「つまらない」が発端で・・

2014-01-18 00:00:59 | しょうぎ
1月16日の弊ブログ「東海林さだお×椎名誠」の最後の方に、人類の遠い祖先がアフリカ大陸の森林の中で、なぜ木から降りて地上を歩き回りはじめたのか、その動機について人気エッセイスト二人の統一見解として、「木の上がつまらなくなったから」ということで一致した、と書いたのだが、この「つまらない」という、言語としては客観ではなく主観の上で成り立っている単語がもとで将棋の世界で裁判が始まるようだ(裁判官の方、ご苦労様です)。

ことは、プロ棋士×コンピューター将棋という電王戦に始まる。昨年行われた電王戦でPuella αというソフトと対戦した塚田九段が必敗の局面から、当該ソフトの欠点である入玉対策を見破り、超手数で入玉の上、引分けに持ち込んだ一局のこと。

正確ではないが、引分に持ち込まれたソフトの開発者の伊藤さんが、入玉対策がなおざりで、つまらない将棋にした、という内容の発言をしたとされるのだが、その「つまらない」という言葉について、女性作家が将棋世界誌にエッセイを書き、その中で、伊藤さんを誹謗する内容があったとして、先月、伊藤さんが名誉棄損を訴えたわけだ。作家、雑誌社、将棋連盟が訴えられている。

実際、「つまらない」というようなまったく主観的な表現に対して、「大人じゃない」とか「精神文化がない」とか「教養がない」とまで書くかということが問題とされるのだろう。

思うに、伊藤さんの発言は、コンピューター将棋の方を応援するファンに対する発言で、「勝ちそうだったけど、弱点を見つけられて、ゴメン」という意味だったのだろうと思うわけで、プロ棋士やそのファンに対する発言じゃないだろう。

そこで、「つまらない」話から一歩離れて、人間とコンピューター(ソフト)との戦いのことを考えてみる。実は、いただいた年賀状の中で、この「どちらが強いか」ということに触れられていた方が多かった。それも有段者の人達である。

で、それらの人が、プロの敗北を悲しんでいるかというと、そうでもなく、「プロの傲慢さ」をコンピューターが叩き潰してしまうことを期待することが多いわけだ。つまり、精神文化や教養が不足しているのはプロ棋士の方でも、ということだ。

まあ、裁判の行方もよくわからないので、深入りはしないが、最近は出場ソフトを事前に人間が預かり、ソフトの弱点を発見し、対策を持って対局に臨むということが一般になってきたようで、これでは、人間が超難解パズルを試行錯誤しながら解くようなものになっているので、もはや企画自体がつまらないような気がするのだが、連盟の財政が厳しくなっていることからお金のためには、棋士のプライドを切り売りするような企画をやめるにやめられない状況になのだろうか。


さて、1月4日出題作の解答。

a12


▲4三角 △同金 ▲2二歩 △3二玉 ▲3一龍 △同玉 ▲2一歩成 △4一玉 ▲5一金 △3二玉 ▲2二金まで11手詰。

初手を発見すれば、あとはつまらないかもしれない。

動く将棋盤は、こちら


今週の問題。

0118


深く考える手はない、と思う。平らな道を、最寄駅まで20分以上、つまらなく歩く感じかもしれない。

わかったと思われた方は、コメント欄に最終手と手数と酷評を記していただければ正誤判断。