%AB%E5%95%8F%E9%A1%8C%E4%BE%8B.pdf

 これが大学入試で讀ませるべき文章であらうか。

 確かにここで問はれてゐることも読解力ではあらう。しかし、「これでいいのか」といふ思ひが強い。50万人が全国一斉に同じ時間に集まつて讀ませる文章がこれとは。もはや喜劇である。

 豊かな社会になり、成熟を求める時代には、「街並み保存地区景観保護ガイドライン」やら「駐車場使用契約書」やらの正しい理解こそが大切だといふのは、冗談話のやうにしか思へない。これで、読書の薦めが可能になるか。これで古典と現代とのつながりを意識できるか。人間は言葉によつて培はれるといふ当たり前の事柄が共有できるか。幾重にも疑問が積み上げられていく。

 あと3年。国立大学や一部の私立大学の大学別の入試問題に期待すること大である。新センター試験には期待ができないといふことだけははつきりした。

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『教育の力』を読んで

2017年05月15日 14時54分50秒 | 日記

 教育学者の苫野一徳氏の著書の二冊目である。

 デゥーイの教育学とフッサールの現象学とを合はせて教育を語るのが、苫野氏の教育論である。

 理性では唯一の心理にたどり着くことはできない。だから「共通了解」を探るといふことにおいてのみ、ものごとはより良き方向に向かふといふ確信が著者にはある。その核心は決して相対化されることはないから気持ちは良い。

 結論においても概ね賛同する。「個人の自由」の確保と互ひの承認、そして「一般福祉」の向上、これのみが教育の果たすべき役割である。その通りである。

 個人の自由もなく、互ひの自由の尊重もなく、全体として停滞してゐる。さういふ状況が私たちの現在ではないだらうか。

 そこからより良き未来に向かふには、共通了解を探る以外にない。

 近著の『はじめての哲学的思考』で詳細に述べられたところである。

 学ぶところ大であつた。ただ、少少「いい人」すぎる論説で息苦しい。かういふ人が中等教育の現場に立つと案外御自分の理屈につぶされて倒れてしまふものである。現実の闇は、きれいごとではない。そのことを思ふとやや青さも感じる。しかし、それはそれでいい。学問なのだから。

 いちばんおもしろい指摘だと感じたのは、学校教育法規則には、各教科の「標準授業時間数」は定められてゐるものの、それが集団でやらなければならないといふ縛りはないといふことである。つまりは個別に対応してよいといふことである。さうなればクラスに基づいて一斉に授業を行ふ必要もないといふことになる。学校空間がクラスで出来上がる必然性もそこにはないとなれば、今とは異なる学校のありやうも出来上がるといふことが示唆された気がした。

 知的な興奮がしばしば湧き上がる好著であつた。

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今年もバラが咲きました。

2017年05月10日 09時40分14秒 | 日記

 四月の終はりごろには花芽もだいぶ付き、留守にするゴールデンウィーク中に咲いてしまふなと思ひながら家を一週間ほど空けた。

 ところが戻つてみると、自動水撒き装置から出るはずの水が十分でなかつたやうで全く咲いてゐなかつた。慌てて水をやると翌朝には見事に咲きだした。花芽を数えると50個はある。しばらく楽しめさうだ。

 これまで同様、あまり熱心な栽培家ではない。水をやり、栄養をときどきやる程度である。そろそろ土を換へないと思ひながら、どうしてよいのか分からずにゐる。いい加減なものである。弦バラであるから切つてよいのかも分からない。折れないやうに支へてはゐるが、それも自己流である。

 花に救はれてゐるだけ。何とも無様な愛好家である。

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群生秩序と伝統と

2017年05月07日 13時02分14秒 | 日記

 ピアプレッシャーのことを、社会学者の内藤朝雄の言葉で言へば「群生秩序」といふことになる。同調圧力とも言へるこの現象は、近代の、さらには日本にだけ言へるものではないだらう。

