金井美恵子初期作品

2014-01-23 00:00:06 | 書評
最近、よく読む作家の小川洋子さん(岡山県出身)の作家としてのヒストリーを少しながめていたら、「学生の頃に金井美恵子氏の『愛の生活』を読んで、将来こういう作品を書いてみたいと、強く思ったところがスタートで、以後この本をいつも近くに置いている」という内容のことを語っているそうだ。それは、かなりの驚愕だった。

というのも、小川さんがそういうことを感じたのと、そう違わない頃に、私も金井作品を読んで感じていた。もっとも金井小説を読むには、かなりの努力が必要で、ジョイスのような長文が基本で、その長い一文の中に、時空間の展開が含まれているわけだ。それしか書けないわけではなく(今はわからないが)、三冊目か四冊目の「兎」という短編集の中では、有名作家の表現をわざとパクって書いたものもある。

細かく言うと、小川さんは、最初に『愛の生活』という第一作から読み始めたのだが、私は第二作『夢の時間』を先に読み、『愛の生活』『兎』というように進んでいった。それと詩集も。

その後、彼女はきわめて遅筆になり、さらに難解な表現に突き進んでいったため、エッセイの中で「最大の読者は全国の図書館」というようなことを書いている。大部分は付き合っているが。

そして、小川さんの「常に近くに置いてある本」というので、自分の書籍を調べてみると、初期の三作について、あったはずなのに失ってしまったようだ。いつ、どうしてなのかよくわからない。その「ばち」が当たって、今頃ブログなんか書いているような気がするが、実際は無能だからなのだろう。

それで、なくなった絶版本を入手すべくamazonさんにお願いすると、かろうじてまだ実在世界に活字は存在することがわかった。で、高額初版本は遠慮して三冊を発注すると、しばらくして送られてきた。

が、

kanai


三冊のうち、二冊は文庫本であったわけだ。単行本が文庫本になってしまった。単行本を持っている人はこの二冊は手放したくないのかもしれない。

で、今、少し凹んでいるわけだ。



そういえば、「なくなって初めてわかる本と愛人」というようなことわざがあったような気がする。

(本当は、「いつまでもあると思うな親と金」が、「失って初めてわかる親と金」に変化し、さらに「親と金」の部分が「水と安全」とか「領土と愛国心」とか勝手に盗作しているわけだ)