 しかし、相対主義が蔓延し、そもそも絶対的な価値を持たない私たちの社会においては、ピアプレッシャーが極めて強いものになるといふのは前回述べた通りである。

 さういふ状況のなかで、共同体の倫理である「伝統」を復活させようとする型の「保守思想」は百害あつて一利なしといふことになる。私は保守的な思想の持主であるが、いたづらに長幼の序や「空気を読め」式の道徳を苦手とする者である。

 それは生理的なものであるが、理屈を少々述べてみたい。

 価値観の多様化=「みんな違つてそれでいい」といふやうな戦後の風潮には、実のところ私たちは耐えられなかつたのではないか。それこそ伝統的に他人の目を意識して生活することに慣れてゐた私たちは、きれいごととしては自分の意見を持たなければならないと思つてゐる。そして自分以外の他者の意見も尊重すべきであると考へてゐる。しかしそれではなかなか事態は進展しない。友人同士の行動であれ、マンションの理事会であれ、職場の意思決定であれである。したがつて、安易な同調を求めていくやうになる。その気分に乗つて今勢ひ付いてゐるのが所謂「保守思想」ではないか。

 しかし、それは実に貧しいものだ。自分で考へることから逃げてゐるだけの保守思想は、乗り越えるべき悪習ですらある。もし、伝統を現代によみがへらせるには、むしろさういふ安直なところに逃げる自分を否定するものでなければならない。私はさう考へる。各自がさうした自己を否定した上で作りあげる共同価値こそ「伝統」なのではないか。その伝統によつて支へられる自己こそが肯定すべき自己であらう。

 ピアプレッシャーに押し潰されるのではなく、ピアプレッシャーをはねのけるところに生まれる自己こそがそれである。

 とは言へ、そんなに強くない私たちにそれが可能かどうか、葛藤は続く。

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ピアプレッシャー(peer pressure)といふこと。

2017年05月06日 21時36分48秒 | 日記

 ピアとは、仲間といふ意味。したがつて、ピアプレッシャーとは、仲間や同僚からの圧力といふ意味である。私たちの社会では、倫理の基準が他者の目、世間の目であることが多く、善悪の視点で自己を抑制するといふより、周囲がどう見るかといふことで行動を決めることが多い。

 例へば、私のやうな教員の場合、生徒や学生の過ちにたいして倫理的な指導をするといふよりも、そのことを見逃したら同僚や上司がどう見るかといふことから「指導」をしてしまふといふことが多い。それがピアプレッシャーである。生徒が集団で一人の生徒を攻撃してしまつたり、あるいは一人の教員を集団で攻撃してしまふのもその類であることも多いのではないか。

 根底には、仲間や同僚あるいは上司を不信してゐるといふことがあらう。さらに言へば自己不信が根底にあるかもしれない。自己の倫理観で人を導けるほどの信念も価値も持ち合はせてゐない「私」自身が「教育」や「指導」に執心できるのは、自己を動かせるほどのエネルギーが外部から来てゐなければならない(内部にはないのであるから)。となれば、それは何か。神である(と確信できるのである)なら絶対的なものとならうが、それも怪しい。つまりは、他者からの外力である。それがピアプレッシャーである。

 ニーチェは、良心の起源(道徳の系譜)を説くのにキリスト教の作り上げた愛の思想を攻撃し、それへのルサンチマン(怨恨)こそが起源であるべきとしたが、キリスト教を持たない私たちの良心の起源は、まさにピアへのルサンチマンから生まれるものである。

 しかし、それは良心の発露ではないことを私たちは知つてゐる。正論をいくら主張し、倫理的に教育や指導を行つたとしても、そこの愛がなければルサンチマンの自己正当化でしかない。

 ピアプレッシャーとは私たちの抱へた結構厄介な精神的荷物である。

 荷物なら下せばいい。今はそんな比喩だけが頼りである。

 

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